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残暑厳しいですね。先日あるところからモニターがありました。 内容ですか?定年延長とか生涯現役がしたいかと要約すると、定年があったときどうあってほしいかということでした。 そりゃー。元気な間は仕事をしたいです。中には今している仕事のまま定年が延長すのが良いと思う人だとか、第2の人生として思い思いの事がしたいとか人それぞれです。 私ですか?一応定年になり第二の人生を楽しみながら仕事しています。 さて、今度は 第3の人生を考えています。 仕事をしながらというか、仕事を他人のために作っていけたらよいのにと思っています。そういうこと皆さんはどう思っておられますか?
2011年08月29日
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コオロギが書斎に訪問しあちらこちらを徘徊しているまだ子供のコオロギなのかものめずらしく動き回ってる しばらく遊ばせていましたが柔らかい紙でそっとつかみ外へ逃がしてあげました。 コオロギ君またきてね。今度は昼間にしてね。
2011年08月27日
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御釈迦さんって本当に悟っていたんだろうか? それとも今までに歪曲されてしまったのか。 本当の悟りとは道徳的なことではないのである。他の生き物も大事にでき、そして何より救済できなければならない。 とは、いえ、今風の超能力だとか、霊視とかでもなく、しいて言えば、生きていた後の法則、生きていたもの全部を含めて生命を救うことができる法則が悟りなのかなぁ? わが人間だけの天下泰平など仏の道に反し、悟りでもなんでもない。悟りを説く坊主に悟ってもおらないのに悟りを説く。 親鸞と言う方は本当に偉い私の信じる宗派でないが、え、だけど今の坊主をほめたわけじゃないです。 私ですか?死んだときですか?当然お坊さん抜きの葬式をします。願わくば、妻、明日香、葵、他の娘や孫、親族が手を合わせ拝んでくれたなら、充分です。
2011年08月25日
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夏風よ 早く秋風に バトンしてもう少し もう少しという 蝉の声 顔洗う 汗拭う水 夏の井戸
2011年08月24日
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電車の中での出来事。マスクをして変な男が乗ってきたと思っていたら、 電車の中で突然立ち上がってあちらこちらを見渡しうろちょろしていて私の足を踏んづけても平気な顔をしている。 こちらが怪訝な顔をしたのが気に入らなかったとか、電車の中で暴れだしあちらこちらを打ちたたき出した、気違いを相手にしても仕方がないので席を替えて座り追ってくるようなら対処しなければと思っていたところ何事もなかった。 しかし、私自身が直接このような出来事に出くわすとは思わなかった。今のような出来事はよく目にするし、気違いがいうのか電車の中で大声を出したりとか、 まともでない人間が回りに沢山いるようでなんか不安でもある。精神的におかしいかったら犯罪をおかしても無罪になるそうです。 そうすると精神が健全だとなるべく避けるようにしなければならないということになります。 これは悪法です。精神に異常をきたし一度でも犯したものは隔離しなくてはなりません。もし2度犯したものは2度と一般社会とは隔離しないといけないと思うのですが、いかがでしょうか? 今の日本は高度成長時代から安定成長時代へとか言われていますが、安定とは安心、安全で快適な世の中をつくっていかなければならないと思います。 それには電車の中でも一般庶民がおかしな乗客がいる場合は皆で排除する仕組みを作らなければならないと思います。 不幸にして気違いに殺された場合は国家が補償するぐらいの気構えがあっても良いのではないでしょうか?
2011年08月23日
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生きものは息をしている悲しい泣き声が聞こえてくる 人間にも他の生きものからも聞こえてくる親と名のつく生きものがおさな子をいじめ泣かし殺してしまう 人間を放棄した叫び声がする他の生物を征服し頂点に立った人間が 今自ら滅びの前兆を現している自然も警告しているにもかかわらず ただ騒ぎ狂って中傷の雄たけびをするだけ今はもうただ行動して示しそれを見習ってもらうしかないのに 少しの行動と十倍する宣伝、宣伝一で行動十がなぜできないのか正しいことを主張し評価を先の歴史に求めるほどの人物がいないこと 地位や名誉にとらわれた人がいかに後世醜い名と自らの魂を汚したことか地位も名誉も金も要らずただ正しいと思ったことをやり遂げる人物は詣でないのだろうか? あ、それプロス命もいらずこのような方に出会ったら、年が私より若くてもそんな小さいことよりも、頭を下げて付いていきたい
2011年08月22日
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日曜休みは涼しいかったのでほとんど寝ていました。夏の疲れがでる。 無理をすると倒れてしまうので眠るがままに 雨だれを手に受ける涼しさか
2011年08月21日
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大いなるものは、なぜ生命あるものがお互い食べあいをするようにつくつたのだろうか。 そこには神とか仏とか呼べるほどの偉大なものは存在しない。この地球上では弱肉強食だけなのだろうか? いいやこの世の中はそうであっても人間は地球をすべての生き物を好くしていく義務があると思うのである。 他の生き物より繁栄して他の動物を虐げ恐怖させているけども、ちっぽけな人間は今自然という新たな敵に遭遇し、また誇っていた技術ももろくも露呈し、 もともと原子力などというものはどうしてもしなければならないものならば厚いしシェルターで蔽い地下深く暴発しても地下核実験のように地がゆれてそれでもまだ心配するものではないのだろうか? いくら財界人、経済評論家などが抗辯しても納得いくものではない。ある宗教団体の党は庶民の味方、生命第一などと言いながら宣伝ほどではない。 人間動物が他の動物生命のことをないがしろにして、この世の安穏がくるはずもないし、こういう人間社会が続くならば、これからも険しい道が待ってるとおもうのである。 生きとしていた人達、生きとして生きていたものの安らかな成仏を願い、今を改めて生きて行きたいと思うこのごろである。
2011年08月20日
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盆休みも無く普段と同じ相変わらずあちらこちらへ飛び回っています。 いつも真摯にご訪問いただいてる方々、ごめんなさい。ブログの更新をしなくて心からお詫びいたします。 さて、毎日暑い日が続いていますね。お盆も終わりましたね。 魂と会話ができたらよいなぁと思っていましたが、とうとう誰も話に来てくれなかった。 人の悲しみ、苦しみを死んだ跡まで持って行ってるならぜひ来られるかなと思っていたのですが、当方の力不足かもしれませんね。 もっとも力量不足は当人が一番自覚しています。まぁ命名のお戻られるところ安らかにお盆をすごせられるところにお戻りになられたのでしょう。 どうしても戻るところが無かった方々は黙然とこちらですごされていたかもしれません。安らかに成仏をされますように懇ろに心より手を合わせさせていただきました。
2011年08月17日
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可もなくかもなし好いようで悪いようでわからない 要するに平凡ってことかな?平凡を男子だったら凡夫ともいうのかな 偉大なる凡夫とおだててのさばってるものがいる そういうのに限って名誉とか地位を欲しがる平凡、凡夫とは地位も名誉もいらず ただしかしこれって人に強制されたり指導や教育されるのではないと思う気恥ずかしくもあり書けなかったのですが、それを利用しようして いるのを見かけてつい書いてしまいました。 凡夫は偉大でなくても尊いと思います。庶民は何者にもつかずよければ賛同し悪ければ批判をし、悪言をいったからといって罰を受けないし罪にならないと思います。 時には民は権力者に利用され間違った事もしてしまいますが、それは歴史的に見ても庶民が間違った方向へ扇動されて不幸な結末を受けてしまうことにもなります。
2011年08月08日
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師匠と呼ばしてる人がいた弟子が悪いと師匠まで悪いと感じる いいや、師匠が悪いから弟子が悪いと感じるのか師匠と呼ばしておいて責任は取らない 無責任でもそう呼ばれていたい師、弟子そんななもの持ちたいと思わなくても 師と尊敬すれば、勝手に呼んでいるしょうもない者程上に登りたがる そういえば、あほと煙突は上に登りたがるというのありましたね。
2011年08月07日
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庭の木樹は役目でもないのにいろんなことをしてくれる 夏の暑さ避け、カーテン、団扇、扇子がわりそんな彼らにエアコンの室外ユニットの熱気があたる 置く場所がなかったとはいえ、これじゃ恩を仇で返してるみたいだ電気工事をされた後少しだけ木樹から逸らして少しの自己満足 心の中ではいつも謝ってる人、いや生き物全体が誰かを迷惑にかけなければ活きていけない世界 発展という美名の下の弱肉競争の世界ひとたび大自然が怒るとあっけなく壊れてしまう社会 この世界は修羅道なのか餓鬼道なのか、はたまた地獄道大きな渦の中で翻弄されてしまう生物はもう取り返しのつかない ところまでいってるのかもしれない次に栄える生物、人間を食物として扱うかもしれない そのとき、釈迦、キリスト、そのほかの人間だったものたちは自分が神だったのか仏だったのとの言い訳も通用しなくなる
2011年08月07日
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汗を拭う もれた汗が眼に入り眼が痛くなって汗が涙となって零れ落ちる その涙か汗の痛さを堪えながらもパラダイスか幻想かもわからない理想の世界が できればよいのにと思いながらもそれはもっともっと沢山の汗と涙の結晶が作り出すのかもしれない 顔から流れ落ちる塩辛い汗を拭う
2011年08月06日
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世の中、地位や名誉、お金を恥じらいもなく求める人が多いいつからこういう世の中になってしまったんだ 今信じられないのは地位、名誉やお金に群がって生きる者しかしまだまだ信じられる人々は多い それはただ通りすがりの人だったり、何らかの縁で話すことになったりとほんの小さな親切や労わりやちょったした心遣いに出会うと人間を信じることができる やはり世の中は草莽より現れてくるしかないのかもしれない
2011年08月01日
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