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昨日はAYSA旦那の誕生日そして私達夫婦の5回目の結婚記念日だった。 今までお祝い事はことごとく期待を裏切られ、シラケムード一杯で過ごして来た私達夫婦。今年こそは!という決意を胸に(と、言っても全然大した事ないんだけど 笑)仕事が終わってからステーキ用のお肉とかBDケーキなどを買って、スタンバイしてました。 彼が帰る時間を見計らって、メッセージカードを玄関の外側扉に貼り付けておいたりもした。 ほどなくして彼が帰宅で娘と二人で「ハッピー バースディ♪」。私は結婚記念日でもあったから、彼もケーキを買ってきてしまってたら重なっちゃうかなって心配してたので聞いてみた。そしたら・・旦那 「な~んで、ぼくの誕生日に自分で自分のケーキを買ってこなくちゃ、いけないんですかーぁ??」AYSA 「・・・・・(嫌な予感)えっ?そうだけど・・今日は結婚記念日でもあったから・・・・」旦那 「ええぇぇぇぇ!!?結婚記念日~~~!!!???」AYSA「・・・・・はい・・・。」旦那「ど・・どうして君はそんなに大切な事、前持って言ってくれなかったんだ~~??すっかり忘れてたよーー(><)」AYSA「・・・(って言うか、一週間前にも3日前にも言いましたけど)」旦那「今日は僕のBDなのに朝から君は何も言ってくれないし、おかしいなーとは思ってたのだけど・・まさか今日が記念日だったなんて!!どうして一言思い出させてくれなかったんだ~~??」AYSA「・・・(って言うか、覚えやすいように君の誕生日に結婚したんですけど)」旦那「あ~~~~SHIT!!!!(頭抱える)もう、僕は年で日に日に忘れやすくなっているのを君も気付いてる筈だろう?」AYSA「・・・(って言うか、自分の誕生日だけは、覚えてたのね。何故にセットとして覚えられないんだろう??)」もーいーからっていう私の言葉を尻目に旦那、かなり悔しそう。挙句の果てに思い出させてくれなかった私に逆切れしてるし(笑) そして又、身支度をして「とにかく今からお花だけでも買ってくる!」って出かけそうになるから慌てて制止して、「もーいーよ、いーよ。こういうのはさ、覚えてるって事に意義があるんだからさ!(かなり嫌味 笑)だから、あなたが忘れてしまっていたのは、変えられない事実だし今更どうのこうのしてくれなくてもいいよ!私は全然、気にしてないから!!(←ウソ)」って伝えて、まだ拘ってる旦那をほっといてディナーに。滅多に我が家の食卓には上がらないステーキ♪コレもね、我が旦那伝説を持ってるの。1年前に生まれて初めて近江牛のサーロインステーキ用肉を購入した私。張り切って作ったんだけど、どうも味付けが強すぎた為しょっぱかった。でも、「おいしーよ、ちょっと、しょっぱいけど」って言って食べてた旦那・・・。私がちょっと席を離れて戻ってくると、アレ!?彼がキッチンの洗い場で何かを一生懸命洗ってる・・・??まっ・・・まさかっ!!!???そう!!うちの旦那、なんと、サーロインステーキを水で、洗ってたんだよ~~~何してんの?と聞く私に旦那ニッコリ「うん、ちょっと やっぱりしょっぱかったから水で洗ってみたんだ♪」・・・って??え~~~!!気持はわかるけど。サーロインステーキだよ?近江牛だよ??そして・・・一枚1,200円位したんですけど・・・(--) ショックで茫然自失している私を尻目に「うん!MUCH BETTER♪」とか言って、水に濡れてしっとりとしたステーキを頬張る旦那・・・あなたってば・・・・。そんな伝説が記憶に生々しいので今回のステーキは味付けに苦心した筈。なのに一枚目がややしょっぱくなっちゃって、これは私の分ににしたのだけど、食べたそうだった旦那に「ちょっとしょっぱいけど食べたいなら上げようか?」って聞いたら「やった~!!いいよ、もししょっぱかったら、又、洗うから(^-^)」って・・・。勘弁してくれ~~~!!結局、昨日はステーキは洗われずに済みましたが(笑) そんなこんなで見事に記念日を忘れ去り、ステーキ水洗い未遂事件を起こして・・・と、またまた変な伝説を更新してくれたAYSA旦那なんだけど・・・。改めて、HAPPY BIRTHDAY!! そして、結婚5周年おめでとう。BIRTHDAYの方は「やめて~!!どんどんジジィになっちゃうから、もう嬉しくないのよ~」って、苦笑いするあなただけど。願わくばこれからも二人で一つずつ年を重ねていって、いつまでも誕生日と結婚記念日を、ドキドキワクワクして迎えられる夫婦でいたいな。だけど、どうかもう、記念日は忘れないでいてくれよ(笑)運命って本当に不思議なものだな。こんな風に二人が結婚して新しい家族まで持てた事がまだ、信じられない気持でいるよ。まだまだ問題山積みの私達だけど、これからもこの日を又、笑って重ねていけたらいいな。そして、本当に幸せになった姿をいつか、私のお父さんに見てもらいたいね。あなたと父が再会出来る日を夢見て・・・普段はなかなか口に出して言えないけど・・・ いつも本当にありがとう!そして・・・ WE LOVE YOU DADDY!!!!
2004/08/26
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私の祖母(ウメ←仮名86歳)には、去年から親しくしているボーイフレンドのおじいちゃんがいる。週に何度か通っている地域の老人センターで二人は出会った。始めはそこへ行くのを頑なに拒んでいたウメおばあちゃん。でも、彼女の介護をしている私の継母Eちゃん(AYSA父の再婚相手)の強い勧めで渋々ながらも通う様になった。周りからは嫌がっているおばあちゃんをひどい!とか、非難の声がEちゃんに上がったけどEちゃんの考えは、今まで何十年も前に旦那さんを亡くしてから幼い子供達を育てていく事にいっぱいいっぱいで、過ごして来たおばあちゃん。贅沢もせず、旅行などにも行かず人生の大半をずっと子供達と孫達の成長だけを楽しみに生きてきたおばあちゃん・・でも、数年前から大病を患っていて今は入退院を繰り返している。 後、持って2、3年の命・・・医者からもはっきりと宣告された。残り消え行く命に今、私達が出来る事・・・Eちゃんも彼女なりに色々考えての勧めだったんだよね。少しでもおばあちゃんに、色々な「楽しさ」を味わって欲しかったから・・・。 始めは嫌々ながらにセンターに通っていたウメおばあちゃん。でも1週間、1ヶ月・・・と通って行く内に彼女の中でも徐々にだけど変化が現れてきていた。様々な人達や出来事に触れ合っていく内に色々な事に興味を持ち始めていった・・・。 ある日、センターからの帰り道、ウメおばあちゃんを乗せた送迎車をEちゃんが迎えに行った時、二人の所に一人の老紳士(ウメ蔵さんと名付けよう)が近付いてきた。彼はおばあちゃんの所に真っ直ぐ歩み寄ってきて「初めまして、私はウメ蔵と申します。今日、ずっとあなたの事を拝見させて頂いていて、なんて可愛らしい方なのかと思っておりました。宜しければお名前をお聞かせ願えませんか?」と、話し掛けてきたのだ!!ウメおばあちゃんもEちゃんもビックリ!!そんな粋なセリフを言ってきたウメ蔵さんは、おばあちゃんよりも3歳年下の、でも83歳!!!すごいよーーー!!COOLだよー!!! 何が大変だったかって帰宅後のウメおばあちゃんの取り乱しよう!「わたしゃ、あんなじーさまには興味はないよ!」なんて憎まれ口を叩きながらもこの次に会える一週間後まで、さー大変!「Eちゃん、新しい洋服を買いに行くよ!ババくさいのじゃなくって可愛いのにしておくれ!」(真っ赤のひらひらセーター購入) 会う日の前日には「パーマ屋さんに行くよ!」などなど・・。深夜3時まで連日連夜のファッションショーの日々は続き、それに付き合うEちゃんもヘロヘロになってた(笑)二人はとても静かに仲がいい。センターにいる間は何を喋るでもなく、ただ隣同士に座っていて時折り目を合わせては微笑みあってるそうだ。お互いの熱い想いを垣間見れる時は朝の一瞬の時だけだ。 送迎車に、おばあちゃんよりも一足先に乗っているウメ蔵さんは、ウメおばあちゃんの姿を見つけると我先にと入り口の所へ迎いに出て、病気の後遺症の為、麻痺が残っていて震える手を、それでも真っ直ぐに力強くウメさんに向かって差し出す。その腕の存在を認めた瞬間、繋がれていたEちゃんの腕を振り解いておばあちゃんは、「ウメさん」になって、ウメ蔵さんの腕にしっかりと手を委ねる・・・。「あぁ、おばあちゃん・・・ウメさんは、この一瞬の為に今をそして又、新しい一週間を生きているんだなって、なんだか胸が熱くなりました」ってEちゃんが私に送ってくれた手紙にも書いてあった通り、「ウメさん」は今を、そして この一瞬を、その一瞬の為に、精一杯 今日も生きてるんだ・・・。 去年の暮れに倒れて生死の境を漂って長期入院してた際に、甥っ子が家の前をウロウロと杖をついて歩いている老紳士の姿を見かけた。事情を聞いて外に出たEちゃんが出会ったのは何とウメ蔵さん!!麻痺で杖をついていて、一人でも歩くのもままならない彼なのに。ずっとセンターに姿を現さないウメさんの事が気になって意を決して様子を見に来てくれたそうだ。それこそ命をかけて・・ね。 Eちゃんから事情を聞いたウメ蔵さんは、ただ一言「お大事に」とだけ言って又、ゆっくりと元来た道を戻って行ったそう。 入院中のウメさんにその出来事を伝えたら「あんな、じーさまお断りだよ~~~!」なんて、例のごとく憎まれ口全開に喋ってたけど。それでも彼女の瞳が少女の様にピカピカに輝いていた事を私とEちゃんは、知っている。センターに通う様になって、そしてウメ蔵さんという人に出会えて恋(?)に落ちて・・・本当に私のおばあちゃんウメさんは変った。なんとウメさん御年86歳。使用している香水は、シャネルの5番!!そして、ほどなくして黒い髪の毛まで生えてきたのよーー!!!今まで私達家族が知らなかった「ウメさん」が、どんどん顔を出してきた。ある日ウメおばあちゃんがEちゃんにポツリと言った。「Eちゃん、私の子供達はみんな、私の事を地味で外へ出るのが嫌いな人間なんだってず~っと思って来たみたいだけどね、全然違うよ!わたしゃ洋服だったら真っ赤や派手派手のが好きだったし、外に出るのだってほんとは大好きだったんだよ」って・・・。 あぁ・・・私達はなんという長い間、本当の「ウメさん」を知らずに過ぎて行ってしまったのだろう?私達のイメージする所の「おばあちゃん像」に勝手にウメさんを押し込んでいた。長い 長い 間・・・本当の彼女の心なんて誰一人知ろうともしなかった。でも・・・「告白」した後にウメさんは一言。「でも・・・そんな事、息子達には内緒だよ!」。おばあちゃんとウメ蔵さんの件で一番印象深かったのがボーイフレンドが出来たと聞いて喜んだのはEちゃんや私、おばあちゃんの娘始め皆、女性陣。私の父や叔父達・・男性陣は皆、一様に苦虫を噛み潰した様な顔・・・幾つになっても息子は息子。きっと自分の母親も女だったっていう当たり前の事・・・認めたくないんだよねー。昔、私はお見合いの資料請求のアルバイトをした事があるんだけど。ご年配の方達からの問い合わせの電話が結構入ってきてた。60代から80代の方まで。皆、一様に「結婚はしたいけど子供達が反対で・・・」って悩んでいた。わからないでもないけど。私の同僚は皆、彼等の様なご年配の方達から電話がかかってくる度に「この年になって、気持悪い!いやーねー!自分の親だったら絶対に反対する!!」って言ってたのね。 私も始めは同じ様に思ってた時もあったんだけど・・・。なんか、今は違う思いだ。人間は、皆生きる時も死ぬ時も結局は一人でいかなければならないんだけど・・。でも、生まれた時に、自分が生まれてくる為に努力をしてくれた母親や人間がいるように・・・。いくら一人でしか死ねないにせよ、その最期に傍にいてくれる、手を握ってくれる存在が一人でもいるだけで、全然気分は違ってくるんじゃないかなーって・・。若くて元気な時はあまり意識する機会もないし生きていけるけど、ある一定の年になってきたら皆、一度は死への恐怖について考える時があると思う。その時にもしも自分がたった一人ぼっちだったら・・・??恐い。恐い・・・。私だったらきっと、どうしようもない恐怖が襲ってくると思う。きっと誰かに傍にいて欲しいって切に願うと思う。それは・・・ある人は子供や孫で充分なのかもしれない。でも、ある人にとっては、その者達ではまかなう事の出来ない愛しい人の存在が、必要な人も、いる・・。子供にとっては、先に配偶者に先立たれたり離婚した父、母が70代、80代のいい年になって再婚するなんてって。色々財産の事とか問題があるし、真っ先に「賛成!!」とは声を大にして言えない人の方が最多だと思う。でも・・・他の誰でもない。自分の「最期」を、「幸せ」を。誰と、どの様に過ごすのか・・・それは、その人の基本的人権の一つなのかもしれないなぁって、ウメおばあちゃんとウメ蔵さんを見て思ったAYSAでした。他のおじいちゃん、おばあちゃんのお話だったら、かわいーって微笑ましく思える事も、いざ自分の親が・・・??という立場になったらなかなかそんな風に考えるのも難しいと思うけど。老いても人を求める気持・・・いや、老いてこその切なる想いや、誰かと残りの時間を一緒に刻みたいと想う心・・・。でも、人によっては死に別れた旦那様や奥様をずっとずっと愛し続けて想っていて・・・到底又、他の誰かと一緒になるなんて考えられないって思ってる方も沢山いらっしゃるだろうし、一概に何がいい事かとは言えないんだけど。当たり前だけど。今のウメさんを見ていて・・・色々と思いを寄せる事の多くなったAYSAです。人生の最終章に入った時、もし あなたが一人でいたならば。最後は誰と一緒に時を、過ごしたいですか・・・・??
2004/08/20
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お盆休みも終わりつつありますね。皆様、いかがお過ごしですか?素敵な夏の思い出は出来ましたか?前回の私のしょーもない日記への様々な方からの温かいコメント、励ましのお言葉などなど・・・本当に有難うございました。一人一人の温かいお言葉を読んでいて嬉しくってそして胸がいっぱいになっていっぱい泣けてきました。(照)ネットの世界って色々と言われる事が多いけど私はこの場で皆様の様な温かい方達に沢山出会う事が出来て本当によかった!!心から感謝の気持でいっぱいです。この場を借りて全員にありがとう!!そして、みんなの頑張ってる姿や前向きな姿勢、落ち込んでてもそこから立ち上がって前を向いて生きている姿勢はどれだけ私の励みになっている事か・・・・顔も本名も知らないみんなだけど・・・でも、こうして出会えて本当によかったです。そして、これからも末永くよろしくお願いします(^-^)さてさて我が家の夏休みも今日で終わりです。本当にあっという間でした!今日は前日の疲れが取れず(ダメですね~体力なしの一家です)ずっと皆、家でゴロゴロ・・・・どこにも行かず静かな休み最終日を過ごしました。昨日の疲れが尾を引いて父、母はフラフラ・・・と、言うのも昨日は水族館へ行って参りました。今日とは打って変わって猛暑の中、電車を乗り継いではるばる・・・途中、Kの我儘に振り回され到着した途端に眠くなったり「つかれた~」攻撃&癇癪パラダイス・・・にも負けず、お魚達に会いに行きました!癒されるし涼めるかしら~♪なんて思ってた私達は甘かった!!やはりお休み、考えは皆、同じの様で・・・どこへ行っても人・人・人~~~~!!!!人の波で水族館は熱気でむんむん・・・かなり~暑かったです(笑)魚ちゃん達よりも人の数の方が多かったような・・・。でも、アシカもイルカも本当に可愛かったです!娘よりも旦那の方が楽しんでたみたい。でも笑っちゃったのが生まれて初めて水族館に行った旦那。サメがいる水槽で恐る恐る水槽に触れ、厚さを確かめてから(ちゃんと割れないかって!)身の安全をちゃ~んと確認してから近づいておりました(爆)旦那&K、初めての水族館に二人でうっとり♪ でも、一番楽しかったのは、やっぱコレでした!うんめ~♪相変わらずいう事を聞かず好き勝手やって我儘放題のKと我が道を行く・・・旦那に振り回されっぱなしの一日だったけど。これが、今の私の全て・・・そして、これが今の私の「幸せ」です(^-^) K~、楽しかったか~い??ママとパパはあなたの我儘、癇癪に振り回されてくたくたでした。でも、あなたがちょっとでも楽しんでくれた様だったら一緒に行った甲斐があったよー!又、いつかみんなで行こうね☆★☆皆さんも残り少ない夏の思い出、いっぱい作って下さいね!!素敵な残りの夏をお過ごし下さい(^-^)
2004/08/15
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夏休み第一日目、これから訪れるであろうパワフルガールとの格闘の3日間への体力を温存するために、Kは今日まで保育園に。 ちょっと一人になって、私には今日、どうしても行きたい場所があった。そこは、私にとっての思い出の場所。決して、何年と時が経っても一生 色褪せる事なく心の奥底で生き続けるであろう大切な場所。みんな、多かれ少なかれ、忘れられない過去や人、場所を心の奥底に持って生きていると思う。そして、それらはある日ふとしたきっかけで、ひょっこりと顔を出す。それは、ある時は甘い想いと共に。そして又ある時は幾つかの痛みを伴いながら・・・。私には、どうしても「過去」にする事の出来なかった想いがあった。それは、何年経っても色褪せる事なく、むしろ年月を追うごとに深く、そして濃くなっていった。結婚したら、子供を産んで母親になったら・・・っていつも期待してた。でも、それらの期待はほとごとく破られていった。でも今日、今まで恐くて目を逸らしたくって、認めたくなくって逃げてばかりいた自分と決別する為に、訪れた場所・・・。もう、何年も、通りかかりもしなかった街。でも、変っていなくって、我ながらバカみたい。センチメンタル。ちょっと涙が出てきた。ただ、ひたすら歩いた。歩いた。色々な事、思い出しながら。気持がどんどん過去へとさかのぼっていった。ある場所へと着いた。公園。しばらく一人でベンチに腰掛け、ボーッ。ゆ~っくり、深呼吸。周りには誰もいなくって、あるのは深い深い緑と、小鳥達やセミの鳴き声だけ。ゆっくりと「一人でいる事」を味わった。私だけ。私一人・・・。今、この場所に私は一人・・・でも、、、、そうだ!!私は一人では、なかったんだ!!そしたら急に、寂しくなった。今、ここでこうして一人でいる自分。そして、「一人じゃぁない」って、わかった自分。急に、愛しい人達の顔を思い浮かべた。そっかー私もう、一人じゃないんだよね。私には愛すべき家族、帰るべき場所があるんだ。幸せって、みんなそれぞれ違う形があるよね。ある人にとっては幸せだと思う事も、違う人にとっては、そうじゃない。それは、本人にしかわからない事。旦那さんがいて、可愛いBABYがいて・・・そんな家庭を夢見て、でも手に入れられなかった人にとっては、私の事を幸せだと思うかも知れない。でも、本当の事は誰にもわからない、当人にでさえも、見えない幸せがあるんだよね。今日までの私、本当にダメだった。不平不満、愚痴ばっかりで。「今、ここにある幸せ」に、気付かないで、見ないでいた。ダメだね。こんな自分。そして、こんな母親・・・。Kが生まれてからも私達はずっと孤独で、私はその孤独の中で、たった一人で育児をしなきゃいけなかった。困ってっても、誰かに助けてもらいたくっても、誰も誰もいなかった。毎日苦しい、辛いばかりで、私は育児を楽しむ事なんて出来なかった。いつも泣いてばかりいた・・・。ダメだったね、ママは。でも、今日この私が一番私らしくいれた日々の、大切な大切な思い出に触れられて、過去をしっかりと見つめられて・・・私の中で何かが変った。いや、気付いたっていうのかな?今、ここにある幸せ、大切にしなくっちゃ。私はもう、一人じゃないんだ。まだまだだけど。自分の出来る精一杯の愛を持って、大切に大切に 進もう。精一杯 精一杯 生きていこう。小さなささいな幸せでもいい。積み重ねていこう。愛すべき人と。愛すべきわたしの「家族」と・・・。追伸・天国のあなたへ・・・ お元気ですか?私は元気です。そして、毎日を生きているよ。精一杯、生きていくよ。愛しい人と、毎日小さな幸せを見つけながら、生きて、進んで いくからね!!そして、私の愛すべき家族へ・・・今までのダメな私を許してくれるかな?これから、AYSA・・・ママは精一杯あなた達と向き合って生きて行くよ。過去は振り返らない。もう。今この瞬間を大切に大切に、生きていこう。みんなで。一緒に!ありがとう(^-^)過去から未来へと繋がる階段・・・ その先は、オアシス・・・ 今ある幸せ・・・有難う!!!
2004/08/12
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「もしも世界が100人の村だったら 2 」フジテレビで今夜放送されました。他局のサッカー放送に埋もれてしまった形でしたが、しっかりと観させて頂きました。今夜は昨年に引き続き第2回目の放送だったんだけど、今回もいっぱいいっぱい色々な事を考えさせられました。アルゼンチンのスラムに住む少女、彼女はわずか13歳で母となった・・・両親に捨てられ子供の父親もいない・・・たった一人で赤ちゃんを出産する道を選んだ彼女。帝王切開でも二日で退院しなければいけなくって、痛むお腹とベイビーを抱え、彼女は又、街へと物乞いに出かけた・・・・。極寒のロシアでは親から虐待を受けて逃げ出した子供達が毎日ストリートに出て、食べ物を探し、少しでも温かい場所、寝床を求め彷徨っていた・・・生きて行く為に。 そして、私も今日この放送を観るまで知らなかった言葉「債務奴隷制度」という言葉を皆さん、ご存知だろうか??ネパールでは親のその又親・・・・ず~っと前の世代が作った借金の為、その家庭に生まれてきた子供達は必然的に「奴隷」となり、生まれてから死ぬまでの間ず~っと奴隷として働き続けなければならない・・・。いつ終わるとも、そして一体幾ら残っているかさえもわからない借金にがんじがらめになって一生働き続けて終わる。そして、その人達の子供、その又子供もずっと・・・・・。 一人の少女、まだ10歳そこらの子は、朝の6時から働きっぱなしで、夜の11時にやっと開放される。おなじ年の子達が学校に通う姿を彼女は寂しそうに見送っていた・・・勿論一日中働きづめの彼女には学校に行く事は出来ないし、そしてそのお金もない・・・・。日本に生まれて、当たり前の様に住む家や眠る部屋があっておいしいご飯もいつでも食べられてた自分・・・・。当たり前の様に学校に行けて、文句を言いながらも「学ぶ」事が出来た。でも、この世界にはそんな自分達の日常とは、あまりにもかけ離れた、でもその子達にとってはそれが「当たり前の日常」を送っている人が、いっぱい いっぱい います。そして、いつの時代も一番の犠牲者達は幼い子供達なんだよね。自分が母親になって、一段と強くこの事実を重く受け止める様になりました。アフリカに行った時も、信号に車を停める度に、数え切れない位のストリートチルドレン達が物乞いをして来ました。申し訳なかったけど、私はそれに応じる事がなかなか出来ずにいた・・・・。私の中での「小銭」をこの子達に上げるとする、そうしたらこの子達は取り合えず「今」この時の餓えはしのげるだろう。でも、その先は・・・・・??彼等には、これからも、そしてこの先もずっとずっと厳しい現実が待っているんだ。一時の同情や優しさ(と自分が信じているもの)で助けて上げるのは簡単。でも、これが真の助けになっているのかが、自分の中ではどうしても納得出来なかったんだよね・・・。物乞いをしている子達の中には後ろを見ると親が座っていて、幼い兄弟達にやらせた方が同情も集められるだろうっていう意識なのか、子供達にせっせと行かせていた家庭もあった・・・・。このテレビを観て、色々な事を思いました。今、尚、世界中には様々な問題を抱えている国がいっぱいあるよね。私達の国、日本だって、一応「先進国」だとは言われているけれど、その実態は子供達はどんどん夢を語る事を失っていってしまって今は幼い子達が起こす事件が後を絶たない・・・決して平和とは言えない国になってきてしまいました。人が、100人いれば100通りの考え方があるのは当たり前の事。でも、それを認め合って、共存して生きて行くのは、本当に難しいことです。でも、そんな人間達の醜い争いの中で一番に犠牲になるのはいつの世も弱い立場である子供達です。こんな逆境や、困難の暮らしの中でも、どうして彼等はこんなにも優しく強くいられるんだろう?そして、どうして あんなに輝いた笑みをこちらに投げかけてくれるのだろう??こんな愛おしい子供達に今の私達が出来る事・・・・深く、深く、考えさせられました。
2004/08/07
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久々に、Kの近況報告を(^-^)先日、保育園の帰りにお祭りに行った私とK。保育園の帰りなので普段着のまま行ったんだけど、お友達が着てる華やかな浴衣姿に、とっても羨ましそう・・・。旦那も、浴衣、可愛いいよねって前から言ってて、とうとう先週トイザラスまで行って来て買ってきちゃいました!本当に、嬉しそうなK.当日は家の中で寝るまで着てた(笑)★☆★似合うかしら??★☆★ 同じ日に、Kちゃん念願の自転車をGET!!ず~っと、ず~っと夢にまで見てた自転車!!嬉しくて嬉しくて、夜までずっと練習してました(^-^)★☆★お姉さんになったみたいでしょ??★☆★ こんな感じで、Kは今日も、元気です(^-^)
2004/08/04
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