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2008年09月30日
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カテゴリ: 進化するイグアナ
子どもの頃、正月は着物だった。


実は、かの母親が着物好きだった。
確か着付けの資格も持っていたはず。

「我が家は貧乏だ、貧乏だ」と子どもに吹き込むわりに、着物を反物から仕立てていたように思う。
「つむぎ」「しょうけん」「そうしぼり」などの単語は耳から入った。
でも、耳だけで、私はそちらの方に顔を向けなかった。
関心を向ければ、「こんなことも知らないのか」「おまえはダメだねぇ」と喜々として言う姿が目に浮かぶ。
正月に着物を着る時も、帯の色目など私の好みを聞く風で聞いていない。


大学生の頃。知らない間に草履がつくられていた。よく知らないが、着物もしたてていたような気がする。
でもその頃、アルバイト代は学費や交通費で消えていきリクルートスーツを用意する金もなかった私には、「母親は私を見ていない!」「不必要なものに金をかける」「何が貧乏やねん」という怒りの火種の一つだった。
しかし結婚するときに、留袖一式などは持たせない。

わかるだろうか。
子供の頃から着物は着せるが、自分で着物が着れるようにはしない。「私が着せてあげるから。」
(そう言えば、なぜか10代以降、浴衣は作ってもらったことがない。)
留袖は持たせない。「家(親)にくれば、着物はなんとでもしてあげるから。」

「寄らせるべし、知らしむるべからず」の態度に、反発心むくむくの私でした。
でも「坊主憎けりゃ、袈裟まで憎し」の感はあるのですが、着物に罪はなし、ですしね。

そろそろ真っ向勝負の対決ではなく、おいしいものは上手にいただくような態度でいきたい、気もします。





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最終更新日  2008年09月30日 18時42分32秒
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