今回は割と真面目に雑記ですアウシュです
というわけで今日は自分の祖母について書こうかと思います。
自分の祖母は自分が物心ついたころにはすでにかなり年を取っていて、自分の記憶の中でも何度も入退院、そして通院を繰り返し、身体的にはもうかなり年老いていた印象しかない。
しかし、精神的には『強い』という印象がぬぐえないのが自分の祖母に対する印象で、孫である自分に対しては優しい顔を向けるものの家の内外の出来事については鋭い視線を向けていた、様な気がする。
無論年相応に物忘れが激しかったり、考えが古かったりなんてことはあったけれども徐々にボケの進んでいた祖父をしっかりと制御し、そして毎朝自分の朝食を作っていたり、年の割にはしっかりとしていた人だった。
日中は近所の知り合いと世間話に興じ、夜には時折編み物の教室に行き、また祖父のする畑仕事の手伝いにも精を出していた。
そんな祖母の記憶として忘れないのはある休日のこと、昼すぎに起きてきた自分は祖母が電話で誰かと世間話をしているのを聞いた。
その時たまたま祖父の話題になったらしく、その時祖母は
「あの人(祖父)より先には死にたくない、一人で残されるのがかわいそうだから」
この言葉を聞いた時、自分は祖母の器の大きさ、凄さに震えたほどだった。
しかし時間が流れて、自分が東京に出てきてしばらく経ったとき実家から連絡が来た、祖母が怪我をしたらしい。
幸い大事にはならず、すぐに退院できたらしいが母は「帰ってきた時にびっくりしないでね」と言っていた。
その理由はすぐに分かった。
祖母の呆けは急速に進んでいた。
物忘れが激しくなったわけでも体の自由が利かなくなったわけでもない、祖母の中から何かが無くなっていた。
衰えた体の中に満ちていた力強い、祖母を祖母たらしめていた”心”が無くなっていた。
次第に周囲について行けなくなるのを理解し、その上で個をしっかりと維持して生きようとしていた祖母は、なにかを諦めてしまったかのようにぼうっとし、周囲から興味を撃失ったように見えた。
その原因はおそらく怪我をしたこと、そのショックで脳にダメージを受けて、というのも考えられた。
でも本当は「自分は怪我をした、だから呆けても仕方がない」と心が諦めてしまったようにも見えた。
祖母は心が折れてしまった、あのまま矍鑠として居続けるのも辛かったのだろう。
だけどそれによって「祖母」はもういなくなってしまった、今家にいるのは「祖母」の心の抜けた祖母の身体のみ、そんな気さえした。
呆けるというのは死よりも恐ろしい、人を変えてしまう、そんなことを感じずにはいられない。
というようなことを今回の帰省時に考えてしまった、というだけの話
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