泡雪の日記

泡雪の日記

2004年03月28日
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一昨日から、面白さに嵌って、眠っていない。

自分の幼少期と実に似ていると思った。
想像力の無さ。
実存主義的?
経験からしか、受け入れない性質が非常に似ている。
彼の宗教観がパッチワ~ク的だと評価されて居る事を知る。

その理由が私には判る。
都合の良い宗教の寄せ集めがカルトだとすると、


自身の中で神を知る人は、その説明に苦労する。
宮崎さんの実家も泌尿器科の医者の家。

昔の医者、今のお金で、技術や知識を買えない時代。
伝統的な医者に成る者の資質として、創造力がある。

それは、神を知っているもの。
それが何かを体験する旅を遺伝子的に宿命ずけられている。

それは、人の目に正しいとかの理由で動けない、本能的に独自の求道者になってしまう。

知識より、人の言う事を信じる神より、智に至るのは遅かったりする。

まず、セックスに神聖をそれほど、最初から持っていないこと。

実に私と似ている。
そして、セックスの極みの感覚を体験している事。



その後その女性と別れて別の女性と結婚したらしい。

初体験が小五というのは、男の子なら昔の殿様並だ。
彼曰く、女性に想像力を働かせる前に、体験をしてしまったらしい。
それ故、オナニ~出来るように成ったのが、30過ぎと言うのもふふふ。
解ります。



http://www.france.co.jp/bunko/hougen/0210_miyazaki/hougen1.html
この時期の宮崎は未だ美しくない。
写真を見てビックリだ。
ダイエット成功して美しくなった。

それらの記事に行き着くところは、「てっちゃんねる~宮崎哲弥~」の非公式掲示板。
http://jbbs.shitaraba.com/study/2577/tetsuya.html
本人の開いたものではない。
これも後にアップする。

や~!初めて2ちゃんねる体験です。
こわいところと思って行った事が無かった。

その掲示板が2ちゃんねるに有った。

その後、疲れきったところに、現象学の定義が気になった。
概念は、不思議現象に悩んでいた時に40代のチャットで
現象学を紹介された。
HNはのはさんと言う人が私を救ってくれた。
紐理論と簡単に要点教えてくれた。

論理的にはワ~プは可能なのだ。

体験した人が少ない。
カッパ~フィ~ルドは本物か自分で検証した事は無い。
マジックかどうか?

これが、わたしが、空間をワ~プした、心のストレスを解消してくれた。

アインシュタインの相対性理論は、、何故か子供の頃から、小学生の頃親に与えられた本で「人間の尊さを守ろう」という本からアインシュタインが印象つられていて、原文の翻訳本が出た時に買い求める程好き。

物理も高校時代100点を取っていたものなので、理解はした物の、記号を忘れているので、最後まで読破していない。

導入部分を簡単に言うと、置かれている立場で、同じ事象が違って見える。

これは、わたしが、小学校の頃から、神の概念に人々が語る事の争点だと思っていた。

子供の頃から、神の総体の感覚を知っていたからだ。
信仰の人は見える部分で語るので、違う側面で同じ事を言っても気が付かない。

現象学を読んで、私は、宗教的にエポケ~をしたことを知る。

19歳の時に、ショックに会い、自己否定から、子供の頃の記憶がひらかなくなっていた。

25歳から、一時完全に過去を8年間失っている。

19歳からの25歳の記憶も失っている。
23歳の時魂が戻った時、一気に感覚が戻ってきた時、
周りに神を語る危険を子供の頃は知っていたのだが、

その部分を忘れて、離れ離れに暮らしていた、兄弟を驚かせ、精神病院に鑑定に入れられた事トラウマに成り、再び記憶が失せた。

25歳で男女の性愛に限界を感じ。
活きる為に、残っていた全ての記憶を一端封じ込めた事で、

エポケ~(宗教観・価値観から来る判断をいったん中止する。)
普通の人が体験しにくい経験をした。

過ぎて見ると、全てに意味が有って出会った気がする。
自分の都合で人の心を平気操る酷い女だった。

事件に会わなければ、私は確実に鼻持ちなら無い女だった。

19歳の時。
私の愛を得たくて、セックスすれば、自分の物に成ると間違った考えを持った男友達にその人の家で具合悪くなった時に、「そんな時に何もしないから、安心してと言われ。」
気を赦して、熟睡した時に身を奪われた。

仲は良かったけれど、男性として魅力を感じて居なかった。
気がついた時、第一声に「どうして?(私が)愛していないのに?」
と聞くと、『愛はここから始まる。』とその人は言った。

その頃、男性誌を結構読んでいた、私は、当時の漫画は「女は体さえ奪えば自由に成る。」

と言った、もてない男の妄想の漫画が主流だった。

処女ではなかったが、無意識に恨みを知った。
これは、理屈ではなく生理的な構造なのだと思う。

憎しみを乗り越える為に、その人を理解した。
そうしないと、その人が心に四六時中居る。

愛と憎しみの大きな違いは、
愛は安心感の内に自分を失わない。
離れている時は自分に没頭出来る。

憎しみはこころが占領されて、頭から離れない。
麹町一番地のその家から、私はタクシ~で家に帰る途中、具合悪くて、交番に寄った。

外人登録証を持つ習慣の無い私は、正直に本名を言うと本部に連行された。パトカ~初体験。

その日時は、書類送検されなかったから、残っていない。

家に帰って、夜を迎え、思わず吼えたら、魂が口から逃げた。

その、その瞬間を忘れない。
子供の頃から、地位・名誉・財産と言う、価値観で進路をかんがえて居た自分が、女にとってそんなものは何も価値を持たない事を知る。
男の暴力で簡単に心が壊されたしまう。

恐らく、暴漢からなら、身をまもらたと思う。

一瞬でも気を許した相手に襲われた、心の傷は深い。
事件の前事情が有って、3ヶ月ほどその人とよく遊んでいた。ゲ~ムをしたり、話をしたりして過ごしていた。

彼は、私のボ~イフレンドの中学の先輩だった。
そのボ~イフレンドは歯科大受験の時後ろの席の子で私は落ちたのだけれど、付属に身を置いたので、同じキャンバスの子、一緒にプラトンを饗宴を読んで、語り合っていたら、少し恋心が芽生えていた。
問題はその子が別の誰かと巧く行っていない状況。
私は、精神的に潔癖な方で、別れていないそのボ~イフレンドと付き合うとお互い同じ事を繰り返すので、交際を絶つ事にした。

寂しさを埋めるために。
以前先輩の家で紹介されてから、
物に動じない様に育った私を見て、先輩は『君なら僕を理解してくれるかも知れない。』とラブコ~ルを受けていた。
その先輩も又、25歳で父親を失い、当時にしては莫大な資産を受け継ぎ孤独だった。
彼は切羽詰っていた。

その人の本のコレクションの背表紙を見て、大体価値観が解っていて、その人の弱さは初めけら解っていた。
それなのに、気を許した自分が赦せなかった。

自分を守りきれなかった事から自己否定が始まった。

その事が有ってから、その人を理解する為に更に3ヶ月程付き合った。
そして、許す気になった時、
喧嘩が起きた。

別れを言うつもりだったので、愛想が尽きたのだ。

家を出て、お前はいつかそう言うと思って居た。
彼も安心感を失った私を恐れていた。

別れ際、私は、ツカツカと歩み寄り、相手は一瞬身構えたが、私が両手に学校の本を抱えていたので、緩んだ隙に
回し蹴りを入れた。

彼は、『よくも足蹴にしたな。覚えてろ!後悔されてやる。』

『俺の資産は3億だ。悔しかったら、俺を超えてみろ。』
当時我が家の年収は公表で一千万。

横須賀のマンションで2LDKの広さが、650万の時代。
今と貨幣価値が違う。

家に帰って、3億の可能性をその当時の換算で、試算した。
実業家としての才能は無い。
専門職で、不動産がせいぜいだ。

不可能だった。
わたしは、歯医者、医者以外考えていなかった。

それから、勉強に打ち込んだのだが、自分の進路に関した物が一枚に要点を纏めても覚えられなくなった。

20歳過ぎて、急に馬鹿になったのかと思った。
医療系が向かない事も気が付き始めていて、進路に詰まった。

以前は一度目を通したら理解したものは記憶できたものが、
頭に入らなくなった。

麹町の先輩の復讐はこんなものだった。
歯科大の私の友達のグル~プとマ~ジャンしていた時に、
『彼女セックスする時に、腰フルよな。』
と言う事だった。

急に性格の変わった私に対して、
友達の一人が何が有ったのか聞いて聞いてくれた人が居たが、私は何も答えられなかった。

イキナリ、劣等性の仲間入りになった。

その後、人の事は大丈夫なので、浪人中の男の友達に頼まれて、2年3年に上がる進級の為の家庭教師をした。
彼には全ての教科の要点と勉強の要領を教えた。
勉強できない子は、決まった答えが予め決められていて自分には理解出来ないを思っている。
私の書いた、文を全部暗記しようとする。
その記憶力の驚いた。
私より年上でも、未だ暗記力がある事に。
要点から、文章を作成する方法を教える。
その後、自力で6年卒業した。
3年からは当時は専門。
今は、2年から専門が入るらしいが・・・。
それで、大学の一般教養は結構強くなった。

一応通い続け短大は教育実習まで、終わらせている。
卒業に戸惑った。
卒業すると、望まない資格が残る。
養護教諭と歯科衛生士、と医療機関で注射までは、出来る資格。
その資格で活きてしまうと望んだ道に行けなくなる。
それで、中退を決意した。

「ウエトレスでも何でもして、絵描きになる。」
と親には言った。

でも、ウエトレスで挫折した。
足の裏が痛くて、続けられなかった。
誰にでも出来ると思って居た仕事が結構難しい。

生き方に迷った。
今日、テレビ朝日の紹介した、牧師の歌手の歌うイタリア語で歌っていた賛美の歌の中で、
『どうぞマリア様慈悲の力で私を守ってください。
悲しみに身を奪われて、身を滅ぼされないように。』

悲しみは、その時は辛いかもしれない。
その時にはその理不尽が理解できないかもしれない。
でも、その季節が過ぎた時に、超えなければ気が付かなかった事を知る。

20歳の時、自殺しようとした瞬間を、姉が気が付いた。
偶々、友人の弁護士の家に二人で泊まった日に、夏の暑い日、姉と話している時、
姉が、何かの話をしていたら、『だったら死ねばいいじゃん。』と言った。
次の瞬間わたしは、「だったら死ぬよ。」と瞬間マンションから飛び降りようとした。

その瞬間を姉が抑え、大騒ぎした。
『この子本気だ。』
家の人が起きだした。
弁護士の義理の兄の友達も夏なのでパンツ一枚で寝ていたのが飛び出してきた。
私の手を取って、説得に当った。

わたしは、誰にも理由は語っていない。
自殺する人間は普段、匂わせない。
切っ掛けを待っている。
後の事なんてもうどうでも良くなるほど、疲れきっている。

身辺整理なんかしない。
ただ死ぬ切っ掛けを待つ。

姉が父親に電話した。
父は医者だ。
色盲で歯医者になった。
そして、未熟児の長女を2歳半まで育て、風邪で死なせた。
その時、寿命を知ったという。

それで、姉に『今止めても、死ぬ子は死ぬ。放って起きなさい。本人の生命力だ。』と姉に伝えた。

この言葉が私を救った。
親より先に死ぬなと言う中学の教師の言葉で生き延びてきたのだが、生きなくても良い。
親からも赦しを得た。「いつでも死ねる。」
なら、死ぬまでもう一度生きて見ようと思った。

47歳の今、今が一番幸せ。
だから、今哀しみに身を囚われている人。

死ぬまで活きて見て。
沢山の活きたマリアに出会い。

いつの間にか幸せは来る。
人は悲しみだけでは活きていけない。






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最終更新日  2004年03月29日 22時37分33秒
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