ユーカリの木陰で里の行

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2012.08.05
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カテゴリ: ファミリー
「グランダァ」の命日にちなんで、義父母の家に集まった。

7年前の8月7日の夜、
義父が突然、心臓発作で逝ってしまってから
恒例となったファミリーイベントである。

義母はこの日をクリスマス以上に
大切なファミリーイベントと位置付けて、
毎年、 グランダァ を偲び、残された家族の絆を強めるために、
かなり前から計画を立てては、その準備に奔走するのだった。


8月3日に膝の手術が決まったから。

半年以上も待った手術の日が決まった日、
義母は、2日後の グランダァのアニバーサリー・パーティー に
出られなくなってしまうからと躊躇したのだが、
子どもたちから、これを逃したらいつ次が回ってくるかわからないと説得されて、
ようやく手術を了承したのだった。

代りに子どもたちには、自分がいなくても例年通り家に集まって、
アニバーサリー・パーティーをするようにと約束させ、
パーティー用にテーブルを整えて、
ワインやスナックの準備まで終えてから入院したのだった。


子どもたち4家族全員が一人も欠けることなく
主のいない実家に集まった。

わいわいランチとお喋りを楽しみ、日曜の午後を寛いだ。
そうして、いつものように皆で グランダァ を偲んだ。


今では習慣となった、ささやかなセレモニーを。

オーストラリアでは一般に仏壇の習慣はないのだが、
義母は、寝室に置いた洋服箪笥の棚をメモリアルボードに変えていた。
そこに夫の写真を飾り、花や蝋燭、お水をお供えしていた。

皆で輪になって、ベッドを囲んだ。
キャンドルが灯されて、孫の一人がお水を捧げる。

この「水当番」は年の順ということになっていて、
今年は孫たちの中で下から二番目の甥っ子がやった。
ちなみに息子は、来年は自分の番だと今から楽しみにしている。

それから義母がこの日のために用意したという詩を
ダディンの妹が朗読した。

グランダァ と、家族の絆を讃える詩だった。
誰からともなく手が繋がれて、家族が輪になる。

グランダァ の好きだった曲がかけられ、皆で合唱した。

ダディンや、父を想う子どもたちの瞳はじんわりと潤んでいる。

そのときウチの愛犬、ポーポーがちょこまかとやってきた。
ポーポーは義父を偲ぶ輪の中に入り、
なにやら怪しげな動きを始めたかと思いきや、おしっこポーズに!?


瞬時に、ポーポーを抱き上げ部屋の外に出した。
とろい私にしては驚きの瞬発力だったと思う。

皆は依然、手をつないで輪になって、感涙の勢いで歌っている。
私もみんなの輪に戻って合唱した。

幸いドアの近くに立っていたので、
また中に入って来ようとするポーポーを足で阻止することができた。 
するなら、せめて廊下でしてもらいたかった。。。

皆と手をつなぎ、合唱を続けながらも、
足の方は犬たち(いつのまにかチャールスまで…)と格闘していてた。
2匹を裏庭に置いてこなかったことを後悔したけど、後の祭り。

心の中で、義父に
年に一度、家族で輪になって義父を偲ぶという大切な時間に、
犬の粗相を阻止しようと、あたふたしている自分のふがいなさを詫びた。

―と、そのとき娘が隣で
「ママ、羽…」と囁いた。

見れば、何か小さな、ふわふわしたものが、
義父のベッドの辺りを舞っていた。

「ママ、取って!」と息子に急かされ、
それを掌でそっと受け止めた。

小さな、ほんとに小さな、ふわふわした白いフェザーだった。

「きっと グランダァ が自分もここにいるよ~って、
 挨拶してくれているんだよね」と、娘が日本語で囁いたとき、
私には、義父の吹き出す笑い声が聞こえたような気がした。

義父は生前、物静かで、感情をあまり出さない人だった。

家族の集まりでも、陽気な義母とは対照的に口数も少なくて、
いつもどっしりと椅子に腰をおろし、
BGMの大好きなクラシック音楽に耳を傾けているというふうだった。

そんな義父が突然、プッと吹き出すことがあった。

それまで皆の会話など上の空だったようなのに、実は聞いていて。
話の流れが、彼の笑いのツボにはまるや吹き出すのだ。
それから、いかにもおかしそうに腹を抱えてゲラゲラと笑った。
すると周りはその豪快な笑いがおかしくて笑ってしまう、というふうに。

私はそのとき、義父が
私のとんまな状況に吹き出し、
そんなことはいいよ、と笑ってくれたような気がしたのだった。

目を閉じて、義父を思った。

いつのまにかポーポーとチャールスは、
もはや私が足で阻止する必要もなく、
怪しげな動きを止めて私たちの足元に寝ころんでいた。
あたかも義父が宥めてくれたかのようだった。

曲が終わると、今度は皆で裏庭に出た。
義母が「 グランダァ 」と名付けた、
天使のキャンドルスタンドの周りに集まった。

キャンドルに火が灯され、
義母の詩が再び朗読された。

それから、皆で グランダァ を偲んで、黙想した。

後日、オーストラリア人と結婚して
こちらで暮らすママ友にこの話をしたところ、
彼女の夫の実家ではそんな習慣はないと驚かれた。

実際こちらにはお墓参りの習慣も、お盆のような行事もない。
命日に家族が集うことを習慣にしている家も少ないのかもしれないな。

ダディンの実家の、
グランダァ の命日に家族総出で故人偲ぶというこの習慣は、
ひとえに義母の努力の賜である。

彼女は夫が亡くなってからというもの、
その不在を埋め、残された家族の絆を強めるために、
ほとんど涙ぐましいほどの努力(?)を重ねてきたから。

正直、生前はそれほど仲の良い夫婦には見えなかった。
ファミリーの中心は子どもたち、ひいては孫たちで、
義母は夫より、子どもたちの方を遥かに敬愛しているようだったし。

けど思えば、子どものいる夫婦の多くはそうなのかもしれないな。
私だって結婚して十数年が経った今、
子どもに注ぐ、たぶん100倍くらいは冷たい視線で夫を観ている。

それが、義父が突然亡くなってからの義母の変わりようは、
傍で見ていても痛ましいほどで、
夫婦の絆について考えずにはいられなくなってしまう。

伴侶が隣にいるということが、どれほどありがたいことかを実感し、
表現できるうちに表現するよう、励まされているような気にさせられるのだ。
思えば当たり前のことも、慌ただしい日常ではついつい忘れてしまう。

義母は今年、義父の命日を偲ぶという
彼女にとって何よりも大切なファミリーイベントには出られなかったが、
手術は成功した。

命日は故人にとって、
あの世とこの世のエネルギー的絆が強くなるというというから、
義父もこの時期は動きやすいのかな。
今回、義父が向こう側の世界から活躍しまくっているようで、
いろんなことがスムースに回り、
病室もリハビリ施設も、次々と義母の希望がすんなりと叶ってゆく。

今回は回復も早くなりそうだった。

きっと来年 グランダァ の命日には、
義母がまた大張り切りでパーティーを仕切ってくれることだろう。

写真は、「グランダァのキャンドル」。
義父が亡くなってから、ずっとその庭を見守っている。








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Last updated  2012.08.17 10:37:31 コメントを書く
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