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『穴』小山田浩子(新潮文庫) さて、前回の続きです。4回続きになってしまいました。 ということで、さっそく始めます。 「いたちなく」「ゆきの宿」の作品世界の、わたくし的「妄想的読み」であります。 ふたつの作品内の時間を「X年」まで戻して、時系列で書いていきます。 1.妻の不妊の原因の根本には、僕の不倫があります。あるいはひょっとしたら、妻が不妊を悩む以前には、僕の子どもを作りたくないと思っていた妻の姿(極端には人工妊娠中絶をする妻の姿)があるかもしれません。 2.「X年」12月頃のsperm検査依頼の日以降、僕と妻の間に性交はありません。(妻の寝顔を見ていません。)しかし「X+1年」の4月以降、二人は何度か人工授精を試みました。(異説あり。詳細後述)しかしこのあたりの経過を見ますと、妻自身、妊娠について自分が本当に望んでいるのかどうかよくわかっていないような心と行動の揺れが読み取れます。 3.「X+1年」の12月、妻自身まだ知りませんが、人工授精に成功します。(ただしこれについても後述します。カッコ付きの事実です。)また「ゆきの宿」の舞台の日になってもまだ気づいていないかどうかはよくわかりません。(職場同僚が産休育休をとることに対してのシニカルな意見の一方、母乳がよく出るようになるという稲荷寿司を「あやからなくちゃ」と言います。) 4.そして「X+2年」の2月末、「ゆきの宿」の舞台の夜、僕の不倫と自らの不妊に泣く妻の姿があります。(妻が自らの妊娠に気づいていたならば、泣く理由は微妙に異なってきます。) どうでしょうか。このように「僕」の不倫を前提にすると、「僕」と妻の不妊治療についての共通認識のなさについての謎が解けるように思います。 では3つめ最後のヘンな言葉ですが、これは予想がつくと思いますが、「僕」が斉木君に妻が泣いている話を聞いた後、斉木君の隣家の老婆が現れ、「僕」に妻の妊娠を告げる場面です。老婆はこのように言います。 そしてお婆さんは僕に一歩近づき、声をひそめて「あの、一緒だった、女の人は、奥さんですか」と言った。僕はうなずいた。お婆さんは変な目つきをして「お腹に赤ちゃんがいるんでしょう」と言った。 このお婆さんは見るからにかなりヘンですね。この後、お婆さんは「僕」に対してとても不審な行動をします。(「僕」の「手首の骨をがっきと掴み離さなかった」) しかし何といっても最もヘンなのは、本文中には、このお婆さんが妻の姿を見たシーンが描かれてないことであります。(実は穿って読めば、ぎりぎりそう読めないこともない場面はありますが……。) 老婆の、妻の妊娠の予言は本当なのでしょうか。それに関係しそうな記述のまとめを再掲するとこうなります。 1.「X年12月頃」→sperm検査を行うが、その日以降「僕」と妻の間に性交はない。 2.「X+1年4月中旬頃」→妻はsperm検査結果を今に至るも「僕」に知らせない。sperm採取日以降、妻から子供の話題はない。 3.「X+1年12月中旬頃」→老婆の話を元にすると、妻、受精成功か。 以上の記述まとめから見る限り、これらすべてが真実であったとすれば、「2」と「3」の間に、この夫婦の仲が大きく修復する方向での話し合いがあり、そして、性交か医療的な行為が再開された、しか考えられません。 しかしそうなると、「ゆきの宿」内での妻の涙は説明しにくく、また、妊娠をなぜ「僕」に告げないかも不可解です。(妻の無意識的な心理の反映くらいの説明は可能でしょうが。また、描写にないだけで「僕」は妻の妊娠を知っていたという可能性は、全くないとはいえないようですが……。) 以上から判断すると、「老婆の、妻の妊娠予言は虚偽である」という結論に至ります。 では、老婆はなぜこのような、ピンポイントの恫喝のような虚偽発言をしたのでしょうか。そもそもこの老婆の正体は何なのでしょうか。 それはわかりません。ただ、「穴」に出ていた義兄に雰囲気が似ていると思うばかりであります。(非存在とまでは読み切れないと思いますが、妻の心理の実像化めいたものの可能性はありそうです。) ……というように私の「妄想的読み」を書いてきましたが、もしもこの「妄想」通りだとすると、筆者はいったいどんなことを書こうとしているのでしょうか。 実は私は、ネットでアマゾンの「穴」のレビューも少し覗いてみたのですが、この「いたちなく」と「ゆきの宿」に触れている読書感想は、概ねがクールではあるが好感度溢れる夫婦の姿というものでした。 しかし「妄想」を展開した今、私に読めるのは、夫の不倫に気付いていながら夫を詰め切れず、子供を産むことについても自分で自分の気持ちがよくわからなくて混乱する妻と、妻に不倫が気付かれていることを知りながらも夫婦関係の修復を積極的に図っていこうともしない夫の、しかし表面的には仲のよさそうな二人、という寒々とした構図であります。 最後に。 「いたちなく」は2013年7月の雑誌初出作品ですが、「ゆきの宿」は、2014年1月の「穴」(初出は2013年9月号「新潮」)の単行本化に当たって書き下ろされた作品です。(前に指摘した、芥川賞受賞作品だけでは一冊の本にならないから受賞以前の作品を収録した一冊、という私の思い込みはほぼ間違っていたんですね。) 「穴」の報告でも触れましたが、また最新刊『庭』で書かれた短編小説の多くにも見られますが、作品を終わらせるにあたって、この筆者はかなり感覚的な作品の「種明かし」をする癖があるように感じられます。 この好短編「いたちなく」から、表面的には読めそうな好夫婦像を崩すことが目的のような続編「ゆきの宿」を書いてしまうあたり、ここにもその傾向は見られるように思います。 また、蛇足ながら、私の「妄想」の通り読んだとしても、「いたちなく」が素晴らしい短編小説であることは間違いないと思います。 ※補足 後日読みました『工場』に収録の「ディスカス忌」に、この「僕」「妻」「斉木君」が出てきます。「僕」の一人称小説で、「結婚して三年」、妻は「まもなく四十になる同い年」、そして不妊についてなかばノイローゼのように「毎晩のように相談をしてくる」と描かれています。(これは「ディスカス忌」の大きなテーマです。) しかし、「いたちなく」「ゆきの宿」に見られる「妻」の不妊への悩み具合とは、かなり感じが異なるので、本稿では、一応別の世界観の作品とし、連作としては触れませんでした。 よろしければ、こちらでお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末 にほんブログ村 本ブログ 読書日記
2019.08.19
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『銀河鉄道の夜』宮沢賢治(岩波文庫) ……だからどうだと言うつもりはありませんし、下手な考え休むに似たりということわざもあるのですが、ここ数日けっこう、ふと思い出すと宮沢賢治についてぼんやり考えていました。 というのも、かつてずっと私は、宮沢賢治は苦手だと思ってきたのですが、この度冒頭の童話集を読んで、苦手だというだけで放っておく訳にもいかないだろうという気になり、ネットやあれこれ手元にある書籍などを読んだからです。 それはつまり、何といっても賢治の詩、たとえば「春と修羅」とか「永訣の朝」とか、あるいは「雨ニモマケズ」の中の「サムサノナツハオロオロアルキ/ミンナニデクノボートヨバレ」などといったフレーズに何度も圧倒されつつ、一方賢治の散文には、今ひとつ入り込めない自分を感じていたからでもあります。 ちょっとじっくりと考えてみますが、確かあの本にそんなことが書いてあったはずと探したら、やはりありました。 『安部公房とわたし』山口果林(講談社)という本です。 この本は少し前に『安部公房伝』安部ねり(新潮社)と前後して読んだ本です。2冊合わせて読むと、晩年の安部公房の姿が彷彿と浮かんでくるようでとてもおもしろかったのですが、この本の中にこんな一節があります。 ……マンションで「吉野葛」の文庫を読んでいる最中に安部公房がやってきた。お茶の支度をしている間、安部公房は本を取りあげ読んでいた。初めて読んだのだろう。「谷崎って僕の文体に似ている」と感心したように言った。 いつのことだったか、「次の世紀に生き残る作家は誰だと思う? 三人挙げてみて」と聞いたことがある。安部公房は少し考えて「宮沢賢治、太宰治……うーん」三人目の名前はなかった。自分だという思いがあったのだと思う。 公房が第1番に宮沢賢治を挙げたのは、少し驚きだったんですが、そんなことないですかね。それは、公房が賢治を評価している文章を私がそれまで読んだことがなかったからですが(娘さんの名前「ねり」というのが、賢治の童話から取ったと言うことは知っていたのに)、それにしても一等賞の評価ですか。 そういえば、以前からわたくしは勝手に、演劇好きの人は賢治好きが多いという「自説」を持っておりまして、昔演劇好きの友人にその旨を言いましたら、「ふーむ」と考えて半ば納得してくれたような記憶があります。 しかしあっさり白状すれば、私の「自説」は劇作家の別役実が賢治好きだからですね。それを私がほぼ勝手に全演劇人に敷衍しただけであります。 でも今回、改めてはっと気がついたのですが、安部公房もお芝居を書いて演出までしているではありませんか。 それに、この度上記の『安部公房伝』をぱらぱらと読んでいたら、娘さんが高校時代に、父親の職業について学校に提出する書類に何と書けばいいのかと聞いた時、「劇作家と書きなさい。小説家と劇作家とは全然違うのだ」という趣旨のことを言ったとありました。 ……うーん、なんとなく符牒が合ってきたようにも思いますが、でも演劇畑の人になぜ宮沢賢治高評価者が多いのかの原因究明には至っておりません。 しかし、これは何となく分かりますね。 この度わたくし、賢治についてあれこれ読んでいた中に、賢治の時代の代表的童話雑誌の『赤い鳥』が、賢治を高く評価しなかったという一文も目にしまして、さもありなん、北原白秋や芥川龍之介の洗練された童謡や童話と賢治の素朴で無骨なお話とでは、とても相容れまいと納得しました。そしてそのことが、演劇人は賢治好きを逆方向から照射しているような気がします。(言わずもがなの補足ですが、演劇とは肉体による思考であるというポイントですね。) ところで、上記に引用した山口果林の文章ですが、前半部に谷崎のことが書かれてあります。実はわたくし、ここのところもなかなか興味深かったんですね。 そもそも谷崎の文体と公房の文体って、本当に似ていますか? 「吉野葛」という作品が、後期谷崎作品によく見られる随筆仕立ての構造になっていることと関係があるとは思いますが、例えば谷崎の「刺青」に見られるような絢爛豪華な文体が安部公房にも見られるとは思えません(公房もそんな文体を志向してはいないでしょうし)。 わたくし、密かに思うのですが、山口果林のここんところの文章はこう読むんじゃないでしょうか。(山口果林がどんな意図で書いたかはともかく。) 川端康成:谷崎潤一郎=宮沢賢治:太宰治 いきなり川端康成をここに持ち出してきて、ヘンですかね。 でも、谷崎、川端、安部という系列は、かつてノーベル文学賞に一番近い日本人として(実際川端は長寿のおかげで受賞しましたが)、共通した評価基準上にあったと思います。 そして川端と谷崎の文学の質を比較した時、川端の方に、より天衣無縫な無手勝流の才能の噴出を感じることを、そのまま宮沢賢治と太宰治の文学の質にパラフレーズできると考えるのは、あまりに我田引水でしょうか。 安部公房が、「吉野葛」の文体と自分の文体が似ていると感じたこと、そして宮沢賢治を次世紀に残る文学者の第一等においたことは、自分を谷崎=太宰よりに考え、一方で自らの資質とはやや異なる川端=宮沢的文学性をその上位に置いた、ということではないでしょうか。 では、その宮沢賢治的文学性とは何かというと、これは賢治自身が『注文の多い料理店』の序文で自ら語った文章から伺えそうです。 これらのわたくしのおはなしは、みんな林や野はらや鉄道線路やらで、虹や月あかりからもらってきたのです。 ほんとうに、かしわばやしの青い夕方を、ひとりで通りかかったり、十一月の山の風のなかに、ふるえながら立ったりしますと、もうどうしてもこんな気がしてしかたないのです。(略) ですから、これらのなかには、あなたのためになるところもあるでしょうし、ただそれっきりのところもあるでしょうが、わたくしには、そのみわけがよくつきません。なんのことだか、わけのわからないところもあるでしょうが、そんなところは、わたくしにもまた、わけがわからないのです。 どうでしょう。安部公房は、特に前期いかにもシュールリアリズム的な作品を次々に発表しましたが、それらの作品を読んでいても、この賢治の文章にある「そんなところは、わたくしにもまた、わけがわからないのです」という感じはちっともしません。公房のシュールには、もっと知的な戦略があり技術がある(もちろんこの対比は善し悪しではありません)と感じます。 さて少々長くなってしまいましたが、この度の冒頭の童話集を読んで、私はトータルな印象としてはどこか気味の悪い思いを持ちました。しかしその「気味悪さ」は、いわば「崇高な気味の悪さ」と言ってもいいような感覚でありました。 それで思い出したこれまた一つのエピソードですが、坂口安吾が賢治の「眼にて云う」という詩を取り上げて、「この『罰当たり』が見ている青空の美しさ」という論評をしたのを読んだことがあります。 ひょっとしたら宮沢賢治は、人間がそこまで辿り着いてはいけない「罰当たり」な地点から、私たちに語りかけているのかも知れません。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2016.02.22
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『コーヒーと恋愛』獅子文六(ちくま文庫) 作者獅子文六の小説は2冊目です。前回読んだ『てんやわんや』の読書報告は本ブログにあります。少しそれを読み直してみました。 なるほど、今の私の記憶とほぼ違わないものでした。ただ、『てんやわんや』のストーリーについてはちっとも思い出せず、また、私の評価が(申し訳なくも)わりと低いものであったのが少し不思議に思え、つまり、この度の小説を読んで、私はなかなかのものじゃないかと感じたのでありました。 そこで、今回の小説が私の中で評価が高いのはなぜかと考えますと、(『てんやわんや』の内容をすでに忘れてしまっているので何とも比較のしようがないのですが)とにかく、文章が滑らかで、とてもゆったりしているという感じを強く持ったことですかね。 このゆったり具合は何かと考えますに、まずふっと浮かんだのは「修練」、つまりかなりのベテランの作、作家晩年の作だからじゃないかという事です。(作品中に、獅子文六が古希を迎えたとあります。) 実際このゆったり感は、読んでいてとても心地よく、それがストーリーとも相まって、なるほど、その頃の「新聞小説」が求められていたのはこういう感覚だったのだなと、考えさせるものでした。 (時代が新聞小説に求めていたものは、現在の新聞小説の置かれている位置とは比較にならないような、大きな期待を込められたものだったというのは、わたくし、最近何かで読んだのですが。) そもそも私が本書を読んだのも、なんといいますか、変な言い方ですが、ちょっと小説を読むのに疲れるという感覚があったからですね。 好きで純文学小説を読んでいるものの、純文学小説が取り上げる、人間とは、自分とは、社会とは、みたいなテーマが、やはりずっと続いていきますと、ただ読むだけではありますが、ちょっとツラい、みたいな感覚であります。 どこか、カラッと笑ってその後何も残らないという小説はないものかと感じていたんですね。そこで、全国展開古本チェーン店でこの文庫本を買ったのですが、見つけた時、この本自体が割と新しかったもので、おや、こんなのが新しく出ているんだなと思って、家に帰って何となくネットで確認してみたら、数年前にちくま文庫が獅子文六の小説を次々と出し始め、そしてかなり売れているとあるではありませんか。 大概世の中の動きからとても疎い私なんですが、やはり感じることは同じだったという事でしょうか。 生きづらい世の中を生きづらいと書く小説(「純文学」がまさにそうですが)は、確かにそれなりにリアリティがあって、場合によっては感動などもします。 しかし、いつまでたっても本当に世の中が生きづらいままなものだから、そんな小説ばかりが次々と出てきて、それを時代にリアルだとばかり読んでいると、うーん、とっても息苦しい。……。 そんな風に思って読んだ小説でありました。読んでみると、上記の「カラッと笑ってその後何も残らないという小説」では、ありませんでした。 いわゆる「ユーモア小説」ですね。そして、さらにいわゆる「上品なユーモア」というやつです。でも、この「上品なユーモア」を求める気持ちの評価は、実は、けっこう微妙であります。 ひょっとしたら、これは私のバイアスなのかという思いもあるのですが、少なくとも小説における「上品なユーモア」とは、常識的な保守性というような感じがします。 新しいもの、ラディカルなもの、先鋭的なものには「上品なユーモア」は、そぐわない。でも純文学を含めて芸術には、何かラディカルな新しいものが不可欠でありましょう。 しかしその一方で、間違いなくそれ(=「上品なユーモア」)が欲しい時がある、と。その思いにも、いわゆる普遍性があるのであります。 物語は、マスコミ、テレビ界という華やかな世界を舞台にしており、その世界について一般にはよく知られないルールや考え方や言動を報告するというストーリー、そしてそんな世界の住人の、男と女の新風俗と「恋愛」心理の紹介。 かつて三島由紀夫の軽めの小説を読んだ時に強く思った、「通俗心理学」と「啓蒙性」。 三島由紀夫の場合は、あまりにこの二つが前面に出すぎていて、時にその「教えてやる」感が鼻につく感じがあったように記憶しますが、本書は一つには時代が大きく現代から隔たっていること、そしてやはり作者の筆致の違いもあって、とても柔らかな(要するに「上品な」)文章になっています。 起伏のあるストーリーと、そして、いわゆる「悪人」が全く出てこない設定も、ひょっとしたら、読者が朝の出勤前のひと時に読む小説としては、最適な作り方なのかもしれません。 プロの見事な芸だなと思いました。これは確かに、この時代で新しくシリーズとして出版しても売れるだろうと感じました。 ……そんなことを考えながら、私は読んでいました。(我ながら理屈っぽい、ヤな性格であります。) しかし、出版不況といわれてすでに久しい現代でも、工夫と発想次第でまだまだスマッシュヒットは飛ばせるのだと、まぁ、少々他人事ながら、なんとなく良かったと思うものでありました。 よろしければ、こちらでお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末 にほんブログ村 本ブログ 読書日記
2020.05.06
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『峠・上下』司馬遼太郎(新潮文庫) 「司馬先生」の作品であります。 「先生」とつい書いてしまいましたのは、多くの司馬ファンが言うように、司馬作品中のとっても面白い「余談」のおかげであります。 特に本作では、あまり話が大きく動かない上巻において、なかなか興味深い蘊蓄がたくさんちりばめられていました。 例えば小さなもので一つ言えば、武士は旅先から父母に対しては手紙を書いても女房には手紙を書かない、とか。 そんなこと、知っていましたか? 何故だかわかりますか? 司馬先生のお説によると、「自分の妻にわざわざ手紙を差し立てるほど水くさくはない」というのが当時の武士の風習だからだそうです。なるほどねー。 もう一つだけ挙げますね。 漱石の『心』の最初の方に、「私」が「先生」と知り合いになる場面が書かれているのですが、わたくし以前より何となくここに違和感があったんですね。 「私」は、全くの赤の他人の「先生」に、なぜいきなりこんなに仲良くなろうとするのだろうか、と。 もちろん、本書がわざわざ漱石の『心』のこの場面を取り上げているのではないですが、このような例はこの時代よくあると書かれています。(「この時代」とは、要するに「書物の種類がすくなかったころ」とあります。) 知人でもない人間に接近するのは一見奇矯に似ているが、しかしこの時期の若者にとってはこの種の行動は、一種のロマンティシズムであったといっていい。 「人がいわば書物のような時代」とも、「この時代、人に会うこと以外、自分を啓発してゆく方法がなかった。天下の士は、そのために諸国を周遊している。」とも書いてあります。 なるほど、こういうことをお教えいただくと、実にすっきり気持ちいいですね。 ……と、まぁ、そんなことからだらだらと書きだしましたが、もちろん本書のテーマはそんなところにはありません。 私の読んだ新潮文庫には作者の「あとがき」があるのですが、ここに筆者自身による本作のねらいが書かれています。 幕末期に完成した武士という人間像は、日本人がうみだした、多少奇形であるにしてもその結晶のみごとさにおいて人間の芸術品とまでいえるように思える。 そしてその典型として、主人公・越後長岡藩の非門閥家老河井継之助を描いた、と。 なるほど。まぁ、一応はわかるような気がします。 でも、もし主人公が坂本龍馬や西郷隆盛だったりしたら、もっと納得できそうですが(もちろん司馬遼太郎は龍馬も西郷も書いていますよね)、河井継之助もそうなのか、との疑問が読者には残ります。 逆に言えば、それを読者に納得させるのが本作のテーマだ、ということでありましょうか。 さて、読み終えて、わたくしにすっきりとこの筆者のねらいが納得できたかというと、うーん、なかなかビミョウではありますねえ。 その理由の一端は、これは本書の解説文(解説文は亀井俊介というアメリカ文学者の方がお書きです)にこうあります。 「何の得るところもなき戦さに、かれは長岡藩士のすべてを投入」したのだ。そのため長岡藩は荒廃に帰し、民衆は死後の河井まで怨嗟した。その結果「墓碑が出来たとき、墓石に鞭を加えにくる者が絶えなかった」、「墓碑はその後、何者かの手で打ちくだかれた」と作者は語っている。 (上記の解説文中の「」内の表現は、「峠」より3年前に司馬遼太郎が河井継之助について書いた文の引用です。) 以前私は『歳月』という江藤新平を扱った作品を読みましたが、筆者は主人公の優れた能力は評価しながらも人間的魅力については再三厳しい表現をしていました。 今回の河井継之助を、武士という「人間の芸術品」の典型として描いたと言っています。 それは多分、武士としての美意識ということで、本文中にも「武士の面目」とか「道徳美」「清廉」「いさぎよさ」「悲壮美」とかいう言葉が散在しています。 さらにこの価値は、現代に至るも日本人の「民族的特性」として生きているという説明もあります。 実は司馬遼太郎は、一貫して日本人とは何かを追求してきた作家だったんですよね。 しかし、本当にそれでいいのでしょうか? 「武士としての美意識」!? ……うーん、なかなか我々にはわからない複雑な事柄が、「司馬先生」の頭の中には、たくさんあるのでしょうねえ。 よろしければ、こちらでお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末 にほんブログ村 本ブログ 読書日記
2021.09.05
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『穴』小山田浩子(新潮文庫) 前回の続きです。「ゆきの宿」のクライマックスの部分。友人斉木君の家に泊まった翌朝、「僕」が雪の庭で斉木君に会う場面です。 斉木君は、昨晩僕が先に寝た後、妻が泣いていたという話を切り出して、そしてヘンな言葉を使います。「妻は最近仕事が忙しいんだ。それは知っているよ。大変なんだ。毎日すごく遅くまで残業でさ……」「ふーん」斉木君は僕を見た。「まあ俺は倫理的な人間でもないし、口は挟まないけれど、少し心配になったもんでね。奥さんが、元気なら、いいんだ。なんだか気の道のようなことだろう」 どうですか。斉木君のセリフには、二つのヘンな言葉がありますね。 しかしその前に、斉木君が「僕」のセリフを全く受けた返答をしていないことに気が付きます。受けた返答をしていないというより、わざと外している(少々強調すれば「別にごまかさないでもいいんだ」とでも言っている)ようなやり取りの描写です。 そして斉木君のセリフですが、まずひとつ目、「気の道」って何でしょうか。前回にも少し触れましたが、これは筆者の造語でしょうか。 昔、私の祖母が、今思うと婦人病のことでしょうか、「血の道」(きっとこんな漢字だと思うのですが)という言葉を使っていたのを思い出します。 その辺のイメージを重ね合わせると、女性の生理に結びつくような「精神的な塞ぎ」「疑心暗鬼」といった感情を表すと思える言葉です。 次のもう一つのヘンな言葉。 「倫理的」とありますね。「倫理的」という語を、斉木君はなぜこんなところで使っているのでしょう。 妻が泣いていたという話題の場面です。結婚した男女の間で妻が泣いていて「倫理的」とくれば、それは「不倫」以外に何が想像されますかね。 では少し遡って、前回書いた「X年12月頃」の妻のsperm採取依頼の時の描写を詳しく見てみます。 妻はsperm採取容器らしきものを持って、「妙に真剣な顔をして」、会社から帰宅直後の「僕」にまずこう言います。「ねえ、あなたは最近でも自分でしたりするの」 その後「自分でしたり」の意味についてのやり取りが少しあって、さらにこんな風に展開していきます。「どうして一体そんな……」「何かを疑ったり責めたりしているんじゃないのよ」妻は浮かべていた薄笑いを引っ込めた。額に脂が浮いた顔で、しかし頬は白く粉を吹いていて、足元を見るとストッキングを片方だけ脱いでいるのだった。よほど急いで出て来たらしい。「どうしたんだい」 妻は急に早口になった。「あのね、面倒なことを頼んであなたには気の毒なんだけれど、自分で精〇を出して、この容器に入れて欲しいんです」 妻のセリフがヘンに夫に説明的ですね。前回にも触れましたが、不妊治療について両者の間で共通理解ができているとはとても思えないような話しぶりです。(そもそもこの夫婦は、二人一緒に産婦人科に受診しているんでしょうか。疑わしい記述です。) 特に私が少しヘンだと思う部分。「ねえ、あなたは最近でも自分でしたりするの」「何かを疑ったり責めたりしているんじゃないのよ」 ……さて、ここまでかなりしつこく文字数を使ってきましたが、以下、わたくしの「妄想的読み」を一気に書いてみたいと思います。 たぶんそれは「妄想」だろうとは思いますが、でも今のところ私にはこうとしか読めない展開であります。 と、思ったところで、あ、とても以下に書ききれそうもない。 すみません。次回に続きます。次回こそ、終わります。 よろしければ、こちらでお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末 にほんブログ村 本ブログ 読書日記
2019.08.13
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『白い人・黄色い人』遠藤周作(新潮文庫) 『黄色い人』の冒頭に、前書きのような形で、筆者は短いお話を書いています。 「童話」と紹介している、神様が人間を作った時のお話です。 一人でいるのが淋しくなった神様は、パン粉で人間を作ろうとし、竈で焼きました。 初め、五分で竈を開けた時にできた人間はまだ生焼けで真っ白だったので、「白人」と名付けました。今度はうんと時間を掛けて焼きましたが、時間を掛けすぎて真っ黒に焼けた人間ができあがりました。神様は「黒人」と名付けました。 最後にほどよい時間で焼いた黄色い人間ができ、「黄色人」と名付けます。そして神様は、「何ごとも中庸がよろしい」と言って、うなずかれました。 この話は何なのでしょうね。 『黄色い人』の中に黒人は出てきませんので(『白い人』の中にも出てきません)、白人と黄色人種の比較と考え、そして、何を比較しているのかとさらに考えると、たぶん、「無信仰者の、信仰者に対する相対的優位」って事でしょうかね。 『黄色い人』のテーマの一つはたぶんそんなところにありましょうか、しかし今更ながら、遠藤周作の純文学小説は、とても重たいです。 『白い人』と『黄色い人』の二つの小説、どちらの出来がいいでしょうかね。 一般的な評価がどうであるのか全く知らないですが、僕の感覚的なとらえ方では、うーん、やはり、『黄色い人』かな、……迷いますね。 『白い人』は第二次世界大戦終盤のフランス(ナチスに占領されていましたが、解放直前のフランス)が舞台です。 戦争と性的なるものの関係。ナチスドイツの人間性からの「ずり落ち」。そして、キリスト教とサディズムの関係。 このあたりがテーマでしょうが、どの一つをとっても、とてもとても重苦しいですよねー。そう簡単に見やすい鳥瞰図ができようとは思えませんよねー。 だから(「だから」かどうかはわかりませんが)、小説としては、少し図式的になったような気がします。 登場人物が、筆者に操られている人形のような類型的な動きになり、ややリアリティに欠けたように感じます。 人間が肉体的苦痛によって信念を曲げるということは、たぶん現在では、さほど意味のあるものではありません。そこに倫理的な、あるいは文学的な課題は、たぶんあまり残っていないと思います。 そういう意味で言いますと、この小説に立てられたテーマは、少々古びかかっているとも思えそうです。 一方『黄色い人』に描かれる、遠藤周作的宗教的二律背反テーマは、「全面的に神を信じることができないのに神の不在も恐れる」です、たぶん。 しかし、筆者の持つ「背徳者意識」の強さは、いったい何なのでしょうねー。 僕は、さほど根を詰めて遠藤周作を読んでいるわけではありませんが、この「自分はいつ神を裏切るかわからない」とでもいえそうな背徳への恐怖、そしてそれに伴う神の裁きへの恐怖(決して許してくれない神)は、とても強い形で、一貫して筆者の小説に流れていると思います。 ユダも、もし、あなたの弟子であったならば、そしてまた、その救いのためにあなたが十字架を背おい、鞭うたれ、死なねばならなかった人間の一人であったならば、あなたは、なぜ、彼を見捨てられたのだろう。「ユダ、私はお前のためにも手をさしのべている。すべて許されぬ罪とは、私にはないのだから。なぜなら、私は無限の愛なのだから」あなたは決してそう言わなかった。聖書にはただ、怖ろしいこのあなたの言葉がしるされてあるだけなのです。「生れざりしならば、寧ろ彼に取りて善かりしものを」 キミコは、私にゆさぶられて乱れた髪をなおしながら呟いた。「なぜ、神さまのことや教会のことが忘れられへんの。忘れればええやないの。あんたは教会を捨てなはったんでしょう。ならどうしていつまでもその事ばかり気にかかりますの。なんまいだといえばそれで許してくれる仏さまの方がどれほどいいか、わからへん」 別々の二カ所から引用しましたが、後者の台詞などは、まさに日本人的・ほぼ無宗教的「気楽さ」で読めば、大いに納得できてしまいそうです。 しかし筆者がこだわったもの(それについて僕が十分に理解できているとは思いませんが)、たぶんそれは、日本的宗教観の持つ、「人間の意志力に対する否定的感覚」めいたものではないかと思います。 神(仏)が人間をすべてを許すとは、結局、神(仏)が人間をすべてを信じていないことに他ならないのではあるまいか。そしてそれに対して、人間として震えながらも「おおそれながら」と異議を唱え続ける精神。 遠藤周作が最後までこだわったのは、たぶんそういったものであり、だからこそ、遠藤作品はとても重く、そして、いつまでも人を打ち続けるのだと思います。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2010.07.07
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『死んでいない者』滝口悠生(文藝春秋) この小説も芥川賞受賞作品ですが、一種の実験小説ですね。 どんなところに実験性があるかといえば、まず、そのストーリーにおいて、一人の老人が死んだその通夜の晩のことだけ、そこに集まった故人の親族や友人のことだけが描かれた小説であること。設定がかなり実験小説的。 で、そこから想像がつくように、お話としてはかなり退屈であります。 二つ目に、「語り」の視点が分からない文体であること。 基本的には三人称文体なのですが、時々誰の思い・感じ・考えなのか分からない記述が出てくることです。 それに合わせるように、せりふと地の文を区切る印(多くはひとえかぎ。これ「 」)が用いられておらず、わざと視点の分からない記述と混乱させているように書かれています。 実は私は読み始めたとき、この文体がかなり気になりました。読んでいて、いいいいーーー、という感じで、とても気持ち悪い思いをしました。 話が進んで少し読み慣れるまで本当に気持ちが悪くて、何度か読むのを放り出そうと思いました。 そして三つ目の実験性。これは、実験というのかちょっとよく分からないのですが、こんな風に書いてあるところがいくつかあるんですね。 しかし寛の記憶は混濁している。弟の出産でこの家に預けられ、夜布団の中でべそをかきはじめた日、横でなぐさめていたのは祖母ではなく祖父だったはずだ。 実はこの表現の数ページ前に、祖母に慰められる幼い少年寛の描写がかなり丁寧に書かれてあるんですね。だから、ああそうなんだと思って読者は読んでいくわけです。ところがその後で、それは嘘だったよと書かれる。そんな箇所が数カ所あります。 これは少しあっけに取られますね。 しかしこの仕掛けは、考えようによれば出来事(記憶)の二重イメージのようで、それなりに悪くない広がりを作り、それにこの「嘘つき」の描写は、なんとないユーモアを産んでいます。 という風に3つの実験性に整理してみましたが、ではこれらによって筆者は何を描こうとしているのかと考えますと、作中ところどころに「種明かし」があるように私は思いました。例えばこんな部分。 どれくらい歩いたか、そこに時間の感覚はもうなくなってしまっているのでわからない。十分ほどだったようにも、何時間もかかったようにも、想像ができる。地図を見ればおおよその見当がつくかもしれないが、結局そこにあるのは距離であってあの日の道のりや時間ではない。あの日立ち止まったり、遠回りをしたり、道に迷ったりしたことまでは地図に書かれていない。しかし重要なのは絶対にそちらの方で、だから地図を見るのは記憶を殺すことになりかねない。だから俺はもう絶対地図は見ない。 こういうのは、いかにも純文学的だなと思いますね。 そう思ってあれこれ考えてみると、芥川賞には、このような感じ方に対する「嗜好」とも言うべきものが、かなり以前から連綿と続いているような気がします。 とりあえず私が思い浮かべたのは保坂和志の芥川賞受賞作「この人の閾」。 これはくっきりとしたストーリーライン(起伏のある物語)をほぼ持たない小説でした。保坂和志の小説は他にも何冊か読みましたが、どれも本当に「事件」が起こりません。 冒頭にも書きましたが、退屈といえば本作以上にとても退屈な小説です。 そのことについてはもちろん賛否はあるでしょうが(純文学小説とは退屈な小説のことだと思われる等)、しかし、あ、そんな流れの小説なんだなと思って読むと、小さなエピソードの一つ一つが、とても静かに優しく丁寧に書かれていることに気がつきます。 大きな起伏はないのだと思いながら読むと、実は細かい「仕掛け」は、作品中にかなりいろいろ書き込まれていることに気がつきます。 例えば本書には、やたらと未成年が飲酒する場面が出てきます。小説の内容を倫理的に断罪するつもりはありませんが、これだけ未成年(十代前半の未成年)の飲酒シーンが出てくると、私としてはリアリティに違和感を感じるのですが、読み進めていくと、あ、そういうことかと思ったりします。 また、保坂和志の小説のように、描かれていることに「裂け目」の様なものがないと書きましたが、本作は、保坂和志よりはもう少しくっきりとした「裂け目」があります。 特に私が興味深く感じたのは、「引きこもり」の人物が、中盤以降俄然魅力的な人物として描かれているところです。 例えば小説『コンビニ人間』等のように、自己肯定感がきわめて低くコミュニケーション障害の様な女性が主人公の話が、芥川賞でもここ数年五月雨的に取り上げられていますが、本書に至って、いよいよ「引きこもり小説」が現れたような気がしました。 しかしこの「引きこもり」の姿は、興味深く魅力にあふれています。 本書には、そんな「裂け目」もあります。 読み始めてしばらくはあれほど気持ち悪かったのに、読み終えると割とさわやかです。 うーん、筆者はなかなか手練れな書き手だな、と私は強く感じたのでありました。 よろしければ、こちらでお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末 にほんブログ村 本ブログ 読書日記
2019.06.24
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『神前酔狂宴』古谷田奈月(河出書房新社) まず、タイトルがよくわからないではありませんか。そんなことないですかね。 神社付きの結婚披露宴会場の話ですから「神前」と「宴」は分からないでもありませんが、真ん中の「酔狂」というのはどうなんでしょう。 ひょっとしたらこれは、例えば「底抜け脱線ゲーム」(大昔のテレビ番組ですねー)みたいなものなのかもしれません。つまり、本作は喜劇小説なんですよ、と。 そういえばそれらしい展開と言えないわけではありません。 でも、少なくとも私は、もひとつ、もふたつ、喜劇小説としては本小説を読めませんでした。 ではどう読んだのか、順を追って書いてみますね。 上記に触れましたが、これは神社の結婚披露宴会場で非正規で働く裏方職業者(若い主人公たち)のお話であります。 わりと珍しい舞台設定ですから、私は最初は興味深く読み始めました。専門的な用語や現場場面の描写など「面白く」はありましたが、でも、なかなか「引き込まれる」というところまでいかないんですね。 アプローチの長いお話だなあなどと思いながら読んでいくと、半分を過ぎてもこれといって引き込まれる展開にならないことに気が付いて、これはアプローチじゃなくて「本編」なんだと気が付きました。 で、なぜ面白くなってこないのだろうかと考えていると、ひとつ気が付きました。 主人公の「浜野」の心情がよくわからないということが主なる原因ではないのか、と。 例えば、あれだけ冷笑的に見ている結婚披露宴の仕事に一方でなぜそんなに打ち込めるのか。なのに正規採用になることを毛嫌いするのか。 神社関連の職務であるのになぜ神道関係の実態や思想を嫌うのか(そんな場面には「吐き気」「寒気」「怯え」などの語が出てきます。) また、親族へのよくわからない独特の距離の取り方などについても。……。 つまり、主人公が何を考えているのかよくわからないから感情移入もできず、だから、小説に入り込めないのだなということであります。 そんなことを気にしつつ、私は、主人公のよくわからない感情が描かれている部分に付箋等を張りながら最後まで読んでいきました。しかし最後まで読んでも、やはりよくわかりませんでした。 でも、本当にラストシーンというようなところ(終りの10行ほど前)にこんな表現がありました。前後を省略して一文だけ抜いてみます。 空白がおれの連れ合いだ。 これは、ちょっと気になりました。そこで、この言葉を少し心にとどめながら、戻って付箋をつけた個所を読み直していきました。 すると、分かったんですね。この主人公の心に何があったかが。 私は読んでいて、どんどん面白くなっていきました。なるほど、こう読むのか、と。……。 「浜野」の心にあったものは、徹底した非論理・無意味・空白への志向であります。逆に言えば、現実における合理性や社会性に対する、ほとんど生理的な拒否感であります。 なんと、本文中の大小のエピソードは、ほぼこれで読み切れるではありませんか。 浜野が、最大の虚飾である結婚披露宴の仕事になぜ必死になれるのか。親族との付き合いを嫌がり、なかんずく姪を抱くことをヒステリックに嫌がるのか。非正規勤務であることにこだわり抜くのか。 小さなエピソードでいえば、職場で見た不倫シーンに納得し、母の離婚を応援し、母からのそっけない一言に心開かれ、などなど、実は一貫した心理状態を表現する描写があることに気が付きました。 なるほどと、わたくしこの度は、読み終えて振り返ってから、初めて面白さに気が付いた、という読書体験でした。 最後に私は、さらにこんなことも思いました。それは、結局のところ浜野の生き方は何を述べているのか、ということであります。 以前にも、ひょっとしたら本ブログで触れたようにも思いますが、ある講演会で私はこんな話を聞いて大層感心した覚えがあります。 明治維新後、日本国家は国民を教育するという名のもと、庶民から三つの自由(武器)を奪ったという話であります。 一、嘘をつく自由。 二、約束を守らない自由。 三、嫌なことから逃げる自由。 もちろんこんな自由をことごとく認めていたら、近代国家社会は成立しないことは当たり前ではありますが、はたして、そんな近代国家社会だけが、本当に「正しい」社会なのでしょうか? 「浜野」が思っていることとは、これだけ大勢の人々がすでにこの社会で生きていけているのだから、別の生き方を望んでいる一人くらいの人間については、なんとか、認めてほしい、ということではないでしょうか。(控え目に言えばこうなります。攻撃的に言えば、アナーキズム、ダダイズム、あたりでしょうか。) しかし私としては、本作読後、これは大いに納得・応援のできる願いだと思いました。 そういえば、本書の最後の言葉は、これでありました。 お幸せに! よろしければ、こちらでお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末 にほんブログ村 本ブログ 読書日記
2026.06.14
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『宣言』有島武郎(岩波文庫) 初めて有島武郎の『或る女』を読んだ時、かなりびっくりした記憶があります。 それは、そもそも有島武郎の小説を、それまで僕がよく読んでいなかったということもありました。 童話集の『一房の葡萄』とか、なんだかよく覚えていない『惜しみなく愛は奪う』とか(僕の手元のこの本には、読んだ痕跡はあるのですが、内容についての記憶がまるでありません)、それくらいしか知りませんでした。 そこに近代リアリズム小説の、日本文学史上の最高の結実の一つである『或る女』ですから、まー、びっくりしますわね。 そこでこの作者については、今後注目しておくべきという感想を持ったのですが、さて今回の『宣言』であります。 これは、筆者にとってかなり初期の作品なんですかね。年譜を調べますとこんな風になっています。 1910(明治43) 『かんかん虫』(処女小説)・32歳 ( 1914(大正3) ・夏目漱石『こころ』 ) 1915(大正4) ・『宣言』・37歳 1919(大正8) ・『或る女』・41歳 ( 〃 ・武者小路実篤『友情』 ) こんな感じですね。やはり、初期の作品ということでしょうかね。 ついでにこの後の年譜ですが、有島武郎は45歳で亡くなっています。死因は、自殺=心中ですね。軽井沢の別荘で、婦人記者の波多野秋子と縊死をしました。 (遺体の発見が一月以上遅れたため、その腐乱が甚だしかったというのは、まー、有名な話。) ところで、上記の年譜に何か、別な物が混じっていそうですがー、えー、これが実は、今回の報告の小説『宣言』と、関係があるんですね。 『宣言』は、一人の女性を巡る二人の男の、恋と友情の物語であります。 と、これだけ書けば気が付くように、粗筋についてだけ言えば、夏目漱石の『こころ』、武者小路実篤の『友情』と全く同じなわけです。 特に、最後に主人公と目される方が恋に破れるという筋書きは、『友情』と全く同じですね。そして、武者小路と有島は、同じ「白樺派」であります。 武者小路の『友情』の作品中に、漱石の『それから』に触れて、女性が友情よりも愛情を取りなさいと男に勧めるくだりがあります。作中であるかどうかはおいても、武者小路は、この『宣言』にはちっとも触れていません。 「知名度」の差ということもありましょうが、ひょっとしたら、触れると似すぎていることに誰もが気が付くからではないでしょうか。でも、偶然とは思いがたいですよねー。 まー、この事については、今となってはこの程度の感想でいいのかも知れませんが。 さてそんな酷似性を持つ『友情』との比較ですが、知名度においては圧倒的に『友情』の勝ちですよね。一方は、有島にこんな小説があったということすらあまり知られていません。(「売れ筋外し」の岩波文庫に入ってるくらいです。) (ところで、有島武郎には『宣言一つ』という「評論」なんでしょうかね、全く別の作品があります。この名前のよく似た評論の方が、どちらかといえば有名ですよね。この後期の評論には、有島の思想の破綻の様子が描かれており、そこから心中までは一直線であります。) 実は有島の『宣言』は、三角関係という読者に取っつきやすそうな題材を選びながら、かなり読みにくいです。 書簡体形式を取っており(「書簡体」というのもちょっと読みづらいですよね、慣れなければ)、そこに描かれている手紙の内容は、若い誠実な男同士の、恋愛観・宗教観・芸術観・勤労観などの意見のやり取りであります。 それは、初々しく爽やかといえば爽やかですが、いかにも抽象的で、実生活における様々な経験不足の青年による観念論で、「生硬」な感じが強く、少し読みづらいです。(それが筆者独特の欧文脈で描かれています。) おそらく、筆者の書きたかったのは、むしろこちらの方、つまり「恋愛小説」ではなくて「思想小説」であったのだと思われます。 そう考えなければ、作品中の「三角関係」の生まれる発端である、自らは女性の家から遠く離れた地方に住みつつ、友人にその女性の家に同居させるという、致命的に混乱を生みそうな設定は、少し納得しづらいです。 (漱石の『こころ』の、「私」が「お嬢さん」との下宿に、「K」を共に住まわせようとして、「奥さん」に強く反対されるシーンが思い出されます。) ということで、『友情』よりも圧倒的に読まれない本書でありますが、そうなった理由は、やはり有島と武者小路の「生き方」にかかわるものと思われ、この延長線上に有島には『或る女』が生まれつつ、さらにその先には自死があったわけです。 なかなか、考えさせるものでありますね。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村/font>
2010.04.22
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『青春・上中下』小栗風葉(岩波文庫) 上記小説の読書報告の後編であります。 前編は本小説3冊セットをわたくしが入手するに至った顛末を書きましたが、全編閑話になってしまい、誠に申し訳ございませんでした。 ただ、さりげなく本小説のあらすじは差し挟んでおいたのですが、齋藤美奈子がこんな風にまとめておりました。 ちょっと頭のおかしい帝大生=関欽哉と、少々つっぱった女子学生=小野繁との恋愛を軸に進行する物語の山は、もちろん中盤、繁の妊娠と堕胎にある。 この妊娠と堕胎が書かれてあるのが、中巻の正に最終シーンでありまして、同じく齋藤美奈子が本小説のことを「華麗な冒険『堕胎』活劇」と書いているのですが、活劇らしい場面はここくらいであります。 恋人繁の妊娠を知り困り果てた欽哉は、うさんくさい幼なじみから堕胎薬を手に入れ、繁の部屋において帰ります。 これを悩みあぐねた繁が発作的に飲んでしまい、一気に瀕死の状態になって、医者が来る、欽哉も来る、とうとう警察までがやってきて、そのまま欽哉が逮捕されてしまいます。 欽哉がなぜ逮捕されたかと申しますと、これも齋藤美奈子の『妊娠小説』からの一文で紹介させていただきます。 (略)これは社会のシステムが今とちがっていたためで、妊娠小説の華であり目玉でありお楽しみでもある「妊娠中絶」が、そもそもこの社会では認可されていなかった。(略) 一八六八年。といえば明治維新の年だけれども、妊娠文化史的にいうと、これは「堕胎薬の販売が禁止された年」と記憶されなければならない。(略) 堕胎管理は二段階のステップを踏んで完成した。まず一八八〇(明治十三)年、旧刑法ができて「堕胎罪」が発足する(施行は八二年)。さらに一九〇七(明治四十)年には、刑法の改訂にともなって堕胎罪の罰則規定が強化された。 この「旧刑法」の元、主人公の関欽哉は、文中の小野繁の言葉「未決から勘定すると、丁度まる三年ですもの」とある刑務所生活を送るのであります。 そして、欽哉がようやく放免される場面から下巻は始まります。 ところで、この『青春』は上中下の三巻本になっているのですが、私の持っている岩波文庫で言いますと、どの巻も200ページ弱できれいに揃っており、各巻に「春之巻」「夏之巻」「秋之巻」と章題が付けられてあります。 ページ数まできれいに揃っておきながら、巻数が「春夏秋」で終わっているのは少し気になりますよね。 前回の報告に、私が、この『青春』とセットにして小杉天外の『魔風恋風』をイメージしていたことを書きましたが、全体の構造でいいますと、『青春』の方が遙かに上です。 『魔風恋風』が終盤求心力を失ってとりとめなく終わってしまったのに比べますと、こちらは取りあえず最後までかっちりと書ききっています。 ただ、にも関わらず、下巻以降作品の興味は急速に薄れていきます。その原因は、ひとえに主人公の魅力が薄れてきたからであります。 刑務所に入れられたという精神的な衝撃が、主人公の生命力を極端に奪い取ってしまいます。この後関欽哉は、彼を取り巻くすべてのことに敗残者としてしか関われなくなっていきます。 その過程の描写・展開が、何とも味わいがなく面白味がないのであります。 しかし考えれば、近代日本文学は、その勃興期からこの種の主人公を作り続けてきたのではなかったでしょうか。 二葉亭四迷の『浮雲』の内海文三はまさにその祖先であり、漱石の『それから』や晩年の芥川の緒作品、有島武郎の『或る女』、太宰治のほぼ全作品等々、もう少しじっくり文学史をおさらいすればもっともっと出てくる「社会のアウトサイダーの系譜」こそが、日本文学の本道ではなかったでありましょうか。 本来ならそんな主流に属するはずの主人公が、なぜ魅力的でなくなってしまったのか。 それについては、中村光夫の『風俗小説論』に優れた指摘があります。 『青春』の作者は欽哉とはまったくの他人であり、しかも互いのあいだに同感の血は一滴も通っていないのです。 作品は、作られた瞬間から作者の元を離れていくとはいいますが、やはり作者の遺伝子は作品の細胞のすべてに含まれている、いや含まれていなければ人を撃つ作品にならないと言うことが、ここから分かります。 それは、例えば『それから』の代助の苦悩が漱石の苦悩でもあったようには、『青春』の関欽哉の苦悩は、小栗風葉の苦悩ではなかったと言うことであります。 「ボヴァリー夫人は私である」というフローベルの一言は、小説の永遠の真理であるのかもしれません。なるほど、小説とはなかなか怖いものでありますね。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2013.04.07
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『山月記・李陵』中島敦(岩波文庫) 「山月記」についての報告の4回目になります。 今回は、虎になった理由「その三」、私がこの度の「勉強」で、一番面白かったところであります。(1)李徴の説く虎になった理由・その三 「妻子のことよりも己の詩業を気にかける……自嘲(癖)」 作品終盤にわずか数行で書かれている、妻子と詩業についての李徴の呟きのような部分です。(「昔の青年李徴の自嘲癖」という表現が作品前半部にあります。) 前回報告しました「虎になった理由・その二」に比較して、書かれた分量は比すべくもない少なさです。 しかし「理由・その二」の多くの分析は、いわば「私小説的自我」論を作品分析にあてはめたもので、これがそのまま「山月記」において有効かの疑問はあります。(前々回に指摘しましたラストシーンの印象的な虎の咆哮イメージは捕えきれません。) そこで、この「理由・その三」を詳しく見てみます。 その前に「理由・その一」と「その二」を再確認します。 実は、この二つの理由はセットであるとも考えられます。つまり、「その二」の性情を運命論的に持ち合わせた(「その一」)と、考えることであります。 しかしそうすると、さらにこのように考えられないでしょうか。 ①もしも本当に「その一」が「化虎」の原因だと納得できるなら、 李徴の性情(「その二」)には責任はない。つまり「その二」は 「化虎」の理由とはならない。 ②しかし李徴はそう考え切れなかったから、自らの性情が理由で あるという「その二」の解釈を生み出し、そして苦しんでいる。 なぜ「その二」のような理由を考え出したのでしょうか、それこそが「その三」のもう一つの側面ではないでしょうか。 つまり、「その一」と「その二」が併存しているのは、「その一」の考えを徹底させなかった彼の気の弱さゆえであり、それが作品終盤に至って呟きとして現れた彼の妻子へのヒューマニズムの正体である、と。(彼は「妻子のために節を屈して」再就職しています。) しかし実は、このヒューマニズムこそが、第一級の表現者の自己完成にとって障害であることは、名作「名人伝」の人を食ったような諧謔性あるストーリーの中に明らかであります。 (弓の名人を目指す紀昌は、妻など全く眼中になく、師匠も射殺そうとし、さらに何年も一人勝手に修行を続ける非人間的な徹底男であり、「名人伝」は志を貫き通した男を描く「山月記」の裏面の物語です。) だとすると、「理由・その三」は、従来言われている「飢え凍えようとする」「妻子のことよりも己の詩業を気にかける」李徴の愛や人間性の欠如のせいではありません。 そういった解釈とは全く逆の、ついそのように自嘲してしまう李徴の気の弱さ・信念の弱さ・不徹底さゆえではなかったでしょうか。 (本文を少し読み込めばわかりますが、虎になった李徴は、その虎の姿のままで作品舞台の「商於」から「故山かく略」まで、少なくとも一回以上妻子の様子を見に行っています。そこまで妻子の事を気にかける李徴です。) 前回に書いた、詩人になり切ることをまるで恐れているようにも見える李徴の(そして20代の中島の)不可解な行動の正体は、まさにこれではなかったでしょうか。(優れた詩人=表現者になるためには人間性を捨てねばならないと言う認識への恐怖。) 別の角度からもう一点の分析を付け加えてみます。 「山月記」は、『古潭』という総題で書かれた4つの短編小説の中の一作です。 この『古潭』4作の共通点は、すべて「文字・言葉」をめぐって起こる怪奇話だということです。 そしてそこに描かれている「文字・言葉」の姿は、①永遠のもの、②人智を越え人間(性)を破壊するものであります。 言い換えれば、『古潭』4編の物語は、永遠の力を持つ「文字・言葉」に憧れ取り憑かれた者たちが、人生を破滅させてしまう話ということができます。 中島敦流の「イカロス失墜」の物語といえましょう。 「山月記」に戻ってまとめると、李徴が虎になった理由のその三とは、詩業にとりつかれながら、そのために不可避である「非人情」に徹しきれなかった男の性情であったといえるでしょう。(2)ラストシーン……山月に向かって咆哮する虎 さて、以上、李徴が虎になった理由を中心に見てきましたが、依然残る疑問があります。 それは、「山月記」の大きな魅力の一つである作品のラストシーンの解釈です。 虎を「あさましい」「醜悪」な姿と書き続けながらの小説最後のこの猛々しい誇らかな虎のイメージは、一体どう考えればいいのでしょうか。 結局の所、作品最後に李徴の姿がこのように描かれることについては、明らかに筆者の感傷性、つまり「甘さ」があると言えそうです。 それについては、すでに指摘があります。「虎などという高貴な動物を持ち出してくるのは、まだ己を大事にしすぎている証拠ではないか。」(古屋健三) この指摘を認めた上で、しかし、もしこの変身が虎でなかったとすれば、それはほとんど話にならないものになりはしないでしょうか。例えば梶井基次郎の「檸檬」がミカンでもバナナでもだめなように。また、芥川龍之介の「蜜柑」が、やはり蜜柑でなければいけないのと同じではないでしょうか。 そもそも「山月記」のテーマは、「生活と芸術の背反」とまとめることもできます。しかしそれは、近代文学のテーマとしては決して珍しくはありません。 例えば田山花袋の『田舎教師』は、文学をめざしながら進学も上京もできず片田舎で煩悶の内に生涯を終えてしまう青年の話です。これを描くに当たって花袋は主人公(林清三)の凡庸性・感傷性を執拗に描きつつ、同時にそれに大きな共感を重ね合わせています。 それを花袋の感傷性と言い切ってしまうと、この文学作品は成立しません。この感傷性には普遍性があるのです。 「虎」に一種の感傷性があることは認めつつ、この感傷性は決して低俗なものではありません。むしろ、荒野に吼える一匹の虎の姿で描かれたこの感傷性こそが、読者にとって優れた芸術作品が本質的に持つ大きなカタルシスの役目を果たしています。 あるいは、このようにも考えられます。 一人の人生に挫折した男を、東洋人・日本人には格別な伝統のあるイメージを持つ虎の姿にかぶせてやることによって、彼の苦悩の大きさ、真実さ、美しさを表現したのた、と。 たとえそれが文学の詐術であっても、「山月記」の虎とは、李徴が人生で成し遂げたものの姿ではなく、成し得なかったものの、そして彼の苦悩の姿のイメージに他ならないのではないでしょうか。 よろしければ、こちらでお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末 にほんブログ村 本ブログ 読書日記
2020.04.28
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『街とその不確かな壁』村上春樹(新潮社) さて、村上春樹の不思議な新作長編であります。 不思議なというのは、作品一部(本作品の第一部のところですね)が2回目の書き直し発表、つまり最初の作品から合わせると3バージョンテクストになるという、そんな話だからです。 でもこういう形って、よくよく考えれば、日本文学の中には(外国文学についてはわたくし何も知りませんので)けっこうあるのかな、と。 例えば、短編小説が最初に書かれて、その後長編小説の中にそれが含まれていくってのは、村上氏自身の他作品にもありますし(『ノルウェイの森』なんか)、確か志賀直哉あたりにもそんなのなかったですかね。(『時任謙作』と『暗夜行路』) また短編小説をいろんな雑誌にとびとびに発表して、そのあと一冊の本にして長編小説にするというパターンもあって、その大御所は何といっても川端康成でしょうね。『山の音』とか『千羽鶴』とか。 でも今回の村上作はそれらとも少し違って、でもまあ、これも十分ありなんじゃないかなとは思いながら、ともかく、珍しい形の新作長編小説であります。 第一部が、上記にも触れました、その書き直し部分ですね。 「リメイク」って、言っていいような気もします。 相応しい例えになっているかどうかわからないのですが、例えば横溝正史『八つ墓村』なんて、もーいろんな方が金田一耕助をテレビや映画でなさっているじゃありませんか。 あれを小説として一人の作家がやっている感じですかね。 だから、というか、今回は、バージョンアップした感がありました。しっかり細かく作ってしっかり書き込んでいる感、ですかね。 実は、第一部は全体の七分の二くらいの分量です。(中心は第二部で全体の三分の二くらいの長さ。)だから、読了後の感覚から言えば、第一部はまずしっかり土俵を作ったという感じでありました。(私としては、「きみ」の消失後の「私」の慌てぶりに少しぎこちないものを感じもしましたが……。) そして、満を持してそこから「新作」部分の第二部に入ります。 長いです。重く、暗いです。(初期の村上作品に頻出していたユーモアが、近年の村上長編にほとんどないのは、展開上やむなしのようにも思いますし、もう少し何とかしてほしい感はあります。でも、何個所かだけ私は読んでいてにこっとしましたが。) で、読んでいる私は、少し考え込んでしまうんですね。 まず、二点。 一つ目は、もうざっくり言ってしまうと、これは過去のいろんな村上作品の焼き直しではないのか、設定や展開に、そして登場人物にも、ことごとく既視感があるように感じました。 そして二つ目ですが、近年の村上作にはどんどん幻想性が強くなっている気はしていましたが、本作に至って、なんか幻想性が爆走、というか暴走している気がしました。 そして読者である私は(少なくとも私にとっては)その非リアルの説得力についていけない所がいくつかありました。 それは、少しネガティブに言えば、白けてしまうという感覚であります。 そこでさらに私は、この二点をもとに考えてしまうんですね。 多くの村上ファンのように、私もデビュー作から、新作が出るたびに読んできましたが、そもそも村上作品は、「本当に」どこが魅力なんだろうか、と。 ……ストーリー(展開)、語られ方(文体)、テーマ(これはざっくり喪失、かな)、キャラクター(主人公)……。 どれもそれなりに魅力的ではありますね。 特に、これも多くの人がたぶんそうだったと思いますが、初期の村上作品というのはそのおしゃれな文体が、もー、何とも言えず読んでいて快感でしたねー。 ……うーん、かいかん……きもちいい……。 ほとんどエクスタシー状態……。 しかし、その文体もだんだん後衛に立ち位置を変えて来て、その代わりガチっと描写するような決して悪くない文体になってきました。(諧謔性は薄れましたが……。) と、いうように、わたくし、あれこれ考えたのですね。 で、私が、テレビの時代劇のように放送されるたびについ見てしまう、出版されるたびについ読んでしまう、本当の本当の原因(本文中の表現でいうならば「水面下深くにある、無意識の暗い領域」って、あ、これは無意識じゃないですかね。)は、……、どうでしょう、つまるところ、主人公のキャラクターの魅力なんじゃないか、と。 上記に私は「既視感」という言葉を使いました。 例えば本作の「子易」に、村上過去作品のいろんな登場人物の性格を、「きみ」(喫茶店の彼女もですか)にもやはり村上過去作品の様々なヒロインの姿を重ねてしまったのですが、そんなことを言えば、主人公の「ぼく・私」なんて、ずっと同じ性格設定な気がします。 でも、「ぼく・私」は、いいんですね。 このキャラだから、気持ちよく読めるんですね。 何を矛盾した訳の分からないことを言っているのだと、お怒り、またはお呆れの皆さま、どうもすみません。 再び本文中の表現でいうなら「現実と非現実はごく日常的に混在していたし、そのような情景を見えるがままに書いていた」って、これも、ピントはずているかしら。 (ただ、真面目な話、そういう風に同じがいいと感じる作品というのは、文学性という言葉のもとでみた時、はたしてどうなんだろうかという気は、少ししますが。) しかし、少し寂しいことに、近年の村上作品は私にとって(私だけであれば、それはそれでいいことでありましょうが)、ストーリーの幻想性が突出、暴走して、私の中の感情共有が追いついていかず、展開がどこか他人事のように感じられ、そこを何とか主人公のキャラクターの魅力で繋ぎとめながら凌いでいる感じが増していくようで、……少しつらくあります。 私には、本作も、そのようでありました。 よろしければ、こちらでお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末 にほんブログ村 本ブログ 読書日記
2023.10.07
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『名もなき「声」の物語』高橋源一郎(NHK出版) 本書の奥付の前のページにこう書かれています。 本書は、「NHK100分de名著」において、二〇一五年九月に放送された「太宰治『斜陽』」のテキストを底本として加筆・修正し、新たにブックス特別章「太宰治の十五年戦争」「おわりに」を収載したものです。 こうあって、次ページ奥付に、2022年7月25日に第1刷とあります。 そして上記引用文で触れられた「太宰治の十五年戦争」特別章の冒頭には「数日前に、戦争が始まった。ロシアがウクライナに侵攻したのだ。」とあって、かなり緊張感のある展開の章となっています。それは、例えばこんな部分からも、ひりひりする感じで伝わってきます。 筆者が、今こそ「あの戦争」のことを考えねばならないとして、その理由を挙げようとしている部分です。 一つは、なんだか「戦争」が近づいているような気がするからだ。そして、もし「戦争」が間近なものになったとき、どう考えればいいのか、太宰治は、それを教えてくれるような気がするからだ。 この後、もう一つの理由も書かれているのですが、それはこの一つ目の理由をさらに詳しく説明したものになっています。 そして、続いて筆者は二つのことを指摘します。 ひとつは、太宰治はその作家活動のほとんど全期間が戦時下であった、ということ。 もうひとつは、自由にものが言えない時代を「戦時」というなら、ひょっとしたらもう今だって「戦時下」なのかもしれない、ということです。 と、いう風にとても興味深く話は拡がっていくのですが、でもそれは、本書の最後三十ページほどの部分で、(もちろん有機的につながってはいますが、)本書の中心は、そこに至る『斜陽』を語る部分であります。 そしてここでも、筆者は優れた指摘をおこなっており、今回はその部分について報告をしようと思っています。 実は、私は拙ブログにすでに何度か書いていますが、漱石・谷崎・太宰が私のフェイバレット作家であります。 そしてある時、なぜ自分はこの三作家の小説が好きなのかと改めて理由を考えました。いえ、別に独創的なことを考えたわけではありません。 それぞれ一言で描けば、漱石は誠実さと倫理性、谷崎は物語並びらび文章の圧倒的才能、そして、太宰は……。 と、思って、自分なりに考えたことはあります。 しかし、どうもうまく言い切れないんですね。明らかに私は太宰の小説が好きなのに、その理由がきれいに言葉にしきれません。 でも、「好き」という感覚は、元々そんなところがありそうだしということで、まー、今までペンディングしていたわけですね。 それを、私はこの度本書で読んだ気がしました。 いえ、細かく考えれば、私の思いと全く相似形をなしているわけではないのですが、かなりすとんと心に落ちる説明がなされていました。 本書の中に、長短点在しているのですが、その一つを引用してみますね。 それは、太宰治が超能力の持ち主だったからでもなく、超天才だったからでもなく、預言者の才能を持っていたからでもない。彼には、聴くことのできる耳があった。世界でなにが起こっているのかを静かに聴くことのできる耳があった。彼は、そうやって彼が聴きとったことを、ことばに記した。まるで無垢な子どもみたいに、熱心に、目を閉じて、いつまでも、ずっと世界でなにが起こっているのかを聴きとろうとしていた。 筆者はこれこそが、今に至るまで太宰の作品が人々に読まれ続けることの理由であるとまとめています。(そしてそれは、上記の「太宰治の十五年戦争」の章の論旨につながっていくわけですね。) ……思い出しました。 私の好きな太宰作品に、「鴎」という短いお話があります。 何というか、いかにも太宰らしい、繊細さや弱さに混じって彼自身の作家的矜持も描かれている作品だと、私がほぼ偏愛する小説です。 で、その作品の冒頭、エピグラフとでも言うのでしょうか、タイトル「鴎」の次行に、こうあります。 ――ひそひそ聞える。なんだか聞える。 よろしければ、こちらでお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末 にほんブログ村 本ブログ 読書日記
2023.12.31
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『蛍・納屋を焼く・その他の短編』村上春樹(新潮社) 本書は、1984年の発行となっています。収録されている短編小説は前年の1月から当年4月の間に文芸雑誌に掲載された5つの作品です。(さらに参考までに、筆者の年齢は35歳であります。) 少し調べてみると、筆者のキャリアの中での本短編集の位置はこんな感じです。 ・1979年『風の歌を聴け』デビューから五年目。 ・長編作品では、1982年『羊をめぐる冒険』と1985年『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』のあいだで、参考までにその次の長編『ノルウェイの森』は1987年。 ・短編集では1983年『中国行きのスロウ・ボート』『カンガルー日和』に続く三冊目。 この事実から何が見えてくるかというと、まー、これも結果論的な分析になりますが、デビューして5年、次のキャリア・ステップを求めて、全体として若書き感がありながらも、それは未熟ということではなくて、意欲的に様々な試みや企みを作品に取り込んでいこうとする、まさにその言葉そのものの「若々しさ」が感じられる作品、ということでありましょうか。 例えば単純に、タイトルにしてもどうでしょう。 おやっと思うのは、「その他の短編」の部分ですね。 この「業務連絡」のようなそっけない表記は、普通は付けないでしょう。書名にこんなフレーズは基本的には付けないし、確かに似た表記としては、「他〇篇」と言うのがありますが、あれは文庫本等に多く(つまり文庫本用にまとめた形で)、タイトルそのものではないと思います。(「他〇篇」というのは、例えば、本棚からランダムに取り出したのですが、『小僧の神様・他十編』『ウィヨンの妻・桜桃・他八篇』という表記、見ると、岩波文庫が多いですね。) では「その他の短編」の表記とは、何なのでしょうか。 私は、全く個人的な感じ方ではありますが、ここに筆者の一種の若々しい「気負い」めいたものを感じました。いえ、ひょっとしたら気負いというより、「自信」なのかもしれません。「読者への挑戦」とまでは言いすぎでしょうが、そんな元気の良さを感じました。 私がそれを最も作品中に感じたのは、「めくらやなぎと眠る女」という収録作でした。 本短編集の五作品の中で、現代日本のリアリズム(日本でなくてもよさそうではありますが)を舞台にして書かれているのは、これとあと「蛍」「納屋を焼く」の三作だと思います。 その中で、「めくらやなぎ」は一番描かれているエピソードが多い作りになっています。 あとの二つの短編は、前半エピソードと後半エピソード(なんかお能の「ワキ」と「シテ」みたいにも感じます)で作られているように思います。 しかし「めくらやなぎ」には、私は、四つくらいのエピソードが混ぜ合わされながら入っているように思いました。 それが表すものは何か。 私は、筆者が、今後も小説のストーリー性を重視し追求していこうとしている「宣言」である、と思いました。(従来の小説の、「伏線」などという言葉では全く収まりきらない複雑なストーリー展開。) そもそも村上春樹は、デビュー時から、登場人物の内面や感覚を説明する描写にかなり独特な魅力がある(特に特徴的なものして個性的な比喩表現がある)作家でした。つまり、どちらかといえば、「文体」にこそ、魅力のある作家ではなかったかと思います。 しかし、本書の作品にしてもそうですが、丁寧にそんな部分だけを読んでいくと、それがどこかルーティーンめいた「限界」のようなものになっていそうにも感じます。(特徴的な文体でデビューした作家が、次に一番にせねばならないのは、自らの文体との格闘であるとは、古くより多くの作家の軌跡が示しています。) 例えばこんな部分です。 僕は何百回となくこの彼女の手紙を読みかえした。そして読みかえすたびにたまらなく悲しい気持になった。それはちょうど、彼女にじっと目をのぞきこまれている時に感じるのと同じようなやり場のない悲しみだった。僕はそんな気持をどこに持って行くことも、どこに仕舞いこむこともできなかった。それは風のように輪郭も無く、重さもなかった。僕はそれを身にまとうことすらできなかった。風景が僕の前をゆっくりと通り過ぎていった。彼らの語る言葉は僕の耳には届かなかった。 今、こうして抜き出してみても、とても魅力的な文章だと思う一方、そもそもが形のないものを描こうとしているせいももちろんありましょうが、分かる気もしながらやはりそこには具体的な像が何も結ばれないようにも思います。(いえ、それこそがこの文章の魅力なんじゃないかとも思いつつ。) 私はそこに、筆者はさらに複雑なストーリーを付け加えようとしていると読んだわけであります。 ただ「めくらやなぎ」では、まだそれはぎこちなく、やや継ぎはぎめいて感じられますが、このあとの作品で、筆者が描く複線のエピソードは、さらに混然一体となって描かれ、もはや見分けがつかない、ただ、読んでいてとても深い思いの残るものになっているように思います。 それが、こののちの長編小説作家としての筆者の、もはや誰もが認める実りあるキャリアを生み出した一因、とは、かなり強引な読み方でしょうか。 ともあれ、私はこの短編集を読み終え、筆者の若い力にあふれた瑞々しさに、とても強い魅力を感じました。 よろしければ、こちらでお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末 にほんブログ村 本ブログ 読書日記
2025.11.29
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『カメオ』松永K三蔵(講談社) この作家の講演会に、ひと月ほど間をあけて、二回続けて行ったいったことがあります。 ひょっとしたら、そんな講演活動も積極的になさっているのかもしれませんね、 マスコミなどによく取り上げられているこの著者のお写真は、何といいますか、ちょっとぶすっとした感じで写っているのが多いような気がするのですが、講演会でのお話しぶりはとても気さくな感じでありました。 ご自身でも講演でおっしゃっていましたが、もっと笑った写真にすべきだったと。というのは、この筆者の、何といいますか、「売り」の言葉のようなものが、「オモロイ純文運動」という活動であるのに、ということですね。 この「オモロイ純文運動」という言い回しに、わたしはちょっと興味を持ったんですね。多分芥川賞を受賞なさってメディアで結構見聞きする頃からおっしゃっていたと思います。 拙ブログでもたまに触れていますが、笑いの純文学に、わたくし少し飢えていたんですね。だから、まず一度目この筆者の講演会に行きました。 ところが、「オモロイ純文」という言い回しはけっこうなされていながら、どんな作品がそうであるのかの具体例をあまり出していただけなかったんですね。 実はそれをしっかり聞きたいと思って、続いて二つ目の講演会にも行きました。でも、やはり具体例を出していただけなかった。 お話しなさっていたのは、菊池寛の短編小説でした。ほぼこれだけだったと思います。そして、この小説のストーリーを紹介しながら説明をなさっていたのですが、それがいわゆる「オモロイ純文」なのか、どうも、私にはしっくりいきませんでした。 ひょっとしたら、わたくしと筆者の「オモロイ」「面白い」の理解が、かなり異なっているのかもしれません。 講演会で筆者もおっしゃっていましたが、「面白い」とは、価値基準を表すものとしては、幅が広すぎるように私も思います。 例えば夏目漱石の『吾輩は猫である』は面白いよ、は当然アリだとしても、ドストエフスキーの『罪と罰』は面白いよ、もやはりアリでしょう。(『罪と罰』が面白いとはこの筆者も講演でおっしゃっていましたが。) しかしこの二つの「面白い」価値基準語は、具体的に見ていくと評価の仕方がかなり違っているように思います。 そして、私が「オモロイ純文運動」について、詳しく具体例を挙げて知りたかったのは、前者の「面白い・オモロイ」(漱石の「猫」側)であります。 (詳しくは延べませんが、本当は「オモロイ」は、「面白い」等よりもはるかに前者側の価値基準語だと思います。) ということで、わたくしにとってこの二回の講演は、内容的には肩透かし感がありました。(全体のお話としてはざっくばらんな感じで語られて、それなりに「面白く」はありましたが。) で、次に私は、これは著作を読まねばなるまいと思ったんですね。 で、図書館で調べますと、芥川賞受賞作はすごい数の予約が付いていました。 もちろん買えばいいのでしょうが、えー、読んでもいないのにこんなことを言うのはよくないですが、山登りっぽいお話、なのかな、と。しかし、山岳小説というのは、ごく個人的な好悪として、苦手っぽいかな、と思ったんですね。で、買うのもなんですし、と……すみません。 とにかく『バリ山行』の恐ろしい数の予約の末尾に私も一人分加えさせていただいた後で、冒頭の小説の方を見ますと、おや、少ない数の予約しかありません。で、こちらを申し込んだら、結構すぐに順番がきました。 この事も二回の講演会のどちらかで筆者が触れていましたが、この『カメオ』という小説は、群像新人文学賞優秀作を受賞なさっていますが、この「優秀作」というのは、群像新人文学賞そのものではないんですね、あえて言えば佳作みたいなものだと。(この回の新人文学賞受賞作は、石沢麻依『貝に続く場所にて』で、この作品は同時に芥川賞も受賞しています。) なるほど。 佳作だからという見方はしていないつもりですが、ちょっとスキマの多い作品だなあという感じがしました。その理由の一つ目は、登場人物の出し入れが、展開的な都合のよさだけで進んでいて、特に人間の「亀夫」の退場は唐突すぎないかと思いました。 それと同様なのかもしれないですが、何とも言い難いのが、やはりエンディングのあり方でしょうか。 個人的な好みで、私が本作にやや後味の悪いものを感じたのは、私の好みのモラル感の欠如というだけではなく、展開にも手前勝手な都合のよさ(主人公が自分でも何種類かの未来予想をしていて、その中の一番良い展開に終わるという都合のよさ)を感じました。 とはいえ、例えば本書の帯には「誠実さと善意、ペーソスに満ちた令和の犬文学」と書かれていますが、誠実・善意・ペーソスというのは(私はエンディングにモラル感の欠如を思いましたが)、わたくしも感じたところです。 その思いが大きかったのは、主人公と犬のカメオの何とも微妙な感情の交流であります。 このいわく言い難い親近感と距離感は、本作特有のかなりオリジナリティの高いものだと思いました。 読みながら私も気づいたのですが、この作品は太宰治の「畜犬談」へのオマージュではないか、と。太宰は、犬嫌いから親愛へと彼らしい極端な振り切り方を描きましたが、本作はその幅を小さくして、そして最後まで微妙な犬との距離感を描いています。 これも、私の好みなのかもしれませんが、「犬文学」としては清々しさを感じました。 ただ、この筆者のいう「オモロイ」とは、こういったものなのかな、これをオモロイとお考えなのかな(なるほどと理解はしますが)という思いは、ちょっと残りました。 よろしければ、こちらでお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末 にほんブログ村 本ブログ 読書日記
2026.03.07
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