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池田小学校惨殺事件を起こした宅間死刑囚の死刑が、昨日執行されたことを知る。
同居人が新聞を取るのが嫌いのなで、ニュースはもっぱらネットで見る。
だから忙しいと見過ごしてしまうことも多い。
昨日の新聞の夕刊にはかなり大きく取り上げてあったそうだ。
体外こういう記事は隅の方に小さく載るらしいのに。
何故、こんなに早く執行されたのだろうか?
本人は「早く殺してくれー」と言い、弁護士が控訴することを拒んだのだが、
まさかその言い分を聞き入れたわけではあるまいに。
間違っているかもしれないが、死刑の起源はギリシャだということを昔聞いた。
大罪を犯した人間を罪を悔いた状態でずっと牢屋に閉じ込めておくことは忍びないので、
生まれ変わって新たな生を貰って生き直すために、死に処する…
でも、その後、処刑などの歴史があるから、この説は違うのかもしれない。
本当に宅間死刑囚はこんなに早く死刑にして、よかったのだろうか…
刑事訴訟法では6ヶ月以内に刑の執行を命令しており、
その日時を遺族に通達する義務はない、という決まりがある。
宅間死刑囚の死刑が確定したのは去年8月28日の大阪地裁。
弁護団は控訴したが、翌月宅間本人が控訴を取り下げ、判決が確定した。
そして宅間死刑囚は「3ヶ月以内の死刑執行を望む」という内容の手紙を公表している。
遺族も早期の執行を望んでいたというが…
反省や謝罪の言葉すら残すことなく、傲慢な言動を続け社会批判をし
遺族の悲しみ、憎しみを煽った感じが残っている。
獄中の様子はほとんど知らないのだが、
自分の罪を反省もせずに死刑が執行された観は否めない。
遺族は被告を殺したいほど憎んでいると思われるが、
被告が死んだからといってそれで気が休まるわけはないだろう。
苦しみや悲しみ、絶望感はこれからも続き、新たな苦しみや葛藤も始まるだろう。
突然いなくなった宝はもう何をしたって帰ってはこないのだ。
この事件は、自分たちが死ぬまで抱えていく大きな傷になってしまった。
私が殺された子の親だったら…
きっと一生刑務所から出てこれない無期懲役を望む。
残念なことに日本にその制度はないのだが…
そして、自分のやったことの重大さ、身勝手さにきちんと向き合わせて反省させる。
月命日には罪を悔いる手紙を書かせ(勿論読まないだろうけど)、
自分の心と対話するしかない環境に追い込む。
そして最後には、今までとは180℃違う人間になってもらう。
これはなかなかきついこと、死ぬよりもきついことだと私は思う。
だから、死刑にしないで無期懲役にして苦しませるのだ。
この事件は私にとって大切な学びをする出来事、なんて綺麗事は言わない。
被告をとことんまで苦しめたい自分は許すけれど、罪を後悔しない被告は許さない。
「罪を憎んで人を憎まず」と言うけれど、
それは罪を後悔した人に当てはまる言葉だと思う。
今回の死刑執行で一番すっきりしたのは宅間被告ではないかとまで思う。
宅間被告の書いたシナリオ通りにことが進んだような気もする。
結果的には法の下による死だが、巻き込み自殺…という感じも残る。
2度とこのような事件が起きないことを祈るしかない…
賛否両論いろいろあると思うが、私はこう思うのだ。
(加筆)
面会を重ねていた心理士は、
宅間死刑囚がだんだんと罪の深さを認識するようになったと言っている。
「自分のしたことで不幸になった人がいることはわかる」「子どもに罪はない」
「生まれてこなければよかった」と思いつめた表情で漏らしていたそうだ。
遺族が望むのであれば、宅間死刑囚の言葉を伝えたいと言っていた。
もし、もっと時間があったら、謝罪の境地に達しただろうか?
もう今となっては、わからないことだが…
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