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暑い!!とにかく暑い!!風の通りが悪く、外よりも室内が暑くなるこの部屋。とうとう、クーラーを入れた!今日は自宅で仕事をしていたが、この暑さ。たまらずクーラーを入れた。やっぱりこれが仕事がはかどる。はかどりそうな感じだったが、快適になると眠くなってきた。うーむ。ちょっぴり、眠っちゃおうかな。お昼ねしようかな。仕事がはかどるようにするには、眠気を除かないといけない。そのためには、やはり、眠るのがよかろう。自宅で仕事をしていればこそ、できること。ちょっとだけ、クーラーのきいた部屋で、贅沢にお昼ねしよう。おやすみ!
2005.06.20
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「この研究、みんなやってますよ!!」そういうと日本では研究費がおりる。「この研究、まだ誰もやってません!!」こういうとアメリカでは研究費がおりる。ジョーク混じりに日本とアメリカの違いを言い表したものだが、まんざら、うそでもないと思う。世の中を見渡してみれば、チャンスであふれかえっている。わたしひとりではとてもとても、多すぎて活かしきれない。みなと同じ見方をしていれば見えてこない。しかし、ひとたび見方を変えると、あるわあるわ。チャンスの山。みなと違うことをすることそのものがすでにチャンス。今日、ひとついいアイデアが思い浮かんだ。ビジネスとは関係ない。まだ誰もやっていない。いまからわくわくする。ビジネスにいたっては、チャンスを見つけるのはもっと簡単。一番大変なのは、行動して、それを形にすること。これが骨が折れるんだよね。100のチャンスのうち、90くらいはゴミになる。みんな行動に移さないから。残りの10のうち、花開くのは1つあるかないかじゃないだろうか。形になるまでみんな続けられないから。要するにビジネスも学問も、最後まで成し遂げる情熱・根気が大事だということ。文章を書いていると、よく実感する。書きかけのものは無数にある。最後まで書き上げたのは、1/10にも満たない。起業するには、ノウハウや知識より、この情熱・根気を養うのが一番の近道かな。
2005.06.19
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夜、9時過ぎごろ。家の近くのコンビニの前を通ると、子どもたちがたむろしている。別にしゃがみこんでタバコをすったりとかそういうことではなく、軽くなにかを食べていることが多い。コンビニの上に、学習塾があるのだ。その30メートルほど先に、別の学習塾がある。よく、その建物の道路を挟んだ真向かいの自動販売機のそばでタバコをすっている講師と思われる人たちを見かける。銀行同様、学習塾は増えすぎた。2000年、学習塾は日本で10万ヶ所あった。2005年のいま、4万5千に減ったという。5年で半減。厳しい世の中だなぁ。などとのんきに言っていられるのは、わたしがオリジナルの教材を自分で開発して自分で経営しているから。だから、わたしは自分のやっている塾は、「学習塾」と呼んでいない。「塾」ではあっても、受験がどうのこうの成績がどうのこうの、だから、勉強しなさい、というところとは違うという意味で、「学習塾」と呼んでいない。これから、だんだんと、本当に世の中のためになる勉強を提供できるところが力を発揮してくることだろう。よし!がんばるか!その前に、今日は晴れているのでタリーズでグアバ&アロエスムージーでも飲みに行くか。
2005.06.18
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「なんで、電話番号を知ってるの?」思わず、受付担当者に言う。先週、週刊「女性自身」から取材を受けた記事が載ったものが発売された。いまはもう売っていない。さっそく、読者からコースの問合せがあったと言う。連絡先はいっさい載せていない。なぜ?どうやって知ったかまでは受付の担当者は訊かなかったそうだが、とにかく「女性自身」を見て電話をしたそうだ。コースに申し込みたいということで。たぶん、出版社に電話して訊いたのだろう。でないと、わかるはずがない。タイトルは表紙にも載っていた。 「子供の作文力」をグンと伸ばす10の技6/14号のもの。これは、われながらうまくまとめられた。こういう反応が得られるとやはりうれしい。近所の鍼灸医院に持っていったら、スタッフの人たちが集まって、「すごーい!」なんて言われた。悪い気はしないぞ。最近、仕事をがんばっているので、今日はいきつけのフランス料理のお店にでも行ってみるか。(さりげなく、週刊「女性自身」をバッグにしのばせる)そうそう、歯医者さんにも行って、悪いところがないか見てもらおうかな。新宿のイタリアンのレストランも最近、行ってなかったな。あ、そういえば…。
2005.06.13
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暑い。暑いと仕事に身が入らない。仕方ない。仕事にならないから、タリーズのグアバ&アロエスムージーでも飲みに行くか。などと、すぐ口実を作る。 そう、サボる技術!!思えば、独立当初、クーラーもないボロアパートで、汗をたらしながら教材を作ったりしていた。印刷した教材に汗が落ちないようにと気をつけながら。あのときの情熱はいまでも感心するくらい。わたしは、2000年も2001年も、夏を失った。世紀末と世紀はじめの夏を失った。働きづめだった。最近、周りでだんだん成功しつつある人が増えた。彼らを見ると、本当によくがんばっている。本気でがんばっていると、やっぱり、結果は出てくる。思ったとおりの結果になるかどうかはべつにしても。だから、わたしは思う。なにごとも、技術や知識ではない。もちろん、大事だけど、もっともっともっともっともっと大事なものは、やる気。やる気が、技術を招き、知識をよぶ。そうだ。やる気だ。勝って兜の緒を締めよ、と言う。ようし!もうひと仕事するぞ!!でも、ちょっと、その前に。ひと息いれるか。タリーズで。やっぱり暑いし。もうすぐ夏だし。
2005.06.13
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なんて、統計結果が出たら、わたしの塾はますます繁栄するだろうに。しかし、文章が得意であるということは、ビジネスにおいて、かなりの戦力になる。事実、わたしは、ほとんど文章一本で会社を立ち上げ、拡大しており、今後も文章力に大きく依存している。実は、国家も文章しだいなのである。というところに近いことまで、偉人で言っている人がいる。弘法大師空海だ。彼は文章にも長けている。詩の才に長け、文章指南の本まで出している。その序文で、「言葉による教化を第一義とすれば、文章は国家社会を秩序づけていくかなめである」とまで言っている。もちろん、「~第一義とすれば」と仮定形で書いているが、実際はそう思っているということで、実質的に「言葉による教化を第一義だ」と言いたいのだ。やはり文章というのは、人間らしく生きる「必需品」なのだ。国の将来を安泰にするもののひとつは、やはり、文章教育ではないかと思う(もちろん、これがすべてというつもりはない)。文章が書けない人をなくし、国中に文章を広める。「天下布文」だ。
2005.06.11
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ビジネスをはじめ、会社を作り、本を出し、成長し…。傍から見れば、とんとん拍子にうまくいっているように見える。でも、実際、いろんな代償を払ってきた。失敗も数知れないほどやってきた。芸能人や実業家で、家庭がうまく行かず、崩壊してしまうのはよくわかる。仕事が大変になり、忙しくなってきて、家庭を顧みる余裕さえなくなってくる。特に男というのは、仕事と家庭と、なんて二つのことに気を配る余裕がない。というより、同時にいくつものことに気を配るということが苦手(これは女性が得意)。そうやって、気がついたときには埋めがたい溝ができていて、離婚となったりする。それを失敗と見る見方はどうかと個人的には思うが、うまくいっているときほど、要注意。会社を支えてくれている部下、従業員に感謝することをついついおろそかにしてしまう。今日は、自分がそうなりつつあったことに気づいた。人生というのもそうだろう。「生きている」ということさえ、ありがたいこと。五体満足で生活できることさえ、ありがたいこと。助けてくれる人、応援してくれる人、そういう人たちがいるだけでありがたいこと。いまの自分があるということ。 そう、感謝しかない。
2005.06.10
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「じゃ、会社つくってみようか」友人とスターバックスで話しながら、会社を作ることになった。5月中に作ろうと思っていたが、塾のコースのリニューアルやライブドア起業塾の講師の話、週刊「女性自身」の話といろいろ入ってきて、結局、7月の頭につくることになった。もちろん、準備は進めている。ビジネスというのがわかってくると、会社を作るというのが実にカンタンなことだとわかる。会社をつくるのは難しいことなじゃい。一番、重要なのは、どう利益の出る会社組織を築いていくかということ。法人化は器。パソコンで言うなら、ソフトのないハードのようなもの。なかみがなければ、意味がない。これは、やはり文章にも言える。会社をつくっても、文章術を身に付けても、ビジネスそのものがなければ、伝えたいメッセージがなければ、あまり意味がない。むしろ、中身の方が重要。今年は、あと2個くらい会社を作ろうかなぁ、なんて思っている。ビジネスっておもしろいね!さて、今日もがんばってこれから仕事するか。
2005.06.09
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昨日、今日は、よく働いた。今日は天気がすこぶるいい!こんな天気のいい日におばけが出るわけないよ的なときは、室内で仕事をするのがちょっといやになる。会社の事務所は、丸の内にあるけれど、仕事は自宅か新宿で仕事をすることが多い。しかし、最近は自宅にこもり、仕事に研究に勉強に取り組んでいる。「あーっ!!」いま、ふとカレンダーを見て、大事な用を忘れていることに気づく。ここのところ、カレンダーも見ていなかった。幸い、取材や打合せの仕事はここのところ入れていなかった。さて、わたしも一時期、IT企業社長というのになってみたいと思っていた時期があった。いまから約5年前のこと。いま、IT企業が儲かっていると思われている。実はそんなことはない。ほとんどは、赤字が黒字スレスレ。売上はあっても、実は経常利益は出ていないところが多い。儲かっているのは一部であって、実はほとんど利益が出ていない。わたしの友人は、ITの会社に勤めている。よくヘッドハンティングされ、ちょこちょこ会社を変えている。有名なマイクロソフ○からも話があったそうだ。すこしずつ、年俸はあがっていっている。この前は、U○J銀行の決済の基幹部分の設計をしたと言っていた。しかし、彼の話によると、ほとんどのIT企業が儲かっていないと言う。人件費が高いので利益があまり出ないそうだ。別の友人が勤めていた別のIT企業。なんでも、出資を27億集めて、7年で1億にまで減らしたそう。上場を目指して会社を設立したものの、7年連続赤字。こんな感じのところが多い。利益が出ているところとそうでないところ。違いはやはりビジネスを知っているかどうかだろう。出資金がたくさん集まって、稼いだ気になって無駄遣いして消えていった会社を身近で知っている。そういうところが多い。ITバブルはそんなふうにして起きた。わたしも、自分の会社を、長期的にじっくりと育てていきたい。そのためにたっぷり頭を使いたい。ということで、ブドウ糖の補給に、エクセルシオールのグアバ&アロエスムージーでも飲みに行くか。
2005.06.06
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バーンッ!!一瞬の出来事だった。うんこが爆発した。爆発したうんこは飛び散り、家の白い壁に付着していた。あたりには、うんこの生々しいにおい。これは実際にあった話。今だから書くが、わたしは、小学生の頃、よく火遊びをした。火遊びと言っても、ただ火をつけたり、放火したりするのではない。「実験」をしていたのだ。そう、エジソンやノーベルのように。火薬を集めて、数個のカンシャクだまに火薬をまぶして、アルミホイルで包んで「爆弾」と称して遊んでいたりもした。そう、あれは確か、小学4年生ではなかったか。その頃、爆竹でよく遊んでいた。当時、うちでは大きな犬を飼っていた。庭には大きなうんこが点在している(ことがあった)。そんなとき、ふと、うんこを爆破してみたくなったのだ。別に後先考えず、ただ、爆竹で吹き飛ばしてみたくなった。うんこに爆竹を差し込む。(書きながら感触を思い出す)マッチ箱からマッチを取り出す。マッチをこすり、導火線へ。シュッと音を立てて燃え出した。あわてて、マッチ箱を手に取るまもなく、逃げ出した。バーンッ!!一瞬の出来事だった。「事件現場」に戻ってみる。あたりは、うんこのにおいで充満していた。うんこは裂け、マッチ箱にべっとり、一部がついていた。家の白い壁にもうんこの断片が飛び散って付着していた。この惨状を目の当たりにし、わたしはひとり笑うことしかできなかった。子どもというのはとんでもないことをやらかす。そういう感性がわたしは好き。いま、振り返ってみると、子ども時代は、自分なりによく「実験」をしていたなぁと思う。最近はほとんどしなくなった。人間、こういう好奇心をいつまでも持っていたい。ただし、おとなになっても、うんこを爆破してみようと言っているわけではない。ふと、子ども時代のことを思い出して書いてみた。
2005.06.04
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子どもの頃、本気で宝探しをしたいと思った。「トム・ソーヤーの冒険」では、トム・ソーヤーが本当に海賊の残した宝を発見する。夢で終わったり、途中、台無しにしてしまったりするという安易な結末ではない。本当に本当に宝を発見して、家に持ち帰る。わたしは、子どもながらにこの結末に驚いたものだった。あれは、「子どもだまし」でない子どものための作品。以来、マーク・トウェインが好きになった。わたしも、小学生のとき、本気でお宝を探そうと思った。わたしは、実家が熊本だったので、近くで探してみると(調査してみると)、調べたものでは、「天草四郎の遺宝」というのがあるかもしれないということが判明。なんでも、島原(長崎県)に隠されているのではないか、という。あれからもう、ずいぶん経つ。いまだに、宝探しのことになるとわくわくする。いつか(10年後くらいに)経済的・時間的に余裕ができたらやってみたいという思いはまだある。学生時代、「お金持ちになったら、宝探しがしたい」とポツリと友達の前でもらしたことがあった。「お金持ちなのに、なんで、宝探す必要があるの???」夢のない人間だ。そう思った。宝を探すこと自体が愉しいのに。わたしは、子どもの頃から、化石を採りに行っていた。石を叩いて、思いもかけず、立派な化石が出てきたときは、心躍る。高校生のときには、世界史を勉強し始め、遺跡に興味を持った。チンギス・ハーンの墓を探してやる。スウィン・ヘディンやシュリーマンの話にぞくぞくした。もちろん、「古代への情熱」(シュリーマン)は読んだ。トロイの町を発見したシュリーマン。考古学的には物議をかもしているが、彼がいなければ、トロイの話はいまだに伝説で終わっているかもしれない。そう思って、大学は、考古学が学べる文学部をすべて受けた。好きではあるけど、進むべき道ではないとわかり、軌道修正をした。その後、文学の道に進むことに。それでも、学生時代、骨董市や世田谷のぼろ市には行っていた。お宝と文学ということで、肉筆モノのお宝という形でいまも、わたしの趣味として生きている。本居宣長の直筆の掛け軸のことは昨日書いた。わたしは、小林秀雄が好きで、彼の直筆原稿が欲しくて欲しくてたまらないのだ。後半生の代表作の直筆原稿。「本居宣長」など。誰が持っているのか?実は、数年前までは所持者がわかっている。宇野千代さんだ。二人は、親しい文学仲間。小林秀雄は宇野千代さんに直筆原稿を贈っていた。その宇野千代さんが亡くなってからは?たぶん、遺族関係の人が持っているのではと思っていた。いま、世田谷文学館で、宇野千代展をやっている。6/10までなので、見に行った。ハハーン!ハハーン!!やっぱり!案の定、小林秀雄の原稿も展示してあった。「ゴッホの手紙」や「モォーツアルト」だ。他の原稿などは何人かに分散されているのかもしれない。いつか、肉筆博物館を作りたいと思っている。お宝探しは、わたしの大好きなこと。ぼろ市で高橋由一の油絵が見つかったとか、屋根裏からゴッホの絵が出てきたとか、奥の細道の松尾芭蕉直筆本が見つかったとか、樋口一葉のたけくらべ原稿を会社員が持っていたとか、そういう話を聞くと興奮する。梶井基次郎の「檸檬」の原稿は、所在がわかっていないらしい。梶井基次郎の原稿は、市場にめったに出てこない。見つかれば、かなりのものだろう。語り始めたら、キリがない。
2005.06.03
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あなたはなぜ、勉強しているのでしょう?なんのために?最近、わたしは、本居宣長さんの直筆長歌幅を手に入れた。「おお! 宣長さんの直筆もんだ!」一応、しっかりしたところから購入したものだけど、本物かどうか悩むところではあった。達筆でさらさらと書いてあり、署名が入っていない。あるのは、落款の印のみ(因みに、「落款」というのは押印されたもののみを指す言葉で使われていることが多いが、実際は、署名や印のことで印のみとは限らない)押してある。うーむ。数少ない、写真資料で、宣長さんの筆跡を比べてみる。「うっ! 字体が違う!!」しかし、字体はよく変わるもの。時代によっても違うはず。見ていてきっと本物だと思った。なぜか?まず、印刷ではないのはすぐにわかる。墨のにおいがするし、文字で重なっている部分の濃淡がしっかりしている。そして、掛け軸全体から伝わる流れるような文字に、「宣長さんらしさ」が伝わってくるのだ。桜を愛し、日本古来の和歌を好み、儒教や仏教が入ってくる以前の昔むかしのそのまた昔、「大和魂」を愛した宣長さんらしさが筆跡から伝わってくる。ちなみに「大和魂」とは、武士や侍といった勇ましさをあらわす言葉ではない。儒教・仏教文化の影響を受ける前からある、日本人古来の美意識的なものの見方・考え方。長いこと忘れられていたのを、江戸時代になって初めて発見したのが宣長さんだと言われている。印には「鈴屋之印(すずのやのいん)」という文字が篆書で書かれている。宣長さんは、鈴を好んだ。自分の書斎を「鈴屋(すずのや)」と呼んで、号にしたくらいだ。著書には「鈴屋答問録」というのがある。つまり、問答の記録である。宣長さんがますます好きになった。いい「勉強」をした。精神が豊かになった。これが本物の勉強だと思う。役に立つとか立たないとか(つまり、「狭義の実用」ということ)、そんなことのためにやるのは本物の勉強ではないと思う。「勉強」という経験を通して、精神を豊かにする。それが、結果として、一生役にたつ勉強。だって、精神が豊かになるもの。対象がなんであれ、追及しつづける。試験のためとか、技術習得のためとか、そんなものは所詮「実用」であって、本物の「学び」ではない。そう思いながら、ちょっとだけ宣長さんと対面したような気分になった1日であったことよ。
2005.06.02
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