早大3年の斎藤佑樹投手も出場予定。引き分け再試合となった決勝で駒大
苫小牧・田中将大(楽天)との投げ合いを制し、早稲田実を初優勝に導いた
06年夏以来、3年3カ月ぶりに甲子園のマウンドに立つ。斎藤は
「甲子園優勝は今の自分の原点。一つの試合の大切さとチームメートの素晴ら
しさを教えてくれた甲子園に戻るということで今から楽しみ」とコメントした。
(毎日新聞)
戦後のことでいえば、 職業野球が復活したのは
1945年(昭和20年) 11月23日
、
神宮球場で開催された東西対抗戦だった。一方、戦後において東京六大学野球
の復活のノロシとなったのは、同年10月28日に開かれた 「オール早慶戦」
だった。
(リーグ戦が開始したのは翌1946年5月19日)
場所は同じ神宮球場(但し、当時の神宮は進駐軍に接収されていて「ステート・
サイド・パーク」と呼ばれていたが)。
この試合、終戦直後の大混乱期に開催されたにもかかわらず、4万5千人の
大観衆が詰め掛けた。神宮球場で行われるのは1942年(昭和17年)以来
5年ぶりではあったが、内野席を超満員にし、外野席も7割がたが埋まったと
いう。
『真説・日本野球史』(大和球士著、ベースボール・マガジン社刊) には、こう記してある。
「一体どこから4万5千人もが集まってきたのであろうか。(中略)単純な野球愛
というよりは、敗戦から立ち上がろうとする日本人の活力の発露と見る。野球人
に強靭な精神力があったことは頼母しく、日本人に祖国再建の活力がみなぎって
いたことはいよいよ頼母しい限りである。野球人、野球ファンが『ニ位一体』となっ
て野球復活は快速調に進むことになる」
この記事は「ボクにとっての日本野球史」の中で、次の期に属します。
→ (第5期)
1946年(昭和21年)、終戦後、東京六大学リーグ・職業野球が復活した時以降
◇ 「ボクにとっての日本野球史」
(2009.7.1)、 INDEXは こちら
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