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今日、予定していた用事が思った以上に早く終わったので、母に電話して一緒にお昼ご飯を食べることにしました。今週は、なんだか凄くいろんなことがあったよーと電話をくれてたので、そんな話も聞きたかったし、今母とはいろんな気付きや学びのことをお互いにシェアできるとても気持ちいい関係なので、ある意味充電というか、癒しを求めていた部分も、大いにありました。たまにはいつもと違うものを食べたい、ということで、美味しいサンドイッチを買って持参。母がアイスティーを入れてくれて、おしゃべりしつつ居心地のいい実家のダイニングキッチンでランチ。いろんなおしゃべりの中で、母が、三人の子どもを産んでよかった、三人三様の個性でいろんなことを知ることができて、勉強させてもらったし、近所での人付き合いもよい方向に変わってきた、と言ってくれました。思わず、「家にずっと居てろって言っただけに、窓口くらいにはなってたやろ?」と言ってしまったのですが(京都なので、会話は関西弁)、母は「そうやなぁ」と笑ってくれました。そして、今までもここまでは同じようなことを話していたことはあったのですが、そのとき突然、私は「置いていかれるの、ほんとに怖かってん」と母に告白していました。そうしたら母はとても自然に、「そうやなぁ、そんなこと有ったからなぁ」と言ってくれました。その瞬間、胸が熱くなって涙が溢れていました。母も、私が寂しくて怖い思いをしていたのを、気がついてくれてた。祖父が亡くなる時、臨月近かった母は、祖父の病院の付き添いと弟の出産のために、私を親戚に預けて一人京都と実家のある岐阜を行き来していたのでした。それが、あの当時どんなに大変だったか、想像することしかできませんが、きっとすごく大変だったろうなと思います。それが分かっていても、一歳半の私は恐怖で小さく固まったまま、今も私の中心にしこりのように冷たく存在していました。その小さな私が、なんだかとても暖かいものに包まれたような、そんな感じがしたのです。今思い出しながらキーボードを叩いてても涙がでてきます。母のあの一言が、あの大変な時、私のことをほったらかしにして忘れていたのではなくてちゃんと心配してくれて気にかけてくれてたことが頭だけでなく、心が受け取ったような。この母のところへ生まれてきたのは、ほんとに理由があって、選んできたんだって確信した気分でした。これからもきっといろんなトラウマや古傷が痛み出したりもするんでしょうけど、両親を選んで一番私に必要なことを経験してきたんだって思える気がします。私を生んで育ててくれて、さらに成長をサポートしてくれる母に、心から感謝です。そして、これを読んでくださるみなさんにも、ありがとうございます。頑なに一人で無人島で生きていくのが将来の唯一の希望だった私が、本当はこんなにたくさんの人から、大事な人たちから、愛されてたって分かったような気がします。この次は、なにが出てくるんでしょうね。父かな?なんだか、不謹慎かもしれないけれど、次に出てくる何かがちょっと楽しみです。しんどい思いをするのは、あまりあまり楽しくないけどね。それも、きっと自分を見つめるための鍵のひとつなのかもしれないって思えるような気がしてきたのでした。読んでくださって、ありがとうございます!
June 30, 2006
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ちょっと自分で面白いというか、興味深いことを今日思い出しました。気がついた、が実際の感覚かも。何か、選ばなければならない時というか、大事な局面になると、私の中にふぃと現れて、私をとてつもない恐怖に陥れる感覚。私は、選ばれないんだ。とか、私じゃないんだ。という、感覚。これが、就職活動のときや、恋愛など、私にとって大事!っていうときに、ふと表にでてくるのです。今日もふと思い出してて、そういえば、短大の二年生のとき、春から就職活動をしていても、夏休みに入ってもまだ一社も内定をもらえなかった私は、思いっきりこの感覚にひたっていました(今思えば)。それを、聞いてくださる先生がいてくださって、「あなたを選ばないなんて、そんな会社は見る目が無いのよ!」と断言してくださったのがきっかけで、浮上してくることができて、その後すぐに先輩訪問に行った先の会社を受験、内定を無事いただいたのでした。この先生には、その前の休みに学校の語学研修旅行で英国に行った時、私が一番適任だといって4クラスのうちの1クラスのリーダーを仰せつかった経緯がありました。その時は、重責だと思い込んで、あまり良いリーダーではなかったと反省点ばかり今も思い出すのですが。。。あの頃既に、抱えていたこの感覚。いったい、どんなことがあって無意識にインプットしたのか、ちょっと怖いけれど見てみるとまたなにか新しい自分に進めるような気がして、先にこの感覚のことを書いておこう♪と思ったのでした。とってもちなみに、今日これに浸ることになった原因のひとつは、昨日聞いた友人の電撃結婚のニュースでした(笑)まわりに既婚者ばっかりの私って、いったいどうなんだろう?とちょっと首を傾げたりして(爆爆)
June 29, 2006
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一昨日漬けた梅が、もう変化していました。サワーは一日で氷砂糖がほとんど溶けて、梅が浮いてきたので、揺すって空気に触れてる部分にお酢がかかるようにし始めました。シロップは、パッと見た感じ、まだ変化なしにみえたけれど、全体に高さが低くなって、梅の周りのお砂糖がしっとりしてきたように見えます。明日はどうなっていくのか、変化がとっても楽しみ☆
June 29, 2006
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昨日、大好きなお友達のコウタロウ君と千草さんが、とてもとても素敵なシェアをしてくれているのを読んで、ふと、疑問というか、気になったことがありました。そうしたら、ずっとさんが、私が感じたのと同じようなことを質問してくれてて、千草さんがまたとっても愛の溢れたコメントを返されていました。コウタロウ君、千草さん、ずっとさん、ほんとありがとうございます!この一ヶ月、同じようなことを自分の中でしてきたつもりでした。ショットバーマスターやケイちゃんにも助けてもらいながら。私自身、2歳ごろのうずくまって小さく小さく固まってる自分が、そのままここに居ることを見つけることができました。その小さい私を癒してあげることはまだできないでいますが、一緒に居ることをちゃんと分かっているというか、受け入れているという感じです。そんな今の私がコウタロウ君のブログを読んで、良かったねぇ、おめでとう!と思ったのと同じくらい、千草さんのブログを読んで、そういう時、私はどうしたらいいんだろう?って思ったのでした。男の人は、いくつになってもよしよしってしてもらいたいものなんだって、そんなこと言われても、私自身が小さな自分を抱えて、どうしたらいいんだろう?みたいな。そんなところにとらわれていて、ミーティングでもどんどん自由に進んでいく二人を見ているとついつい小さなことにひっかかってしまう私。疲れているせいにして、寝てしまうつもりでしたが、どうしても感じたことを書いておきたいなぁと思って、PCの電源を入れたのでした。千草さんが書いてくださっていたように、これは、鏡なんだ、って。私が大事に大事に着込んでいる鎧を見せてくれる鏡。相手を思いやることは、そのまま自分を思いやること。逆ももちろんそう。そこが腑に落ちた時、今月ずっと食欲がなくて、あまり食べることをしなかった私は、ハンストしてたんだって思い知ったのでした。そうやって、みんなに気にしてもらうために。そうやって、自分を傷つけて、結局自分しか見ていなかった。自分が変わるのが怖くて、まわりを何とかして変えようとしていたのね、私もまたしても。私は、ほんとうは自分のことが好き(#^.^#)そう表で言っていても、でもなぁって思ってる私も居ました。つくづく、そうやってぐだぐだ言ってるのがすきなのかも(^-^;と思ったら、なんだかそれも、鬱陶しいような、でもカワイイかも、と思ってしまったのでした。私は今までもこれからも、どんどん進化して変わっていくんだって、また新たに思うことができた一日でした。本当に、素敵なメッセージをありがとうございます!思いついたまま勝手なことを書かせていただいて、ほんとに私って愛されてるのかも(*^.^*)エヘッ
June 28, 2006
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去年はバタバタしてる間にシーズンが過ぎてしまって、漬けられなかったけれど今年は滑り込みセーフで青梅を入手できました。梅酒はまだ去年買ったブランデー梅酒(おととしだったかな?チョーヤで、「あなた好みの梅酒」というのをやってて、お友達と半分コしたのです)があるので今回も、梅シロップと梅サワーです。どちらも梅のエキスをめいっぱい抽出するので、お高いのは勿体無い~と思って待ってる間にシーズンがそろそろ終わりそうになってしまったのでした(^^ゞどうも六月って、毎度何かあるのよねぇ。。。小殺界だからか?!一キロの梅をキレイに洗って、ヘタを爪楊枝で取ってキレイに水を拭いて、ちょうど手元に有った一番度数の高いウイスキーで瓶を消毒、そこに梅と砂糖を入れて、片方にりんご酢を一ビン入れて出来上がり。サワーの方は氷砂糖を、シロップにはちょうど500グラムちょっとになってたヨーグルトについてたフロストシュガーを使いました。一昨年作ったときは、室温の関係で最初から冷蔵庫に入れてたので、出来上がるのに三ヶ月ほどかかったけれど、今回は室温で大丈夫♪早ければ一週間ほどでできるので、とっても楽しみです。いろいろあった六月も、もう残り数日。まだまだいろんなことが有るでしょうけど、まぁなるようになると信じて。さすがに、身体はちょっとしんどいですけどね(^-^;週末、大阪CFGでお会いした悦月さんにまた手相見てもらったら、なんだかちょっと気が抜けていい感じになってるねって言われました。気が抜けてるのか、ボケてきてるのか、自分としては微妙かも~と思ってしまった(爆)とりあえず、私が自分でやりたい!ってことに全力かけて、他のことはしてくれる人に任せるってスタンスが、私にはちょうど良いってことかな?と思ったのでした。
June 27, 2006
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木曜の夜くらいから、何故かおでこにぺたっと何かがくっついているような、貼り付いているような感じの違和感があります。なんだろう、これ???結構広めの私のおでこ、いつからか忘れてしまったけれど、いつのころからか眉間に深く縦皺が刻まれてしまっていました。あまり嬉しくない皺。いつも怒ってるような、しかめっ面してるような。違和感を感じ始めて思い出したのが、カウンセラーさんに最初に言われた言葉。額にある、第三の目を、力いっぱいにぎゅっとつぶっているねって。この目をさらに強くつぶろうとしているのか、それとも開こうとしているのか。内面と向き合う最近の行動は、この目をも開こうとしているのかもしれない。。。もしかしてこの目が開いたなら、どんな世界が目に映るんでしょうね。ちょっと楽しみかも。
June 24, 2006
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夕べ、早く寝るつもりが結局ブログを書きたくなって、遅くなって今日も寝不足気味です(^-^;昨日の夜実家へ寄った時に、母に疲れてるようだから早く帰って寝なさいと言われて早めに帰宅したのに。。。(爆)ちなみに、昨日は、父の日のプレゼントを一日遅れで持って行ったのでした。とても喜んでくれて、土曜日に母に付き合ってもらって買い物した甲斐がありました♪そんな寝不足の頭を抱えて、今日も朝から「なにか」を考えていました。ここのところずっと頭の中から離れない、「なにか」。「どうして私は?」という問い。夕べ書いたことの答えはまだ見つけていないけれど、ふと『幸運を呼ぶサイエンス』や飯田先生の本や『プレシャス・ライアー』などを思い出してきて、ここに生きている意味や、パラレルワールドやといったことを思っているとこの世の中は全部自分自身なのかもしれない、って思いました。前にもきっと書いたと思うし、その通りのことを以前に思ったこともあるけれど、今日また新たにそう思ったのです。どこかで、なにかの選択をした結果、分かれて世界に広がった私自身。もしくは、私がどこかでなにかの選択をした結果、分かれてたくさんにひろがった世界。そのすべてが、おおもとの私が必要と思った経験なのかも。違いを経験して自分と他者を尊重することなのかな?どっちにしても、なんとなく、今すぐどうにかしなきゃ、というような焦りの気持ちが何故だかふと「焦らなくてもいい」と思うようになっていました。なんだか軽くなったような気持ちで作ったロゴペンダント。先月仕入れたピンクトルマリンのバラを使いました。ピンクのバラが可愛くてお気に入りです。もっと濃いピンクので作ったら、もっと銀の羽と映えるだろうなぁ(^-^)で、石が入ると、さらに写真撮るのが難しいということもよーく分かりました(T^T)横2センチちょっとに縦が1.5センチの小さなアクセサリーの写真を携帯でキレイに撮ろうってのがそもそも無理なのかも。とってもかわいいバラがピンクの塊りにしか見えない。。。どなたか、カメラの選び方と小さいアクセサリーの写真の撮り方、教えてください!
June 20, 2006
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この週末も、またいろいろと人と会うことができて、いろいろと気がついたり思い知ったり、助けてもらったりな盛りだくさんな週末でした。ひとつ、どうしてだろう?って今日思ったことを。相手の気持ちを考えて言葉を使うことって、私はあなたじゃないんだから分からないよ~って思って、難しいことだと思ってる部分があります。でね、知識として、自分がされてイヤなことは人にしない、とか、因果応報とかって、ちゃんと持ってるんですよね、私。そうしたら、人の気持ちって=自分の気持ち、なのかもって思いました。自分の気持ちは、私のこととして人に訴えることはよくしてるけど、相手の気持ちも私のこととして人と接したら、それがカッコイイ人の人との接し方なのかもしれない。私はついつい身近な人の話題になると、その人の欠点やもうちょっとこうしたら、っていうような部分を話題に載せがちだったんですが、それ、どうしてだろう?って考えてて思ったのでした。どうしてか、は見えてなくても、私がそれされるととても気持ちよいとは思わないしものすごく気分悪くなることだと分かってるのに、してたんですよね~。もうこれ止めようっと。自分がそれしてる、って分かったら、止めるのも自分で決めること。気持ちよく楽しい人生、ワクワクの人生を生きるのに、要らないものは手放していく必要もあることだし(^-^)この週末お会いした皆さんに、めいっぱい感謝です!みんな、大好き(^-^)
June 19, 2006
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しばらくぶりになりましたm(__)m一週間ほど、精神的に寝込んでました。われながら信じられないくらい、痛いことが起きて(というか、起こして(^^ゞ)。いろいろとご迷惑もおかけしてしまった方々には、申し訳ありませんでした。どうしてそういうことが起こるんだろう?と考え、ショットバーマスターからは自分の内面と、いい加減にきちんと向き合いなさいと叱られ、自分がそんな反応をするようになったきっかけを探っていました。どうしようもなくなって、スタッフに助けを求めたりもしつつ。(実は、助けを求めることもできない自分もそのとき発見しました。)どうしてだろう?なにがあったんだろう?とずっと自分の記憶の中や痛みを感じているらしい心の痛みの原因と形を探り、見ているうちに、ふと出てきた小さい頃の記憶。忘れかけていたけれど、なにかの拍子にふと出てきて、何故かこころが冷たくなるような感覚を感じさせた記憶。大事に大事にふたをして、奥底にしまいこんで、頑丈な扉に鍵をかけていたように感じるくらいに忘れていて、そのくせそのとき決めたことはしっかりと無意識に刻み込まれて私の言動を決めるベースになっていたようでした。あまりの痛さに、見つめることを止めたくなったり、見ているものを摩り替えようとしたり。私自身のことなのに、思うように見つけることすら難しい。そう思ったときに、つい笑いが込み上げてきたくらいです(笑)それを見つけ、言葉にして自分自身が決めたこととその理由をそとへ取り出してやることができたとき、小さく小さくうずくまって、一人で必死に耐えている2歳くらいの私がおとなになった今の私のコアにそのまま居るのを発見し、痛みも悲しみも全部自分で感じて自分の中からだしてやることができて、少し疲れたような、でも穏やかで暖かい気持ちの中に帰ってくることができたように思います。トラウマという言葉で表現することもできるだろう小さな頃の体験。それが、こんなにも今の私を無意識からコントロールしているんだっていうことも感じたこの十日ほどの体験でした。それがあってから作ったペンダントトップ。カギは前から気になっていて、オーダーのお客様にも作ったこともあるモチーフです。心の奥底の重たい扉。その奥に隠した記憶と感情。その扉の鍵を身に着けていつでも開けられる私でありたいと願いつつ。本当はその扉の奥は、暖かな穏やかな、大好きな人たちの集うリビング。いつでも扉を開けて気持ちのいい空間に戻ることができるようになった気がします(^-^)
June 12, 2006
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最近、何冊かの本を平行して読めるときに読みたい本を読んでいます。今日、なんとなくこころが静か、というよりは沈みがちだった私ですがふと思い立って読み始めた本が、「ハッピーバースデー」でした。去年から今年にかけて、ずいぶん長い間電車の中吊り広告にもなっていたしもうすでに読まれている方も多いと思いますが、私自身は、広告のコピーに恐怖を感じて、読む気になれませんでした。「生まれてこなきゃよかった」「生まなきゃよかった」どちらも、私自身が自分に対して、そして母に対して言ったことのあることばだったから。本当に、本との出会いも、タイミングというかそのときが来るんだなぁって思います。ほぼ確実に自分で手にとって読むことはないだろうこの本を、ショットバーマスターが、自分も今だから読めた、といって渡してくれました。あとがきによると、この本はもともと児童書として書かれたものが子どもから大人へと手渡されて広がるなかで、幅広い人たちに読んでほしいという思いと虐待をするに至った静代の気持ちをもっと知りたいという読者の方たちの声に背中を押されて、文芸書版の発刊となったそうです。今、読みながら暖かい涙を流す自分の内側と対峙しながら、あすかだった自分を抱きしめ、静代でもある自分を自覚して、私が自分で選択できる、選択するということを、静かに、力強く、こころの奥深くに落とし込んだ気がします。ぜひ、私の母にも読んでもらいたいなと思いました。本屋さんに、まだ在るかな?
June 1, 2006
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