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婦人科系の病気の手術をして退院し4日が過ぎた。最初は母に来てもらって家事を手伝ってもらったが徐々に通常の生活に戻れるようになってきた。1日1回は近距離を歩くようにしたがバス停ふたつ分になるとさすがに疲れを隠せない。傷口はあまり傷まなくなったし薬のおかげで目立たなくなってきた。痛み止めはたまに飲む程度になった。食事は通常通り。特に制限がないので術後の貧血を克服するため牛肉やレバーなど多く食べている。術前はこんなにゆっくり家ですごすことがなかったので なんだか新鮮だ。術後は、ちょっとしたことで動じなくなり周りを見渡す余裕が出てきて物事を合理的にすばやくこなすことが可能になり母からは「身軽になったのか、人が変わったみたい」といわれる。自分でも、大げさだが麻酔から目がさめたときから生まれ変わったような気がする。ものの聴こえ方も見方も考え方もすべてがどこか変わった。人生の後半。きっと今がちょうど半分ぐらいで、これからが勝負だという気が、する。
June 14, 2009
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先日のツインピアノライブの1週間後、妹麗華の3年忌の法事を無事済ませた翌日の朝、私は自宅の近くの総合病院の入院受付で手続きを済ませ、病室へと向かった。手術は翌日だった。ひとつきまえ、あんなに悩んでいたのが嘘のように手術前日の私の心は穏やかだった。部屋を案内されるとそこは私より年上の女性がひとりベッドに横たわっていた。挨拶をするとそのひとはほほえみ、私の病状のことなど尋ねてきた。その人..ヨシさんはすでに私と同病を経験しており、そんなに大変ではない、というようなことをいって私の気持ちを和ませてくれた。私はヨシさんと意気投合し音楽や美術やアロマオイルの話に花を咲かせた。その夜は安定剤の効果もあり穏やかに眠ることができた。翌日。手術前は穏やかだったのだが術後は寒気、吐き気、熱があり何をやっても吐いた。苦しかった。胃がんで苦しんでいた麗華のことが頭をよぎった。彼女に比べれば私の病気なんて。そう思って何とかがんばった。3日目。どうやら峠を越えたようだ。この日から私は快調へと向かった。ちょうど部屋も初日希望していた個室に変わった。私はヨシさんに時々、あそびにきますねと伝え、部屋を後にした。新しい部屋はとても見晴らしが良い。私は家から持ってきてもらったCDのデッキを窓辺において、さっそくボサノバを聴いた。窓から見える景色は朝、昼、夜とまったく違った表情をみせボサノバやジャズを聴きながらそれを眺めるのが楽しみになった。ときおり 夜などはCDをとめ 静寂に身をおいたりもした。12階だから都会の喧騒は聞こえず、聴こえるのは風の音や鳥の声だけだった。部屋では小さな水彩画を毎日少しずつ描いた。10枚描いたら退院だと思い、壁に貼っていった。開腹手術のためあまり激しく動けなかったが院内を散歩し、花を見つけては撮影した。私の体は、1日1日回復に向かっていった。歩く距離が少しずつ増えたし かがんで物を取ったり、腹筋で起きれるようになった。お見舞いに来てくれた友人たちは私の回復ぶりに驚いていた。最近は傷口もそう目立たず、さらに目立たなくする薬もあるらしい。体の回復も順調に向かったがこころもまたストレスから開放され周りへの感謝の心が生まれ、非常に良い状態になった。回診に来た担当医師が初めて部屋にはった水彩画のことを口にした。「10枚描いたら退院なんですよ」と私は笑った。そして10枚目で本当に退院が決定した。今日病院を出るころは私の心も体もすっかりリフレッシュされ、とても良い状態になっていた。この10日間は私にとってすばらしい日々だった。走り続けてきた私に「少し休みなさい」という神様のささやかなプレゼントだったのかもしれない。
June 10, 2009
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