日々の足跡

日々の足跡

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2023.12.06
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カテゴリ: 日々の生活


                        温かい人生   NO6


病院へ着いたときはまだ予約まで時間があったので、喫茶店へ行きしばらく休んで行くことにした。直接美佐子に会ったら3人共なんて言って美佐子に話かけていいのか戸惑ってしまうので、美佐子に会う前に少し時間を取って気持ちを静めてから行こうと思っていてのことだったがこれも予定していたことだった。 

2時少し前にICUの病室へ行き、入り口のインターンホンを押し「斎藤です」というと中から看護師の返事があり、ドアが開いた。 
美佐子のベッドは入り口から5番目にあったので自然と他の患者たちの前を通って行くことになる。 
だが、一人ひとりカーテンが閉めてあり中は見えないようになっていた。 
美佐子は昨日のあの重々しい様子とは違い酸素マスクも外され体と機械に繋がられていた管も外れてすっきりしていた。 
「美佐子」 
孝雄が小さい声で呼ぶと美佐子は今まで寝ていたのか寝ぼけたような顔でうっすらと目を開けた。 
「お母さん」 
康夫と千代が声をかけると美佐子は眠りから完全に覚めたようにニッコリ笑った。 
「あなた、康夫、千代。心配かけたね」 
美佐子の声は思っていたより案外しっかりした声が出たので、康夫は少し安心した。 
「気分はどうだい」 
「うん、今はそんなに悪くないのよ。でも、私どうしたのかしらね」 
美佐子はもちろん自分の病気を知らないのでなぜこんなICUに入っているのかが、わからないのであった」 
「でも、今日は一般病棟に変わるようなことを聞いたよ」 
「そうなの」 
美佐子と子供たちが話している間に孝雄は看護師に担当の医師に話を聞けるかどうか尋ねた。 
看護師がすぐ連絡を取ってくれたら都合よくその時間に医師がいるということなので 
「いいですよ」と言ってくれた。 
また、医師から指示があったらしく看護師は「もうしばらくしたら奥様を病室の方へお連れしますので」と言ってくれた。 
孝雄は子供たちに目配せをして外へ出るように小声で伝えた。 
美佐子には「もう少ししたらここを出るらしいので、先に病室の方へ行っとくよ」 
と言ってICUをあとにした。 

  看護師が3人を案内して担当がいる部屋へ行った。 
医師はまだ来ていないらしく殺風景な部屋は寒々としていた。 
しばらく待っていると医師が入ってきて椅子に座り、昨日と同じようにレントゲンの写真を広げたり、カルテを見たりしていてやっと話を始めた。 
「斎藤さん、お疲れになられたでしょう」 
といたわりの言葉をかけてくれたのに孝雄は思わずポロっと涙が出てしまった。 
「お父さん」 
と、隣でそんな孝雄の様子を見ていた康夫が小声で呼び肘で孝雄をつついた。 
少し待って医師が話を続けた。 
と言いながら昨日孝雄に話をしたことと同じことを話していった。 
「斎藤さんは膵臓ガンです。明日から検査をしていき手術ができる状態がどうか調べます。ただ昨日の診察では他の医師達の意見も手術は無理だろうと言う事でした。」 
一呼吸置き、医師はつづけた。 
「でも、もう一度検査をして手術ができる状態なら私はしたいと思っています。 
手術が上手くいけば斎藤さんの命はもう少し期待できると思いますから。私たちもきる限りのことはしたいと思っています」 
孝雄たちは一言も言葉が出てこずただ顔で頷いているだけであった 

 「奥さんは・・」 
度は孝雄に向かって話しだした。 
「前から腰が痛いとか言っていませんでしたか?それから食欲は?顔色が悪いとか思いませんでしたか」 
矢継ぎ早に聞かれ孝雄はもう一度ゆっくり最近の美佐子の様子を思いだしていた。 
そういえばかなり前の夕食のときに孝雄がテーブルにビールが出ていないので美佐子に「おい、ビール」と言ったときに美佐子が 
「はい」と言いながら椅子から立ち上がろうとしたときに「痛い」と腰をさすっていた。そういえば食事も全部は食べていなかったように思う。 
そのあとも朝起きるときに「痛い」と言って腰をさすっていたようだ。 
「あの時に少しでも美佐子の様子に気がついていてやれば・・」 
孝雄は今、後悔する思いを胸の中にしまってその時のことを医師に話した。 
「そうですか、かなり前から腰は痛かったはずですよ。もう少し早めに診察を受けていれば・・」 
孝雄は自分が責められているような感じで下を向いてしまった。 
医師はそんな孝雄の様子を見て少し気の毒になったのか 
「斎藤さん、別にご主人を責めてはいませんよ。それよりも今の奥さんの状態を見てこれから先、奥さんとどう向き合っていくかを考えていただきたいのです」 

「奥さんには告知しますか」と聞かれた。 
3人は思わず顔を見合わせ戸惑った様子を見せた。まだそこまでは誰も考えてはいないのだった。 
孝雄が黙っているので、康夫は見かねて 
「このことはまだ私達で話し合っていませんので、今後どうするかゆっくり考えてみます」と言った。 
「そうですね、そうして下さい。そして話が決まったらお知らせ下さい。私達の対応もそれによって変わりますので」 
それから医師は昨日運びこまれた時の状態から昨夜までの様子を簡単に説明をして部屋を出て行った。 
3人は部屋を出た後、とりあえず待合室へ行きそこでしばらく座って気持ちを静めていた。 
皆どっと疲れが出てすぐに美佐子に会える状態ではなかった。 

 どのくらい時間が経ったか「斎藤さん」と先ほどの看護師から声をかけられた。 
「奥さんを病室の方へ移しました。5階の503号室ですのでどうぞ」 
「はい。ありがとうございます」孝雄が返事をして3人共のろのろと歩きながら美佐子の着替えなどを持ちエレベーターへと足を運んだ。 
途中で康夫が歩みを止め言った。 
「告知のことは夜にゆっくり話しあおう。今はお母さんに安心して病気と向き合ってもらいたいので、僕たちは悲しい顔してお母さんの前にいたらいけないよ。お父さん、大丈夫かい」「ああ」 
孝雄は生返事をして少し感心した顔で康夫を見た。 
「千代も笑ってなくちゃいけないよ」 
と今度は千代に向かって言えば、千代はムスっとした顔で 
「分かってる」とだけ言った。 
まだ18歳の千代には22歳の康夫のように切り替えることが難しいのであった。それでも病室に入り美佐子のベッドまで行った時は笑顔で 
「おかあさん」と声をかけていた。 
 美佐子は点滴だけは離れていないが、他の器具は取り外されているので楽な感じでベッドに横たわっていた。 
今は痛み止めが効いているのか腰の痛みはないようだ。 
千代が荷物の整理しているのを見ながら 
「みんな会社と学校「を休ませたのね、ごめんね」と言うので康夫が 
「時には仕事を休むのもいいさ、みさこなんて勉強しなくていいからうれしいらしいよ」と言えば 
「お兄ちゃん」と千代は康夫をたたく真似をした。 
そんな話をしていたらもう夕方になり他の患者の食事が運ばれてきた。 
美佐子は明日からの検査があるので食事はないようだ。 
ここの食事は朝食が8:00   昼食が11:30分 夕食が18:00となっていた。 
美佐子の様子を見ていたら少し疲れているようなので3人は帰ることにした。 
面会時間は午後1:00~夜20:00までとなっている。 
ただし身内だけは朝のでも回診がないときは病室へ入ることはできるようになっていた。 

「お母さん、ゆっくり休んでね」 
「お母さん、ちゃんと寝ないとダメだよ」 
康夫と千代も代わる代わる美佐子に声をかけて孝雄に続いて部屋を出た。 
康夫達が廊下へ出ると孝雄の姿が見えないのでアチコチと探し駐車場まで来たところで孝雄が声を出して泣いている姿があった。 
千代はもちろん康夫も孝雄の泣く姿など今まで一度も見たことなかったので、驚きしばらくは声をかけることも出来なかった。 
やがて千代も今まで泣くのを我慢していたのが一気に出たのかこちらも声を出して泣きだしていた。 
しばらくして孝雄が少し照れくさそうな顔をして
「帰ろうか」と言って車に乗り出した。 
帰りもやはり3人は無言のまま家路に急いだ。 

 その日の夜孝雄達親子は美佐子に告知するかどうかで話し合った。 
それぞれ考えはあったが結果として美佐子は案外気が弱いところがあるので知らせないで、かくしておこうという事になった。 
もし知ったら悲観して自殺の恐れもあるように思え心配だった。 
千代がまた言った。 
「お父さん、やはり佐賀のおばあちゃんにの所へは知らせた方がいいんじゃないの」と孝雄を見て言うのを横から康夫も 
「そうだよ、心配かけるかもしれないけどおばあちゃん達には隠しておけないよ」と言うので孝雄もやっと決心して 
「じゃあ、電話してみようかね、びっくりされるだろうね」 
と言いながらゆっくり受話器を取りしばらくそのまま受話器を見つめていたが、やがて思い切って番号を押した。 
「もしもし、あっ、孝雄ですが、ご無沙汰しています」 
受話器の向こうで芳江が挨拶したり近況を話したりしているのだろうか中々孝雄の口から美佐子のことが言えず「はあ」「そうですか」などと相槌を打っていた。 
その時芳江の方から美佐子のことを聞いてきたらしく孝雄がしどろもどろにな口調で話しをしだした。 
「あの、美佐子は昨日から病院に入院しているのですよ」 
芳江がどうしてと聞いているのだろう、孝雄は続けて 
「美佐子がガンらしいのです」 
芳江の驚く姿が横で聞いていた千代にも分かるようだ。 
主人の雅也を読んでいるらしく大声がよく聞こえた。 
雅也に代わり孝雄は簡単に美佐子の様子を説明したが、向こうから電話ではよくわからないので、明日出てくると言ったらしく 
「はい、わかりました。では明日家で待っていますので、あっそれからすみませんけど先に美佐子の所へ行くのは止めて頂けますか」と言ったら「わかっとる」とでも言われたらしく「はあ、すみません」と小声で言って冷や汗をかいた顔で受話器を下ろした。 
「おばあちゃん達が明日出て来られるから」 
「お父さんは会社は行かなくていいの」 
と千代が聞けば 
「ああ、明日一日休みを取るよ。千代しばらくおばあちゃん達が泊まるから布団を出していてくれないか」 
「分かったわ、私も明日は講義が少ないので学校は休むからいいよ。お兄さんは会社行っていいよ」 
康夫だけ出勤することにした。 
「明日一度マンションへ帰ってから会社へ行くよ」 



次回へ続く



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Last updated  2023.12.06 11:21:06


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やすじ2004 @ Re:500円のやすらぎ(02/23) こんにちは!! 今日は日中15度で少しポ…
kazu495 @ Re:卒園・卒業式に・・(02/14) お返事遅くなりました。 ここ数日忙しくPC…
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