近代日本文学史メジャーのマイナー

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2010.11.03
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『ボロ家の春秋』梅崎春生(講談社文芸文庫)

 高校日本文学史教科書においては、「第一次戦後派」という位置づけをされる筆者であります。
 本ブログにおいても、この位置づけ=流派わけについて、ブログ開始時にはあれこれ迷いつつ、結局これがまー、一番まとめやすいかなと思ったもので、高校レベルの文学史教科書の記載にほぼ従うようなかたちで筆者をカテゴライズしています。

 以前、梅崎春生のこれも有名な『桜島』『日の果て』等を含んだ小説集を読みました。
 この辺の作品は、いかにも「第一次戦後派」というカテゴリにふさわしい作品でありました。
 そして、その短篇集について私は本ブログにも報告したんですが、今回同筆者の別の短篇集を読んだ後あわせて前に書いたブログも読み直してみたのですが、己の理解の仕方が極めて安直であったと言うことが分かりました。

 (しかし私のブログにおいては、この程度の安直さを恐れてはいけません。そもそもの基本的なポリシーこそが、素人の安直さの集大成の果てに、ひょっとしたら万に一つの真実を掠る文言が有りはしないか、いや有ったらいいな、という安直さでありますゆえ。…いえ、威張っているわけではもちろんないんですがー。)

 どこが安直だったかと言いますと、簡単に言うと私は、「戦後派とは直近の戦争について書く作家のことだ」と、考えていたんですねー。
 いくら何でもそんな単純な話しは無かろう、と自分でも思うんですが、野間宏とか大岡昇平とかの作家達の「戦争話」が何となく頭に浮かんでいて、恐らくきっとそう思っていたんですね。
 (でもこんな間違いって、案外誰にでもありそうです、…って、そんなことないですか。私だけですか。反省。)

 さて、今回取りあげた短篇集には、直接戦争の場面はありません。日本国中が貧しかった戦後の場面があるだけです。
 一読、とっても手の込んだ作りの小説が並んでいることだなー、と。
 7編の短編小説が収録されているんですが、どの小説も話を進めていく上で極めて手の込んだ、重層的なストーリー展開をしていく小説になっていることに、ある種の「新鮮さ」を感じました。

 これはきっと、「私小説」みたいな、何というか、筆者と等身大の主人公がずるずると話しを始めていって、何か知らない間に感想をひとつ言って話しが終わってしまったという類の「純文学」ばかり読んでいたからかも知れません。

 そして何を語っているのかというと、7編ありますので一言ではまとめにくいのですが(またその7編の発表された期間が長く、数えてみれば1947年から始まって15年間に及んでいます)、大枠の流れとして捉えてみますとこんな感じですか。

 「戦後すぐの価値観崩壊期の混乱から始まって、新しい価値を探りつつある時期には迷いと戸惑いを実感し、そして結局、定着しようとする新たな価値観に違和感を抱かざるを得ない状況が、一種普遍的人間性の持つ不気味さと諧謔とを伴って日常性の中に描かれている」ってところで、どないでしょ。

 蜆が鳴いていたのだ。
 蜆が鳴くことをお前は知っているか。俺は知らなかった。俺は驚いた。リュックの中で何千という蜆が押し合いへし合いしながら、そして幽かにプチプチと啼いていたのだよ。耳をリュックに近づけ、俺はその啼声にじっと聞入っていた。それは淋しい声だった。気も滅入るような陰気な音だった。肩が冷えて来て慄えが始まったけれども、俺は耳を離さなかった。そして考えていたのだ。俺が何時も今まで自分に言い聞かしていたことは何だろう。善いことを念願せよ。惜しみなく人に与えよ。俺は本気でそれを信じて来たのか。(『蜆』)


 この引用部は、戦後すぐの時期を描く表現ですが、そこから15年間、結局代わることなく存在し続ける日常生活の、特に他者の存在に対する、何とも不可解な不気味さと、それを感じながらもニヒリズムに浸りきれず、同時に自らの中の偽善性をも見てしまう、いわば自分でも扱いかねる自意識の有り様が、再三描かれているように思いました。

 しかしそれは、結局人間性の極めて普遍的な状況であり、もしもそんな主人公の描き方のことを「戦後派」と呼ぶのなら、そんな呼び名にはほとんど意味がないことが分かりますね。

 なるほど、文学史における流派のカテゴライズなど、単なる「段取り」に過ぎないことが如実に分かるものであるなと、ひそかに考える私でありました。


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Last updated  2010.11.03 08:24:26
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Comments

シマクマ君 @ Re:思っていたよりも「重く」ない(02/21) 純文さんへ  あたたかいお返事ありがとう…
analog純文 @ Re[1]:思っていたよりも「重く」ない(02/21)  シマクマ君さんへ。  おや、思わぬお方…
シマクマ君 @ Re:思っていたよりも「重く」ない(02/21)  いつも読ませていただいてます。あのせ…
analog純文 @ Re[3]:無理筋仮定を考えてみる(12/28)  七詩さんへ、重ねてのコメントありがと…
七詩 @ Re[2]:無理筋仮定を考えてみる(12/28) analog純文さんへ 私もときどき読書日記を…

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