日々の足跡

日々の足跡

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2023.12.21
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カテゴリ: 日々の生活
温かい人生     NO8 
  いつの間にか季節は秋が過ぎ寒い冬に入り木枯らしが冷たく感じるようになってきたある日の午後、孝雄が美佐子を見舞っての帰りナースステーションの前を通り過ぎようとした時、看護師から呼び止められ医師が話があるからと言って孝雄をいつもの説明部屋へ連れて行った。 
部屋へはいると今日はすでに医師が来ており孝雄へ椅子を進めた。 
孝雄が椅子に座ると 
「斎藤さん、お疲れはありませんか」 
といつものように労いの言葉をかけてくれた。 
「奥さんの体調も今のところ安定していますので、しばらく家へ帰られますか」 
と聞いてきた。 
「えっ、退院していいのですか」 
孝雄は信じられないと言うように医師の顔を見た。 
「退院とは違うのですよ。まっ、奥さんには退院と言った方がいいでしょうけどね。病院にいてもこれ以上の治療は出来ないし」続けて医師が 
「これからしばらくは家でゆっくりした生活を楽しまれた方がいいと思いますよ。奥さんも家へ帰りたがっていますからね」 
「はあ、それで美佐子は家でどんなふうに過ごしたらいいのですか」 
孝雄から見たら末期ガンの美佐子を連れて帰ってどうやって看病したらいいのか皆目わからなかった。不安だけがあった。 
 医師は丁寧に自宅での看病について話してくれた。 
今の美佐子の状態はまだ一人でトイレも食事も普通にするし、お風呂も一人で入る事が出来る。気分がいい時は病院の庭を散歩をしたりもしていた。 
そのころには点滴も一日中はしていなくて一時間ほどであった。 
孝雄達はそんな美佐子を見て命があと半年ほどしかないとかはとても思えないのであった。 
それほどその時の美佐子は状態が安定しており気分もいいようだった。 
それでも痛みだけは時々襲ってきては美佐子を苦しめたが、その度に薬で止めているらしい。 
「家では今までのように普通の生活をされていいのですよ。ただあまり身体に負担がかかる事はいけませんけど、普通に起きて普通に食事をして、でもいつ容体が急変するか分かりませんので、何方か身内の方が側にいてくれると安心ですけどね。後は一週に一度病院へ連れてきて下さい。車で20分と言われましたよね」 
「はい」 
「だったらまだ大丈夫ですよ。かえって外に出て気分が晴れるかもしれませんし。暖かい日は散歩されてもいいですよ。それから奥さんが何かしたいと思われる事があったら今させて下さい」 
「これが最後のチャンスと思いますから、また病院が正月休みに入りますけど何か変化があったら救急車を呼んですぐ来て下さい。連絡がいくようにしておきますから」と言ってくれた
 それから数日様子を見て医師から美佐子に家へ帰る事を話をする段取りとなった。孝雄はその日康夫と千代に家へ帰ってくるように言って美佐子が一時退院する事になった経緯を話した。 
千代は大喜びをし「お母さんの布団を干さなくちゃ」と言っていた。 
康夫も千代みたいに大喜びはしないが、うれしい事には変わりなかった。 孝雄ももちろんうれしく、4か月振りで美佐子がこの家へ帰ってくるのかと思うと、涙が出た。 
日中は3人とも全員出かけて留守になるから芳江にきてもらう事を頼んだ。芳江はもちろん來ると言ってくれて「いつ出てきたらいいの」と、もう出て來る日の事を聞いてきた。それは隣の柴田夫人と町内の好奇な目に美佐子をさらさせるのかと思ったらやりきれない気持ちになった。 
それを芳江に相談したら 
「そう、そんな事があったの。でも恐れる事はないわよ。知らん振りをしていなさい。昼は私がいるのだから、私の目の前で何か言う事はないでしょう」 
とあっさり言われてしまった。ーー
ーー「それより美佐子が家にいる間にしたい事をさせて下さいな」 
そんな風に言ってくれた芳江に孝雄はありがたくて思わず受話器を持ったまま頭を下げていた。 
 12月も半ば過ぎようとしているある日に美佐子は一時退院する事となり、孝雄と康夫で迎えに行った。帰る用意は前日に千代が行き済ませてくれていたので孝雄達は看護師から薬の注意だけを聞いて帰ればよかった。 
芳江は雅也と一緒に昨日から出てきており家事を色々手伝ってくれていた。 
美佐子は久しぶりに洋服に着替えコートを手に孝雄にが来るのを待っていた。顔は治療のおかげか黄疸も前のような黄土色は少し引いているようにも思えた。 
ただ、着替えた洋服がブカブカになっていたのが美佐子を悲しくさせてはいたが、やはり家に帰れるのはよほどうれしいのか、隣のベッドの患者から 
「斎藤さん、今日は朝からソワソワしていますね」とからかわれていた。 
孝雄と康夫が来て担当の医師と看護師たちに挨拶をして病院をあとにした。 
  約4か月振りで懐かしい家へ帰ってきた美佐子は家の中をあちらの部屋、こちらの部屋とみて回った。 
ここには美佐子の23年間の結婚生活が確かにあった。 
しばらくソファーに座ってみんなと話していたが少し疲れたのか「横になるね」と言って千代が先に布団を敷いてくれていた部屋へ入っていった。 
ゆう方近くまで寝ていただろうか、千代が夕食の用意が出来た事を知らせに部屋へ入ったら美佐子は腰を抑えながら痛み止めの薬を探しているところだった。 
「お母さん」千代は一言声をかけてすぐ痛み止めの薬を美佐子へ渡し水をコップについでやった。 
痛みが強いのか美佐子は顔をしかめて千代から受け取った薬を水で流し込んだ。 
千代はそんな母の姿を見て胸がつままるおもいがした。 
一時間ほどしたら痛みが遠のいたのか居間へ出て来て食事をとった。 
その日の夕食は美佐子の事を考えて芳江が作ったものである。 
「わあ、久しぶりにお母さんの料理を食べるね」 
と言いながら箸をつけたが、半分も食べたころには箸を置いた。 
「今日は少し疲れたから食欲があまりないのよ」と言い訳のような事を言ってみんなを安心させようしていたのだった。 
 その日から美佐子の家での生活が始まった。 
雅也は自分がいても何も約に立たないと思ったのか3日ほどでかえって行った。 
康夫も普通に仕事をして千代も大学へ行くようにした。 
普段通りにしていた方が美佐子は安心するだろうと思っての事だ。 
それでも千代は美佐子の事が気になり時間を取っては頻繁に家に帰って来ていた。 
家には芳江と美佐子だけが残った。 
美佐子は食事が終わると掃除を始めた。芳江がそんな美佐子を見て慌てて声をかけた。「掃除だったらお母さんがするからいいのよ」と。 
だが美佐子は聞こえない振りをして続けて掃除をしていった。芳江は美佐子の好きなようにさせようと思いそれ以上は口を出さない事にした。それでも美佐子が掃除するのは居間だけが限界のようで 
「お母さん、後はお願いできる?」と頼んだ。動いていたのだが身体がいう事をきかないのだろう、すぐ疲れが出るようだ。 
芳江が掃除が終わり美佐子の部屋を覗いたら美佐子は机に向かって何か書いている様子だった。 
夕方近く芳江が買い物から帰ってきた時、美佐子は居間で身体を折り腰をさすっていた。芳江がかえってきたのも気がつかない程に痛みがあるようだった。 
芳江は慌てて薬を取りに行き美佐子に飲ませた。美佐子は無言で薬を受け取り急いで薬を飲みそのままソファーに横になった。 
芳江は黙って美佐子の横に膝をつき腰をゆっくりさすってやったが、涙が溢れてきてどうしようもなかった。 
「なぜ、美佐子がこんな目に合わなくてはいけないのか」 
美佐子がかわいそうで不憫でたまらなかった。 
ふと美佐子の顔を見たらかすかに見える目から涙を流しているのが見えた。声を出すのを我慢しているのかやがて肩先が震えてくるのだった。芳江はまたもや切なくなってくる気持ちをどうしようもなかった。 
 一週間過ぎて病院へ行く日が来たがその日は運悪く孝雄には午前中 
どうしても手が離せない仕事があったので、芳江に付き添って行ってもらう事にした。行きはタクシーで行ってもらい帰りは孝雄が午後から早引きをして病院へ迎えに行く事にした。 
世間ではやがてやってくる正月の用意がそろそろ始まっている時であった。 
孝雄はその日午前中の仕事が早めに終わったので一度家に帰り車を出して迎えに行く事にした。 
家に着き時計を見るとまた迎えには少し余裕があり一休みしていた。 
お茶を飲んでいたらふと明日会社へ持っていく書類を寝室へ置いたままにしていたのを思い出し部屋へ入った。 
美佐子の布団は芳江の心遣いかきれいに整えてあった。書類を机の上から取ろうとした時、何か式布団の下からチラっと見えるものが あった。
 孝雄は何気なく手に取ったらそれは便箋だった。孝雄は興味半分で美佐子が書いたであろう手紙を読んでみた。 
それは孝雄が聞いた事もない「山田昇」という人への手紙だった。 
 =====山田昇様 
ご無沙汰しています。美佐子です。突然こんなお手紙出す事をお許し下さい。 
あれからもう何年経つ事でしょう、かれこれ25年は経つのではないでしょうか。 
突然あなたが私の元から去って行った時、私の気持ちはどんなものかお分かりでしょうか? 絶望の淵へ落されたようでした。 
いいえ、こんな事書いてすみません。あなたを責めているのではありません。 
私は後日、何故あなたが私の元を去ったか理由を知り、ただ昇さんに申し訳ないと思うばかりでした。 
父が昇さんとおばあさまを追い詰めてしまったのですね。ごめんなさい。 
でも、父のした事は娘可愛さのゆえと思います。世間の常識に従ったまでの事だったのでしょう 
今になれば両親がした事も分かる気がします。でも、それ以上にあなたが私を事を思うが故、私の元を去ったと言う事も人から聞き知りました。ほんとに私の事を思ってくださったのですね。私はその事を聞いた時、嬉しさで涙が止まりませんでした。 
その後、貴方が東京へ出て行き奥様とお子様とお幸せに暮らしていらっしゃる事も風の便りで知りました。 
 昇さん、私は今・・いいえ、何も言わない方がいいのでしょう 
ただ、今一度昇さんに会いたいと思うのは罪な事なのでしょうか 
あの若いころの私達、貴方の自転車の後ろに乗り毎日夜の道をかえっていましたね。懐かしい思い出です。 
昇さん、あれから 
 ========================= 
 手紙はまだ途中なのかそこで切れていた。 
ペンを持つ手にも時々力が入らなくなるのか文字が薄くなったりしていた。それとも書きながら涙を流していたのか・・ 
しばらくぼんやりしていた孝雄はふと我に返り美佐子を迎えに迎えに行く事を思い出し、慌てて手紙を元にもどし車を走らせた。 
だが、孝雄の頭は先ほど盗み読みした手紙の事が頭から離れる事はなかった。 
「山田昇」の存在も孝雄を戸惑わせたが、それよりも美佐子自身が自分の病気を知っている様子が手紙から読みとれるのにも啞然とした。 



続く


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Last updated  2023.12.23 11:38:47


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やすじ2004 @ Re:500円のやすらぎ(02/23) こんにちは!! 今日は日中15度で少しポ…
kazu495 @ Re:卒園・卒業式に・・(02/14) お返事遅くなりました。 ここ数日忙しくPC…
やすじ2004 @ Re:卒園・卒業式に・・(02/14) 今日も一日お疲れ様でした 寒い日が続い…
kazu495 @ Re[1]:防犯に(02/02) やすじ2004さんへ コメントありがとうござ…
やすじ2004 @ Re:防犯に(02/02) 今日もお疲れ様でした 今週は気温の変化…

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