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2021.09.16
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カテゴリ: ・玉名の史跡
願行寺の龍造寺隆信の首塚に来ました。

龍造寺隆信の首塚:「肥前の熊」ともいわれた、戦国時代の猛将龍造寺隆信は1578年3月24日島原・沖田畷の戦いで有馬・島津連合軍に討ち取られた。  肥後高瀬川に遺棄された隆信の首は、ここ願行寺の四阿上人によって丁重に葬られ、その後1871年隆信の故郷肥前高傳寺に移された。




 願行寺: 一遍上人を宗祖とする時宗のお寺です。貞和5年(1349)、
遊行五世他阿其阿弥陀上人の開山によるものです。
 寺は代々菊池・小代・大友・細川氏の保護を受け、天正
年間には、玉名郡7ヶ村内に千石余の寺領を有したほど
です。
 御堂には本尊の阿弥陀三尊のほかに、鎌倉末期の時
宗高僧の倚像が安置されています。また、天正15年(1587)、
九州平定の際、当寺を宿陣とした豊臣秀吉が寺への謝
礼として残したとされる陣太鼓も所蔵されています。
 境内には、天正12年(1584)、島津・有馬の連合軍と戦っ
て敗死した肥前の戦国大名龍造寺隆信の首塚と伝えら
れる石塔のほか、高瀬町別当をつとめた荒木家の五輪塔、







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最終更新日  2021.09.16 00:00:18
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