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紫式部の娘 賢子 (田中阿里子)徳間書店
文庫の初版が1992年。
楽天での取り扱いはありませんでした。
検索して出てきたのが↓
紫式部の娘。 1 賢子がまいる! (静山社ペガサス文庫) [ 篠 綾子 ]
これは以前読んだ気が。
こんな表紙だったかは忘れました…
多分ブログを書いているので
気になる方は探してください。笑
返却日なのに記事をまだ書き終わっていない
+もう1冊読み終わっていないので
そこまで手が回りません…
賢子(けんし、かたこ、かたいこ)は
百人一首にもある「大弐三位」です。
(58番 有馬山〜)
物語の序盤は紫式部ばかりが出てきて
少し違和感がありましたが、
幼い頃の話をするのに母親が出てこないのは
おかしいよね… と反省。
紫式部は出仕や執筆に忙しく
ほぼ賢子と過ごす時間はありません。
そのわずかな時間も教育のことばかり、
世話や団らんは乳母など。
しかし紫式部自身も幼い頃に母を亡くしていて
母娘のあり方については不案内だったのでしょう。
この時代自体が子供の世話は自分でしないし。
紫式部は出家を望んでいましたが
父のない娘の行く末が心配で
自分の出仕に娘を伴い、宮中で働かせることに。
(幼いような描写に見えますが18歳頃のこと。
家の中でほぼ乳母や母とだけの生活なら
世間慣れしていないのも仕方ないですね)
賢子が出仕してしばらくすると
紫式部は病がちになり、
出仕と退出を繰り返します。
死を前に歌集を整えてのち危篤に。
出家してから死去しました。
その翌月には祖父為時も出家します。
紫式部の残した日記や源氏物語から
宮中でのふるまいや人生訓を得ます。
賢子は出仕前から気になっていた
藤原頼宗への想いを抱えながら、
他の貴公子たちに声をかけられては
不本意ながら関係を結びます。
頼宗は藤原道長の息子で
藤原伊周の長女を正妻にしているため
紫式部は彼を遠ざけていました。
藤原公信(きんのぶ、きみのぶ)は
道長の叔父為光の子(道長の従弟)。
道長の12歳下、賢子より20歳以上年上で
「私を父と思っていいよ」と言いながら
彼女に手を出します。
新しい侍女がよくわからないまま
彼を招き入れてしまったのでした。
その後歌の勉強にと紹介された藤原定頼と
歌を交わすうちに夜を共にします。
定頼は藤原公任(紫式部に声をかけた)の子。
彼も百人一首にあります(権中納言定頼)。
(64番 朝ぼらけ〜)相模とも関係あり。
藤原兼隆は道長の兄道兼の子。
山荘までの道すがら声をかけられ口説かれます。
3日目の夜に公任が押し入り無理強いされます。
その後妊娠が発覚、娘佐保を産みます。
作品中では兼隆の子とし彼が養育します。
尊卑分脈でも賢子は兼隆の妻、佐保が娘ですが
今鏡では公信の妻、佐保となっています。
↑Wikipediaより。
どっちの子だ…? と疑いながら
双方のページを読まないと気づきませんね。
兼隆に東宮の子・若宮の御乳人(めのと)に
ならないかと勧められ、悩みながらも受けます。
責任の重大さから兼隆や佐保との時間より
若宮を優先したため仲がこじれはじめ、
賢子の家から小火が出たのをきっかけに
兼隆が佐保を引き取ることになります。
賢子としては父がいないことで受けた不遇を
佐保から遠ざけたいという気持ちもありました。
しばらくして頼宗から文があり
母の和歌集を口実に逢引します。
お互いに想い合う中での逢瀬に満たされます。
若宮が賢子に執着しており、女として
見ていることに気づいて距離をとりますが
その際のやり取りを頼宗に知られ嫉妬されます。
出世にも関わるため別れを切り出され拒むと
結婚を勧められます。相手は高階成章。
地位は低いですが裕福で、先妻を亡くしており
他に女がいないため安心です。
40で成章との子・為家を産みます。
為の字は祖父為時からとりました。
為家が7歳になる頃成章は阿波へ赴任します。
かつての若宮は東宮から天皇になりました。
その儀式に賢子も参加します。
後冷泉の即位により典侍、従三位になります。
帰京した成章から小間使いとの間に
女の子が生まれたと聞かされます。
その子の行く末について言及したところ
その代わりに息子を阿波へやることになります。
兼隆が病気で亡くなります。
成章は伊予守を経て大宰大弐となります。
阿波でできた子・百合はなを預かります。
体調を壊したという成章からの文を見て
賢子は為家と共に大宰府へ向かいます。
海を旅しながら源氏物語の記述を思い出し
紫式部のことを為家と話します。
しばらく暮らし、成章も回復します。
大宰府での暮らしを気に入っていましたが
帰りの旅程と台風を思い帰京します。
成章は正三位を得ましたが亡くなります。
遺品整理なども問題なくすみました。
賢子は出仕の際に百合はなを伴うことにします。
頼宗も病気で亡くなります。
生前、主上に皇子がいないことを責められます。
ある日、百合はながお手つきなってしまいます。
冷泉帝はずっと賢子を寝所にと思っていましたが
叶わず、顔を見たくて訪ねたら不在で
そこにいた百合はなに手を出したとのこと。
その一度で満足したというので
二度と出仕はさせないことにしました。
しかし妊娠の傾向があり、誤魔化すために
為家の妾(実際は異母兄妹)を装います。
百合はなは難産で、男の子を産んで亡くなります。
尊い身分の妻との間には皇女しかいません。
受領の子として育つ孫(血縁なし)を心配します。
冷泉帝は察しているのかかたみに日記を残します。
彼も病気で亡くなります。
賢子の異母兄隆光の孫の為房の日記に
賢子が亡くなったことが書かれています。
佐保の子知房の元に冷泉帝の日記があったことが
中右記(右大臣宗忠の日記)に記載されています。
残り半分を読むのに2時間以上、
こちらをまとめるのに2時間以上かかりました。
前半の作品にのめり込むまでも長かったので
相当時間がかかったんだと思います。
本を読むのは早い方で、文庫なら大体
2時間あれば読み終わるのですが…
この前の「ちょっと一杯のはずだったのに」は
確か1時間半かからなかったと思います。
全体を通して思ったことは
平安時代、火事起きすぎ!
土御門殿は何回火事にあったのか。涙
木材建築で消火方法もまともにないので
仕方ないとは思いますが… 放火も多そう。
平安時代なのでもちろん病気は物の怪のせい。
怨霊に取り憑かれた人は今だとどう説明するのか…
よく腫瘍も出てくるのですがずっと冷やします。
真冬でも… 帝でも… 寒すぎる…
本文中では一応手術らしきこともやっています。
若い頃に出仕するので、元カレや今カレや
あれやこれやがずっと職場にいるのきつそう。
賢子は頼宗へのあこがれを隠していたはずですが
文も渡していないのに人に知られていたり。
向こうも好きだったからいいけど…
戸締まりなんてものはあってないようなもので。
光源氏のような金持ちのイケメンならまだしも
好きでもない中年に言い寄られるの怖い…
賢子で初めて具体的に不快に思いましたが
よく考えれば玉鬘もそうでしたね… 髭黒…
正妻のいる男性への恋に対して、
自分の足元の不安定さは心配しますが
正妻への罪悪感などはあまりなさそうです。
正妻に成り代わろうというのも。
貴公子は口説くのうますぎですね…
ちょっと気になっていたレベルの女にも
「ずっと想っていた」と言えちゃいますから。
冷泉帝のご落胤については真偽は定かでなく
そういう噂があったとのことです。
高貴な方はそういう記録がとってあったり
しないのかな…(ラノベの読みすぎ)
作中で頼宗の歌として出てきたこちらが好きです。
逢ふまでとせめて命の惜しければ
恋こそ人の祈りなりけれ
頼宗は若干光源氏感があります。
若い頃は輝くばかりなのに
年を取ってから魅力が損なわれる…
それは頼宗に限った話ではないか…
紫式部が亡くなる少し前に
道長との逢瀬があった描写があり。
賢子ももう出仕していて大きいのに…
紫式部本人もまあまあトシなのに…
なんて思ってしまいましたが、
未亡人だし別に悪くはないのかも。
しかし会社の副社長が元社員の母と
懇ろになるのを知った平社員の娘、
って考えるときついですね。
なんとか終わりました…!
あと1冊はまた延長しようかな…
✢ ✢ ✢
小説を読んでモヤモヤ 2026.07.22
またまた読んでしまいました 2026.05.20
またまた読んでしまいましたが 2026.04.19