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2021.09.15
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テーマ: 史跡巡り(781)
野原八幡宮・天満天神石祠・地神宮に来ました。

 (2)野原天満天神石祠せきし  野原字山中 野原八幡宮境内(付図2-51)
 野原八幡宮神殿東軒下にある石祠である(第73図)。「旹とき享保四(1719)乙/亥天三月廿五日
奉勧請 天満大白在天神 肥後国玉名郡増水村之住 願主 猿渡弥市滋栄しげひで」と記すので、猿渡
滋栄が祀ったことがわかる。南側に「延享元(1744)甲/子天七月再建 猿渡右衛門滋久」の刻
銘がある。これは享保4年に祀った天神石祠が何等かの理由で破損し、その子滋久が延享元年
に再建したとけとられる。御神体は失われている。
 (2)野原のばら南屋敷地神宮  野原字南屋敷(付図2-45)
 江川徳次氏方屋敷(野原南1585の8)にある。もと吉丸屋敷にあったという。高さ100cm、幅
43cm、厚さ13cmの小岱花崗岩である。北面に「猿田彦大神」の陰刻の跡がみえる。春、秋の彼
岸日に、煮しめと神酒を供え、神酒を石にかけ流痕の長さで米価を占なったと言う。





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最終更新日  2021.09.15 00:00:18 コメントを書く
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