荒尾史学会のブログ

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熊本県荒尾市で地元の歴史を勉強するサークルです。
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2022.11.09
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テーマ: 史跡巡り(781)
カテゴリ: その他
府本熊野神社・石造物に来ました。

① 府本熊野神社石造物
社前の明神鳥居や、石段左右の天保7年(1836)銘石燈籠、弘化2年(1845)銘石門は藩政
時代の府本町を知る遺品である。
社前にある1対の相対する狛犬(図版8(3))は、高さ68cm、側長70cmの小型石像ではあるが、
前脚をたて、腰を落してうづくまった(蹲踞そんきょ型)姿のまことにこぎれいな作品である。
銘は読みづらいが「筑後久留米通町拾丁目、石工江藤宗右衛門吉通」願主は、「嘉永五年(1852)
荒木氏」とされている。江藤宗(惣)右衛門吉通の本籍地は、福岡県浮羽郡山北町、その一族は
与えられており、明治20年頃までの石狛犬、石牛、石亀など15点が久留米地方にみられる。本
社前の狛犬は吉通の若い頃の作品である。
社前には町の繁栄を祈願した大乗妙典石碑が数本ある。その中で有名なものは宿町しゅくまち
御免ごめんの碑である(図版8(2))。銘は六角柱状の4面に陰刻され、「享保元年(1716)九月、
宿町御免、荒木七良兵衛丿「元文二年(1737)七月日 荒木養元、長浜藤左衛門が願主となり
大乗妙典の祈願をなす」「寛保三年(1743)三月、荒木儀平がいままでのことを記事にして
この碑をたてる。」と読まれる。因みに、この碑石下より多くの一字一石が昭和30年頃出土した。
北側にある宝篋印塔は「国家鎮護之塔、安政二端蒙單閼中元 荒木孫七」としてあるので、
通称国家鎮護の塔と言う。安政2年(1855)端蒙は旃蒙の誤記で、干支「乙」の異名、単閼は
「卯」の異名、また「中元」はお盆の7月のことで安政2年乙/卯7月ということになる。
その外、落雷の碑があるが、人によっては相撲さんの碑ともいう。また、府本が宿町時代の
寛政5年(1793)1月彫作の町恵比須石像が、昭和31年11月20日に、改彫されて階段下に、移





宿町御免の碑














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最終更新日  2022.11.09 00:00:21
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