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2026.06.04
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カテゴリ: 荒尾の城跡
平山城(ひらやま)


 平山城は城集落の北側にある標高70m程の丘陵に築かれていた。 
 山頂は広い平地で畑や竹林になっており、
南側は低地で県道荒尾南関線が東西に走っている。
東は平山川流域の湿地地帯を挟んで小岱山麓に面している。
北の高尾山との間は深い谷となっている。
 現在は明確な遺構は残っていないが、かつては土塁と空堀に囲まれた長方形の区画が存在したという。
 この城は筒が嶽城の北西を守る第一線の要害であるので北国守衛とも呼ばれたといい、近くには「城の下」、「大蔵」、「敵亡」、「馬無疵」などの下名がある。
 また、平山村を領した平山権守正行が、東西1町25間、南北40間の城を構えたと伝えられ、そのあたりを陣屋敷と呼んだ。

グリーンランドから高速インターへ抜ける道沿いの丘にある。
登り口の周囲は住宅地(城下町)となっており、分かり難い。


山頂の平らな土地は畑になっており、登城道も畑への道となっている。
此処は、大牟田方面からの攻撃の受け場所となっており龍造寺などと戦があった。





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最終更新日  2026.06.16 14:09:35
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