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今日は、父が障害者自立支援法の改正に伴う手続きの為に市役所に行くといって、8時半に部屋に来て声をかけてきた。母はまだ寝ていたようで、やはり父に声掛けされて起きたらしい。私も一緒に起きた。というか起きれた。これじゃ後でドンと来るかなと思い、今朝はトレドミンを飲むことにする。朝食後、風邪の薬は飲んでなかったが、眠くなった。銀行などに行く用事はあったのだが、月末だし込んでるのではないかと思って止めた。ボーっとしたまま午前中が過ぎた。この間から、また、編み物がしたくなってきた。時期的に毛糸で何か編みたいのだが半端な毛糸しかない。う~ん、仕方ないからレース編みで我慢するか。でも、やっぱり毛糸のほうが簡単で、目も疲れないんだよね。今日は寒いし、わざわざ買いに行くのももったいないしな~。どっかに無かったかな~?思いつかない。そうこうしてるうちに昼になり、どうにも我慢できず、レース編みを始めた。やっぱり肩が凝る。でも、チョッとでも気が済めば、また部屋の片付けに気が向けらられるだろうから・・・。これも病気かな?小さなモチーフを1枚編んだら疲れた。チョコッとうたた寝をした。駄目だ集中力が落ちた。夢を見た。津波が来るという。この間NHKで津波の防災訓練の様子を見たせいか判らないが、津波と言っても、アマゾン河で起きる海水が川を上る逆流現象みたいなものらしく、時間がわかっている。どうやって、それを知らない人に知らせて、高台に非難させるかを川岸に残った人間が慌てふためきながらも、相談している所だった。非難する途中で、夢から覚めたので、その後どうなったか良く解らないが・・・。少なくとも自分は助かっている。何であんなリアルな夢みたんだろう?ホンのチョッとの間なのに・・・。津波は時間と規模がわかっていた。何だか仕事みたいな気もする。ルーチンワークで期限が決まっていて、それまでに全てを処理しなければならない。しかし期限に間に合わない場合もある。不測の事態が起きることもある。途中に飛び込みの急ぎの用がはいることもあるからだ。状態が良く似ている。このプレッシャーが嫌なのか?仕事からは逃げられなかった。だからなのか?それとも、私は強迫観念が強いのか?何でもしなければならないと思ってしまうのかも知れない。これが治らないと駄目だな~。自分の心を開放することができないかもしれない。夕食後もレース編みを続けて、気持ちは落ち着いた。もっと別な事しなくちゃいけないのに・・・。困ったもんだ。
2006年01月31日
今朝もだるいが、起きたときの状況が何時もとは異なる。鼻が詰まっている・・・Σ(= ̄ ェ  ̄lll=) ガビーン遷ったか?[壁]/ ェ *=)ハゥ・・・ヤバイ慌てて起き出し、食事より先に薬を飲む。普段は滅多に飲まないPL顆粒と、ダーセン、クラリシッド(以前職場で貰ったやつ)を投入。此れだけ飲めば、大丈夫だろう。後は、朝食兼昼食のナポリタンを食べてから、何時もの漢方他ビタミン剤を投入する。念のためにガスターも投入しておく。暫くすると、効いて来ました。お鼻はすっきりして来た。でも、眠気がきた。1時間ほどソファーでウトウトする。その後はスッキリ。此れだけ効けば、夜もマイスリー無しでも、寝れそうな気がするな。ガスターが効いたのが、やたらにお腹が空いてきた。夕方おにぎり1個とモンブランのケーキを1個食べた。過食か?7時に又夕食を食べたら、又眠くなってきた。風邪薬は飲んでないのに・・・?PMSが始まったか?そろそろ時期だからな~。母は葛根湯で少しよくなったというし、父はすっかり元気になって、何の文句も言わずに洗濯やら食器洗いなどの家事をこなしていた。どうしたんだ?昨日のTVがそんなに功を奏したのか?それとも一時的なものなのか・・・?ああ~そうだ、この人も急激に嵌るタイプだった・・・。気を付けなくちゃ・・・。無理すんなよ~親父~!疲れが来るぞ~!
2006年01月30日
今朝も私は、起きれなかった。昼近くになって起きて、リビングに降りて行ったら、母も起きて来たところのようだった。どうも、母も風邪の引き初めらしい。父は昨日の晩からPL顆粒を飲んで、少しよくなったらしく元気だった。それだけではない、元気になった理由は、昨日の夜放映されたNHKの「女性のうつ」を布団で寝ながら見ていたらしい。その手の番組は、余計駄目になるといって観なかった父が、初めて観てくれたらしい。原因も様々で、誰にでもなる可能性もあり、また症状の出方も様々だという事、ただ共通するのは薬と休養が必要だという事、治療の期間も短期間でよくなる人もいれば、何年も掛かる場合もあるということが理解できたようだ。そのせいもあって、家族のサポートも必要だと気付いたらしい。患者を見守っていく姿勢が少しだけ解ったみたいだ。そして、絶対治るという自信が沸いたらしい。元気になった理由は其処だ。今日は、両親の調子もよくないので外に行かず家で夕食を作った。父は『餃子』が食べたくなったらしく、駅前の餃子屋さんに買いに行った。私は、後冷凍庫の整理の為、残っていたカキフライとアジのから揚げを揚げた。脂っこいものはあまりよくないのだが、仕方ない。夕食後の片付けも父が黙ってしてくれた。母は夕食後、『葛根湯』を飲んだようだが、効いてくれるといいのだが・・・。私は、先日買ってきたカーテンレールを取り付けた。後はカーテンを探すだけだ。そしたら、隙間風から少しは開放されるかな?
2006年01月29日
昔は冬の冷えた夜などは、遠くの電車の音が聞こえて来たりしたけれど、今じゃ家やマンションが建って、電車の音は聞こえなくなった。小さい頃は、都内の大きな幹線道路沿いにある母方の祖父母の家に預けられていたので、車の通る音に慣れていて、両親の元に引き取られた時は、静か過ぎて夜が寂しかった記憶がある。ところが人間の長年の慣れというのは恐ろしいもので、今では静かなのが普通で、偶にチョッとはなれた処の幹線道路の車の騒音など聞こえようものなら、うるさく感じる。最近はいたるところに信号機が付いたせいもあり、信号機のない道路を探して皆通るので、家の前も交通量が増えている。トラック等も住宅街を通り抜けようとする。でも、家のチョット先で道路幅が狭くなってる所があって、家の角で戻るトラックもある。私が、チョコっと家から出たときに住んでいたマンションは、家から直ぐだったのだが、近所に消防署があり、其処から救急車が出動していくのだった。そして、横の道路を通ると国立大学病院に近道なのだ。私は、医療関係に勤めている事や家族が全員救急車のお世話になった経験から、「ああー、又誰か急病人が出たんだな~。家族は大変だな~。当直のDrも看護婦も大変だな~。」なんてことしか考えないけど。其処に住んでる住民の中には、「此処はこんなに頻繁に救急車が通るなんて思わなかったわ。うるさくて堪らないわ」という方もいた。人それぞれだ。どちらにせよ、冬の夜は静かなほうが何事もなくいいことだ。
2006年01月29日
父は先週、弟の事や私のことで出ずっぱりだったせいもあり、疲れたのか血圧が上がってしまったらしく、吐き気がすると言って今朝は、ホームドクターの所に言った。ああー親子ってどうしてこんなところが似てしまうのか?親子ならではか?そうりゃ自律神経だよ・・・。少しでも変だと思うと直ぐに医者に行くから、まー助かるが・・・。医者に行ったら、「今日はどうされました」と聞かれたらしい。普通、そりゃ聞くわな~。で、「実は先週から、息子と娘の事で色々ありまして・・・。」と答えたらしい。医者は「色々ね~?」というので「ハッキリ言ってもいいですか?」と問い直したそうだ。「どうぞ」というので、「斯く斯くシカジカこうなんです。」と経緯を話したらしい。すると医者は「そんなの『治ります』と言って置きなさい!」とおしゃったらしい。そして、「吐き気は、風邪引いたのかもしれないよ?」と言って吐き気止めというか胃の動きを止める薬を出してくれたらしい。帰ってくるなり、元気良く、「あそこの先生もこう言ってたぞ!」と話を始めた。その後、しっかり好物のいなりずしを食べて昼寝するといって横になった。母も母で、友人の方が通りがかりに母を見つけるなり入ってきて、「お嬢さんが帰ってきてよかったね。きっといい方向に向かってるのよ。子供はドンドン出て行っちゃうこのご時勢に戻ってきてくれるんだものいいことよ。それだけ言っておきたくって・・・。」と言って帰っていった。母は「うん、ありがとう。」とだけ返事をしていたが・・・。それを聞いていて、私はなんだかな~と思ったが、要は考え方一つか~?と思ったり。それでいてお陰で気持ちが楽になった。そういう風に母に言ってくれる人がいて良かったと。私がこの家に戻ってきたことで、両親の負担になっていると思い反面、私にも負担になっているのも確かなのだが、現状では今出て行くことはマイナス面が大きいように思えてならないからだ。ところが、実情は良くご存じないだろうが、プラス思考で捉えてくださる方が口に出して言って下さることは本当にありがたいと思った。私には直接関係ないような方のお陰でも、私は生きてるんだなと思った出来事だった。
2006年01月28日
気分が悪い。久しぶりにトレドミンを飲んだせいもあるだろう。胃が気持ち悪い。原因は、朝から、正確には起きてからだが父がずーっと職場の上司の話をしていたからだ。黙って聞いていたら気持ち悪くなってきたので、ガスターを飲んだが治まらない。なんて弱いんだか・・・。情け無いが実情だから仕方ない。胃痙攣を起こさないだけましかも・・・。去年の夏は胃痙攣を2日続けて起こした。アーヤダヤダ。。。矢田亜希子。あぁ~~~ん(=; ェ ;=)
2006年01月27日
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吾が弟も汗かきで、夏場は毎年汗疹に悩まされます。酷くなった時は、皮膚科に行って、副腎皮質ステロイド剤の軟膏をもらいます。素人治療でこじらせない方がいいようです。でも、普段は出来るだけ汗をかいたら、早めにシャワーで流すだけでも悪化は防げるようです。去年それで、例年よりも悪化せずに済みました。しかも、脂性ではないので、ボディーシャンプーも、保湿タイプのものがいいのです。因みに去年はビオレでした。最近は弱酸性のものが一杯出ていますのでその中でも、かなり保湿効果が高いようでした。それともう一つ、毛穴を塞いでる角質を取るために酵素の入った洗顔料を使いました。実際に使ったのは下のです。ソフティモ ホワイト洗顔パウダーN"パパイン酵素が配合され、洗い上がりはさっぱりしていますが、保湿成分も入っているのでカサカサにはなりませんでした。パウダー状なので、手のひらにとって背中を撫でるようにさするのがいいと思いますが、自分で難しい時は百均とかで売っている綿の浴用の垢すりでもいいと思います。決して強くこすらないようにしてください。値段的にも手頃ですので、お試しにはいいと思います。注)アクネ用もありますので、間違えないでくださいね。 アクネ用は脂分も取ってしまいがちですので、少しキツイかも知れません。時期的には、乾燥もしますので、今の時期は保湿も必要だと思いますが、脂分で毛穴を塞ぐのは良くないそうなので、保湿に抗炎症作用のある化粧水で補うのも一つの方法かもしれません。実際に弟も肌荒れが酷い時は、化粧水を塗ってやることがあります。そうすると次の日は、肌荒れが良くなっています。でも、ホントに酷い時は皮膚科の先生の指導の元で薬など併用して治してくださいね。
2006年01月26日
どうも最近、寝付きが悪い。職場の件があって以来・・・。家中が不眠になっている。父も母も、寝付けないようで睡眠不足気味。時々私の頓服用のリーゼを服用させたりしている。そのことをDrに話したら、「ご家族もご心痛のあまりそういう事もおありでしょう」何て言っていた。昨日も12時過ぎにマイスリーを飲んだが眠くならなかった。でも、横になっていたら明け方には寝たようだが、眠りは浅い感じで、寝起きがだるい。今日は、Drと職場対策の打ち合わせだった。何時頃からどういう形で復帰を目指すかの確認だ。しかし、診断書の書き直しをお願いしたが、詳しい状態を書くとなると直ぐは難しいらしく、次回までに検討して書いておいてくれる事になった。個人情報の事なので、どこまで書いていいやらDrも困った様子だった。一応既に貰っている診断書を職場に提出し、それで職場の対応をみる事になった。必要に応じて追加の診断書というか意見書を出す事になるだろう。父は一切職場の上司を信用していなし、私も、職場の上司(No.2)のいうことは信用できないと思っている。兎に角、私は生活リズムを通常に直そう。そして身の回りの整理をしよう。それにしても、肩の筋を痛めてもう1ヶ月になるのにまだ痛いというかひどくなっているような気がする。肩を揚げると痛い。もしかして此れが五十肩ってやつ?イヤダヨ~!!
2006年01月26日
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昨日は、PCのアクロバットリーダーのアップデイトをしようとし始めたら、何ぜか時間が掛かって床に入るのが3時を過ぎてしまった。それから寝ようとしたが、何故か熟睡できず、6時にトイレに行きたくなってそれからやっと熟睡できた。でも何かへんな夢ばっかり見る。疲れて起きたのが、なんと昼過ぎの1時半。生活リズムがすっかり狂ってしまったらしい。困ったものだ。今日は早めに薬を飲もう。夕方、父が弟のデイケアの保護者会から帰ってきて、障害者自立支援法の内容を始めて全貌を知ったようで、驚いていたがもう、どうしようもないところまできているのだから、あんまり家の中であれこれ言われてもね~。あんまりうるさいので、外へ連れ出してみることにした。今日は弟も昨日の夜からご機嫌斜めでデイケアを休んだので、決算期で現品処分の始まったDIYセンターに行ってみる事にした。お目当ては「ワイヤーラックのワードローブ」だった。現品処分で丁度あった。税込みで4千円チョッと。(=- ェ ☆=)Vラッキー此れで部屋が少し片付くと信じている。それと、出窓に取り付けるカーテンのレールを買ってきた。此れは特に安くなかったけど・・・。今度取り付けよう。カーテン無いと・・・。隙間風が{{{{(=+ ェ +=)}}}} さむうぅ~帰ってきたら、夕飯の惣菜の中に、長芋と胡瓜の千切りのサラダがあった。父がとろろ芋が好物なのだが・・・弟が苦手なのだ。千切りだと触感がシャキシャキしているせいか大丈夫。私はとろろ芋も好きだが、父は此れに生卵を入れて食べるのが好きなのだ。こっちは私も生臭くなって苦手だ。父に言わせれと「栄養があっていい」そうだが・・・。戦前じゃあるまいし・・・。此れだからな~。時代が違うと言っても理解しようとしない。居ないからいいようなものの、孫でもいて、鶏卵アレルギーだったらどうするんだろう?絶対喧嘩になってる。皆さんは、長芋どうやって食べますか?
2006年01月25日
今日もやっぱり起きれなかった。昼近くになって、どうしても起きなくてなならず起きた。弟を水墨画教室に、そして「障害者自立支援法の改正について」の親の会の説明会に父を送っていく為に、起きたての顔のまま車で送ってきた。母はついでにドラッグストアで湿布その他を買い物するというので一緒に乗せた。結局一家総出になった。近くの公民館で弟を落とし、父を街外れの施設まで送り、母とドラッグストアによって帰ってきた。帰ってきてから、今日初めての食事をした。2時半だった。そして又直ぐに弟を迎えに行った。此れだけで何となく気ぜわしい一日となった。半日しか無いから余計そう感じるのだ。父は明日も弟のデイケアへこの障害者自立支援法のことで出かけねばならない。これまで、施設の利用料などはその人の年金の一部から支払うか世帯主の所得に応じて措置費負担金と言う名目で親権者に請求されてきたが、今年の4月からは、年金の額に応じて、実際の費用(国民健康保険などで支払われていた分を含めて、)1割の自己負担となる。つまり、月40万ほど掛かる重症心身障害者などは、毎月2万円ほどの負担だったのが、倍の4万円ほどの負担増になることが解った。此れはケースバイケースなのでもっと負担が増える人も居る事だろう。月8万円ほどの人が場合によって(グループホームなどの利用者等)は、ほとんど徴収されてしまう例も出てきそうな話を聞いている。そして又、その障害者の年金等の財産管理の為に成年後見人制度というのがあるが、此方のほうも、この問題を引き金にして急いで、整備しようとしている動きが施設側にある。親が健康で生きてる間はいいが、高齢化し判断が出来なくなった時、この後見人を誰に頼むかを家庭裁判所に行って認定の手続きが必要となるのだ。この手続きにしても今は、3ヶ月ほど掛かるのが実態だ。兄弟以外の第3者(弁護士など)に依頼した場合は、その都度報酬を支払わねばならない。何万単位での出費になる。兄弟のいない人たちなど兄弟亡き後も、同じだ。弱者からの費用徴収で一体誰が儲かるのか?役人が机上でしか物事を考えず、自分の立場で考えないからこう言う事になるんだと思う。福祉関係者は、全体として反対してきたのに、郵政民営化の影で決められてしまった。と腹立たしいことばかりなので遣り切れない。話題とは関係なくなったので、戻そう。今日「伊藤家の食卓」ですっぱいみかんを甘くするには?と言う裏技をやっていた。どうすると思います?答えはお湯につけて暖めるのだそうです。うちの母は以前から、オーブントースターでみかんを焼いていました。そうすると甘くなるからこの方がいいといって、みかんを食べる時必ず焼きます。時々トースターの中に忘れ去られたみかんが、ポツンと入っていることがあります。私は個人的には冷たいみかんの方が好きです。昔冷凍みかんなんて給食でもあった気がしますが・・・。旅行に行くとよく冷凍みかんが売っていました。(古っすぎ?)でも理論的には、暖めるほうが甘くなるのだそうです。皆さんはどうやってみかんを食べますか?
2006年01月24日
今日も、眠くて一日寝ていた。昼近くに起きて、ブランチを摂ってみたが、母がみのもんたが復帰したら、ずっとTVにかじりついているので、退散する事にした。部屋に戻ったら、寒かったのでエアコンを入れて暖まるのを待っている間寒いので、布団に入ったら寝てしまった。このところ飲んでいなかったトレドミンを飲んだせいもある。どうも、気分がスッキリしない。胸が痛くなったりするので、頓服として飲んだ。正月に従姉と伯母が遊びに来た時、従姉がパジャマの着かたについて話をした。正式なパジャマの着かた:パジャマのすそをパジャマのズボンの中に入れるのが正式な着方だそうだ。そうするとお腹が冷えないそうだ。知らなかった。そんなのがあったのか・・・?確かにその方が暖かいけど・・・。最近入浴のたびに、そのことが頭に浮かんでお風呂から上がると、パジャマの上着のすそをズボンの中に入れながら、そのことを復唱している自分が居る。その上からフリースの室内用ズボンをはく。何だかな~・・・。どっちでもいいような気もするけど・・・。そう思いながら・・・。優柔不断なやつ。皆さんは、どんな風に着てるんでしょうか?
2006年01月23日
今日は昼過ぎまで寝ていた。気力がない。職場のことが主な原因だが、父が妙に張り切ってしまっているのも何だか悩みになっている。自分のことなので自分で解決すべき事なのだが、まだ今の自分では無理がある。矛盾するのだが医者に任せるのも「職業人・組織人としては不適切な行為」或いは「職場離脱」と言われてしまうと何とも悩む処なのだ。正直言ってしまうと、もっと放っておいて欲しい。職場の人間も家族もだ。今の言葉で言うと「うざい」と言うやつか・・・。複雑と言うか我侭か・・・。何故この世からいじめが無くならないのか?友人が面白い事を教えてくれた。あるブログが有名だと言う。「きっこのブログ」と言うそうだ。今の話題の裏話が書かれているらしい。構造偽装事件の発覚も此処での記事が発端らしい。興味のある方はどうぞ・・・。全く知らなかった。話題のブログというやつを・・・。最近トレドミンを服用しなくなったら、便秘が解消した。それだけ、効き目が強かったということか?解消の元はそれだけではなさそうだ。お腹グルグルが便秘解消に働いただけなのかも知れない。そのせいか、やる気は起きない。今日も家族は夕方から、買い物に行った。6時半ごろ帰ってきて外食に行くと言い出した。気分は嫌だったが、支度するのもだるかったので、近くの焼肉屋に連れて行った。両親はあまり好きではない。だから滅多にいかないが、初めての店だった。輸入牛肉の問題で空いているかと思ったが、ところがどっこい込んでいた。まー、そこそこ食べて弟は久しぶりの焼肉で喜んでいたから、許してもらおう。私は、焼き係りであったがしっかり食べさせてもらった。イヤイヤ運転手させられてるんだからこのくらいありでしょう。(=*^ ェ ^*=) ウィーッモウイッパイ
2006年01月22日
昨日の夜、今年貰った友人の年賀状の中で、気になるコメントの人がいて彼女の所に電話をしてみた。知り合って十数年、元は同じ職場だったのだが、退職して結婚旦那さんの転勤などで年賀状のやり取りだけになっていた。しかし、彼女の職場もおかしくなっていると言うのだ。気になった。私からの電話とわかると彼女は堰を切ったように話し始め、5時間に及んだ。時間はさることながら、不思議な事に同じような時期から、彼女はメニエール病を患っていたそうだ。目眩と耳鳴りに襲われ、(彼女の職種からして耳が聞こえなくなることは、職業の資格を失うことに繋がるそういう職種なのだ。)まるで闇の中にいるようだったそうだ。その中で、職場の一部の人間の常識を逸した対応にも悩んだようだ。休職以前にも、みられたその人間たちの行動は彼女の真摯な正義感には耐え難いものだったようだ。幸いにもDrに恵まれ、治療も功を奏して、秋ごろから復帰できたようだが、それでも常識を逸した人たちの行動は(所謂職場内での大人のいじめといえそうなものだが、)対象は彼女ではないらしく、それでも彼女の神経が悲鳴を上げそうになっていたようだ。神経系の病気は、経験のない人にはどうも理解ができないもののようだが、情け無いことに、彼女の職場も医療・福祉関係なのだが、そういう職種の人間が彼女の言葉を借りれば、不正行為を行い、挙句にパワハラ・いじめと言う行為を必然のように行っている事だった。以前から噂ではなにやら怪しげな事を聞いてはいたが、そこまで酷い実態とは思わなかった。いじめを受けている本人は、何故かそれがいじめと言う意識がないらしく其処が唯一救いではあるが・・・。彼女の正義感と怒りはやり場がなくどうにも収まらないらしい。最後に、不正は絶対にいつかバレルと言うか、白日の下に去らされるときが来る事だろうと思し、人の道に外れた行為をしたものは報いを受ける時が来るはずだと言う事で互いに納得し電話を切った。どこにでもある話だが、情け無い医療・福祉の裏事情だ。
2006年01月21日
今朝も気分は最悪だ。目覚まし掛けても、起きられない。昨夜は体がコチコチに緊張したからだ。11時にやっと起きた。職場に連絡を入れるために。電話を入れたら、案の定「今朝は何時に起きたの?それから?気分が悪かった~?ふ~、そんな状態なんだ。。。」で始まって、結局復帰できないと言うのを確認したい、「まだ、復帰できる見込みはない。そう認識していいんだね。」という返事だ。勝手に決め付けようとしている。此方が、病気休業中の規則規定をコピーして送って欲しいと言っても返事をしない。挙句に次回の通院には同席できないという。昨日何時でも医者に聞いてくれと言ったから行く必要は無いと判断したのだろう。同意書さえあれば、何時でも何でも聞けると思ったのだろう。自分たちの都合のいいように解釈して、医者からそういう意見を言わせて判断しようと言うのが見え見えだった。病気休業に移行する前は、病気休業に入ったら今度復帰する時は、完全復帰しかない、つまりリハビリ出勤はなく、すぐに8時間勤務からスタートだと念を押したくせに、今度はリハビリ出勤も出来ないのか?という。前提となっている条件が違うと指摘したら、言うことが違っているのにそのことには、そっちからの連絡も相談もないのにと言って逃げる。職場からの問い合わせにつては医者の指示だから出来ないと言うのとは矛盾するし、逃げているといって、今度は此方を責める。自分たちの言い分だけを言って電話を切ろうとした。埒が明かないので、父に代わってもらった。職場の上司のの都合の良い日に立ち会ってもらえるよう言ってもらい。電話を切ったが、人の揚げ足を取ってくれる。復帰の際の、前提条件の違いについては自分の言ったことを忘れているのか、はたまた惚けているのか?定かでない。復帰の際の条件の8時間勤務からの開始とリハビリ出勤が可能なのとでは、治療方針の取り組み方がおのずと違ってくることが解らないのか、解らない振りをしているのかが解らない。どちらにせよこれ以上信用はできない感じだ。でも、此れまでなら食事も食べれないほどになった所だろうが如何にか食べれるからマシになった方だな。しかし自律神経には良くないのは確かだ。元々、職場の嫌われ者な上司だが、何故みんながあんなに毛嫌いしているのかピンと来なかったが、今回の事で嫌われている理由が解ったような気がした。
2006年01月20日
今朝は、だるかった。一昨日の件から気分は↓気味。それでも、緊張している。ブランチを摂って、病院へ。今日は、父がその気一杯でついて来た。ロビーで待ってる間、となりでゴチョゴチョ言うので、喧嘩になった。大人気ないが名前を呼ばれたとき「こないでいいよ」と言って先に席を立った。すると後から当然のごとく診察室へ入ってきたので「入って来ないでよ!」と怒鳴ってしまった。するとDrが物凄い驚いた表情をしたので、失礼しましたと謝りはしたのだが・・・。一昨日からの件を報告相談し、来月の通院日に職場の上司の同席を許可してもらった。病状の報告についても、Drに問い合わせる事の了解を貰った。来週、その打ち合わせをする事になった。外来終了後、職場に連絡を入れたが、Drからの直接の病状報告を聞けると言う事にことのほか喜ばれた。更に敵も然る者、「Drに直接聞くには、本人の同意書が必要なので同意書を送るので、それに署名して送り返してくれるかな?それに今取り込んでるんで、明日その件でもう一度電話して・・・」と言って切られてしまった。テメーの言いたい事だけ言って、勝手に切るんじゃねよーーー!又しても呆れた。人を馬鹿にするのもいい加減にせよーーー。と怒鳴りたかった。落ち込んで帰ってきてから、職場のOBの方のところに相談の電話を入れた。最初に、今の職場に拾ってくれた恩人だ。診断書の書き方について具体的なアドバイスを下さった。何処がどう良くなっているのかを強調して、職場側を説得できるように書いてももらえるようDrに相談してみたらと言う事だった。来週早速、Drに診断書を書き直してもらえるようお願いしてみようと思う。何時もながら、段取りの悪さに自分でも辟易する。この方に相談してから、病院へ行くべきだった。今日はもう一つ、間が悪いと言うか、帰ってきてから部屋の電話が鳴った。部屋の電話は古くナンバーディスプレイではないので留守電にしてある。留守電の声を聞くまで、何処からなのか解らないのだ。大抵は留守電に切り替わると切れてしまう。今日もそうだった。すると今度は、携帯がなった。流石に携帯は相手先が表示される。相手先を見た。昔付き合った人からだった。4年ほど前に分かれた相手だ。当然出ない。でも、一瞬ギョッとした。動揺した。何をいまさら・・・と思った。付き合った人の悪口はいいたくないが・・・自分から私を怒らせておいて、私の発言に腹を立て、分かれると言い出した人間だ。自分勝手すぎる。金でも借りようと言うのか?直ぐに、人から借金をする人だった。趣味に不相応なくらいのお金を掛ける。お金にルーズだった。お陰で懲りた。今はあんたどこじゃないのよ!相手をしている暇はないの!そう言ってやりたかった。間の悪いやつだな~。今日は最悪の日だった。
2006年01月19日
今朝は9時に起きて、顔を洗ってから、職場に電話をした。頭が痛かったので、ロキを飲んで気合を入れた。例のやつが出た。昨日と同じようなことを言っている。あくまで、自分は復帰を前提に治療に専念していく事旨を伝えたが、側で話を聞いていた父がジェスチャーで色々指示をしてくる。「休職期間をこれまで3ヶ月単位で様子を見ていたのだが、私の代わりの臨時雇用の方の採用の事務手続き上、見込みが出ないと困るのであれば長期の診断書に変えましょうか?」と言う質問に対し、先方は「こっちは早く復帰して貰いたいのだから、長くすることはないけど、何か長くしなきゃいけないの?」などと揚げ足を取ってくる。父も短期の診断書で一々クレームを言われるようなら長期の休職の診断書にしたらと言っていたので、この返答に疑問を感じたようだった。結局、埒は明かず、明日の通院時にDrに相談した上で、病状の報告を私がしてもいいものか、Drに直接聞いてもらうかの判断を仰ぎ結果を知らせることになった。場合によっては、又上司のNo.2が出向いて来てDrに直接話を聞いても良いといってきた。いい加減ウザイ。都の労務相談に確認の電話をした。やはり、個人的意見で退職を勧めても無視すればよいことで、病気休業の期間が雇用規則で定められている以上、事業主が勝手に雇用を切る事は出来ない事になっているので、診断書を提出し病気療養を継続すればよいとのアドバイスだった。しつこく退職を勧めるような電話などしてくるようであれば、Drの意見書を診断書のほかに内容証明つきで送って、掛けてこないようにさせればいいとも教えてくれた。それでも、勝手に雇用解雇を通達してくるようであれば、その時に又電話で労務相談所にすぐ連絡を下さいとのことだった。相談はしてみるものだ。今日はずっと頭がいたい。夕方もロキを飲んだがスッキリしない。気分障害かもしれないが、完全に悪化した。父は、「そろそろ法規的な措置を取る方向に準備した方がいいかもしれないな~」などと呟いていた。ヾ(=- ェ -;=)ぉぃぉぃあんた、奴と喧嘩する気かよ?確かに、昨日は本人の私以上に怒ってたのはあんただけどね~。復帰するのは私なんだよ~、復帰しずらくなるだろうが・・・それは最後にしてくれよ~!────────────────────────PS:先程、楽天書き込み中にPCの調子が突然悪くなりました。 なにやら入り込んだようです。 その後、チェックを掛け駆除しましたが、皆様お気を付け下さいませ。 感染源は楽天だと思います。それまでは何でもなかったので・・・。 くれぐれもお気をつけ下さい。
2006年01月18日
今日は,ゴミだしがあって早くに起きた。でも朝食後眠気が来て昼過ぎの2時まで眠ってしまった。昨日今日と良く眠れる。疲れが出てきたのだろう。午後、給与明細と源泉徴収表が届いたので、去年の年末職場に連絡が出来なかったから、状況報告を診断書を送る前にいれることにしたのが間違いだった。3時判に掛けた時は、会議中で4時過ぎに掛けた時は、例のNo.2の幹部が出た。どうかというので「日によって体調に何があり、完全復帰にはまだ無理そうなので、休職を延長して頂きたいのですが」というと「直る見込みはないのじゃないか」とか「職場の事は考えたりすることがあるのか」などあわよくば辞めますとでも言わせようという態度が見え見えの態度で対応される。「体調のいいときになんで報告が出来ないんだとか」一々説明させてでも、実際にはそんなこと知りたいわけじゃなく、自分たちの都合を汲み取れよ見たいな態度が丸見えだ。情けなくなってきた。此方がどんな不安や焦りにさいなまれていたかも知ろうせずに、簡単に直る見込みがないなんて誰が勝手に決めるんだ。担当医は「復帰できます」って言ったのだ。それを信じて治療に専念するしかない此方の子持ちはどうでもいいのだ。挙句に「これから会議があるから明日又電話してくれだ」と段々悔しくて涙が出てきた。バカヤロー
2006年01月17日
朝からずっと眠い。昨日外出したのに、トレドミンを頓服として飲まなかったからだ。今日はトレドミンを飲んだ。脳が休止している。眠気がずっときている。昼過ぎに用事があって外出しようとしたが駄目だった。気分が悪いので、止めにして寝ていた。久しぶりに夕寝をした。いろんな夢を見た。職場の夢だけど、やっぱり意見をしている。年下の新人主任に食い下がっている夢。何だかな~。情け無い感じ。でも、少し精神的に強くなったような気がする。いままでなら食い下がるなんて考えられない。少し休もう。片付けに走りすぎたな。
2006年01月16日
年明けから、勢いづいて開かずのクローゼットならぬ、開けっ放しのクローゼットの整理を始めたら、次から次へとやることが出てきて、段々凄い事になってきたが、どうにか今のところは、何が必要で、次に何をやりアレは何処にどう収納するのか等一応メモを取りながら、少しずつ治まり始めている。何せ、10月に友人が収納することを優先に片付けてくれたものだから・・・。春夏物も秋冬物も一緒のケースに収納されてしまっていて、箱を全部ひっくり返してみなければ何処に何が入っているのか解らない状態になっている事に気が付いた。「寒くなって雪降った時には、何着るの?」ってな感じである。開けっ放しのクローゼットに掛けっぱなしになっていたブラウスなども洗濯品をし直し、アイロン掛けして季節別にこれまた収納し直し。また、私の部屋には、タンスが無い。引き出しの類も無い。これまでどうやって収納されていたかというと、クローゼットの棚に百均のバスケットのトレイを置いて、その中に収納して来たが、やっぱり不便なのだ。でも、忙しさにかまけて、そのままになっていた。なので、年明け早々クリアケースやらを買いに行ったが、やっぱり収納しきるには無理があるようだ。一ひねりしないと駄目みたいだ。発想を一から変えてみようと思ったが、上手くいくか?ま~のんびりと行こう。でも、夜には、疲れきってそんなに思考出来なくなるのがわかった。集中できて、3時間ぐらいか・・・。後は惰性でやっている。は~ヽ(=;´ ェ `ヽ=)(=ノ;´ ェ `=)ノう~情け無や~。買い物に行っても、2時間が限度だ。帰ってきてから疲れてしまう。でも、外に出れるようになっただけマシか。それでもまだ一人での買い物は行く気にならない。その内単独で、買い物に行ってみるかな。もう暫く、このこだわりは続きそうだ。でないと又片付かなくなる。
2006年01月15日
このところ日記をサボった。クローゼットの整理を始めてしまうと、疲れてしまうからだ。今日は、雨だったが、どうしても行きたい所があって、父に同行してもらった。ヤ○ダ電機と●イソーだ。おなじ建物にの1階と2階に入っている。DVDのHDDが一杯になったので、一時的に移し変えるため、DVD-RWが欲しかったので、しかも2倍速じゃなく4倍速のやつ。高速ダビングが遅いんだもの~。近所の電気屋じゃ種類が少ないし、値段は高いし、選べないし・・・。(我侭か?でも、金無いし・・・。)ヤ●ダ電機の2階の●イソーは、とっても広くて色々あるから、これも選べる。自分が探している物のイメージに近いものが探せる。小間物は此処がいい。家の近所にキャ●ドゥという店もあるが、品物が品切れしていることが多いので、小まめに行くならいいが偶に行くのは、不便。帰りに、猫缶を買ってる間に、車の中で待ってる父が、携帯を使ったらしいが、掛からなかったと言って、怒っていた。良く話を聞いたら、オンフックのボタンだけを押してダイヤルのボタンを押さなかったらしい。人の話をちゃんと聞いていないで、ひとりで掛けようとするから失敗するのだ。人が説明してる時に話をちゃんと聞かないからそういう事になるんだ。父は「こんなめんどくさい物!」と怒っていたが、電話はダイヤルしなきゃ~何処かけるのよ~?父の試練が始まった。
2006年01月14日
今日は母の通院日なので、出かけに病院のMSWさんに連絡を入れて、内臓のチェックをしてもらうようにお願いをした。そしたら、来週エコーの検査をすることになった。背部痛の原因がわかるといいのだが・・・。私は今日もついていく元気はなかった。朝からだるい。先週の疲れが出始めたのだあろう。気力が萎えている。でも、クロゼットの整理が気になってしょうがない。夜になると一つは片付けて寝るのだ。又口内炎が出来た。疲れると出来る。二つだったのが一つに合体した。最悪。気にせず、片付け片付けと。天気をチェックして、洗濯の準備もしないと・・・。春夏物でも埃がたまったものがあるから選択だぴょん。
2006年01月11日
昨日の夜から、頭が重かった。今朝になっても変わらない。今日は、脳の動きを止める為に、トレドミンを飲むことにした。11時まで寝ていたが、痛みは取れないので、ロキソニンを飲むことにした。今日は、母がどうしても近所の整形外科に行ってくると言って出かけたらしい。背中の痛みが取れないらしい。明日は何時もの病院に行く日なのだが、行きたくないと言う。だが、2ヵ月後の予約をとるためにも行った方がよいのだが・・・。膵臓や腎臓からの痛みでなければよいと思うのだが、そちらのチェックをしてもらいたい。更に今日は、弟の水墨画教室の日なのに、母がいないで起きてくれるかどうか、やるしかなかった。父は時間が近づくとイラついて怒鳴り始めるので、どうもいけない。弟が動かなくなってしまうのだ。どうにか昨日買った時計を施設の職員さんに見せようと言って、機嫌をとりながら起こして、トーストを準備し、時間にチョッと遅れたが、送っていくことが出来た。そして3時に父と迎えに行きながら、市内の図書館に寄ったりしながら帰ってきた。帰ってきたら、又疲れが来た。脳が休息するには、かなりじっくりと時間を掛けて、ゆっくりとしないと駄目なようだ。今日は頭が回らない日だった。これがコントロール出来、切り替えが自由に出来ないといけない。マダマダだ~。
2006年01月10日
昨日はのんびり出来たが、クローゼットの整理に必要なものがあることに気が付いて、それを買いに行く事にした。母は、一昨日連れ出したのが良くなかったのか、又背中が痛いと言い出した。今日は、弟も早く起きた。3連休中何処にも連れて行って貰えないのが悔しいらしい。そこで、父と3人で一昨日行ったホームセンターに灯油もついでに買いに行く事にした。ドライブにも丁度良い距離なので・・・。父は灯油を買って、私はクローゼットの整理に使うクリアケースを2個買うことにし、百円ショップに寄ってケースの仕切り板なども購入、父も何だか勝手に買い物していた。食料品のスーパーに寄って何かおやつでもと思っていたが、父が歩き疲れたと言い出しので帰ることにした。しかし、最後に父は、換気扇のフィルターの予備が家にまだあると言っても、聞かずどうしても買って帰ると言うので、父がレジの列で待っている間、弟に自販機でジュースを買ってやると、彼はそれを持って始めてきた店なのに私の腕を掴んでぐんぐん引っ張って行こうとする場所があった。それは、サービスカウンターの時計売り場だった。彼は時計が大好きなのだ。最初は見るだけと言ってもいたにも拘らず、結局父は買わされる羽目になった。1個千円のだが・・・。そりゃそうだ。彼は自分のものは何一つ買ってないのだから・・・。2時間ほどの外出だったが、今日はトレドミンを飲んでいかなかったせいで、帰ってきてから又どっと疲れが出てきた。何もせずに夜は寝てしまった。頭が回りすぎた感じ。動きを止めなくちゃいけない。それには、まだ薬が必要みたいだ。
2006年01月09日
昨日の疲れで、今日はのんびり起床。10時半で、のんびりと仕度をしていたら、朝食が昼食になってしまった。昼から、母も父も昼寝を始めたので、今がチャンスと正月に録画したドラマのCFカットの編集を始めたら、結構時間が掛かる。十何話分あるので結構な時間なのだが、早回しでも2時間以上かかった。まだ最後まで出来ていない。何時もながら「何時までそんなことやってる」っとクレームが来るからだ。今日も天気が良かったので、何処かへ連れて行かねばならないかと思っていたら、母は疲れているし、ヘルパーさんが来ない日なので父ものんびりしている。弟も起こすのが遅かったので、結局何処にも出かけず、夕食は宅配の材料が来ていたので、私が造る羽目になった。夕食後は、夜になると目が冴えるので、夏物のアイロンをかけてないものを見つけて、アイロンがけをしたりしていた。その後、寝るまで衣類の整理の計画を立てることにした。頭から、クローゼットの整理のことが離れなくなっている。ああ~、凝り性の病気が頭をもたげてきた証拠だ。イカンイカン。
2006年01月08日
今朝は、ゆっくり起きた。相変わらず父だけはマイペースで早いが・・・。私とは母10時に起きた。私は食欲が今一だったので、今朝のチラシを眺めていた。すると、丁度欲しかった、フォトを切る為に探していたロールカッターが安く出ていたのでそのホームセンターに行ってみることにした。なんていいながら、母が買い物に行きたいというのでついでに誘ってみた。今朝も起きだしからイライラのテンションが高くてリーゼを強制的に飲ませたのだが、外へ連れ出した方が良さそうだと踏んだ。結構普段行ったことが無い所へ行くと、あまり勝手に動き回ることが無いので都合がいい。大きな台車につかまって歩くので、足元も安心だ。今のホームセンターは、大抵の物があるから飽きないし、同じ敷地内に衣料品や、食料品の店もあって便利だ。ここのホームセンターは珍しく灯油を売っていた。18リッター¥1,224-でうちの近所より200円は安かった。皆並んで買っていた。車だからできることだけど・・・。母の靴を捜したが、気に入ったものが無かった。今度は以前買ったダイエーに行くしかなさそうだ。何処の靴屋に行ってもなかった。リハビリ靴に近いから、そん所そこらには無いのかもしれない。ネットで探すか。ヘルパーさんが来る前の3時半に帰宅。母はすっかりお疲れだった。今夜は薬無しでも寝れるだろう。明日は父と弟の番だな、何処に行こう?ダイエーにでも行くとするかな?外に出ることで、此方も体力がついてくるかな?
2006年01月07日
朝、母が背中がまだ痛いというので、代わりに弟を送っていかなければならないので、8時半に起きた。父と二人でバス停まで歩いて送っていったが、途中で着替えを持たせる野を忘れたことに気付いた父は、着替えを取りに帰ったが、バス停に届けてくれたのは、起こしにきてくれた弟のヘルパーさんだった。帰り、何時もはあまり話をしない親御さんのお母さんと話しをした。冷え性の話で盛り上がった。なんか悲しいな~。まっいいか。弟の送迎から戻って、朝食を摂ったら、昨夜痛み止めを飲んだせいもあり眠くなって、ソファーで寝てしまった。気が付いたら、昼を過ぎ3時近くなっていた。それから、また、生理痛が始まったので、鎮痛剤を飲んで治まるまで寝て過ごした。1日のうち半分以上寝ていたような気がする。仕方が無い、疲れと何故か生理の時は眠くなるので、両方きたら寝るしかない。こう言う日があってもいいだろう。だるくなって、日記も更新できず、3日もさぼった。
2006年01月06日
昨日の夜更かしで、眠い。10時半にやっと起きれた。今日は2科受診の日、1科目の整形外科は11時の予約だったが、10分ほど遅刻。40分ほどで呼ばれる。前回の検査結果を聞く。リュウマチの危険無し、膠原病もハッキリとは引っかからなかったそうだ。でも変な言い回しをするDrだ。いい方が、気になったが今は大丈夫と言う事だろう。いいほうに取る事にした。従姉は10年免疫抑制剤を飲んで、膠原病が良くなったといった。なったとしても、良くなる可能性があると言う事だ。2科目は、心療内科。1時の予約、此方は余裕。待ち時間もやはり40分ほどで呼ばれた。空いているせいか、患者一人当たりの時間が何時もより永い。呼ばれて、何時も通り2週間の報告をする。母のことも報告。仕事の復帰をどうするかについて話し始めると、Drが「今のお仕事が余程好きなんですね。」という。まあ~、遠回りをして付いた仕事だからと言うのもあるが、まだ、諦め切れてない部分があることも正直に話す。だから、「もう暫く休んで様子を見ながら、体力つけて、もう一度戻っても駄目ならそのときは諦めます。」と言った。そして、また休職延期の診断書を書いてもらった。Drは、診断書を渡しながら「そんなにあっさり諦める事ないですよ。」と言ってくれた。暢気なDrだ。処方箋は、トレドミンが無くなった。まだ余っているので、頓服として飲んでもいいと言われた。病院の帰りに、買い物をしていたらやっぱり疲れた。でも、以前のように気分が悪くなるようなことは無かった。慣れてきたか?
2006年01月05日
やっぱりと言おうか、当然と言うか緊張が解けた途端にだるくなった。今朝は、10時に起きて食事。でもだるい。でも、私よりもっと落ちた人がいた。母だ。朝食時から、テンション高くイラついている。ヒステリー寸前までいった。切っ掛けは、昨日、伯母たちと話して、自分が亡くなった後の私のことが心配になって、眠れなくなったという。相談できる健常の兄弟もないし、従姉たちとは年が離れすぎているので、相談に乗ってもらうことは無理だろう。どうしてこんな状況にの家に生まれてしまったのか考えたら、父と結婚した自分のせいだという考えに至ったらしい。その、報いで罰に私が病気になったんだという結果になったらしい。何だか、妙に飛躍しすぎて、とんでもない理論構成になっているので、「こりゃ駄目だ。」と思った。寝ていないので、どうも脳の思考回路が元々少し変わってはいるが、今日は完璧にどうかしている。直ぐに、リーゼを飲ませた。すると、食後リクライニングの椅子で寝始めた。2時間ほどで目が覚めたが、どうやら落ち着いたらしい。やれやれだ。今日からヘルパーさんが来るので、夕食のメニューを考えたが、あるもので適当に作ってもらうことにしようとしたら、父が急に買い物に行った。夕食までの時間、自分の事をやろうとしたが疲れて寝てしまった。父も寝ていたようで、起こしに行ったら、今度は父がお腹が痛いと言って中々起きてこない。心配した弟が呼びに行った。何故か彼は、こう言う空気を読むのが鋭い。父はどうにか起きて食事を済ませ風呂に入って直ぐ寝た。疲れが出たのだろう。母には、念の為寝る前に以前母が貰ってあったハルシオンを飲んでもらった。入浴するまでは、だるかった私も何故か入浴後は、目が冴えてしまい。ブログを回っていたら、「お早う日本」が始まってしまった。それでも、回りきれなかったのが申し訳ない。結構時間が掛かるものだ。相変わらずやることが愚図だ。
2006年01月04日
今日で、緊張がピークだった。昨夜も3時まで起きていた。流石に直ぐ寝れる。しかし、緊張がピークになっている。朝は、9時に起きた。父がまた、味噌汁を作っていた。私は、また便秘気味になったので、シリアルに戻した。と言うより、緊張が続くと食欲が落ちるのだ。雑煮を食べても、便秘になる。毎年正月はどうもいけない。毎食は食べないが、ご飯より良くないみたいだ。食後は、臨時のリビングと階段と2階部分の掃除機掛け。でもこれが常識かな。毎朝、掃除機を掛けるのが普通だろう。我が家は普段は夕方ヘルパーさんにリビングだけは掛けてもらっているが、普通は朝にやるものだろう。10時過ぎに従姉の携帯に掛けて現在地を確認する。11時過ぎのこちらにつく予定。時間まで、少し又自分の部屋の片付けをする。ネットで、時刻表を確認。11時過ぎ、駅へ迎えに行く。伯母と従姉が到着。ちょびに会いたいと言うので、2階に案内するが、ちょびは警戒している。私が抱いているぶんには、大人しく落ち着いているが、だかさる事はどうしてもさせない。従姉も伯母も鳥を買っているが、動物は何でも好きな人たちなので、それは解るらしく、撫でさせていた。うなる事もない。昨夜、ちょびには一応話しはしておいたのだが・・・。その後は母のベッドに入って寝てしまった。母と談話している間に、頼んであった寿司を父と車で取りに行く。従姉が持ってきてくれた筍と若布の煮物を器に移し食卓へ。これはとても美味しかった。味にうるさい従姉らしい。大根のゆず酢漬けも持参してくれた、これは助かり。父は、食器の片付けなど自ら進んでやってくれた。最近、父の言動変わった。入浴の際に、上がってくると「入れー」の命令調だったのが、「上がったよー」に変わった。これは大きな変化だ。(=゜ ェ ゜=)ハァ?どうしたんだ?今年は大雪だな。色んな話が、続いていたが、2時過ぎに伯母と従姉は其々の家に帰っていった。千葉と横浜なので2時間は掛かる。暗くなる前に家に帰らなければならない。其々、鳥が待っているからだ。鳥たちの夕食は早いからだ。特に伯母の所は、鳩と鴨がいる。伯母がいないと餌を食べないので大変だ。客人が帰った後は、母は特に疲れきっていた。父も疲れたようで、うたた寝をしていた。この影響が予想以上に大きかったのに気が付いたのは、一晩立ってからだった。
2006年01月03日

昨夜も3時まで、部屋の方付けをしていた。今朝は、そろそろ疲れが出てきたのか、10時に起きたとき少々だるかったが、トレドミンを飲んだら覚醒してきた。今朝は、父が早くに起きて、菜物のシンプル雑煮を作ってくれた。何故か母は機嫌が悪く、へそを曲げて食べない。母の機嫌を直させるために、一人で行くつもりだったホームセンターに急遽父を連れて行くことにした。午前中は、市内のホームセンターに初売りの¥2,000のレターケース6段キャスター付きを買いに行き、帰りには、明日の為に果物とか足りなくなった普段のものを買って帰った。帰ってから、私は残り物のそばを食べ、母にはピザを焼いた。父は自分で残ったカレーを食べていた。昼食後は、今度は携帯ショップに行き、実際に手にとって納得したものを選んでもらうことにした。結局シンプル機能付きのものになった。結構使いやすいので自分のもそれにしようかと思ったが、父のが最後の一つだったらしく、他にいいのが残っていなかったので、もう暫く待つことにした。先ずは、携帯からの掛け方から教えなければ・・・。(=;´ ェ `=)>フゥ...このシルバーのやつ、変なカバー付き。最近は、ホルダーとかが別売りになっているそうで、ケチやなーと思う。自宅に帰ってからマニュアルと格闘したが、自宅電話と私の携帯の番号はとりあえず登録したので、これで迷子になっても安心か?買い物のメモを忘れても、確認できるな。レターケースは、意外と収納力があり、部屋に散らかっていた小物が、だいぶ減った。デスクが折りたたみ式のため引き出しが無いのがネックだった。マルチチェスト6段これで、デスクのサイドにおいて使えるな。只引き出しの中の区分け整理がまだ出来ていない。次回はこれをどうにかしていこう。今日も結局3時まで掛かった。マイスリーはこのところずっと5mgでいけている。
2006年01月02日
皆様、新年明けましておめでとうございます。昨年中は、大変お世話になりました。本年も、宜しくお願いいたします。状況報告いたします。何だか急に忙しくなってしまいました。ヘルパーさんがお休みなのと、夕食宅配材料がお休みなので、当たり前のような普通の主婦のお仕事が出てきたからなのです。買出しに料理、差し迫ってからの掃除で大わらわです。今朝もお雑煮を作りました。そうしているうちに昼です。今日も宅急便が来ました。そう年末注文した、ヨン様福袋です。1月5日頃配送と言われていたので、すっかり又忘れていました。5千円なのですが、3万円近いものが入っていました。自分では買ってなかったものばかりなので、得したきぶんになりました。一番気に入ったのが、ミューケットっという「四月の雪」の曲が入ったオーディオプレーヤーが入っていたことでした。これだけで7千円ほどしたので、買わないでいたのです。他には、チョッと前のホテリアの公式ガイドブックとか、映画のポスターとか、ダイエットした時の記録(ダイエット本ですね)など持ってないものが多かったです。Tシャツも入っていました。人によっては、ポラリスのネックレスとかが入ってる方もあったようです。ま~コレクターとしては、大満足です。午後は、弟のジャケットをデイケアで一つ無くしてしまったので、ユニクロへ買いに行きました。私は又ここでフリースのパンツと上着を買って来ました。そして帰りに近所の魚屋路(ととやみち)という回転寿司屋さんで明後日の昼のお寿司を予約しました。親戚の伯母と従姉が来ると言うので結構気を使います。また、DVDのダビングを失敗して、気長に編集整理するしかないですね。一人なら楽だろうにな~と思う。明日は、どうしてもほしいものがチラシに載っていたので、それを先ず買いに行って部屋の片付け収納を済ませたいと思います。その後は、携帯の機種変更をしてこようと思います。両親に持たせる為に。簡単なものを探してきます。ボーダフォンなんですがあるかな?自分のはその次です。
2006年01月01日
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