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2026.04.18
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『三四郎』夏目漱石(新潮文庫)

 実はわたくし、エクセルで読書ノートをつけているんですね。タイトル、作者名、読んだ日、その年の何冊目か、全体の何冊目か、そして一行だけの感想などを記しています。

 この、「全体の何冊目か」というのは、この読書ノートをつけ始めてから何冊目の読書かということで、スタート地点は半世紀前くらいであります。
 最初に書き始めた時は手書きだったのですが、何年かしてから、しこしこと半年くらいかけてエクセルデーターにしました。

 するといろいろ便利になって、この本は今まで何回読んだかなどが、並び替えですぐにわかります。
 それによりますと、この『三四郎』は、わたくし7回読んでいることがわかります。
 しかし、このエクセルデーターの元になった読書ノートは、就職してからつけ始めましたから、おそらくその前の高校大学時代に最低2回は『三四郎』を読んでいると思え(初読は高校時代で、大学時代に今でも我が家の本棚にある新書版の漱石全集が刊行され始め、少なくとも始めの頃は一冊ずつ買いながら読んだはず……)、ということは、それも加えると今回の『三四郎』読書は、わたくし10度目となります。

 この拙ブログでもすでに2回『三四郎』を取り上げていますが、エポックメイキングな読みになったのは9回目の読書の時の報告でありました。
 それは、美禰子は、ちっとも三四郎を愛してなどいなかったという読みで、なかなか刺激的な読みでした。

 しかし、といいますか何といいますか、今回の『三四郎』読書のテーマは、その揺り戻しの可能性を探る、と自分で勝手に決めて読み始めたのであります。
 やっぱり美禰子も、少しは三四郎を愛していたんじゃないのかの思いは強く、その読みの可能性をもう一度探すというテーマであります。

 さて、そんなテーマを勝手に持って読み始めたのですが、そんなテーマとは無関係に、やはり『三四郎』はとっても面白かったです。
 筆者の無手勝流の文章のうまさについては、わたくしが今更言うまでもないですが、改めて惚れ惚れとしたり(菊人形から流れて来て二人だけになったシーンで、泥濘道を飛び越える美禰子が三四郎の両腕の中に落ちるところなんて、わたくし一人で秘かに快哉を挙げてしまうくらいに、めっちゃうまいやんけー!でした)、でも一方で、ここは漱石かなりノンシャランに書いているんじゃないかなどと思う場面があったりと、文章だけでもう満腹、という感じではありました。

 しかし、忘れてはいけない我がテーマということで、頑張って最後まで読みました。すると「重要な」ポイントが、数か所出てきました。ざっくり以下に検討してみます。

 まず一つ目は、二人の出会う端緒となる例の大学の池のシーンの美禰子の心理、そして作品後半部にある、その時の着物の衣装を画家に提案した美禰子の心理であります。ここの美禰子の心情に、三四郎への特別な感情が読み取れるかということですが、これはなかなか難しいことがわかります。

 一つ目の池のシーンの美禰子の心情は、やはり三四郎をチャームしたものではなさそうですし(前回の私の『三四郎』のブログにその内容は書いてありますが)、その時の着物がモデルの着衣になっているというのも、作品終盤に、三四郎との出会いとモデルの着衣は、実は順序が逆だという(驚くべき)解答が書かれています。

 二つ目のポイントは、世次郎が競馬ですったお金を美禰子から借りに行く三四郎のシーンですが、ここで美禰子が三四郎にこんな風に言っています。(競馬ですったのは三四郎だと思っている場面です。)

「馬券で中るのは、人の心を中るよりむずかしいじゃありませんか。あなたは索引の附いている人の心さえ中てみようとなさらない呑気な方だのに」

 ここの「人の心」とは、具体的に誰のどんな心情のことを言っているのでしょうか。
 この「人」は誰か、具体的に挙げるとしたらやはり美禰子(=私)以外には考えられないんじゃないかなと思います。
 そして、美禰子の心の中に特別な存在として三四郎があるのなら、このセリフは美禰子の愛情告白となるでしょう。
 しかし一方、美禰子の心の中に野々宮だけがあるのなら、ここはかなり残酷な意味合い、つまり私が好きなのは野々宮さんだけなのがあなたは分からないのか、という意味になってしまいませんか。

 ……うーむ。これはこの二つの読みどちらも、場面に違和感がありますよね。
 とすると、この言い回しは、特に具体的な「人」を想定しない、客観的な三四郎の性質を指摘した言葉なのかもしれません。ちょっと気になりますが、有力な証拠とはいえなさそうです。

 という風に、私はちまちまとエビデンスを探っていったのですが、最終的に、この描写はどう読んでも美禰子の心の中に、三四郎に対するある一定の好意の感情があるだろうと私が読んだのは2か所でした。

 というところで、すみません、次回に続きます。
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Last updated  2026.04.18 16:45:21
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Comments

シマクマ君 @ Re:思っていたよりも「重く」ない(02/21) 純文さんへ  あたたかいお返事ありがとう…
analog純文 @ Re[1]:思っていたよりも「重く」ない(02/21)  シマクマ君さんへ。  おや、思わぬお方…
シマクマ君 @ Re:思っていたよりも「重く」ない(02/21)  いつも読ませていただいてます。あのせ…
analog純文 @ Re[3]:無理筋仮定を考えてみる(12/28)  七詩さんへ、重ねてのコメントありがと…
七詩 @ Re[2]:無理筋仮定を考えてみる(12/28) analog純文さんへ 私もときどき読書日記を…

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