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下記の文章は,くまきち3さんのブログにコメントしたものです。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 毎日書くのは,大変ですね。 同じことをコピーして書いていると 見に来る人は減るでしょう。 毎日書くことは大切です。 コピーの繰り返しでもいいでしょう。 いいことを書いて人に読んでもらおうと 思うから大変になるのです。 何にもせずにいても 生きています。 しかし・・・人間には, 感情があります。楽しく生きていたいという。 それは人のためではありません。 まずは,自分が楽しく生きる。 その為に毎日書くことと思っています。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 人間は,人に認めてもらいたいと思っています。 その為に表現する場合が多いようです。 人が認めてくれなくても 自分はいるのです。 私は,自分をよく見るようにしています。
2006.01.31
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鳴門海峡の写真です。 これで観光マップ用の写真撮影は,終了しました。
2006.01.30
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これから仕事です。 仕事の後は,鳴門海峡の写真を撮影に行ってみる。 古事記観光マップの最後に提出する一枚の写真です。
2006.01.29
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観光マップの製作費用のスポンサーをお願いに 上勝町の月が谷温泉に行った。 どこであろうと大変な経済状況での 営業を続けている状況ですから どこでもご協力いただけるわけではない。 その中で,月が谷温泉はご協力をいただけた。 ありがたい。
2006.01.28
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やっと 仕事に追いついた。 理想にはほど遠いものがあるが, 観光マップの原稿は,ほとんど提出した。
2006.01.27
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阿波風 N0.17 2月号 発行 毎月,1日発行ですが,今月は早く発行できました。 これで少しは気が楽になりました。 楽天広場からの投稿者は, 寒蘭トヨ8739さん おぎゃりん☆さん くまきち3さん まさこ204さん hana♪☆♪さん マスクMの計6名でした。
2006.01.26
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このところ,仕事は,はかどらないのに 忙しい 空回りしているのだろうか? 気持ちだけは 前向きにいるから そのうち通り抜けるだろう
2006.01.25
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古事記古々道 観光マップ用の残りの写真撮影に出かけた。 相生町から上勝町を走った。 目当ては, 「喰田」のバス停の写真撮影であった。 月が谷温泉の上 付近に有ったはずだが 行ってみると見あたらなかった。 以前にも有るときと無いときがあったので 車をユターンさせ,車から降りて探した。 すると,草むらの中に倒れていた。 あぁ それで有ったり無かったりしたのだ ということがわかった。 しかし,草むらの中を よく見ると 倒れた看板の板が半分に割れて写真を写せる 状態ではなかった。 近い内に役場に行って 「喰田」を直していただくようお願いに行き 同時に,「雄中面(オナカズラ)」「生実(イクミ)」 の看板も作っていただくようお願いに行かなくては と思いながら 帰った。
2006.01.24
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日曜日は, 美馬市木屋平の三木山(標高552m)の頂上近くにある。 茅葺き屋根の寄棟造りで江戸時代初期に建てられたものと 推測される徳島県下最古の民家 三木家に行きました。 囲炉裏を囲んで,しし鍋を始めました。 たくさん集まったので,2回大鍋で焚きましたが, ぺろっと食べて,最後にうどんを釜焚きあげました。 11時頃から4時過ぎまで, しゃべってしゃべって 食べて食べて 重大な発見もあり,有意義な一日でした。 三木家は阿波忌部氏の直系と言われ、 歴代天皇が即位する際にの「大嘗祭」に 御衣御殿人(みぞみあらかんど)として 麻布を貢進してきた家柄です。
2006.01.23
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日曜の朝は忙しく いつもより早く起き 仕事を早く済ませ 美馬市木屋平に行ってきました。 報告は明日の朝
2006.01.22
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まもなく 「阿波風」N0.17 2月号発行します。 【 編集後記 】 「阿」の波風 「阿」と「阿吽」同じであって同じでない。 「波は阿波から」のイベントテーマにも通じる おどる阿呆に 見る阿呆 同じ阿呆なら 踊らな そんそん 偉い人の所に頼んでいくと 「できん」という。 そんな返答は,素人でもできる。 「阿呆にできん」といわれても 「するぞ!」と思う。 【真瑠吾視比古まるごしひこ】
2006.01.21
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徳島市には, 四国最大級の多目的ホール「アスティー徳島」がある。 来年の10月に 国民文化祭が徳島県で開かれる。 私達,阿波古事記研究会は,アスティー徳島を借りて 「波は阿波から」 という催しをしようと企画している。 色々な所に所に相談に行くと決まって云われることがある。 「あんな大きな施設をあんたら素人が使えるわけがない。 あんたは,アスティー徳島に入ったことがあるのかね」 「 無い です。」 「あそこには想像を絶する ことが起こる。 まるで,魔物が住んでいる。」という。 催しのテーマは, おどる阿呆に 見る阿呆 同じ阿呆なら 踊らな そんそん 「それでも するのかね?」 「やろうと思っています。」 「あなたは, やったことないからそんなことがいえる」 といわれる。 使ったことがあろうと使ったことが無かろうと 「出来ない」と云うなら同じこと 「できないというより協力してください」と云っても 「出来ない」と断られる。 それでも「やろう」と思っている。 人は,「アスティー徳島の怪人」と云うようになるだろう。 それは 私一人ではない。
2006.01.20
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カムトゥゲザー 2月号 N0.198 発 行 【阿波と古事記】 第33回 日本最古の歴史書・古事記には,阿波のことが書かれています。 縄文時代,弥生時代は 無かった 古代歴史を語る上で考古学では,縄文時代・弥生時代と 区別して考えているが,古代の日本に縄文時代,弥生時代と 語られるような時代は無かった。 日本列島は古代からあっただろうが, 古代の日本に日本列島全てを同じ文化圏としてひとまとめに するような文化圏は無かった。 古事記・日本書紀等を読めば,それは一目瞭然である。 一地域から始まった文化が,広がって現在の文化圏が できたのであり,古代から沖縄から北海道に到るまで, 縄文時代,弥生時代という同じ文化圏であったわけではない。 現在の文化は,古事記などに書かれる, 天照大御神や大国主などの神様が日本中に祀られている。 これらの神様は,神武天皇が奈良に入り, ヤマトタケルが,南九州・出雲・関東へと文化圏を 広げたことが,古事記や日本書紀に記録されている。 それに書かれた文化の広がりが現在の日本の文化圏を 形成しているのであるから,現在の日本文化の発生は, 阿波の文化が日本列島の文化を形作っていったと いわざるを得ない。 考古学では,北海道ら東北に縄文時代,弥生時代が あったが,そこにあった文化が現在まで続いている わけではない。一地域の文化が広がり,それぞれの 集落の文化と融合して,現在の日本文化が形成されて きたのである。 古事記等に書かれる文化が,日本文化の骨格をなして いるのです。 このようにして世界に誇る日本の文化が一地域から広がり 作られてきたことを古事記を始めとする文献は伝えている のです。
2006.01.19
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カムトゥゲザーの編集をやっと終え, 昨日 印刷所の持って行きました。 【 編集 後記 】 来年の2007年に徳島県で開催される 国民文化祭に,阿波古事記研究会から イベント参加する古事記古々道 波 は 阿波から メインテーマは, おどる阿呆に 見る阿呆 同じ阿呆らな 踊らな そんそん と,波がしらになる。 つまり「リーダーになろう」と 呼びかけている。 まずは,自分自信を引っ張っていくのは, 自分だ。 人にいわれなくったって,やろう! 人の顔色を見るより, やろう!と思おう 思うくらいは,できるだろう。 思うことから始まるのです。 【真瑠吾視比古(まるごしひこ)】 ( 2月号 N0. 198は,ホームページ上に明日アップします。)
2006.01.18
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今日は用が,溜まっているので簡単に 古事記古々道観光マップは,2月中に発行することが やっと決まった。 そのため忙しい。 昨夜は,写真教室が終わってから ある劇団の練習場に行った 夜10時まで 古事記の上演依頼をしたが,承諾をいただけなかった。 まだまだ道遠し
2006.01.17
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日曜の午後は,神山町鬼籠野 元山に登った。 「古事記古々道 観光マップ」用の写真を撮影するためでした。 南国の徳島は,雪が降ってもすぐ溶けるのですが, 元山は,海抜600m~800mの高所ですから 例年は,雪で登れません。 しかし,雨も降ったり暖かくなったので走れると 思って行ってみました。 案の定,雪はありませんでした。 元山より上の蔭は,路面が少し凍っていましたが, 山を越えて,佐那河内村の方に降りました。 いつもと違う道を通りました。 神山から徳島市に抜ける いわば,古事記に書かれる 天孫降臨の道です。 下の写真は,佐那河内村です。 佐那河内村は,古事記に書かれる佐那県(さなのあがた)で タジカラオの祀られる所です。 今年の4月16日(日)に 天岩戸別神社 開元祭を計画しています。
2006.01.16
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日曜は,これから仕事です。
2006.01.15
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昨夜からの降り続く雨・風 春一番を思わせるような風が,杉並木の小枝を 道にたくさん降らせています。 早朝からの急な仕事を予定していましたから 明日は,大変だと思いながら 昨夜は,布団に入りました。 朝の3時半に起きると 雨は止んでいました。 仕事の間,小雨が時々降りました。 6時に仕事を終えましたが, それからまた雨が激しく降り出しました。 雨にも濡れず 風にも吹かれず 仕事を終えました。 ありがたい
2006.01.14
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夕方, とっていわくさんのお寺に始めて遊び行った。 いろいろお話を聞かせていただいて勉強になった。 帰ってから阿波風17号の原稿を書いた。 おどる阿呆 に 見る阿呆 明治の末に藤村操という弱冠19歳の哲学青年学生が, 「人生不可解なり」と叫んで 華厳の滝に飛び込み自殺をとげた。 人生は,判らない。それはだれしも同じこと 阿波には, 躍る阿呆に 見る阿呆 同じ阿呆なら 躍らなそんそん と阿波踊りの囃しことばがある。 一見,面白がって囃し立てて謡っているように聞こえるが, よく聞いてみると,すごい事を謡っている。 人間には,判っていることと,判らないことがある。 つまり人間は,相対的世界で生きている。 損得・好き嫌い・美醜・大小・高低・寒暖・等々 簡単には,絶対の世界・真理の世界には到達できない。 迷いに迷う人生である。 養老孟司氏の著書に 首吊り自殺をしようとしたらヒモが切れて 高いところから落ちた。 「もう死ぬかと思った」といって助けを求めたとか・・・。 飛び降り自殺をしようとしている人の背中を押そうとすると 「危ないじゃないか!」と叫んだ。 という話が書かれている。人間は迷いの世界で生きている。 つまり,判っている事と判らないことがあるわけだ。 そこで迷ったときにはどうするか。 躍る阿呆に 見る阿呆 同じ阿呆なら 躍らなそんそん わかったと言っても判っていない わからないのは判らない。どちらも同じ。 だったら「わからない」なんて思ってないで 「わかろう」と思うことだ。 「わかろう」と思って,目を大きく開けて見ていやぁ~ おぼろげに見えて来るものだよ。 弱くったっていい。何も知らなくてもいい。 できなくてもいい。力がなくてもいい。 「やろう! やろう!」と思っているだけで, 少しずつ 少しずつ力がついてくるのだよ。 春に凍てつく大地から新しい芽が出るように
2006.01.13
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「許可もらってきたけんな!」と 波がしら国民文化祭推進実行委員会 シルバー担当委員長(86歳)が, 古事記古々道 「波は阿波から」 の後援名義の使用許可をもらってきたと報告があった。 徳島市から来るまで往復2時間もかかる 所まで直接行って許可をもらって下さいました。 ありがたいことです。 「まだ2年ある」といっていた人達も 年が明けると「もう来年・・・」と 少しはその気になり始めました。
2006.01.12
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砂山を 積んでは崩し 積んでは崩し の 連続です。 常に,原典ゼロにもどる。 起きて(目覚めて)は, 眠りに入り,御和算になって 起きる(目覚めて)。 さぁ,今日も がんばろう!
2006.01.11
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写真教室に夕方から出かけた。 半数以上がデジカメに変わって リバーサルやフィルムで写す人は 減ってしまった。 それで,教室もパソコンを導入しなければ と以前から話していたが, いつになるとパソコン写真教室に 変わるのだろうかと思った。
2006.01.10
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午後から,古事記古々道マップ用の写真撮影に出かけた。 鳴門から,上板・穴吹に廻って予定していた場所の 撮影は終わった。 上板の 式内社 鹿江比売神社 伊月の 式内社 事代主神社 岩津は,北岸の方からいい写真が撮れた。 また,川面に出ている岩盤の写真も上手く撮れた。 式内社 伊射那美神社も上手くいった。 式内社 雨村雲神社に入りやすい道を知った。 イザナギとイザナミが最初に生んだ, ヒルコと淡島の撮影ポイントを思いだし 山を登ってみた。 展望台からは,雄大な風景が眺められ 淡島(善入寺島)は眼下に広がっていた。 写真では,その大きさが入りきらず たとえ広角レンズで全てを映しても 実際に体感しなければ,その大きさを 感じることはできないと思った。 帰りに,鴨島の知り合いの所によって 4時間ぐらい話して8時頃帰ってきた。
2006.01.09
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昨夜は,徳島市青年会議所の新年互礼会に 出席した。 昨年に続いて2度目である。 思い起こせば,昨年の新年互礼会で 徳島県観光協会の理事長さんにであって 古事記古々道を始め発展させる出会いとなった。 今年の互礼会でも新しい出会いがあったので また新しい幕が開くことになるでしょう。
2006.01.08
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11時に東京からのお客さんを徳島駅まで迎えに行った。 以前,お四国参りに来たときに少しお世話をさせてもらった。 今回は,全国の護国神社参りと全国100神社参りに 訪れたらしい。 後から寒蘭トヨさんと合流して, 徳島市内にある忌部神社に行った。 丁度,宮司さんが居られたので,御朱印長を いただくことが出来た。 眉山に登ったので,神武天皇像がある広場の方にも 案内した。 この像は,明治に立てられ,九州の宮崎と徳島にしかない 銅像です。なぜ,徳島に建てられたのだろうか? 次ぎに 勝浦町の慈眼寺(四国遍路番外寺)へ行った。 少し雪が残っていた。 次ぎに 【写真は,寒蘭トヨさんからお借りしたもの】 板野町の大麻比古神社に行った。 正月の6日夕方というのに,参拝客が多いのに 東京からの客人は驚いたいた。 休憩所で,善哉を食べて 最後の童学寺(四国遍路番外寺)に向かった。 4時半に着いた。納経帳は5時迄に行かないと 御朱印をもらえないので,急いでいた。 泊まりは,徳島市内のホテルまで送った。 2007年の国民文化祭には,又来ますと言って 別れた。
2006.01.07
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5日もみんなと会わないと 色々のことが,それぞれに起こっていて 些細なことばかりだが,年末と同じように 時間に追われた1日だった。
2006.01.06
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昼から新年会に出かけた。 会場に着くと同級生が 「老人会だから,もう帰る」と言って 会場から出てきた。 会場に入ると さすがに70~80歳の方々が30人くらい集まっていた まぁ,まもなくお仲間と思って最後まで居た。 終わってから,まだ残っておれといわれ 二次会にも付き合った。 老いも若いもない生きていりゃ皆同じ 生きていることを楽しまなくては・・・
2006.01.05
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正月は,中国は桂林へ行って来ました。 海外旅行は,あまり行きたいと思っていませんが, 子供(高1)も大きくなり家族で行く機会も 少なくなるので,行くことにしました。 海外に行くのをあまり好まないのは, 1,美味しく感じる食事がほとんど無かったから しかし,今回は美味しく食べることが出来ました。 と言っても日本で食べる料理の旨さに比べたら わざわざ海外まで行って食べたいとは思うような ものは,ありませんでした。 で,これからいつものうどん屋さんに出かけます。 桂林の船下りは, 見あきることのない山水画の風景が続きました。 寒くもなく春霞のかかったような風景で, 次回はよく晴れわたった 桂林を見たいとも思いました。 12月30日~1月3日の旅行でしたが, 同じ楽しむなら やはり,いつもの生活の中で旅を続ける方が 楽といつものように感じました。
2006.01.04
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謹 賀 新 年 さぁ 今年のパーティーが始まりました。 正月休みに しっかり充電してきました。 さらにパワーアップして今年が始まりました。 皆さんよろしくお願いします。 充実した人生の一ページをみんなで味わいましょう。
2006.01.03
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