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コメント新着
図書館で出会った1冊の本
孤独でも生きられる
著者 曽野綾子★イースト・プレス

本文には6つのテーマが描かれている。
今日は、1.孤独の中に収められているものの中から少し抜粋して自分なりの答えをだしてみた。
何がなくちゃだめだ、とか、誰がいなくちゃいけない、なんて思うのは間違いなのよね。何が無くても、誰がいなくても、人間は何とかやって行くのだから。
【極北の光】
残念ながら、今の私の原動力となっているのは「家族、特に息子の存在」である。子育てをすることが、私自身を育てている。子供が外に出たいと思うから、それにつき合って外に出る。子供には栄養のバランスをとって貰いたいと食卓に気を遣うことは、自らの食生活にも繋がる…。家族と共存することで、生かされていると思う。
なので、私は1人ではまだまだ生きられないのだ。
自分流に不器用に生きることである。自分流でなく、他人流に生きようとする人が多すぎるからストレスが起こる。
【社長の顔が見たい】
確かに人と同じでなくては不安になることがある。子供には人に流されることなく自分の意志は尊重しなさいと簡単に言ってしまうが…言っている本人がそれをきちんと出来ているかと尋ねられると、出来ていないのである。社会に対してストレスを感じるのもこのせいなのだろうか…。
人間は1人1人、誰も比べる必要がないのだ。
【近ごろ好きな言葉】
人にはそれぞれ個性がある。人生も人それぞれ…。最終的には自分の道を歩むのである。まずいことに、これでは、孤独を受け入れることを意味するのだろうか?いやいや、独りぼっちにはなりたくない。
自分にとっていい生き方というのは、けっして他人と同じに生きることではないのです。
【悪と不純の楽しさ】
他人を真似ることは出来ても、真似るという事自体が自分の本来の姿ではないということなのだろう。
もっと小さなことを喜び、世間がではなく、自分が喜べることを喜べばいい、ということも、私は人生の比較的早い時期に知った。
【悲しくて明るい場所】
自分の生活の中で、些細なことでも喜べることは以外と簡単に出来るはず。育てていた花が綺麗に咲いた。今月も風邪をひかなかった。体重が少し減ったなど、小さな喜びは日常に埋もれているのかもしれない。高望みばかりをして達成感がえられないより、小さな目標をクリアーすることの方が時には心をリラックスさせてくれるのだ。人生のうちで高いハードルを掲げなくてはならないこともあるが、小さなことでもコツコツ積み上げていけば、それと同じくらいの価値があるのかもしれない。
自分の責任でないことは別に謝る必要はないのである。
【21世紀への手紙】
本心なのだろうが、これが出来れば本当に独りでも世の中を渡っていけるだろう。私の場合、トラブルが発生すると、とにかく穏便に済ませたいという気持ちが働いて、自分に非がないのに謝ってしまうことが実際にある。特に子供同士のトラブルなどで…。明らかに相手が悪くても「子供のしたことなので、お互い様」と言葉を濁し、こちらにも非があるかのように振る舞うのだ。そんな親の姿を見て子供はどう思うか。それを考えると自己嫌悪に陥るのだが。やはり、つまはじきにされてしまうのが怖いのだろう。まだまだ、独りでは戦えないのである。ちなみに自分の非を認めない、気付かない人も最近多いきがする。