泡雪の日記

泡雪の日記

2003年12月21日
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神に愛されると言う事は、普通以上に苦難に出会うことかもしれません。

そして、そこから、メ~セ~ジを受け止めると、その苦難は遠ざけられます。

若い時は、沢山の事を、知らないので、これでもか、これでもか、と出来事に遭います。

でも、一つづつ、受け取っていくと、道は穏やかになってきます。

さて、私が神に愛されている。と思うのは、最近振り返って、思った事なのですが。

一歳の頃に女神の形で夢に現れた事から始まり、いろんな場面で神を感じます。

私が、普通の人より、気性が激しかった事にも起因していると思います。

最近5歳で、妹を殺しそうになった人の日記を読みました。


意外にも、神様が好まれるのは、善人ではなかったりします。
人の手に負えない気性の激しい人を神が見守っている気がするのです。

私が、自分を危ないやつだと感じたのは、2歳くらいの頃です。
大人の足の甲に乗って、ブラブラとブランコをしてもらえる大きさの頃でした。

大人の男の人は、疲れてきて、甲を伸ばすと、滑って、足から落ちてしまいます。
私は、もっとヤッテとせがみました。
もう疲れていたのでしょう。
直ぐに、ストンと落とされました。
子供のわたしは、言う事を利いてくれないことに、腹を立てました。
「殺してやる~!」と言いました。
生まれた時から、家にはテレビがあったので、そうした言葉を覚えていたのだと思います。

と笑っていました。
わたしは、後に引けなくて、台所に走っていきました。
ばあやが追いかけてきて、止めてくれましたが、手には包丁が握られていました。
子供と言うより、まだ、赤ちゃんに近い大きさ。
自分の後に引けない性格に、「危ないやつだな~」と感じた一瞬でした。

次に、3歳の頃、3つ上の姉が、綺麗に剥けた、みかんを手に乗せて、私に見せました。
『いいでしょう。』見せびらかした後、口にパクリと入れました。
わたしは、ばあやに、みかんを綺麗に剥けと命じました。
白い筋が残ります。
「こんな、もんじゃない」とどうしても、綺麗に剥けたみかんに拘りました。
3つ上の姉にみかんを出せ。と迫りました。
姉は、『もう無いよ~』という言葉の後、わたしは、姉に飛び掛り、取っ組み合いになり、髪の毛を一房引っこ抜いて、泣かせてしまいました。
手に残った、髪を見て、ばあやは慌てて、家の前の美容院に姉を連れて行きました。
一人残された私は、姉を痛めつけてしまった事、心から、反省して、10合炊きの電気釜に抱きついて、泣いていました。
今思えば、缶詰のみかんだと思います。
自分の気性の激しさに、子供の頃から、悩まされました。

最近になって、出生届けを見ると、長男の次に大きく生まれたのは、私でした。

子供の頃から、天性に喧嘩に強く。
自分を抑える事に苦労しました。

一旦きります

私には男の兄弟が2人居ます。
この二人に鍛えられたと思います。
長男からは、プライドを傷つけられる事が多く有りました。
台所に、包丁を取りに行くのを抑える自分がいました。
20歳以降のことです。
5歳の頃に外国に行って、再会したのは、20歳過ぎでした。この時、相手の立場で物を考える癖がつきました。
怒りを抑えるには、理解と赦しでしか超えられません。

喧嘩は小さいお兄さんに中学2年の時、少林寺を習い始めた兄に、右目にストレ~トパンチを受けました。
報復に家出をしたのですが、次兄は卑怯者と私を言いましたが、体力で男の人には敵わない、と感じた瞬間でした。

パンチを受けると、その日には痣は出ないのですが、2日後学校に行き始めた時、目の周りに黒い痣が浮き上がりました。
学校で、裏番と噂が立っていたのは、卒業後知ったのですが、私は、人とツルムのが苦手です。

どの世界でも物怖じしない為か受け入れてもらえますが、別格扱いされます。

色んな世界を見せてもらいました。

私の特殊な能力は、物事を具現化することだと感じています。

中学2年の頃、隣の家の子供と、庭から、窓越しに、話している時、盆花、「藪が枯らし」の葉を指先で、なぞっていると、
突然不思議な生物が現れました。

緑色の小さな鰐のようなものが、口を開きました。
慌てて、手を離したのですが、その生物は消えていました。
大人になったら、その生物を知る事があるのかと思いましたが、そんな生き物は、現存しないことを知りました。

その日から、庭中の藪枯らしを引き抜いたのは、言うに及びませんが・・・・。

十代の頃いろんな人と知り合いましたが、ある時自分達の不思議を話し合いました。

人に腹を立てると、2週間以内にその人たちが、怪我をしたり、事故に遭ってしまう事でした。

自分達には、不思議としか言いようの無い力が働いている。
心に思う事を注意しなくてはね。とお互い戒め合いました。

神と言う字は、中国から輸入されていますが、中国では、神と言う字に、天のものという限定は有りません。

不思議を行う力、魑魅魍魎など、全てのものを含みます。

人の力を超えたもの全てを指します。

私の知る所では、神に善悪は有りません。
善悪を分けるのは、人の心です。

神は、人の心に反応をして、人知を超えた、力を分け与えます。

では、善悪は神の知る所ではないとすれば、人はどうして、善悪を知るのでしょうか?

善悪で事を判断する事を止めたほうが、天の意志に沿う気がします。

天の力をどのように使うかで、人が分かられる気がするのです。

力を借りた天にそれぞれ、人は属するようになります。
悪と人が決めた天にも、力はあります。

それが、どれかはひとが判断する必要の無い事でしょう。
その人自身が知ればよい事です。

先日私がサタンの霊と判断した霊は、わたしが聖霊と感じているものとは、性質を異なると言うだけで、人それぞれの好みで、選べばよい事です。

選んだ、神の力をそれぞれが受け取ればよいだけの話ですから。

わたしは、啓示は、ごく偶に受け取りますが、殆どの場合は、本屋、映画などの芸術家からの物で感じます。

余り、不思議な形は、私が好まない事を神に願っています。
昨日は、ビデオやさんで、選んだものは、次のものです。

パイ円周率。のΠ
「Π」
「さまよえる魂」
「ハリ~ポッタ~2」

です。
この所、不思議と直面する事が多いです。
それも、人間としての不思議です。
私が、自分に感情を解放したのは11月からです。

一旦きります
私が不思議に思った事は、何故良く知りもしない人の死にこれ程の悲しみを感じたのかと言う事です。

悲しみの感情自体は、神が私に下したようです。
悲しみの感情を持たなければ、悲しみにくれる人の気持ちを理解できないからだと今感じています。

私は自分の知らない悲しみにくれる人たちに触れました。
その中に、サタンに付け入られる感情を見つけ、畏れ多くも死者に変わってメッセ~ジを送りました。

仏教で無いものにも、死者の霊の儀式で、旧約にもあったと記憶しています。
生後、死後7日。
死後49日。

これは、体験的に書かれたものかも知れません。

その時期を過ぎても、生きる人に伝える手段を失いませんが、この時期は、未だ、この世に及ぼす力はかなり強いようです。

私は、偶々キリストの神に好まれました。
無宗教の私が、キリストの神を知るに至る道を体験として語る者として、選ばれたのかもしれません。
ポルタ~ガイストの件でお役に立てて嬉しいです。

私は、キリスト教の勧誘はしたこと有りません。
むしろ、キリストを語る、宗教には気をつけろというメッセ~ジを持っています。

神に望まれた人は、自分で縁をもつことに成ると思うので、私の布教は必要ないものです。
洗礼の儀式もハワイの教会しか知りませんし、日本からでは遠いのと、儀式の時、私の足を階段にぶつける牧師ですから、巧いとは言えないかも・・・・。

友達の所属する創価学会を紹介した事があります。
私が、精神病院で知り合った人ですが、アルコ~ル依存で、
脳萎縮を起こしている人でした。
親の遺産を芸能プロダクションを起こし、食いつぶしたといっていました。生活が荒れていて、人家に石を投げつける事が良く有ったそうです。

この場合、この人には奪われるものが無いのと、仲間が必要だと思い。友達の創価学会員を紹介しました。

お題目を付き合った事もありますが、線香一本15分。
お題目を唱えると、かなり、体にいいです。

問題も有ります。
題目を唱える人の心に、憎しみや怒りの塊があると、仏壇に念がこもります。
その影響で、家族が目が見えなくなったりする報告も受けました。
死んだ人の力が働くのでは無く、生きている人の力が反映してしまいます。

神仏に触れる時、決して、粗末に扱ってはいけません。
その手法には、それなりの妙法が働きます。

私が、真光を離れた後、グル~プのリ~ダ~から、電話がありました。
真光では、与えられたペンダントに教祖の力が送られて、それが人々に力を与えると考えています。

お玉串と言われる献金は受信料だと言います。

ペンダントをへそより低い位置に置いた事は無いかとか、その為に信心から離れたのだと言います。

私はそのような扱いはしてませんと言いました。
神仏を扱う時は要注意です。

心を弱くしない為に、言われた注意事項は守る事をお勧めします。

そして、そのような力は、元々どの人にも与えられているもので、教祖様から頂かなくても、結構です。と断りました。

宗教に取り込まれる人は、神を求める人が多く、自身では感じる事に乏しい人が多いようです。
その人は、自分は良く分からないけれど、そういう人に会う事が多く信仰に疑問を持ち始めていると言っていました。

この教団で感じた事は、個人の力を教祖のものとして、束ねてしまう恐ろしさでした。

離れた時、自分に力が戻ってきた事に驚きました。
抜かれていた事に気がつかなかったからです。
宗教恐るべしです。

昨日見た、「Π」パイでは、

神の数字216桁のバグです。
私の誕生日と同じ並びの数字。結構大切にしてます。

PCにもこの力が働いているなと私も感じています。
結論として、神は知る事では無く、共に生き楽しむ相手だと言う事だと思います。

「さまよえる魂」は、死後の世界を巧く表現しています。
天と地獄の分かれ道は見ものです。

「ハリ~ポ~タ~2」
は、不思議な世界と力の無意識の伝授と生まれによる物ではない事。ル~ツは大きな要素ですけれど、それは、切っ掛けにしか過ぎない事。生きる自分が自分を発見するのだと感じました。
問題解決に働く偶然による出来事も考えさせられました。

わたしは、兄弟の中で、父から、こっそり、「世が世ならお姫様なんだよ。」といわれて育ちました。

甥か姪の誰かにこの言葉残すかどうか思案中です。
親に似ず礼儀正しい甥の方に、不思議は現れている気がします。本人は言いませんが、感じます。
この代々の言葉の伝授楽しいです。

姫と呼ばれる事にも慣れています。
何故か、そう呼ばれる事が多いです。
自分で「姫はね」とか言っちゃう事有って、時々『自分で姫と言うな!』と相手に叱られます。





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最終更新日  2003年12月22日 13時52分03秒
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