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いやぁ~毎度ながらベッカム旋風がすごいですねぇ、日本は。 先日テレビを観てたら彼等の乗ったバスを横、後ろから別の車で報道陣が追ってて、更にすごい事にヘリコプターでも上空から撮影までしてたのには目が点になりました(笑) 私は、彼等のファンについては、とやかく言うつもりは一切ない。ただ、テレビ観てて一つ思ったのは日本の報道する側の(特に女子アナウンサーのね)軽さ。特にフ○テレビの若い女子アナは、ニュースを読む事にはあまり期待されてないみたいで、アイドル扱いだよね。ベッカム達のインタビューをしてた時も全員質問はさて置き目がハートになってる始末・・・。後、この前一番ビックリしたのが「ロード オブ ザ リング」の出演者及び監督が来日した際に、彼女達の一人がインタビューに出向いたのだけど、主演者、助演者、おまけに監督にまでいきなり「これから、あるものを聴いて頂きたいと思いま~す♪」って言って、何をしだすのかと思ったら、その彼女と他のアナで歌出したみたいなんだけど、その歌のサビの部分をアカペラでいきなり歌いだしたんだよ~~~(><)!! インタビューされていた相手は皆、ポカ~ン・・・一人、気持ちよく歌い終わった彼女は彼等に向かって「どうでしたか?♪」って・・・・。皆、一様に複雑な表情を浮かべながらも引きつった笑顔で「....very good....」当の彼女はそれを聞いてとっても満足そうに「うれし~~い!」・・・・って、おい、おい??君は一体何をしに行ったんだい??彼等の皆、困惑した顔を見て、人事ながら私は恥ずかしさで胸がいっぱいになってしまった。なんか・・・まだまだテレビや現実の世界でも女性に求められるのは「無知の可愛さ」が多いよね。テレビを開けば彼女達から聞こえてくるのは必要以上のハイテンションで、「わぁ~~~!」「きゃぁ~~~!」「かわい~い~!!」などなど・・・。いつもそんな場面に出くわすと私と旦那はテレビをOFFしてしまうのだけど。でも、実際、そんな彼女達は日本人男性にもてる人が多いし、そういう子達を求めている人がまだまだ多いのも事実。 それも、そうかもね。仕事で日々厳しい戦いを余儀なくされている男性は、わざわざ私生活でも男性と同じ様に戦える女性と、対等になんていきたくないかも・・・。 そんな女性より、自分の意見に素直に「わぁ~、すご~い!」って賛同してくれて、ほんわかしてる子の方が一緒にいて自信が持てるし可愛いと思うのかもね。 現に私自身も遠~~~い遥か昔に、そんな可愛い子ぶりっ子を気取ってた頃があった。そして、その頃はおもしろい位にもてた。(日本人にね)だけど、外国人と触れ合って、彼等と共に生活していく中で、そんな女性達(日本人男性に良しとされている)が、彼等の中では一番理解しがたく、そして軽蔑されているという事実を知ったんだよね・・・。実生活で、彼氏相手にやるんだったら、全然問題ないと思うんだよ。でも、私が観たのはテレビ=メディアという世界で、その時の彼女はインタビュアーの立場で彼等と接していたんだよね。ファンが聞きたい事や知りたい事・・・それらを正しく伝えて相手の心を出来る限り開いてもらえる様に努力して、喋ってもらう、伝えてもらう・・・それが仕事の筈なのに。一体、彼女の上司はどう思っていたんだろう??これとは話は変るけど、同じ日本人(男性とはあまり話す機会がないので、女性の事だけに絞ります)と話している時に度々、彼女達の幼さを感じる事がある。 先日、日本の歴史や地理・・などについて話していた時に一人の女性(40代)が、「わっかんな~い!ま~ったく興味ないからさ♪地理アンド歴史♪」って、一言・・・・。 私は、あれあれ?って思った。興味がないのは仕方ない事かもしれないけど。でも、これは自分の国の事だよねぇ。勉強する気がないのは結構だし、個人の自由。だけど。大口切って「わっかんな~い!!」って。開き直るって~のは・・・どう? あくまでも、私だったら、そんな事もわかんないのか、って自分の無知さを恥ずかしく思ってしまうと思うんだけど。実際、外国人と触れ合う機会が増えていくと、事あるごとに、自国の事を尋ねられます。色々な事を聞かれる・・・その度に、自分の国の事なのに解からない事ばかりで満足に答えられずもごもごしてしまった自分がとても恥ずかしかった苦い思い出が多々ある。もうちょっと真面目に歴史の勉強しとけばよかったって何度悔やんだ事か。日本人の精神年齢が低いって言われるのも仕方ない事なのかもな?って、その彼女の発言を聞いて思ったりもした。 私だって、外国に住んだ事がなくって、今の様に外国人の旦那を伴侶に持たなければ、彼女達と同じ様にものを考え、喋り、解からない事を解からないままで、それに何の疑問を持たずに生きてきてたかもしれない。 でも、アメリカしか私は比較するデーターを持ってないんだけど、あちらのニュースキャスターの人って皆、きびきびしてて自信に満ち溢れている。背筋が伸びていて決して媚を売らない。観ていてとっても格好がいいし、気持いい。自信を持ってニュースを伝えていて、そして少しのユーモアも忘れない。よく外国人タレントが来日して日本の番組に出演すると、こっちのコメディアンが自分達にしか通じないジョークを飛ばして外国人の彼等が困惑している様子を観るとその人&通訳さんに同情しつつ、「またかよ・・・」って、思ってしまう。勿論、素敵な人もた~~くさん、知ってるし、いるんだけど・・。情報の発信源であるテレビ社会の人間達がこんな形だと、これからの我が国の行く先が思いやられるのは、私だけかしら・・・?長い話、付き合ってくれて、ありがとう!勿論、素敵なニュースキャスターさん、そして素敵な日本人の方、いっぱいいっぱい、いらっしゃるのは重々承知しております上での日記ですので、どうぞご了承下さい(^^)
2004/07/30
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今日は、懐かしい、今はもう箪笥の肥やしとなりつつあるアフリカンドレスをご紹介いたしま~す!実際に袖を通した事がある人も、又、全然興味がなかった人も・・・除いてみてね!!尚、携帯の画像なのでしょぼいけど、その辺はご勘弁を(^^)その1(子供用) これは向こうのお姉さんがKが2歳の誕生日の頃に送ってくれたものです。)その2(柄物・赤) これも向こうに行った時にお姉さんが仕立ててくれたもの。派手派手だね(笑)その3(柄物・ゴールド) これもお姉さん仕立て。80年代のディスコ服を彷彿とさせる??その4(黄色・レース) これは向こうで婚姻届を出しに行く日の為に、旦那のお母さんが仕立ててくれたもの。その5(青・ワンピース) これも向こうからお姉さんが送ってくれたもの。私用なのですがKが着ると・・・こうなります(笑)その6(緑・ワンピース) これもKが着ると~~~(^^)何かが、違う・・・(笑)いかがでしたでしょうか??まだまだ いっぱいあってお見せ出来ないのが残念ですが。今ではすっかり箪笥の肥やしになってしまった数々のアフリカンドレスですが、見るたびに様々な思い出が蘇ってくる・・・。私の人生の中の、大切な一部になっております(^-^)皆様の思い出の洋服は、どんなのですか・・・?
2004/07/24
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昨日、娘と保育園からの帰り道のこと・・・・暑い中 娘Kを後ろに乗せ自転車をふ~ふ~言ってこいでた所、後ろから同じく自転車に乗った小学校2、3年生位の女の子が近付いて来た。「あの・・・・」声をかけられて振り向くと、その女の子が恥ずかしそうにKを見て「外人さんですか??」と、聞いてきた。突然の事で一瞬 言葉に詰まる私・・・。彼女を見ると・・・・私からの答えを待っている!!!私 「う~~~ん・・・あのね、ハーフなんだよ。お父さんがね、 外国の人・・・アフリカ人なの。」私自身は、ハーフという言葉は好きではないし普段は使わない。けど、あの位の年齢の子供に一番言って解かりやすい かつ浸透している言葉はハーフなのかもなと思い、不本意ながら その言葉を使ったのだけど・・・。その言葉を受け彼女はKと私の顔を交互に見つめ・・・「ふ~~~~~ん・・・・」って・・・。ちょっぴり困ってた(笑)やっぱ理解出来なかったみたい。帰りだった事もあって、急いでたから ちゃんと時間をかけて説明してあげられなかったのが心残り。そんな母やその女の子の気持を知ってか知らずか、当のK自身はニコニコ終始ご機嫌で私達の会話を聞いていた。ドレッド頭をブルンブルン振り回し、その子に向かって「おね~ちゃん、ばいば~~い!又、一緒にあそぼ~ね~!!(っていうか遊んでないけど 笑)」と、元気に手をふってサヨナラしてた。でもさ、その女の子の質問は本当に子供らしくって私としてはとても微笑ましいものだったけど。「外人さんですか??」と聞かれ一瞬でも答えに詰まってしまった私。だめだね、こんなんじゃあ。いつ どこで 誰に聞かれても迷う事のない様に・・・。Kの事、いっぱい いっぱい誇りに思っている事が少しでも伝わる様に・・・。ちゃんと心の準備、しておかなきゃね!!!
2004/07/22
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今夜はすごい久しぶりに親友と過ごした。彼女とはアメリカ留学時代からの付き合いでかれこれもう10年以上の仲になる。私は、友人がとっても少ない。10代の頃の友人しか残っていない。それも数える程。元々人付き合いが苦手だった私は、広く浅くの交友関係よりも一人の人間と長く深く付き合って行きたいタイプだったので、自然とそうなった。そして、その事で不便を感じた事はなかった様な気がする(半分強がりかも 笑)彼女Tとは初めての出会いがアメリカという地だったせいか、日本で出会っていたら体験、経験出来なかった様な様々な日々や苦悩、葛藤・・・色々な事、想いをシェアーして来た。お互いその頃はまだまだ子供だったし、喧嘩も沢山した。でも、それでもやっぱり、あの頃の日々が今の私を作った原点になっていて、その頃の同志と共に今も尚、人生を一緒に歩いていけてる事実が嬉しい。私とTは、正反対のタイプかもしれない。格好や服の好み、聴く音楽や観る映画・・・好きな事、嫌いな事などなど・・・。よく昔は周りに彼女を私の親友だと紹介するとビックリされたなぁ。私の親友って言う位だから皆きっと派手派手ね~ちゃんがやってくると信じてたんだよね(笑)私と彼女は日本に帰国してから会わない日が何年も続いた時もあった。私は晩婚で子持ち。彼女は花の独身。しょっちゅう会ってる訳でもないし、気が付くと最後に会ってから何ヶ月も経過してる事もある。でもね、不思議だよね。会わなくても喋ってなくても。全然平気なの。私達はお互い見えない糸で繋がっている(T,気持悪いか?こんな事言ったら)例え何年間も会わない時が続いたとしても私達はきっと、つい昨日会ったかの様に又、話始められるだろう。彼女がずっと昔にくれた手紙に、こんな一説がありました。「人は、何かを諦めたときに始めて本当の大人になってしまうんだ」って・・・。あの頃の私達は、日本に帰って来て中途半端な自分達の居場所を見つけ出せずにいて泣いてばかりだった。戻れないし、進めない。夢を持ち続ける事の大変さを、身を持って痛感してたんだ。ねぇ、T,私達はもう、あの頃の自分には戻れないけど。本当の大人には、まだ なってないかな?夢を諦めないで、持ち続けたままの大人もいるって事・・・わかる事が出来たかな?そして、私達はそんな大人になれているかな?今夜は楽しかったな。ありがとう。皆さんの心の「真友・信友・親友」は、誰ですか・・・?
2004/07/17
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前日の日記の続きです。今から読まれる人は13日の方を先に読んでね。私は、人種差別(どの肌の色、どの国においても)には断固反対だ。でも、私の場合は黒人人種の事を指しているのだけど、んでるさんもご自身の日記に書いてある様に、その当事者である人種以外の人間がその差別や差別されている側の人間の気持などを代弁するのにはどうも賛成というか、その権利はないと思っている。何の意見も述べられない。それは、私は「私」であって「彼等」ではないから・・・。辛かったろうな、悲しかったろうな、というのは想像は出来るけど。でも それが実際どれ程の苦しみや悲しみだったかという真の心は決して理解出来ないんだよね。 アメリカであれ日本であれ世界中何処の国にだって差別はいっぱいある。でも あえて今回は黒人人種への事しか話しません。 黒人のパートナーを持った方なら誰でもきっと1度は経験していると思う。いわれない差別の数々・・・。何故?って、きっと沢山思う事があったと思う。 誰も、わからない。今でも深い深い所に根付いている差別・・。 この日本では今では数年前とは比べられない位にブラックカルチャー(アメリカの)が浸透して、主に音楽やダンス、ファッションだけど。大分馴染みの深いものの一部となった。だけど、そのカルチャーに憧れて一生懸命真似をしているキッズ達の一体どれ位の人がこんな悲しい歴史を知っているのかな?彼等の求めているブラックカルチャーはあくまでも「アメリカン」のであって、決してアフリカでは、ないのだよね。 アメリカの黒人達も同じ。自分達のルーツを求めに一生の内に1度でもアフリカを訪れる事の出来る幸運な人間は一体どの位いるだろう?多くの人達はきっと、自分達が今この国で生きている歴史となった原点を知らないままアメリカに生き、そして死んでいってしまうのだよね。間違った考え方かも知れないけど。そんな事を思った私は、まだ彼等アメリカンに比べてアフリカンの方がちょっとはベターなのかな?って思った。何故なら様々な複雑な事情を抱えているかも知れないけど、それでもまだ多くの彼等には自分達の帰る事の出来る「母国アフリカ」があるから・・・。でも、何が何だかわからない内に遠いアメリカに連れられて来てしまった人達の子孫である彼等にはそれが、ないんだよね。どんなに苦しい事があっても「GO BACK TO THE AFRICA!!!」と罵られても彼等には帰る場所がない。奴隷帳や当時のほとんど全ての証拠品はすでに抹消されていて、自分が何処から来たのか、何者なのか、何処に帰ったらいいのかさえも何も何もわからない。どんなに辛く悲しい現実があっても彼等はこの場所で生きて行くしかないんだよね。 アフリカにも勿論今尚様々な所で厳しい現実の問題が山積みにされています。だから日本人である私がどちらが少しは恵まれているかなんて恐れ多いジャッジなんて出来ないしきっと当事者である彼等がきいたら「何いってんだよ??」ってぶっ飛ばされちゃうかも知れないけど。こんな風に思ったのも事実です。 前に比べて大分減って来たとはいうもののまだ日本では日本人女性にアフリカ出身者が出身国を偽ってアメリカンと言って近づいて来る事があるよね?嘘は勿論いけない事。ましてや自分の誇りである母国を偽るというのは最低な行為だと思う。でも、ある意味彼等にそんな嘘をつかせている原因の一つを作っているのは私達日本人女性なのかもな~って思った。テレビやビデオで見る格好のいいブラザー&シスターズの世界はアメリカだ。私の知人女性はアメリカンとしか付き合えないと言う。アフリカンなんて野暮ったくって絶対嫌だ、って。黒人人種と付き合っている筈の彼女自身こそが本当は、実の差別主義者だとは本人はきっと一生気付かないのだろうな。 そんな女性達が存在する限り、彼等の偽りや嘘はきっとなくならないと思う。 そして、悲しい事にアフリカンアメリカンの中でもアフリカンを軽視し、バカにしている人間がいるのも事実だ。私の友人がある日アフリカンの彼氏とクラブへ出かけた。彼が席を離れた一瞬、アメリカンの黒人が近づいて来て彼女をくどいた。勿論即座に断った彼女に向かって彼は捨てゼリフで「何だってんだ??そんなアフリカのジャングルから来た奴の何処がいいんだよ??」って聞いたらしい。彼女は、「そうよ。私は彼と一緒にジャングルに住みたいから一緒にいるのよ。それが何か文句ある??」と、答えたらしい。私の愛すべき友人にBIG RESPECT!!この様に悲しい事だけど一部のアメリカの黒人の中ではアフリカンを軽視している人間がいるのも事実なんだよね。 私は、人種差別を語るには人間が小さ過ぎてとても出来やしない。 ここには、私の見つめてきたもの、知ったものの歴史、真実だけを自分の視点からのみ、書かせて頂きました。 アフリカンの夫と結婚して、それによって様々な障害や差別を経験してきたけど。でもね、奴隷小屋でも浮かび上がってきた涙が止められなくなってしまった時も深く思ったんだけど。「AYSA,お前が泣いてどうする!?本当に辛いのは、誰だと思ってんだ??」って。いつも自分を叱咤して来た。私だって心を持った人間だし旦那が黒人だという理由だけで嫌な思いをして来た事も沢山ある。でもさ、本当に辛いのは私じゃなく彼等自身なんだよなぁ。そうやって又思い返すと共に決して100%理解する事は出来ない「黒人である事」の真髄を想いいつも又少し、切なくなってしまうんだけど。 彼等は彼等であって、決して私は彼等には なれないから・・・。 私はアフリカンの旦那と出会えてもし出会っていなければきっと一生気付かずもしかしたら気にもしないで通り過ぎてしまったであろう数々の歴史達などに幸運な事に触れる事が出来た。アフリカで目にした光景は、私の人生の中で一生忘れる事の出来ないそして、それからの人生への考え方をも変える節目となった。その反面彼等と共に人生を歩いて行く事の現実の厳しさや切なさも増えたけど。今もまだ、毎日色々な想いが頭をよぎっていてうまくまとめられないのだけど。これが私の見てきた事、感じた事、想って来た事のありのままの想いです。長い長い話を聞いてくれて本当に有難う!疲れたでしょう?お疲れ様!!読み逃げも全然OKだけど、色々な方の感じてる事、思っている事・・・なんでもいいから聞かせてくれたら尚嬉しいな。いつか、 いつか 世界中の誰もが 悲しい差別のない中で暮らせることを 祈って・・・・・THANK YOU !!!
2004/07/14
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今日は日記をリンクさせて頂いている、んでるさんの日記を読んで感じた事思い出した様々な事を書こうと思う。いつもの日記とは違いちょっと重たい内容なので読み逃げ全然OKだよ!でも、ブラックの方をパートナーにお持ちの方には是非、1度でいいから読んで欲しいなぁ。 数年前に私は数ヶ月という短い期間だったけどアフリカに滞在しました。その際に今ではアフリカ国内でもほとんどのものが取り壊されてしまっていて数える程にしか残っていない奴隷小屋を二つ訪れました。そこで目にした様々な光景、現実、歴史・・・話・・・本当はね、数年経った今でも自分の中でまだまだ消化し切れていないものがいっぱいあって、うまくまとめられないかも知れないし支離滅裂な文章になってしまうかもしれませんが、どうぞご了承ください。私が行った奴隷小屋は、小屋と言っても実際はキャッスルで、とてもとても立派なものだった。海の目の前にそびえ立つ白いそれは、さながら本当のお城の様で、中の真実の歴史に触れる前に見た者はきっと誰もが楽しい観光名所だと思うかも知れない。 ショックの方が大き過ぎて頭が真っ白になってしまった当時の私だったのであまり鮮明には覚えていないし、間違いもあるかも知れないけど。 中は各部屋 大、中、小 とそれぞれ様々な部屋に分かれていたと思う。初めて奴隷として連れてこられたばかりの人達を収監する部屋、船で出港させられるのが間近な人達が収監されていた部屋等など。部屋は、男女別に別れていてどれも狭く暗く部屋と言うよりは洞窟と言った感じで、窓も遥か上の上の方に申し訳程度に付けられた天窓一つのみだった。とっても狭い狭い部屋にある時は200人位の人間達が放り込まれてひしめき合ってたそうだ。当然のごとくそこには、シャワーもトイレも何も何も、ない。あるのはただ黒い冷たい壁と闇のみ・・・。 食事も一日一回小さなドアから放り込まれる僅かな食べ物だけ。そえも人数分ある訳ではなく、皆が我先にと奪い合う様な現実・・ その戦いに敗れた者は当たり前だけど、どんどん弱っていって衰弱し、出港前にこれはもう奴隷として使い物にはならないと判断された人間は容赦なく殺され、ある者は生きたまま、海に放り投げられ捨てられる・・・。そう、ただの「ゴミ」の様に・・・。 女性の奴隷達の話は同じ女性としてもっと目を覆いたくなる様な事実ばかりだった。 男性と同じ様に狭い部屋にひしめき合って暮らしていた彼女達。ただ一つ彼等と違っのは、夜な夜な襲ってくるレイプへの恐怖と戦っていかなければならなかった事。彼等(ここでは奴隷商人と呼ばせてもらう)は夜な夜な奴隷小屋を訪れ気に入った女達をそれぞれ選び毎晩の様に彼女達を好き勝手にレイプしていた。当然レイプをされて妊娠する女性が出てくる。船が出港する前に妊娠が判明した場合はまだ良かった。大多数が奴隷を免れ母国に残れた。 でも、出港時に妊娠が解からず長い航海期間である船上で判明してしまった彼女達に待っていた運命は・・・「妊婦は使い物にならない」ただそれだけの理由で生きている彼女達を、そして新しく宿った小さな命も一緒に、船から放り投げて殺してたんだ・・・。 そこには、様々な鎖も大切に保管されていて展示してあった。首輪や足かせ・・・色々な種類の見るだけでも重たそうな鎖の数々・・・みんなみんな動物ではなく「人間」に対して使われていたものなんだよね。 何より私をビックリさせたのは奴隷部屋と隣接された部屋に「CHURCH」が造られていた事だ。奴隷商人達にクリスチャンが多かったからかな?でもさ、時を同じくしてすぐ隣の部屋では自分達と同じ多くの人間達(だとは思ってはいなかったのだろうけど)が泣き苦しみ殺されている・・・彼等にそんな苦しみを与えている当事者である自分達が一体、神に何を祈ろうと言うのだろう??? その頃の私は無宗教であったけどあまりもの矛盾さに怒りに震えが止まらなかったのを覚えている。そしてもう一つ納得が出来なかった(と言うか全てにおいて納得なんて絶対出来ないけど)のはキャッスルの中の海を望める素晴らしいテラスの一角に奴隷商人達のそれはそれは立派なお墓が造られていた事だ。「WHATTA FUCK???」って感じだったよ。本当に。自分達が此処に居て生きた証明?誇りの証??それは白く輝いていてとても立派なものだった。勿論そこで死んでいった数え切れない位のアフリカンの彼等のお墓なんて、ただの一つもなかったんだ・・・。以上、とても全ては書き切れないのが残念だけれど、これが私の見たアフリカの奴隷小屋の一部、真実の歴史です。そしてこれから先はその時に私が感じた様々な想いを書きます。その場所には世界各国様々な人達が来ていた。白人の人達の姿も少なかったけど見かけた。でも普段はとてもフレンドリーで穏やかな我が旦那も様々な事を見て聞いて知ってしまった直後だったので彼等の姿を見かけた時の心中は穏やかではなかったみたい。普段絶対口にしないカスワードの数々をブツクサ呟いていた。「一体彼等はここに来てどうしようっていうんだ?彼等のフォーフォーファーザーズがやった誇り高き歴史の数々を目にして満足感にひたろうってのか?FUCCKK!!!」って・・・。彼の気持や想いを想像出来た私はこの時ばかりは何も言えなかった。 アメリカから、沢山のブラザー&シスターズも訪れていた。「自分のルーツを見つけたいんだ」って・・・。みんな みんな 泣いていた。ある人は泣き叫び・・・説明を受けている部屋から飛び出してしまった人もいた。 私は・・・悲しかった。苦しかった。当時の彼等が閉じ込められていた部屋の冷たい壁に手を触れると様々な彼等の苦しみ、悲しみ、泣き叫びうめく声・・・どんなに無念だったろう。苦しかったろう・・・聞こえてくる様で苦しくてそこにそれ以上居たたまれなくなって外のテラスに一人出た。そこには、そんな恐ろしい歴史があったなんて想像も出来ない様な穏やかで美しい海が広がっていて所々で記念撮影をしてる人達もいた。心配して後を追ってきた旦那も私と写真を撮ろうとしたけれど、とてもそんな気持にはなれなかった。 とってもとっても悲しくて。でもその時そんな思いと同時にとてつもない寂しさと疎外感にも襲われていたんだ。 ここでこうやって私は彼等の苦しみや悲しみの歴史や真実の物語に触れる事は出来る。でもそれは、あくまでも「触れる」だけであって、勿論悲しいんだよ。とっても許せない。強い怒りも感じる。でもね、どんなに私がそれを強く強く感じても所詮私は部外者なんだよ。黒人として黒人の人生を歩んでこなかった私には想像する事は出来ても彼等の真の悲しみには決して触れる事は出来ない。 悲しい事だけど。でもそれが私の現実。14日の日記に続く・・・。
2004/07/13
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私は、超のつく程のヘビースモーカーです。お酒を飲まない代わりにタバコの量は増えていくばかり。だが、しかし!我が旦那は超鼻炎。アレルギーで、タバコの煙が大の苦手。それでもまだ、一緒に暮らし始めた頃は「いいよ、いいよ♪全然OKだからタバコ気にしないで吸って♪」なんて可愛い事言ってくれてたのに、いつからか・・・喫煙母は隅っこに追いやられ、今じゃぁすっかり蛍族。しまいには、ベランダでタバコを吸っていると楽しそうな娘と旦那の声。「ダメだなぁ~ママは。タバコは病気になっちゃうもんね!Kちゃんは、大きくなっても吸わないでね!」との旦那の声に反応して、娘がベランダへとやって来た。「ママ、タバコやめなしゃ~いっ!! 病気に、なっちゃうでしょっ!!??」はい、はい、ごもっともです。でもね、Kちゃん,ママいまんとこ楽しみがこれ位しかないのよ。だから、お願い!しばらくは このまま・・・見逃してくれ~~~!!★☆★☆ベランダに私が出ると決まって追いかけてくるK☆★☆★「ママ~!早く戻ってきなさいっ!!」母の、禁煙は いつになる事やら・・・でもね、少しずつ本数減らす様に、頑張るからね(^^)
2004/07/11
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Kに、とうとう恐れていた悲劇が襲う・・・それは つい先日の夜の事・・・私がシャワーを浴びていたら、トイレからKの悲痛な叫びが! 「ママ~~~!!」 何事かと思い、急いで行ってみると・・・・ 「わぁぁぁぁっ!」なんとKちゃん、ウォシュレットのボタンを間違えて触っちゃったみたいで、壁にめがけ勢い良くお水がぴゅ~ぴゅ~と、飛んでおりました(笑)ごめんね、ママもいつかはやるんじゃないか?って、心配してたのだけど。最近のKちゃんのお姉さんぶりに すっかり油断して注意力傲慢になっておりました(--)すっごい、恐かったよねぇ。その証拠に次の日の朝、保育園に行く前にお腹が痛くなったK。母「トイレ、行ってくれば~?」K「ううん!だいじょぶ!Kちゃん、保育園に着くまで我慢するから!」母「えぇ~!なんでぇ??」K「だって、お水、ぴゅ~するから・・・恐いんだもん・・・」・・・・・これは、相当なトラウマに なっちゃうかしら??・・・ごめんよ、Kちゃん!トイレ前までは、こんなにご機嫌だったのに~トイレ後で、壊れたK(--)衝撃映像♪今夜は、眠れなくなるかも???魔よけに・・・いかがでしょうか(^^)
2004/07/09
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まず始めに・・・これから書く事は私の出会って来たアフリカ人及びその関係者のごくごく一部の人間たちからの経験を通して、長年私が思ってきた事、感じ続けてきた様々な疑問や思いを綴るので全てのアフリカ人に通じる事ではないのでその点はご了承下さい。前回に引き続きAYSA心のつぶやきという事で・・・(笑)これは今まで、私が旦那と出会う前、出会ってからもずっと思い続けて来た事なんだけど。アフリカ人と「詩的感情」これはとても とても 遠い所にあると思う。まず始めに「心の病気」について・・・幼い頃に受けた心の傷やトラウマ・・・それが大人になった今も根底に残っていて人間関係にひずみを生ませたりだとか例えばPTSD,AC・・・など。愛したいのに愛されたという実感が過去の経験でないから、どの様に人を愛し愛されればいいのかが解らない・・・今でも辛かった時の記憶がフラッシュバックして自分を苦しめる時がある・・etc・・・などなど。あくまでも、私の出会って来た彼等達は、仮にこの様な事を述べて説明したとしても、同情こそはしてくれるものの、真からの理解はしてくれなかったし、きっと出来なかったと思う。それはね、決して彼等のせいでは ないんだよね。彼等の生まれた国、育ってきた環境・・・個人差はあるにせよ「今日」今、この時を生きて行くのに皆 必死で、そんな悠長な事を考えたり言ってたりする余裕なんて、なかったんだよね。だから、アフリカにも もちろん「心の病気」は存在するのだけれども、先進国の様にここまでは病んでいないと思うし、もしその様な人達がいたとしても、周囲の認知度はまだまだ低いと思う。そんな所で生まれ育ってきた人間に、この様な感情を100%理解しろと言っても無理な話だとは思うのだけど・・・。でもね、やっぱり たまに感情の受け止め方に大きな距離がある事に今でも愕然とする事があるんだ。日本人同士でもそうかもしれないけど、黒、白 の中間の「グレー」の感情って言うのかな?うまく言えないんだけど・・・。例えば、有名な映画で「マディソン郡の橋」や「恋におちて」を観た事はあるかしら?二つとも晩婚者の切ない恋の物語だったのだけど。あれを日本人の私が観ると、映画の好き嫌いは別として、主人公の気持に共感出来る事がいっぱい いっぱい あったのね。好き・・・愛してる・・・けど、別れなくてはいけない、一緒にはなれない、忘れなければいけない想いや・・・良識では解ってはいるのだけれど、止められない想い・・・ それは決して「浮気」だとか「不倫」とかの一言では片付けられない様々な思いや葛藤があるのだと思うのだけど。そんな物語や現実に起きたストーリーを聞いても我が旦那達の見解は全く異なっていて、いつも返って来る言葉は「結果」だけを見て、それが女性が浮気とか恋愛に翻弄されるストーリーだと、もう彼等の中ではその女性はBITCH以外の何者でもなくなってしまうのだよ。もし、晩婚女性が旦那さん以外の誰かとベッドを共にする事になったら・・・彼等の中ではその彼女がどうしてその様な道を選んだのかや、それまでの人生、思い、葛藤・・・流したであろう様々な涙の数々・・そんな そこに行くまでに歩んできたプロセス達は関係ないんだよね。ただただ結果だけを見て「She is a Bad Woman」で終わり・・・。一夫多妻制の自分達の事は棚の上のうえ~の方に上げておいて、女性のこの様な不貞は絶対に許さない。きっと、愛してるから許す、という観念はないのかな?男のプライドが邪魔して(笑)そして、これが私が一番大嫌いな旦那の言葉なんだけど、何か女性が不貞(彼等」の中では)を行った際にいつも、男性の時には何も言わないくせに「See?? every woman is a devil. you need to know how to control them!!」・・・・って言うか・・・お前は一体、何様だ!!!???そんな感じで今まできたので、彼等(というか旦那)に、詩的感情を求める事は不可能に近いのかな、と悟りの極地に達した私(笑)でもね、やっぱり時々 切なくなる事は あるんだよ。特に旦那の関係者の人の中に、離婚された人も結構いるのね。一人の人は日本人の奥様が彼と子を置いて家を出て行ってしまったのだけど、やはり彼等が見ているのは彼女が家を出て行ったという「結果」だけで、その原因というか「経過」は見つめようとしないんだよね・・・。彼女がどんな気持で結婚生活を送り、色々な悩みや苦しみ、涙を流していたかもしれない・・何度も旦那さんと話し合おうとしたのかもしれない・・・彼女の心の叫びに耳を傾けてはくれなかったのかもしれない・・・そんな過程は何も見つめようとはせずに、ただ彼女が出て行ったという結果だけを見てイコール「she is a Bad Wife」って事になっちゃうんだよねぇ~。そりゃぁ、あんまりじゃない??アフリカンと出会って、恋におちて様々な出会いや別れがあって・・・今こうして旦那と結婚して長年一緒に生活しているけれど、やはり まだまだ この、彼等と私側の詩的感情の違いについては未だに、時々 悲しくなったり戸惑ったりしている毎日です。大分 慣れてきた私ではあるけれど。やはり まだ彼等の「女とはこうあるべき!」という決め付けにはいつも家庭内戦争勃発の危機に立たされております(笑)でも、困ってしまう事もたっくさんあるけれど。彼等の、私達とは又違った、様々な苦しみや悲しみを乗り越えて来た上で勝ち得た底抜けの明るさや強さ、パワーには励ませられる事も多々ある毎日なのですが(^^)長い独り言、聞いてくれて有難う!繰り返し、これは あくまでも我がアフリカン夫及びその周辺の人間達の見解なので。ご了承下さい(^^)
2004/07/08
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常日頃から不思議に思ってた事があるのだけど我がアフリカ人夫及びその周辺の関係者は皆、親戚や友人、知り合いが亡くなってもその「死」の原因についての解明というものを全くしない。今まで何度も何が原因だったのか・・?どうしてそうなってしまったのか・・・?と彼等に問い合わせてみたものの彼等から返ってくる答えはいつも「さぁ・・・ONLY GOD KNOWS !!」SICKだと聞いてもどこがどの様にSICKだったので、この様な病名となり亡くなってしまった・・とか、そーゆう過程が全くないのだよ。 「お母さん具合悪いんだって~」って、うちの旦那がすごい心配そうにある日実母の事を話すから私も「えっ!?それは大変!何処が悪いの?どんな風に?病院には行った??どんな病気だったの?・・・etc・・・」と聞くと彼からの返事は「・・・さぁ・・ただ具合が悪いそうなんだよ」「・・・・・。」(私)彼等にとっては、まぁ~宗教というものも多いに影響しているとは思うのだけど「死」とは、神によって定められそして運ばれてくるもので、その時が神が決めたその人の「THE TIME」なんだそうだ・・・。だから彼等にとっては、その人間がどういう病気になってどの様な過程によって死に至ったか・・というのはあまり重要な問題ではないみたいなのだよ。「GOD DECIDED・ SO THAT WAS HIS TIME」今まで何度この言葉を聞いた事だろう・・・。だけどね、生粋の日本人である私や、旦那の友達のアメリカ人の奥さんともいつか話してたんだけど。彼等のその考え方はある程度理解出来るんだ。事実だけを真摯に受け止め神の決めた運命を受け入れ決して逆らわない・・・でもさ、その奥さんとも喋ってたのだけど、もう少しその死の原因について突き詰めていってれば、もしかして失ってしまった人達のほんの一握りかも知れないけど、まだ生き延びえた命、もう少しだけ同じ時を共有出来えた愛しい人達もいたんじゃあないかな・・・ってね。それに、病気の原因を突き詰めていけば、例えば癌や糖尿病などの遺伝性の強い病気であれば、後に残された家族達はその事を頭に入れ参考にし、これから気をつけて生活する事も出来るじゃない?でもね、それを彼等に話した所できっと一笑され「全ての人間の小さな努力や長生きしようとしての知恵やあがきも神の決めたその人間の「寿命」というものの前では、全てが無能なんだ。」って、笑われてしまうのだろうな。でもね・・・やっぱり大切な人と少しでも多くの時を一緒に重ねて行きたい・・・。それも私達人間の本能だと思うのだけどね!他のかたはどうなんでしょう・・・?まぁー我が家は、宗教というものが根底に大きく関わってはいるのですが。病気繋がりで娘Kの今日の一言・・・救急車が大好き。本日も帰宅途中にすれ違った所・・・K「ママ~Kちゃんねぇ、救急車と~っても乗ってみたいのぉ」母「そっかぁ~。でもさ~救急車はどっか病気になったり痛くなって血がい~っぱい出ないと乗れないかもよ~ママはそんな風にKちゃんになって欲しくないからやっぱり救急車には出来れば乗って欲しくないなぁ~」K「・・・そっかぁ~Kちゃん血~いっぱい出るのは嫌だから・・・(しばらく考えこみ・・)」K「そっかぁぁぁ!!!ママ!Kちゃん、病院の先生になるよ!!そしたら痛くなくても救急車、乗れるもんね!♪そしたらママも一緒に乗せてあげっからね♪」あら あら 将来が楽しみだこと。ママ、楽しみに、待ってるね(^^)
2004/07/06
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我が家は共働きです。娘が1歳6ヶ月の時から保育園に預けて働いています。始めは泣き叫ぶ娘の手を振り払って仕事に行かなければいけないのが本当に辛くて何度仕事を辞めてしまおうかと思った事か・・・。今、働き始めて早2年が過ぎようとしているのですが、我が家の家計はいっこうに良くなりません。一体どうしてだろう・・・?そう、我が国 日本は稼いだら稼いだだけ持っていかれちゃうシステムだからです。本年度の税金と国民健康保険の額を見て私はマジ気を失いそうになってしまいました(--)本当、この制度はどうにかしてくれないかな。さて共働きの夫婦にとって特に妻サイド&子がいる家庭は旦那さんの協力なしでは成り立ちませんよね?でも、我が家のアフリカン夫は例に漏れず(笑)とっても男尊女卑の考えです。どなたかのHPにも書かれていましたが、彼等の国では女性が働き家事育児をし、旦那様に仕えるのが当たり前だとの事で。それに不平不満を言う私達ジャパニーズワイフはレイジーだと。まぁぁ!!なんて人格の出来たアフリカのシスター達でしょう!!!でも、私にはとても真似出来ません。てゆ~か、絶対しね~(笑)だから2年経った今もこの事で私達夫婦はいつも喧嘩が絶えない。やっぱさ~いるから期待しちゃうじゃん?この位はやってくれるんじゃないかな?って。でも いつもそれで裏切られちゃうから精神衛生上良くないとは思ってるんだけど。そして我が旦那のお得意のセリフ18番!「そんなに とやかく言うんなら僕が仕事辞めて家にいて娘の面倒見るから!その代わりお前、俺が稼いでる金額と同じ金を稼いでこれるか??!」・・・いけませんねぇ~これは・・・・一昔前の「誰のお陰でめしが食えると思ってんだぁぁ~」的おっとちゃんの発想です。ずるいよね、マジで・・。経済的脅迫だよね。今はまだ無理だけど、絶対手に職つけて旦那よりも比べものにならない位の給料をゲットしていつかリベンジしてやる!!と息巻くAYSAなのでした。あ!そしたら今度は調子に乗ってうちの旦那ヒモ男に成り下がっちゃうかも・・・。皆様のパートナーの方は、いかがですか・・・?一番辛いのは喧嘩になった時にすぐに「他のワイフはみんな もっとやってる」とか「友達のワイフは文句一つ言わずにやってくれたんだって」とか比べられる事。そんなにいいんなら、その方と結婚すればいいのに~~~!!
2004/07/04
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結婚してからも、出会った当初の想いを持続させていくのって、本当に 難しい。みんな 同じ様な事を思っているのかもしれないけど。なんで人の想いって、変わってきてしまうんだろう・・・?並大抵の努力じゃぁ、想いを持続させるのって、不可能に近いよね。たまに結婚生活何十年で未だお互いを本当に想いあっていてラブラブの御夫婦がいるけど本当に羨ましい。結婚生活って、本当にうんざりする位の日常と現実の繰り返しだからさ。お互いの努力なしではロマンスが顔を見せる隙もなくなってしまうんだよな。でも こればっかりは相手あるものだし、自分の努力だけではどうにも出来ない事でも あるんだよね。私の家は両親も姉ちゃんも離婚してて、私は小さい時から結婚生活ってものには全くの期待もしてなかったんだけど。でも やっぱりすると決めたからには幸せになりたいな、って思ったんだ。でも現実はそう甘くなかったな。私がこの日記を書く事を決めた訳・・・それは、不平不満ばかりの自分の毎日に うんざりしていたから・・・私達夫婦は、本当に今まで色々な事があって、それを二人で乗り越えてきたのだけど。それを強さや絆に変えていかなければいけなかった筈なのに、いつも いつも 問題をお互いへの不平不満に転換させてきて、お互いに受け入れ 許し認め合うという当然の行為をいつしか忘れてきてしまった・・・だから、喧嘩する度に醜い罵り合いになり、馴れ合いの末「I'M SORRY」も伝え合えなくなってきてしまったんだ。だから出来ればそんな日々の事はしばし忘れて、この日記の中だけでは「幸せな自分」っていうのを実感させたかったのだけど。日々の心温まるエピソードだけで満杯にさせたかったんだけど。現実はそう うまくはいかないよね(笑)国際結婚した全ての人間がうまくいかないって訳じゃぁ、勿論ないし、うまくいってる御夫婦もいっぱいいる。でもね、我が家の場合は彼と結婚した事によって起こった様々なエピソードがその後の生活に少なからず喧嘩や醜い争いの種になってるんだよんね。国際結婚された方、離婚された方・・・いろんな人がいると思うけど。そして 今も現役で旦那様とラブラブの方も・・・一体夫婦ってなんなのかな?我が旦那いわく、私は結婚生活にTOO MUCHを期待し過ぎてるそうだ。でもね、昔も今も、根本的な事は何一つ変わってないんだよ。ただ愛し、愛されたいだけ。でもさ、それが本当は一番 難しいことなのかもね。
2004/07/02
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