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軽い揺れから始まってすぐ止むだろうと思っていたらなかなか止まない。
だんだん強くなり、その同じ強さの揺れがずっと続いている。
人生初めての長い長い揺れ。
PCのモニターが揺れで横にズレてくる。
これは尋常じゃないと気づき、暖房とPCの電源を落とし外に出る。まだ揺れは続いている。近くの民家を見るがみんな中にいるのか、不在なのか異様な静けさ。
今この瞬間、もしかしたらほかの地域では大変なことになっているのかも。
やっと揺れが収まり、事務所に戻り仕事先から戻った同僚と気持ちの高ぶりを抑えながらテレビをつける。
ニュースでは特に被害の状況は無く津波の予報でいわき市小名浜の漁港が映し出されていた。
みんな避難したのか人影は無く発泡スチロールの箱が海面に揺れている穏やかな状況。いつもの津波数センチだろうと思っていた。
つけっぱなしのテレビから宮城県でヘリコプターからの中継で目を疑った。
初めて見る巨大津波。避難する車の列が見える。高速道路か、交通事故の処理の警察官か道路工事の交通整理の人が数キロ先の津波を知らないようでのんびり道路を行ったり来たりしているのが見える。
同僚と二人呆然とテレビを見ていた。まるで映画を見ているようで現実感が無い。
事務所に電話が入り、社長からの安否確認と他の社員は仕事先から直帰したと聞かされ帰宅した。
幸い我が家はテレビが少し移動したくらいでよその家では台所の食器棚が倒れて始末に大変だったのに我が家はリフォームして作り付けの棚だけだったのでほとんど被害は無かった。
実家に電話すると母の元気な声が聞こえてホッとした。今食器棚を片付けていると。
あれから15年、父も母も姑ももうこの世にはいない。子供達も自立して生活している。
10年目の時テレビで特集を流していたあの当時は、母が先に亡くなり、残された父を介護で実家にいる時だった。
災害は他人事ではない。いつか自分にも振りかかる可能性があると思い知らされた東日本大震災だった。
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