荒尾史学会のブログ

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2022.11.12
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テーマ: 史跡巡り(781)
カテゴリ: ・・府本・樺
御成門に来ました。

(53)御成門  府本字町(付図2-156)
町の中央の府本公民館の隣に、旧三池街道(県道金山・三池線)に面して建っている(図版
11(1))。藩主細川家の九曜紋入りの棟瓦と軒瓦の屋根をもつ門と扉で、その頭貫には九曜紋を
浮彫にした板欄間が施されている。これは天保2年(1831)6月14日の再建物であるが、老朽、
破損したのでさる53年補修工事をおこなった。
「かって御成門の入口には背丈ほどのけやき材の玉垣が置かれ、道路と遮断されていた。そし
て藩主御成りのときだけそれを取りはずしていた」とのことである。
田中春記氏宅内に移建され、はぼ原型をとどめた姿で同氏宅に利用されている。これは回廊と
床の間つきの8畳2間である。廊下は畳間より1段低いつくりで桜材を使用しているという。
御成門と同時期の建造であろう。
ところで昭和10年ごろ御成間の解き家手伝いをしたという古老O氏に次の話を聞いた。「柱
のホソには沢山の墨書がなされていた。それは贈大工○○の他に、府本村○○兵衛、平山村○作
という具合に苗字のない百姓名である。今でも解体すればわかるはずである…」と。御成門
の再建は府本村近在の人々の贈に依存してなされたのであろうか。天保期は藩財政が極度に窮
乏化した時期である。再建の前々年の文政12年(1829)に、肥後藩はさかんに献金をすすめ、
傘御免、小脇差御免、士分取立てを告げている。御成門と御成間はその事情を秘めて建っている。







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最終更新日  2022.11.12 00:00:21
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