3月11日の震災後、ほとんど間もなく恩師の危篤を知りました。
一時は良くなったのですが、桜の花の満開の時、恩師は向こうの世界へ逝ってしまいました。
震災、お葬式、そして4月からの私の仕事の変化、ゴールデンウィークの合宿、と私の生活は慌ただしく過ぎて行きました。
合宿も終わり、新しい生活のパターンに少しずつ慣れてきたと思われる今日、ピアノを弾いていたら、突然恩師のレッスンの時のような空気を感じました。
ショパンのノクターン2番を弾いていたら、ものすごく優しい空気になり、恩師が私の曲を一緒に聴いていた時間を思い出し、涙が出てきました。
ああ、私はなんという豊かな時間を彼女から与えて頂いていたのでしょう!
私自身より、私の弾くピアノをよく聞いてくれた先生。
何よりも私のピアノを喜んで聴いてくれた先生。
それから恩師のお気に入りの、何度か聴かせて下さったベートーヴェンの小さなワルツを弾きました。
そのワルツは子供の曲集の中に入っているような、かわいらしい曲でしたが、その曲を弾いても、恩師のようには弾けませんでした。
あんなに小さい曲なのに、華やかで、深く、力強く、活き活きとした、命そのものの表現。
芸術家の生きざまそのものでした。
人は何を与えてくれるのか。
私が受け取ったものは恩師のそのままの生きざまであり、魂であり、愛情であり、その人の存在そのものだったと思うのです。
私の中にある、恩師との豊かな時間。
これは私にとっては、きっと永遠のものでしょう。
人と人、何かがずっと繋がって、私達は存在し続けるのでしょう。