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皆さんこんにちは、いちごちゃんのありがたいコメントに奮起して日記書くことにしましたよ。今朝のことなんですが、来年、娘と二人で海外旅行に行こうと企画して、とりあえずエアー取ろうと、ひっさしぶりに自宅のパソコン立ちあげたら、なんやかんや、アップロードしろだの凍結解除しろだの、もー面倒くさいのなんの。溜まったメールくらい時間かけずに見させてくれよってのまったく。パソコンて、そんなにいる?と。もうプライベートではスマホだけでいいんでないのかと娘に提案したら、「いやいやいや、私は毎日、音楽流したり動画見たりしてんの。 お母さんのアカウントがほっとかれすぎなんでしょ。」といまだガラケー超少数派女子の娘が猛反対。「こんなバカでかいパソコンいらんし、ノートパソコンかパッド買ってよ」と、また金のかかる話されて、もういいわと話が終わる。(ちなみに我が家のまひろんは、すでに高校生。 「スマホにするとさー、ラインのグループとか面倒じゃね?」 とか言う個性派に成長中 真面目系、ナチュラル純粋な雰囲気、性格は目立たない控えめ、 ですが、がっつり個性的です)まぁ、娘も成長しました。家に帰ると、何も言わなくても夕食が作ってあり、洗濯も終わっている、ということも多くなりました。週末は二人で友達みたいにわーわー会話しながら、買い出しに出るのが日課です。先週はホームセンター行ったから今日はスーパーで、来週は服を買いに行くか・・など、予定を二人で話し合っています。仕事は、医療福祉の地域包括ケアに関わる研修を受けることが多く。逆に研修を企画することも多く、打ち合わせや設営、司会進行なんかも行い、数回こなしたところで、司会も慣れて平常心でできるようになりました。退職するまでの仕事は、民間の医療法人に属し、主任ケアマネとして、個人やケアマネを対象に、個別ケースにあくせく支援してきたのですが、今の仕事は、公的機関につなげる役割で、支援者方を支援できる、というイメージでしょうか。なので、困難事例の共有会議を開催も、頻繁に役所を連絡を取り積極的に働きかけています。それも、自分が中心的役割になり司会進行役をかってでることを私の仕事スタイルにしています。公的機関はもちろん、民間事業所の支援者は、困難事例を、自分が中心的役割になり、孤独に責任を抱えることがとても負担ですから、その気持ちが痛いほどわかるので、責任感の強い人だけに責任が降りかからないよう率先して介入しなければなりません。今まで、苦しんできた。こういう役割をしてくれる人が欲しかった。これからは私が、そんな役割になれそうな気がして、そして、やっています。まだ半年ですが、手ごたえは十分です。今後また、公務員試験を受けるのか、それとも、半官半民のこの職場で昇進試験を受けるのか、いまだ迷子状態ではありますが、少し心境に変化がありました、このまま、ゆるゆる、という手もあるかなと、心にブレーキがかかり始めました。充実感があり、穏やかで幸せで、もうこれでいいじゃん・・・ともうこれで充分、もう大丈夫、きっと定年退職までこのままで満足できる自覚がある。もういいかも、だって十分だもん、公私ともに、これって、こんなに満たされた、幸せな気持ちなんだと、40代半ばで、やっと知りました。そして、実家と絶縁し、やっと夢から覚めた気持ちです。幼いころから、やることなすこと、否定されて生きてきた、けれど、間違っていたのは私ではない。自分が正しいのだと、胸を張って生きていけばいい。私を、恥ずかしい、情けない、感謝はないのか最低の人間だと罵倒し続けた母。家族を、思いのままに操作しないと気が済まない母は、優秀でないこと、従順でないことに納得がいかない人だ。希望が満たされないと、ヒステリックと被害妄想が止まらない。今では、がっつり安定剤付けになっている。やはりこの人は、昔からずっとおかしかったのだとやっと理解して、いままでの私の苦しさの原因を知ることができて楽になれた。親を、毒だとか、サイコだとか、悪人だとか、子供って、なかなか、心の底から思うことはできないものだと思う、だけど、父が命をかけて、この人は危険なのだと教えてくれた。この仕事に行きついたのは、この虐待が当たり前の家庭で育ったこそだと思う。幼いころから思っていた、こんなに理不尽に不利益を被っていて、一方的に傷つけられているのに、なぜ誰も知らないふりをするのだろうか。小さな社会の中のヒエラルキーの底辺で、自尊心はずたずたに摺りつぶされている。なんの理由でこんな目に合うのだろう、なぜ誰も助けないのだろうと疑問だった。社会に出て、私は、恥ずかしい人間でもなく、情けない人間でもなく、どちらかというと、仕事ができるタイプで評価されていることを知った。友人も、学生の頃から、ずっと親友でいてくれる、すばらしい人がたくさんいる。人は、優秀でい続けることも、従順でい続けることも不可能で、それを家族に求め続け、満たされないことに対し怒りを持つなど間違いだ。母が間違っていたことには、すでに気が付いていたけれど、解決しない何かがいつも、腹の底で黒く重く、滓になり溜まっていた。何もしない、何も感じていない人たちへの疑問だった。理不尽な不幸を背負わされている人を見ると、その不幸は、なにもしない自分のせいで起こっているように思えてしまうのだ。これが私の、ルーツであり、存在価値なのだと思う。
2019.09.21
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お久しぶりです。はっはっはーいちご姫、ご所望ありがとうございます。最近ちょいちょい、お久しぶりの方から、生きているかどうかの連絡が入ります。まー、大丈夫ですってば、私っすよ。2年前から勉強漬けでしたが、記憶力や発想力応用力の低下、それに反比例するように忘れる能力やスルー力が増してきているのをひしひしと感じます。じたばたするのはこの辺りにしとけ、てことなのかと考え始めていますが・・・現在のお仕事である、医療法人の主任ケアマネが、今後ずっと、定年までやりたい仕事なのかと迷いはじめたのは、もう何年も前からのことになります。介護保険の在り方が、保険の改正があるたびに、私の思いとは違う方向性を持ち始めているように思えたことが始まりでした。ケアマネとして、行わなければないないことを行うのは当たり前であるからだというのに、加算をとるための要件を満たすための仕事、加算を証明するため書類、書類を作るための仕事。そんなことに割く時間と労力が増えていきました。私がやりたい仕事って、毎月の売り上げを上げるために、そのために邁進することだっけ?と考え始めたときに、「じゃあなんで医療法人で働いてるの?」と当然のところに行きつき、「だよね、民間の事業所で働くって、そういうことだもんね」となるのです。ケアマネって、公正中立に働くってことが理念としてあるからこそ、この仕事を選んだわけですが、じゃあ、利益を出さなければならない民間の事業所で働きながら公正中立に働くって、どうやって?という、このような、自分ではどうにもならない矛盾が、考える先にどーん鎮座しているのです。ここ数年なにをしていたかって、社会福祉士の資格で福祉職の公務員になるため受験勉強です。私の目標を一か所に絞りました、1回/年の試験のみです。結果ですが、教養試験、論文試験、プロフィール面接、と次々に受かりました。最終試験はプレゼンと最終面接で、そこで落ちましたが、たぶんプレゼンは完璧に仕上げていったので、面接でダメだったのでしょう。感想としては、え?そこで落ちる?というところで、なんというか、ここまできたらもう落ちないだろうと、思っていたことを思い知らされたようです。私のキャラを知る、同じ試験で通った人たちは、そこで落ちる?と驚かれたし「もうそこまで受かればばきちゃんなら大丈夫」「最終面接で落ちるのは例外の排除」という感じの言葉を、鵜呑みにしていたのよう気がします。ただ嬉しかったのは、プロフィール面接で受かったことで、30分以上、3人の面接官が、私が何を考えて何を思い、どう今までの経験を送ってきたのかを、根掘り葉掘り、仕事経験や資格だけではなく、どんな生き方をしてきたのかまでを聞かれました。若いころの海外ボランティア経験や離島診療経験まで、すべてをじっくりと聞き出してくれて、その試験が受かったということは、まるで私の生き方を理解して評価していただけような気がしました。そこまでいったなら、今年また、もう一度受ければ受かる、最終で落ちたのはたまたまの不運、といろんな人に言っていただけたし、私も、どこがいけなかったのかを、しっかりと復習し対応策を練れば受かるような気がしています。さて今年もやるのかどうか、悩んでいたし、今も少し悩んでいたりもするのですが、医療法人は続けない気持ちは決まっているので、現職はすっきりと退職することになりました。現在、有給休暇の消化中です。公務員以外で滑り止めとして受験した、社会福祉職の、市の外郭団体の位置付けにある社会福祉法人や公益法人は公務員試験よりも厳しい倍率のことろもあったのですが(まぁ受験層も違うでしょうが)すべてに受かりました。最終的に落ちたのは、公務員試験の最終面接のみだった、という結果になりまして、私の面接力が特段なかったわけではないのだろうなと実感でき。さらに悔しい状態となりました。もし私が離婚していなくて、一年くらい仕事を辞めてしっかり対策を練ってうえで受験したら、と言ってくれる人がいたら、甘えていたかもしれませんが・・・いやいやいや、受かるかどうかもわからない試験のために、休めないし、休む気もなくて、長年、結婚しても独りになろうとも自立してやってきた、それにすがって生きてきた、価値観は変えられません。てことで、ご報告、3月31日退職の4月1日入職で、新しい職場へ転職予定であります。
2019.02.25
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ひさしぶりにライン送ってきて、ブログ更新しろとか、いったいなんやねん・・・でもまあ、そうさせていただきます。一年ぶりの更新ですよ、教えません。見つけた方からコメントどうぞ(笑)前回の更新で、来年、国家試験受けるって、言っちゃってますね。はい、有言実行です。この一年勉強しました。受験しました。社会福祉士国家試験、一発合格、したよ。にやり。まだ勉強したいことあります、毎日勉強の癖がついたことだし、受けたい試験もあるし、続けます。仕事も続けてます、勤続11年超えました、早い・・・家事育児、低レベルですが一人で頑張ってまっせ。それにしても、昨年はいろいろありました私の人生、いったいどーなってんねん・・・どーしろっつうねん・・・て感じほんと、掛ける言葉もないとは、こういうことね、いつも賑やかな友人たちからの連絡も、ぷっつりと途絶えました。いやはや皆さん察しが良いことで、連絡が一切ないってことが、逆に、みんなの優しさを感じたよ。ここで、お礼を、ありがとう。私、元気になりましたよ。ということで、連絡セーブしている方。遠慮なく誘うようにね、驚くような元気ぶりで行くし。大好きな父が、急逝して。おかげで、はっきりと見えたものがありました。もう、実家に帰ることはないだろうなと薄々感じていますが、寂しいとかいう思いより、もういらないと思うことで、私が育った環境の特殊さを、誰にも理解されない苦しみも、感じないで済むように思います。ふと、私はすごく親不孝者で、家族の裏切り者なんだろうか、と思うことがあり。誰よりも、真っ当に真剣に家族のことを考えて、言葉にして行動を起こしてきたと思うのに、結局なんにもならなかった。いつも、正しいこと=正解 とは限らないということは、経験上わかっているつもりだけど、あまりにも、間違っていることが間違いのままに放置されて、育ってしまっているから、それを、正義感振りかざして正そうとしたところで、迷惑なことでしかなしくて、だから私の存在は、正論でも疎ましいんだと思う。今となっては、もう、どうでもいいんだけどね。
2018.03.29
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お久しぶりで、ございます。ざくっと数年になりますね。元気ですよ。もう、このまま更新しないのかと思うくらいに、放置してしまいました。いろいろありました。ほんとーに、人生いろいろです。突然、更新が途絶えたのは、パソコンがいきなり無くなったからで、いや・・・パソコンだけじゃあなくて、いろんなものがなくなって数か月、ちょー不便な生活してたからです。どうして、いろんなものがなくなったのかって。想像してください。元日に泊りで実家に帰り、めでたいめでたいおめでとうって酒盛りして帰ってきたら、あれ?わたしんちって、いっさいがっさい荷物持って一晩で夜逃げしたの?ってくらいになにもない荒らされた、空っぽの家の中の風景を・・・。パソコンがない、どころではなくて・・・なんもない。毎年いっこ程度、自分で自分に買ったささやかなバックやアクセサリーはもちろん、思い出のプレゼントも、仕事の情報詰まったスケジュール帳も、まひろんの母子手帳も、写真もデータも、通帳もパスポートも、使わないけど盗まれたら困るカード類も。パソコンもテレビもゲームもプリンターもスピーカーも。ええ、電化製品も貴重品も個人情報も思い出も、全部。コトは正月でしたので。割られた二階の窓ガラスの修理も、鍵も盗まれているから玄関の鍵の取り換えも、急いで止めた銀行の通帳の再発行も、業者の仕事始めを待ってから対応するわけで、仕事はじめといえば、私も仕事始まるんですけど、いったいこの家で誰がそういう雑用すんのさっ。ええ、私ですね。ふぅー。仕事しながら子育てしながら、夜逃げした後状態の家を立て直すわけですね?当時は日記なんて、書いてる暇なんか、なかったわけです。前々から、思っていたことがあるのですが、あたしの人生って、いろいろ起こりすぎじゃね?ああ、それから、まだ先があるんです。まだまだ、まだまだあるんです・・・大丈夫です。この夏は、まひろんと、実家ママを連れてしっかりハワイ行ってきました。遊ぶことはきっちり遊んでます、もちろん酒も飲んでます。職場もそのままです、ケアマネなんとか頑張って続けています。今、来年受ける国家資格があり、その勉強中で、専門学校の通信教育を受けていて、レポートをネットで提出していて、そのレポート書きに行き詰まり、ふと思いついて、日記を書き始めた次第です。だから、とっても前向きな人生送っています。合格率は25パーセントくらいだから、頑張らないと受かりませんから。つまり、元気です。でも少し、やっと、ほっと一息ついたところなのかもしれません。先月、離婚しました。また、書きます、ね。
2017.02.14
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仕事納めの飲み会を、金曜の夜にしてきたけれど、明日も出勤する予定です。休めばいいよと、言われたけどね。掃除もしてないし、そもそも、仕事が終わっていない。毎年そんなこんなで、年末はとにかく余裕がないから、我が家には、いっさいクリスマスの飾りつけはしていないのだけれど、ママ友が、公民館を借りて開催してくれるクリスマス会に、親子で参加しました。みんなでケーキ作りしたり、ビンゴゲームしたり、子供たちが盛り上がっている横で親たちは子供の様子を見つつだらだらと、愚痴ったり笑い話したりで飲み会しているという、保育園のときからずっと続いているクリスマス会です。もう、見守りなどいらなくなった子供たち。を実感。始めたときは、園児だったのにね。子供たちも大きくなってきたし、それぞれに忙しくて日程を決めるのに大変みたい、もうこれで終わりかなーと、毎年思うのだけれど、いつも仕切ってくれるママ友が、「来年が最後かな、次は6年生だし」・・・え!来年もやるの?・・・・・いや毎年ほんとありがとう。保育園のころからお友達の子供たちは、ほんっとにみんな仲が良くて。この子たちがみんなずっと仲良しでいてくれたから、続けられたんだろうな、と。さて、明日一日出勤して大掃除して事務所にバルサンたいて帰るぞ。それで、30日は、我が家で忘年会!これを読んだ皆の者、参加フリーじゃ。
2014.12.28
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シャワー中の覗きに驚いて、裸の泡だらけで逃げた脱衣所ですっ転び、蹴り開けた壁の穴がふさがりました。なんと、友人が、穴がふさがるだけでいいならと、タダで直してくれた。ビバ人脈!きれいじゃあないの~~~~、と大感激です。お礼に奢らせてくだされと、焼き鳥屋に飲みに繰り出し、二件目も盛り上がり、ああ、楽しい。んで、トイレ行っている間とかに清算が済まされていて、よくわからないままに、逆に奢られて、帰ってきた・・・・あかん、借りを返すつもりで、借りの上塗り。あたしは、皆様に、甘やかされて生きています。心の傷も癒えました。本当に、ありがとうございます。
2014.12.16
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私が、素敵ぃ~~~と胸きゅんさせていた、西島さんが結婚するみたい。いやべつにいいんですけど。まことしやかにネットにでている、彼が結婚相手に求める条件て、まじですか?とにかく、わがまま厳禁、文句言わずにでしゃばらずに主張せずオレを(オレの仕事を)支えろ的な・・・(それでいて目標があり頑張っている人って、なかなかの無理が・・・)ちょっとコレ、私、ぜんぜん、まったく無理じゃんて(いやたとえ、条件そろえても、そういう問題じゃあなく無理だけど)「なにこれ?」しばしパソコン画面相手に固まっておりました。だめですって、そんなあからさまなことしたら、イメージ悪・・・くないですか?まあ、結婚、結婚て、そういうものでしたっけ・・・結婚相手は、ただただ世界で一番好きな人、というわけにはいかないんだね、ああ、そうそう、そういうものだったかもね。知っています?恋愛結婚よりも、結婚相談所なんかのお見合い結婚の方が、離婚率が少ないって、結婚するには、やっぱり好きじゃなきゃだめだけど、結婚を継続するには好きだけでは難しい、結婚の条件をお互いが満たしているかどうかの話なのかもしれませんね。私は、結婚相手に求めていたものって、経済力でもなし生活力でもなし見てくれでもなし、条件なんて、なんもないわ、お買い得だぜ、と思っていたのだけれど。フツーの価値観と、フツーの常識は備えていて欲しいとくらいは思っていた、でも、それも今にして思えば条件だったのかもしれないし。何より、女だからっていうわけのわからん理由での自分で操作できない人の(結婚相手とはいえ他人の)人生に乗っかって生きる気はさらさらないので、自力で地に足を付けて歩いていきたいから、人生の邪魔はしないでねっていう、そういう形の、精神的にも経済的にも自立させてくれという形の条件だったように思う。子供は欲しかった。結婚したのはこれが一番大きいといまでも思う。でも、結婚もせず産もうと言う選択はできなかったのだ、なんせ生きていくために重要なのは、フツーの価値観とフツーの常識だと思っているのだから。かといって、生きていくためになんて理由で、誰かにこの身や将来を預けることもできない、理想があるがために、不安いっぱいの私のような女は、今の時代は多いと思う。生き方が選べるのだから迷うこともできる、迷うから不安になる、幸せなことだ。さて結婚、そうだ結婚は条件が重要。西島さんは世の女性がドン引きするほどあけすけ過ぎたわけだけれど、それは正論なのだ。条件があると言うことは、相手を好きという気持ちより、この先も、自分を好きでいられることが重要ということではないだろうか。5年後も、10年後も、自分が納得した自分でいられること。将来のビジョンがしっかりしている人ほど、結婚は条件なのだろう。私は結婚10年を超えて、一応これに成功している。時間が経つほど、相手に対する気持ちはどうだとか、仲がいいかとかはたいした問題ではなくて、私は私のことを、なかなかいい人生送っているなと思っていて、このことを重要視するようになった。10年前に思い描いた10年後の自分より、ずっといいかもしれない。想像通りでは、ないけれど。さて、それに比べて、好きと言う気持ちは、無条件だと思う、相手が何をしていて、何を考えていて、何をされても好きな気持ちには変わりないということだ。子供を持ってみて、好きって正にこれだとわかった。子供が、どんなに理想と違っていても、例えばこの先めちゃめちゃ反抗されたとしても、きっと私は無条件に大好きで、愛していて、この気持ちは不動だと感じている。昔、無条件で好きだと思える人がいた。相手がどんな人であってもその人を好きだと思った。だから、私がどんな女でも私を好きであってほしいと、そこばかり求めてしまった。好きなあまりに不安で、その思いが強かった。わがままになり横柄になり浅はかになり、とにかく嫌な女になった。それでも、それでも好き、と受け入れられたいと思っていた。まるで、共依存の心理。これだから共依存は、高め合うことができなくて、お互い堕落してしまうのだろう。幼かったと思う。人と人との付き合いは、気遣いや、思いやり、そして遠慮や思慮深さが必要なのだ。親しき仲にも礼儀ありを、好きになりすぎると忘れてしまう。激しい好きの気持ちは、次第に私を追いつめた。嫌なところもすべて受け入れてもらいたいと望めば望むほど、いい人生を送っているなどとは程遠い私になる。将来のビジョンが見えない。想像もできない。逃げたんだ、あのとき、嫌になるほど醜い自分を見せたあなたから逃げた。向上心がなく、依存心が強く、思いやりがなく、勝手で傲慢で陰湿で醜く振る舞った、あんな私は私ではない。と思いたかった。この世のどこかで元気でいてくれたらそれでいいとかなんとか、納得いくわけもない一方的な別れの言葉を残して逃げた。あなたがなにものであっても私が好きでいたように、あなたはすべて受け入れて好きでいてくれたのに。好きって、そういうものだと思う。好きと言う気持ちに、条件などない。今なら、もっと上手に気持ちをコントロールできたのにあのころは無理だった、好きになるほど堕ちていく自分を、あなたごと断ち切った。ただ、誤算だった。20年前は、それほどまで好きになれる相手には、そうそう巡り合えないということは、まだ知らなかった。今後もそういう相手に巡り合えるとは思えないし、そして巡り合えない方がいいかもしれない。積み重なる時間と経験に、じわじわ納得させられた。大切なものを失ったんだってこと。
2014.12.09
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買っちゃったー。レイコップー。だって、働いているから平日は布団干せないでしょ。土日も、天気よくないと、干せないでしょ。出かける予定があると、天気よくても干せないでしょ。そんなこんなで、何週間も布団干せないとか、ストレスなの。除菌スプレーかけまくるのって、なんか抵抗あるのよね。いや、出かけてても干せるって?だめだめ、女心と秋の空って、いうでしょうが、干して出かけようものなら、天気が気になって仕方ないんだからーそりゃ、機会があれば今まで通り干すよ、そのつもりだよ、でも、さらなるクオリティーオブライフのためよ、ほんとほんと。これで楽ができるわいとか思っているだろうが、そのモクロミは外れるぞ!と思うでしょ、違う違う、買った分レイコップを使う手間、というものが発生するのは承知してる。ああこれ欲しい、て思ってから半年は考えるようにしてるの、家電はね、なんでもかんでも欲しくなるから、本当にいるかどうか、きちんと考えてる考えてる。そのうち値段下がるって?知ってる知ってる。薄型テレビもルンバもそうだったわ、そんなものよね、家電だからでなく、なんでも。だからなに?しばし、自問自答しましたが、買ってよかったです。
2014.11.05
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書くことに、一息ついたら、今度は、読んで読んで読み倒しの活字中毒状態の毎日です。ああ、運動不足。この年になると、なまけるとすぐ背中の筋肉がゆるんでくるのですね。鍛えるとすぐ効果がわかるけれど、その逆も然り。誰かに見せる予定があるとか、触られる予定があるとかでも、あれば、鍛えるモチベーションにでもなるかもなのにな、とか。おいおい、モチベーション人頼みかよ。おっと脱線。不毛な愚痴はおいといて。最近は、休みとなるとブックオフか、本屋に直行。はまっているのは、宮部みゆきの時代物です。時代物の小説は、ずっと苦手意識がありました。そもそも時代の背景がつかめないのは、私が勉強不足だからなのですが、宮部みゆきの時代物は、知っているか知らないかは、そんなの関係なく、面白い。てか、読んでてしみじみと唸るのですよ。「うーん、うまい」
2014.10.28
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いや、先月の話なのですけどね。今頃更新です。(笑)若狭湾の自動車道がつながり、敦賀経由の小浜までがかなりの時短になったということで、若狭湾で釣りをしようと、行ってきました。ハムちんご両親は、どこかに行くなら声かけて!という方なので、言ったら来るだろう、の予想通り、「行く」と即答でしてハムちん両親も連れて行きました。秋晴れの空と、日本海と、入り組んだ海岸はとても美しく。料理は最高で食べきれん。漁師旅館で、いかだでの釣りを予約していたのだけれど、台風が接近中で海が荒れていて、いかだ釣りは危ないと中止、でも、海岸からの釣りでばんばん小アジが釣れて、結構楽しんで帰ってきました。さて、帰ったら料理です。一旦、ご両親をご自宅へお返しし、料理ができたら呼びますと、私ったらなんていい嫁~。と思わせつつ、魚のさばき方がわからないし、料理の仕方もわかんないから、普段まったく魚をさばいてないことはあえて話さず、ご両親がいない間に、ネットで検索検索。へー、小アジってこうやってさばくのね~、結構簡単!カワハギの剥き方、解説見てもわかんなーい。とか大騒ぎしつつ。まひろんがカワハギの皮をぺろーん。うははは、ほんとにきれいに剥ける!カワハギやグレは塩焼き。大量の小アジは全部下処理して、揚げる揚げる。明日に残ってもいいからと、ほとんどを南蛮漬けにしてしまいましたとさ。いやー、おいしかったおいしかった。港からの釣りでも十分だったねぇ・・・。もしイカダで釣ってたら、成果の程はどうなのかと少し旅館の方にお話を伺うと、港から釣った小物など、ばかばかしくて持って帰る気なくすような大物がばんばん釣れて、お客が用意したクーラーボックスに入りきらなくて困る。という夢のようなお話でした。まじか!大量の小もの魚の料理をつまみに、我が家で宴会して、ハムちんと、義父は、春にまた行こうと言っておりました。その話、まじなのかどうか、次の挑戦まで後ご期待!
2014.10.21
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昨日まで北陸に旅行に行っていたのですけど、台風に追い立てられるように急いで帰ってきました。私は今日、もともと午前休みを取っていて、小学校は暴風警報で休みになり、ラッキー、つうかなんつうか。やれ、洗濯だ片付けだで、しかも今日はゴミ出しだでバタバタしているとごろごろしてテレビから離れない子供って、もー、学校行ってくれないかなて感じです。でもま、ホント手が離れて楽になりました。先日も、ああ大人になったなとしみじみ感じるできごとがありまして。まひろん「ママー、目の前で焼いてくれる、鉄板焼きのお店に行きたい」ばき「それはなに、お好み焼きとか、もんじゃ焼きとか、焼肉??」まひろん「違う違う、自分で焼くんじゃあなくて、シェフが目の前で焼いてくれるやつ 焼き加減とか、聞かれる感じ」ばき「・・・・・」シェフ、焼き加減、ああ、そういう感じですね。高級なとこですね。・・・ぐったり。行くなら行くで、しっかり記憶に残るようなトコ、連れってってやろうじゃあないの!どうせ行くなら「こういうつもりじゃあない」とはいわせねーぜ!まひろんが行きたいところ、ずばりここでしょー。というか、ずばりここ、以上だよ。大人はね、あなたの想像を超えているのさ!ということで、親子でおしゃれして高級店にレッツゴーじゃ。マリオット名古屋アソシアホテル。鉄板焼き「那古亭」。「お肉は、ヒレとサーロインがございますが、どちらになさいますか?」まひろん「サーロインでお願いします」(即答)「焼き加減はいかがなさいますか?」まひろん「みでぃあむれあーで」(即答)教えたわけでもないのに、予習が完ぺきでした。その意気込みを、国語や算数でも見てみたい。母は、切実に思います。それにしても、ちらっと写っているワイングラスにお上品に注がれたワイン。1980円~。です。もちろんボトルの値段じゃありません、グラス一杯が、ですぞー。周りを見渡しても、子供は一人もいません。まひろんは、すました顔して満足そうに椅子に座り、注意しておいた通り、きょろきょろせず大人しく、大変お行儀よくしておりました。すばらしい接客の店員さんの、完全なるお嬢様扱いに、完ぺきに乗っかりましたね。たまに覗き込むと、満足そうに『おいしー』『うれしー』の表情を見せるので、ま、こういうのもたまにはいっか。て感じです。しっかり覚えておいてね。一生モノの思い出と言うことで、ヨロシクと願うばかりです。私、日傘を持っていき、お店で預けたのですが、会計後、忘れて帰ろうとしてしまいました。「お預かりしますよ」と声をかけていただけた店員さんが、さりげなく見送りに出てきていただき、さりげなく会話をして、そしてさりげなく「こちらでお預かり物はありませんでしたか」と・・・・「は、預けてます!」そこで私、気が付きました。さりげなく見送りに出てきてくれたのは、傘を忘れて帰ろうとするのを見ていたから。いきなり「忘れ物ありますよ」とは言わずに「今日はありがとうございました」と言いに来てくれたのですね。いやはや、おもてなしの対応、勉強になります。
2014.10.06
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9月。なんだかすごかったぞぉぉぉ。9月。思えば、毎年毎年、いろいろある9月だけれど、なんでかって、趣味の小説を、公募に送ろうとして、その締切が9月末日消印までだからというのが一番厳しかったりして。今年も、原稿用紙換算400枚を目標に書き上げました。お世話になりっぱなしの類語辞典と共にパチリです。29日朝に、さあ、せめて一日余裕をもって送るぞとプリントアウトしようとして、プリンターが調子悪くて大汗。後ろ髪引かれる思いで出勤、集中できずに一日働き、帰ってからまた格闘。結局、ぎりぎり30日に入った時にプリンター復活。ただいま出し終わりました。これで、明日、送れる・・・ふぅデータ送って誰かにプリントアウトしてもらおうかとか、職場のパソコンのアドレスに送って朝早く出勤して、この枚数を人知れず出せるんだろうかとか、いろいろ考え過ぎて、頭が冴えわたる月曜日の真夜中です。なんか、アドレナリンすごすぎて眠れる気がしない。
2014.09.29
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我が家の浴室の覗き対策。浴室の窓のこと、通気やら明るさやら、保ちつつ覗き対策はいろいろ難しいことに気が付きました。絶対安心したいなら、窓などない浴室にすりゃいいわけで。・・・いやです。カビ生えるし。いろいろ考えた結果、少々高かったですが格子の外に「通気性と明るさを追求した」という目隠しを取り付けました。この安心感はプライスレス。これで、外からはまったく見えないし、また敷地内に入られたとしても、手を入れるなんてできないから、そとから窓や網戸を開けるなんて絶対できません。でもなんか、暗い気がするし、通気性もよくないような、気がするんだよなー
2014.09.27
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ハワイに家族旅行に行ったとき、とても気軽に現地の方や海外からの観光客に声をかけてもらえた。たぶん、日本人はオワフ島が大好きなのに、なんでカウアイ島に?(ツアーではなく滞在で)という珍しさがあったからだと思うのだけれど。そこでよく聞いたのは enjoy という言葉。楽しんで! あなたの時間を楽しむのよ! めいいっぱい楽しんでってよ!と、訳すとこんな感じです。enjoy= 楽しむ、と中学一年の英語超初級状態で覚える言葉ですけれど、聞いていると、ただ単に、楽しむ、という意味だけではないな、と感じてしまうもので。enjoyには、喜ぶとか、嬉しいとか、幸せとか、そういう奥深いものを感じるようになりました。先週の連休は、ママ友が家族でドライブに行くのに、まひろんも貸して~と連れて行ってくれたので、(一人っ子持ちの親は、子供一人だけだと盛り上がらないのでよくこういう助け合いをします)はむチンは仕事行くわ、といなくなりで、私はひとりでぽっつーんと・・・うそうそ。これはラッキー!!とすぐ集まりそうな友人らに高級イタリアンでランチしよーぜー!と一斉メール。ノリよく女3人集まったけれど、みんなが我が家に集まったのは14時を過ぎていた。ランチの時間は終わりです。きちんとした店は、ランチ時間とディナー時間があるもので、ランチのつもりで集まった私らは腹ペコで、ディナーまで待つなんてありえません。「どうする、イタリアンのつもりだよね?」「うん、イタリアンがいい」「だよね」「どこ行く?私が想定してた大人イタリアンのランチ終わったよ」みたいな流れで、「あ!ばきちゃんちから歩いていけて、ずっとやってるイタリアンあるじゃーん」「あ、そうそうあるある、今そこの前を歩いてきたよ」「・・・うそ、あれはイタリアンなの?フェミレスって言うんじゃ・・・」「まーいいよ、行こう行こう、お洒落してきたけど、いいや、きっと楽しいよ」私が『高級イタリアン』などと誘ってしまったばっかりに、妙に着飾ってきた友人らを前に、なんだか申し訳なくて、気が進まなかったのだけれど、14時から飲める店なんてなかなか選択肢がないのも確か。しかもみんなの腹具合はイタリアン。いい年した女4人で、行きましたよサイゼリア!結論、めちゃめちゃ楽しかった。ワインも料理もおいしかったし、居心地も良かった。「うそエスカルゴがある」「すごい安い」「コストパフォーマンス半端ないわー」「十分だよ」とみんな喜んでくれて、満足した様子。頭の中には、エンジョーイ!が溢れていて、ほんとーに楽しかった。どこで何するかよりも、何食べるかよりも、重要なのは、誰と過ごすか、のような気がします。極端なこと言えば、高級レストランで金持ちのおじさんのおごりでコース食べるよりも、好きな人とコンビニの納豆巻きを、臭ったらごめんテヘ!て食べることのほうがずっと贅沢なのよね(この年になると特に)。ようは、楽しむことって、なにをしているかより、どう感じるかの心の問題。エンジョーイ、エンジョーイと言い合い、楽しさを高め合う文化って素敵だな、なんてね、今さらながら、たくさん言ってもらえたエンジョイを噛みしめています。それにしても、幸せとはなんなのか、考えるようになったのは丸くなったってことなんですかね、若いころは、もっと経験したい、あれしたい、これしたい、ここ行きたい、それ食べたい知りたい、聞きたい、見たいでガッツガツしてたんですけど・・・連休の次の日は、まひろんがミスドのラーメンのCMを見て食べたいと言い、どーしてもとうるさいので、またもや歩いてすぐのミスドに食べに行く、まひろん「え??ここなの?ここってドーナツ屋さんじゃないの?」ミスドの飲茶を知らなかったまひろん・・・メニュー見て、「ほーら、飲茶もあるんだよー」「うわーーー、ほんとーだあーーー、知らなかったぁー」おいしーおいしーとミスドの、陳さんのらーめんを食べるまひろん、「まあぼうラーメンだから、まひろのらーめんだね!」「・・・そうだね」・・・かわいい。しみじみ、毎日エンジョイしています。
2014.09.20
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全力でぶつかると、こういうことになるんですね。たぶん、足を滑らせてそのままとび蹴りか、ひざ蹴りをした感じだと思われます。2日後くらいに、被害状況がはっきりしてきました。膝と脛が青あざです。あと、大腿部と臀部がすごい色になって腫れています。はああああああああー
2014.08.30
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なかなか寝付けない一晩を過ごしました。昨夜の夜中、我が家に警察を呼ぶ事態になりました。浴室の、覗きが発覚です。今回がはじめてなのか、以前からなのか、わからないところが、また怖い。浴室は一階で、裏のビルの駐車場に面していて、道路からも窓が見える場所になるので、面格子を設置して、出窓にしたうえで、さらに室内にはブラインドも取り付けていたので、外から見えることはない、と安心していたのがいけなかったのか、窓を閉めずに、ブラインドを下ろしている状態でシャワーを浴びていました。犯人は、格子の間のひし形の隙間から手を入れて、網戸を開け、そこから30センチはある室内のブラインドまで手を伸ばし、ブラインドを上下にこじ開けていました。のん気にシャワーを浴びていた私は、外からブラインドを上下に押し広げる、手を見ました。すんごい目が悪くて、メガネなしでしたけど、はっきりと見えました。悲鳴を上げて脱衣室に逃げ込んだのですけど、体びしゃぬれですし、私はそこで見事にこけて、脱衣所の壁に裸でスライディングです。壁を深く破壊し、立ち上がり、リビングに逃げ込みました。怖いのは、そのとき家に、裸の私と、眠りに堕ちかけのまひろんしかいなかったこと。昨夜は眠れないし、スライディングのせいであちこち打ち身だし、しばらくは、さらに防犯対策をしないと風呂に入れなさそうだしで困った状態です。大丈夫です。ここを売り、セキュリティー万全のマンションに引っ越すと言っていた昨夜に比べたら、かなり、落ち着いてきました。6年くらい前だったか、ストーカー事件があり、警察にお世話になりまして、あの時も玄関にカメラ付けたりサーチライト付けたりといろいろしましたが、忘れたころに、ですね。皆さんも、気を付けてください。はあああああああー
2014.08.27
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最近、寝る前の読書ではまっているのが源氏物語。ま、読んでいるのは解説本なのですけど。一夫多妻の許されていた時代の結婚形式(3日続いて夜の通いがあると結婚とかね)女性が、生まれや身分により生活が決められてしまうことや、男性に頼り養われるしかない背景なんかが、まー、今でもあるっちゃああるかもしれないけれど、別の国の物語としか思えない話なのですが。なにがおもしろいって、ただ単に、恋愛の話を読むことが面白いのかもしれない。和歌がうまいとか、奥ゆかしさとか仕草とか、髪が豊かとか、血筋とか、なにやら、今となってはよくわからない事が恋愛の基準だったりするのだけれど。なんつーか、ああ、切ないなあとか、空しいなあとか、さみしいよなあとか、共感したり、それは計算高いでしょとか、それに惹かれるのああ男って・・・とか憤ったり、いつの時代もこういう気持ちは同じなんだなとか感じて感慨深いものがあり、なにがいいって、久しく忘れかけたこんな気持ちを思い出せるのが、いいのかも。いつだったか、光源氏は、本当にいろんなタイプの女に手を出していて、若いうちは、憧れの藤壺とか、ヒロイン的な紫の上とかしか自分と重ねれらないかもしれないけれど、いろんな恋愛をしていくうちに、自分がどんなタイプの恋愛をするのかが見えてきて自分に似たタイプの女性を見つけられるという楽しみ方があると聞いたことがある。確かに若いころ読んだ源氏物語は、まあ、確かに次から次へと節操ないなぁという印象だけれど、今読むと、理想の人を求めて、食わず嫌いせずのチャレンジャーだったんだなという感じがする。光源氏は結局、手を出した女性のことは、しっかりを生活を面倒みると言う男気のある人なわけで、だったらいいじゃん、なんて思えたりして、私も大人になったもんだわ。で、割り切れるようになった年になり源氏物語を読んでみて、見つけてしまった私と似たタイプ。藤壺は昔と同じ憧れの人で、紫はやはりヒロインで、それはどちらも私ではなかった・・・有名な末摘花は、残念ながら私は、あんなに一途で真面目で控えめな姫ではないだろう、花散里は、きっと現代の男性が泣いて喜ぶ男を立てることに徹する女性、これも私ではない。六条の御息所は、あのプライドの高さはすばらしいけれど、あれほどの才色兼備はちょっと違う。明石の君、いい生き方だけれど、惜しいな、身分違いでこの気品を持ち合わせるのは私なら逆にやらない。夕顔・・・全然違う、儚さを武器に源氏物語の二大美男子を手玉に取るこの美女は、一番嫌いかも。しなやかに生きた玉蔓は、すばらしいけれど私はこうは生きれない、もっとわがままだ。男を、受け入れるにも拒否をするにも、自我がない感じの三ノ宮はありえない。葵上・・・惜しい、この生き方は嫌いじゃあない、天下の光源氏にツンデレがいいわ。そんなこんなで、ぴったりな人を見つけてしまいました。空蝉(うつせみ)です。私、この人の気持ち、すっごいわかる。ええ、かなり強情なんですの、おほほほ。
2014.08.18
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今日から、5連休で夏休み。昨日は、うわああああ~~~~~と、やりきれないものに蓋をしてしまえ!の状態で仕事を終わらせて。事務所にバルサンたいて、みんなで一緒に退室した。毎日、顔を合わせて、必要なことも、どうでもいいことも、仲良くなんでも話している同僚たちと5日間会えないことは、さみしいと言うかなんというか、まあ、やることすること、黙っていることに、手ごたえがない。きっと、すごく、反応の良い人たちと一緒に働いているんだなと、感じたりする。今年のお盆休みは、特に遠出の予定を入れなかったから、連休初日の今日は、いきなりやることがないわと、起きてからしばし、ぼーっとしていたけれど。ふと、まだ起きてこない娘の(当然、はむちんは起きてくる気配なし)夏休みの宿題の進行状況を確認し、髪の毛が逆立つほど焦り始めています。とりあえず今日は、読書感想文用の本を一緒に買いに行き、習字くらいはやらせよう。どうやらまひろんには、『自主的』とか『責任感』とか『焦り』が、抜け落ちている。子供だからなんだろうけど、同じものがハムちんにも抜けているから、すごく気になる・・・4日前からすでにお盆休み突入している、旦那はむちんは、暇で暇で、暇を持て余しているようにしか見えないのだけれど、確か今年もなんか、資格試験を受けねばならんのではないのかと思うのだけれど、どうも、この時間を有効に利用して勉強している、という様子は見られない。仕事を終えて家に帰っても、なにか家事が片付いている様子は見られず、うりゃああーと仕事を終わらせバルサンの用意していた私に、これから同級の友人と飲みに行き遅くなる、と連絡があった。こういうメールは、遅くなる=午前様が普通のはむちん。休み中は思いっきり遊びまわっていて、糸の切れた凧。こんなんで、社会人として成立しているのか・・・休み中も時間も金もかけて勉強するのがふつうでしょ状態の、危機感強い私としてはホントに不思議。気を利かせて、家事をやっておいてくれるなんて、気が回る人では、ないよなー。のほほほほ~~~~~~ん、ぶりがそっくりで、間違いなく親子のはむちんとまひろん。はあああああああ・・・・・疲れたあああああ・・・・・・掃除も洗濯も溜まってるし、今日は何を作ろうかと、どっぷり疲れて家に帰るとキッチンにまひろんがいた。「あのねあのね、今日はポテトサラダを作るから!」と、大量のジャガイモを剥いて、ぐつぐつと茹でている。「ゆで卵も作ったよ!」綺麗に殻をむかれたゆで卵が、艶々に輝いていた。「じゃああとはキュウリも切ってね」「わかってるわかってる」あとは冷奴と、干物でも焼こうか、とまひろんにでもできるメニューをお願いしてお任せして、私はその間に掃除機をかけて、洗濯機を回して、それで、少し、ニヤニヤしていた。ごはんを食べ終えて、二人でスーパー銭湯に出かけ、2時間近くものんびりとした。まひろんは、今日は塾で通分を習ったらしい。最近、約数だの、公約数だの、倍数だの公倍数だの、塾でやるように言われた問題が全然わからなくていちいち私が教えていて・・・ふと、先日、なんだこりゃと思ったところだった。まだ学校でやっていないところを塾でやるんだったら、塾で教えてもらえばいいじゃあないか、なーんで、私が塾でやれなかったところを教えて問題集を進ませてあげてるんだ?「わからない」「まだ学校で習っていない」「教えてください」と言った?と聞くと、まひろんは、困った顔をした。これは、言っていないな、とすぐに分かった。その日の塾の記録には『もっとしっかり取り組もう』と書かれていてその日に塾で解けた問題はほんの数問のようだった。「ここをやりように」「はい」でも、わからないから、解けずにただ下を向いていた。という状況が手に取るようにわかる。まひろんは、自己主張の仕方がわからないときは、しない、というタイプで。次に塾でやる予定の「通分」は、先生にやるように言われたら、こう言いなさい、と練習させた。「まだ学校で習っていないところだから、わかりません、やりかたを、教えてください」きちんと言えたから、きとんと教えてもらえて、それで、通分がわかって問題ができたと、湯につかりながら、まるまるしたほっぺでにっこり、嬉しそうに報告してくれた。これからやっと連休だ!と、仕事から解放された日に、まひろんが小さな手でジャガイモを剥いて作ってくれた料理を食べて、一緒にお風呂に浸かりながら、そんな報告。そんな充実感が、幸せなんだと思う。お母さんは、通分ができたことよりも、これからは、そうやって聞けばいいんだね。と解決策がわかってくれたことが嬉しいし。気持ちが通じてくれていたみたいに、自主的に料理を作り始めてくれていたことがすごく嬉しかった。受け身なばかりだと思っていた娘は、めきめき成長しています。まあ、朝起きて、宿題の進行状況見て、がっくりしているのですけどね。ああ、それから、風呂上りに、体重を量ると、私との体重差が2キロでした・・・・まひろん(実物)を知っているそこの人、笑い過ぎに注意。
2014.08.13
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夏休みに入った子供と、もう自分で企画したいくないからどっか連れてって状態の、旦那両親を連れて、アドベンチャーワールドで一日たっぷり遊び一泊。南紀白浜海水浴場で海水浴してまひろん満足、温泉入ってあたしが満足、海岸アクティビティーと息子一人締めして観光で両親満足の一日。その後、山奥の美人の湯でジビエ料理とアユを食べて一泊、最終日は、しっとり高野山を歩き回り厳かな雰囲気を堪能!想像以上に遠いし、山道グネグネひたすら運転する旅行でしたが、大丈夫大丈夫、運転しまくること以外は、いえーい。海岸のさわやかな風と山奥のひんやりした空気を堪能・・・たんの・・・てか、どこに行っても熱風ですけど?楽しかったし、初めての高野山も圧倒的で、ほんと行ってよかった!という旅でしたが、なんか、くそ暑いのだけが大誤算。白浜の宿では、こんな暑い日はここ数年でもなかなかないと言われ、竜神温泉の山奥の、川沿いの宿では、「さすがに朝晩は冷えますよ」と言われたのに、翌朝には、「いやぁ、朝っぱらからクーラーいりますね」なんて、汗だくで寝苦しくて起きて、温泉入りに(汗を流しに)行った、朝の6時に挨拶された。冷えますって言われたから、クーラー切って寝たんだぞー!子供ら、濡れまくってるし。猛獣は、日陰から動かないし。熊もバクも、とにかく、水に浸かれる動物は浸かる。人間も、サファリに出ずにペンギン館と海獣館にてクールダウン。そんなアドベンチャーワールドでした。初めて、寝ていない動き回るパンダを見ました。動きがコミカルで愛嬌たっぷり、仰向けに寝て笹を食べる姿も、じゃれあってころころと転がる姿も、まひろんと一緒にきゃあきゃあ言いながら眺めたよ、ほんと、かわいかったー。ま、こんな旅行は車で行くしかないから遠いけど、良かったですよ和歌山県。
2014.07.29
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今日は、なかなか、ない日になりました。子供が夏休みに入り、『夏の生活』を持ち、お友達のところへ泊りに行き。旦那さんは、出張で、いないです。自由に使える時間がたっぷり。私ひとりの時間。ああ、この日を待っていた!毎日毎日、リモコンもちソファーに寝ている姿勢で、ホントなんもしない旦那さんと、宿題も明日の用意も、いまだにひとりでこなせないぼけぼけ娘が汚しまくる家を、片づけて歩きながら、ぷんぷん怒りつつ、やることこなしているわけですが。はなちゃんの毛刈りをしてシャンプーして、一通り掃除機かけたところで、なんか、やる気がなくなった。すっきした部屋で、すっきりしたはなちゃんが上機嫌で転がっているのを見て、もう満足。いつもは、あれもしたいこれもしたい、でもやれないよとストレスいっぱいなのに。さあ、やれる、時間あるぞ、となると、こんなもの、なのかもしれないわ・・・昼寝してだらだらしていたらもう夜だった。恐ろしいほどなにもしていない日が暮れて、罪悪感に襲われるひとりの静かな夜。昨日はたくさん買い物をして、たくさん野菜や肉も買ったのに、食べる人がいないと作る気も起らない。時間に追われて、やることに追われて、責任が重くて、やってられないわまったくと、大変な毎日、だけれど、きっと、充実してんだな。私くらいの年になると、同年代の女性は、若いころと変わらない人と、大丈夫なのかと心配になるくらい忙しい人と、信じられないくらい暇な人と、極端なほどに時間の持ち様がさまざまになる。独身のころは、普通に知り合う人は、だいたい同じような持ち時間の中にいたはずなのに。やるべきことと、やりたいこと、やれること。このバランスをとるために、必死になることの辛さは、この身になってみて初めて知った。バランスをとることに失敗して、不幸になるのは私だけではないのだから、かなり必死。将来性を考えて仕事はやめない。もちろん家事はしっかりやる。核家族で子育てもしっかりやる。ママも夢をもち生き生きしていることが魅力的。親戚付き合いもママ友との付き合いも上手にこなす。子育てに世間の目は厳しい、周りに迷惑をかけない。雑誌に出てくるようなママが手本、おしゃれで清潔感のあるママでいる。子供の教育は、学校ではなく家。すべては家族の幸せのためだというのに、多くを求めてしまい全部を叶えてしまう女は、優秀なほど、大変だと思う。女性にとって、いい時代になったとは思うけれど、そんなこんなで、大変な人は多いです。十年後には、やってきて良かったと笑えるよ。十年前もそう言ってたけれど・・・。誰もいない家にいても、日ごろできないことをやるわけでもないことだし、祝日の明日は、仕事にでようと決めました。行けば行ったでやることいっぱいあるんだし。まひろんが隣にいないとさみしいな。ひとりで寝ます、おやすみなさい。
2014.07.20
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鏡を見るたびに、顔が醜くなっていくという悪夢のような日々から、やっと解放されました。朝起きたら、寝る前よりもひどくなっている。夕方顔を洗ったら、朝出かけたときよりもさらにひどくなっている。そんな毎日は、(いちおう、まだ女捨ててませんし)地獄です。皮膚科の先生に、いろんな可能性を考えると、これが効くかもしれないと提示された薬名は、「テトラサイクリン」という抗生物質で。「この薬には、いい思い出がないから、なるべく飲みたくない」と言い、先延ばししてきたのだけれど。どんどん荒れていく顔の皮膚が、私に、「だからテトラサイクリン飲めばいいんだよ」と語りかけているようだった。皮膚科の先生は、「もうこれだと思うよ」と目の前に資料を並べてくれたうえに、先生自身が学会のポスター発表で使ったという、ぐるぐる巻かれた大きなポスターを広げてくれて、「ほらほら、これこれ、これでしょう?」と時間を使って納得させてくれた。病名がはっきりしたところで、やはり効くのはテトラサイクリンだと、そこにはっきり書いてある。「テトラサイクリン飲んでみる?」「はい、飲みます。」そう言うと。肩の荷が、どっさりと落ちていくのを感じた。10代のころは、テトラサイクリンの後遺症に悩まされて、性格まで歪んでいたように思う。今は、10歳未満の子供には飲ませてはいけない薬になったけれど、私が幼いころはそれを子供に処方する無知な医者も多かったってことだ。ただの熱さましだと思い、熱を下げたいばかりに飲ませた親を、恨むなんてとんでもない。誰が悪いわけでもない、けれど、私の永久歯は白ではなく、着色歯になった。笑うことも、恋することもできない中学時代、高校時代。ただ歯が見えないように話をしたり、笑ったりする方法はないものかと考えていた。違和感のないように、不自然でないように・・・どうか、不審に思わないでほしい・・・。歯を、人に見られたくない。悪気はないの・・・私を見ないで~~~人と違うということと、醜いということは、本当に辛いです。今の私を知っている人からしたら意外でしょうが、くらーい少女時代でした。(涙)前向きになったのは、ほんのふとしたきっかけで。高校生の時、母親が、その程度の大学にしか行けないのなら進学するなと受験をさせてもらえなかった、(まあ、勉強をしっかりしていないのが、ばれてたってことですけど・・・)でも君は進学した方がいいと、推薦のある医療系の短大への進学を、勧めてくれた先生がいた。そのまま付属の大学病院へ、就職が決まったのも、着色歯の治療の最先端に携わることができたのも、ただの、ご縁だけではないような気がする。そこで、しっかりと知識を持ったうえで、最高の先生に治療をしていただいた。私の顔に合うきれいな歯を、削る量は最少にして神経もしっかり残し、自己管理は自分自身がプロになりしっかり行い、10年以上もかけて最高の歯に治した。(実はまだ途中、何年も休憩入れて超ゆっくり治している)十代の頃の私に、今の私のスマイルラインを見せてあげたい。綺麗な歯ね、笑顔が素敵、こんなことを言われるようになれるだなんて、想像もしていなかった。「若いころは、さぞかしかわいかったでしょ」そんな言葉を聞くと、少し心がチクリと痛む。『若いころ、表情がぎこちなくて、かわいくないどころか、あやしい感じでしたから』今にして思えば、今の仕事も、医療の基礎資格があってこそですし、そういう経験がなければ医療の分野を選んでいないかもしれないのだから、テトラサイクリンの副作用が、あってこその私の人生だったのかもしれません。絶対飲むことはないと思っていた憎っき、テトラサイクリン。一週間飲み、今は二週間目に突入です。気持ちは複雑ですが、効果テキメンで、めきめき治ってきています。なんか、心はあなたを求めていないのに、体は反応・・・これだと、ちょっとヤラシイな。あの時には、敵でしかなかったのに、実は私に必要な人だったのね!まるで、悪役に惚れるみたいな・・・これも読みようによっては・・・どうなんだ。とにかく、ああ、人生は、皮肉なものです。美空ひばり風に、ああ~~♪ じんせい~って~♪ 鼻歌、でちゃいます。そんな感じ。
2014.07.14
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おひさしぶりぶり。皆様、ご心配をおかけしておりました。ひどい顔をさらして毎日平然と仕事しておりましたところ、随分、無理をしているだろうと、思わせてしまっていた、みたいで、本当に、見た目がすごいだけで、痛くもかゆくもないし、体も平気だし、心も大丈夫なんだってば、平気平気と、言えば言うほど、周り困惑・・・それほど、この数か月、すごかった私の顔。やっと病名が診断しました。「顔面幡種状粟粒性狼瘡」という病名で・・・覚えられまっせん。昔は、病理組織が似ていることから、顔面結核と言われていたそうで。ううう。なんですかその恐ろしげな名前は。調べてみると、肺の結核とは全く無関係で、うつる病気ではないですから、皆様、びびって距離を取ったりしないよう、お願いいたします。自分なりには、なんか、日光に反応しているように思うし、これから飲む薬は、直射日光禁止なので(仕事してたらそんなの絶対無理ですけど)とりあえず、昼間の遊びは控えないといけない身です。(海水浴に、行くのだけどどうすべ?)私の前髪こんな感じです。心の準備は大丈夫ですか?患部見えますよ~明らかに、日光当たってないとこ荒れてないよねぇ~?ま、そんなこんなで、この病気は、慢性化はするそうですが、治るそうです。何を塗っても効果がなく、診断がむつかしく、逆に悪化することで消去法をたどり、この病名まで行き着くのに時間がかかるケースが多いと、どこかで読みました。慢性化して患者さんの心が折れてしまい、発見が遅れるパターンですね。前向きに消去法(いろんな疾患を疑い効果のある方法を試す)をしていった私でも、途中で引きこもりたいと思うときがありました。(ちょっとだけね)病理検査をすれば早かったけれど、3ミリも顔の組織を切り取って、縫うんだって。・・・いやー。だって顔だよー。3か月に渡り、いろいろ試して、先生と話して、先生も私も、これに違いないと行きつきました。もう、すっきり!先日から服薬を初めて、数日で、正常な皮膚が現れて、その正常な皮膚が広がってきています。触った感触が、顔の皮膚、になってきていますね。いまから思うと、ここ数か月は、ゾンビみたいな顔していましたね(苦笑)みなさん、目のやり場に困っていたのは知っていました。ごめんね。(でも人と話すときは、私からは私の顔はわからんし、痛くもかゆくもないから平気なんだけどね)しばらく瘢痕は残るらしいけど、ケロイド体質ではないし、傷も残らないタイプなので、たぶん1年後くらいには元通りになるかと。もうひとつ、可能性としてあがっていた病気は、基本的には治らないもので、「良性だし、死なないから大丈夫、気にしないで放置。」というシロモノだったので。とりあえずほっとしています。とにかく、肉とか魚とか、皮膚になり、元気になりそうなものをがっつり食べてよく寝るようにしていたから、本当に元気です。家に帰ったらまず顔をよく洗う癖もついたし、洗い過ぎない癖もついた。今までよりも肌のケアをして、少しづつ治っていく肌を大切に育てていこうと思っています。ほんと、ひどい目にあったけれど、ただじゃあ起きないぞと。
2014.07.07
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夏季限定ココナッツポッキーうまし。毎年、ココナッツポッキーの販売が始まると、大好きな季節がやってきたなという、ウキウキも手伝い。常に冷蔵庫にココナッツポッキーをストックしています。ポッキーと言えば、つぶつぶいちごポッキーが最強だったのですが。このココナッツポッキーは、さらりと、私の一番を塗り替えたのですよ。今年の販売はいつからだろうって、ネットで調べてみたら。なんと今年は、ベリーカーニバルポッキーなるものが出ているらしい!ベリーカーニバル・・・ネーミングが、センス良すぎる。もー、絶対食べる!と探し回っているのですが、ココナッツポッキーは有名で売れ行きがいいのか、どこでも売っているのだけど、ベリーカーニバルが、見つかりません。まさか、私が見つける前に、売れてしまっているのか???
2014.06.11
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先週の土曜日は、娘の運動会でした。5年生なので、組体操が、ありましてね。すっごく暑い日になり、みんな真っ赤な顔して頑張ってました。素足の足の裏が熱かったらしく、少しもじもじしちゃってたけれど、我慢して我慢してやってたな。後でほかのお母さんたちに聞いたら、足の裏、やけど寸前だったって。まひろんも、ひりひりしてるって、満面の笑顔だった。ぽっちゃり体系のまひろんは、いつも土台役なんだけれど、安定感抜群で、母は、誇らしくて泣いてしまいそうだったわ。先生たちも、よくここまでやらせてくれたなと、感激がまだ冷めません。親になってみるまで、知らなかったな。親にとって運動会は、子供の成長の喜びを感じて、よく頑張ったねと感動する場所だったなんて。そうそう、お弁当は。早起きして作りました!すんごい豪華なの作ったのだけれど、写真撮り忘れました。皆さんに見ていただけなくて、ざんねーん。(笑)
2014.06.05
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(文字数がオーバーしました、ひとつまえの『仕事の範囲』という日記の続きです)私が考えた方法は、ドクターの指示により病院へ運び込むこと。主治医である神経内科のドクターに電話をして、もう車いすに長く座れないので通院できず、往診に入ってもらうことを伝えました。そりゃあいい、そうしてそうして、という反応の主治医。すぐにファックスで情報提供書を送ってくれると約束してくれました。次の日、来ない・・・仕方なく電話して催促。すると、対応に出た看護師が、今日中に送るそうです、と伝言してくれる。その次の日、来ない・・・その間にも本人の動けませんの訴え増え、呂律も回らなくなる。早く病院に運びかまねばと、気ばかり焦る私。もう3回/日のヘルパーにて体を拭いたり寝返りをさせたりの世話をするようになっていた。また電話して催促した、対応に出た看護師は、昨日と一緒の人だった。看護師、「もう情報提供送りましたと言ってますけど」と、今外来の時間なんですけどと怒り気味、うそーん、「来てないですけど・・・すみません、もう一度送ってください」とお願いする。どうやら、各科とファックスや郵便を送る科は別らしく、診断書等を送る場所は地域医療連携室らしい、そこに電話を回すと言われ・・・はい、と待つと・・・ップ、ツー、ツー・・・電話、切れる。まじかーーー。んもーーーー。今度は、地域医療連携室に鼻息荒く電話入れる。そこで、説明を受ける。ドクターはカルテ上で紹介状や情報連絡書を書き、各科でカルテを共有できるようにしている、昨日の時点でドクターは確かにケアマネさんあてに往診医への紹介状を書いている、が。連携室に送るように依頼がないとそれは送れない、依頼がなかったため送っていない、と。送ってください、いますぐに・・・もうファックスの前で待ってます。届き次第、往診医と訪問看護師で出動しますから~(半泣き)数分後、診療情報提供書、と書かれたファックス紙が出てきた!わーい!・・・本人の名前や、病名、などが書かれた、一枚目のみで、終了。・・・・終了?一枚で?経過や、薬剤情報が書かれた、二枚目、三枚目があるはずじゃーーーーーーーーもうホント、頭の上にちっさい富士山乗せて、それが噴火したんじゃないとか思いましたよ。地域医療連携室へ電話、「表紙しか、きてません、ニマイメクダサイィ」、もう私、力がでない。カルテを見ると、ここ一週間で何度も受診していて、ケアマネも何度も電話をしてきているのが確認できる、きっと大変な状況なのでしょう、お察しします。お手数おかけしてすみません・・・ごめんなさい・・・やっと、やっと、やっと聞いた、その病院からの謝罪の言葉。そんなこんなで、信頼できる往診医と、訪問看護師と同行訪問。閉尿していて、自宅のベッド上すぐにその場で導尿となった、カテーテルを入れたら1.3リットルの尿があれよあれよと出てきたよ。ぱんぱんだったお腹がすぐに楽になったね。その場で危険な状態と判断されて、Yさんに同行して救急搬送となりました。Yさんと救急車の中で手を繋いだ。Yさんは、今度は泣かずに笑ってくれた。往診の先生が、直接病院にも電話してくれたし、その場で一筆書いてくれたから、もう大丈夫。ピーポーピーポーと赤信号でも止まらない救急車の中で、一息つきながらぼんやり思ったんだ。仕事と言うのは、誰もが与えられたことを仕事として、与えられた内容をこなしているのだろう、けれど、仕事と仕事の間には、誰がやると決められていない仕事があって、誰がやってもいい仕事がある。たとえば少し気を使って、取継いだあのことは無事に終わったのだろうかと確認したり、あのとき見たあの人は、あのときやったあのことは、その後大丈夫だろうかと気にしたり、この仕事は自分のやることではないけれど、少し親切に、その先まで考えたり、それから病院なのだから、何度も訴えているあの人は、どうですか、大丈夫でしたかと、そんな気持ちを、たった一人でもいいから持ってもらえたら、なにか違ったんじゃないのかなって。ま、元を正せば、通院依存状態で信用されていないYさんにも原因はあったのだろうけど、今度退院するときは、仕切り直しで、きちんとあの病院と連携が取れるようにすることが私の課題ですね。あの病院・・・ほんと敷居が高いんです。
2014.05.27
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ぼろっぼろの顔をしていても、こんな時ほど手当たり次第に仕事があるくらいに忙しく、悲しいかな、嬉しいかな、寝ていてもデートの心配などしなくてもいいくらいに、夢まで仕事一色の日々です。そんな中、寝ながらも、うなされるくらいの事件が起こりました。私のお仕事シリーズは、なかなか人気があるらしく、反響が大きくて、そんな中でも今回は、こんなことがあるの??てくらいの事件だったので、公開します。これを読んだ人が、こんなこともあるのだと心の隅に置き、今後、患者側になった時、損をしないよう、賢く参考にしていただければと思います。私も、新卒時から大学病院勤めで、今でも病院の一職員のため、そこで働く方々のそれぞれの苦労や事情がわかることもありで、少しばかり職員の対応が悪くても、かなり我慢ができる方だと思ってはいたのですが、今回ばかりは堪忍袋の緒がぶっつりと・・・それは、ある病院の、一患者さんへの対応です。Yさんは、63歳女性、要介護1。独身独居。頼りにできる親戚は遠方に住む妹さんだけです。妹さんも家庭があり、なかなかYさんに関わることのできない状況です。介護保険と言うものは、65歳以上にならないと適応ではないのですが、特定疾患を認定されれば、65歳に満たなくても認定を受け利用することができます。Yさんも、58歳の時に特定疾患を発症され、それまで勤めていた職場を早期退職されました、その疾病の薬は、とても副作用の強いもので、血栓が次々にできてしまうため血栓予防の薬も併用して飲むのですが、60歳の時に大きな脳梗塞を起こしてしまいます。右半身に軽度の麻痺と、思いを言葉にすることに障害がでる言語障害と、感情が溢れる感情失禁、言葉やしぐさや反応がその場にそぐわなかったり危なげだったりする失行という障害もみられました。その時点で要介護2だったのですが、自宅に帰り生活することで動くことが増え、まじめにリハビリを行うことで要介護1まで回復し、ヘルパーが家事援助に入るだけで生活が送れるようになりました。もともと精神科に通われて安定剤の処方が必要だった方で、気質的に不安が強く、その不安を、物で埋めようとされる傾向でした。家の中には、溜めておけるものは溜めておきたい、という彼女の気持ちが溢れるような光景でした。トイレットペーパーやティッシュ、タバコや化粧品、とにかく腐らないものはなんでもかんでもたくさんあればあるほど、安心できるのでしょう。とにかく、なんでこんなに・・・お店ですか?というくらいの在庫の量、まさにストック魔。病気になってからはさらにその傾向に拍車がかかり、買い物援助に入ったヘルパーさんはすでに家に山ほどあるのに同じものばかりの買い物を頼まれました。「ケアマネさーん、いいんですかー?」という質問はたびたび入りましたが、妹さんに了解をいただき、それで気持ちが安定するならと、本人の好きなようにさせてあげることになりました。通院は自分で管理して自分でする。とうことが希望であり、目標で、私も、通院や薬の管理については、口出ししてもらいたくないという雰囲気を配慮し、本人の好きに通院してもらい、お任せして見守っている、という状況でした。ま、少々変わったところや、家事ができないところがあっても、なんといってもお若いし、通院日をしっかりスケジュール帳に書くなどして病識の面ではしっかりしていたわけです。そのまま3年ほど、特に支障なく特変なく、趣味の読書を嗜みつつ病気と付き合い生活されていたので、私もすっかり安心していました。事件が起こったのは5月の半ば。Yさんからの電話をとったのは事務所の後輩君で、「誰だろう、ちょっと話がかみ合わない・・・」と電話口を抑えました。こういうとき、ぱぱっと頭に浮かぶのは言語障害のある方や気切していて声の出しにくい方で。ばき「『名前』と言って・・・」後輩「はい、あのお名前、名前です、な・ま・え・・・Yさん?」ばき「あーーーYさんね、私の担当だわ」と、とっさに電話をかわったのですが、微妙に話がかみ合わないのはいつものことだけれど、今日の電話はいつもよりさらになにかがおかしく、言語障害は元から言語障害なのだけれど、明らかに悪化しているのが電話口でもわかる、という状況でした。Yさんは脳梗塞でお世話になってからずっと主治医になっている、ある病院の名前をあげ、帰れない、歩けない、となんとか伝えてくれました。時間の空いているヘルパーに通院介助を依頼して、私もヘルパーと一緒にその病院へ向かいました。病院内をうろうろと探し回ると、検査室の前に車椅子に座るYさんを見つけました、ゆっくり話をすると、外を歩いていたらふらついて倒れた、後頭部を打ちコブができた、足元がフラついて危ないからと、その場に居合わせた人がタクシーに乗せてくれたからなんとか病院名を言い病院にたどり着いた。頭を打っているのでこれから頭のCTと撮るところだと。そこにやってきたドクターに、頭のコブの部分の検査だと聞いたため、「明らかに足がふらついており、立てない歩けないという症状は頭を打ったこととは別の要因が つまりは、転んでけがをしたことが問題なのではなく、なぜ転んだかを調べてほしい」ことをお願いし、「言語障害や会話が的を得ていないのはもともとあったことだけれど、 今日は格別様子がおかしい」ことをお伝えして、ヘルパーには入院になるかもしれないけれど、帰ることになっても入院になっても、とにかくどちらにせよ一人では対応できないから、付き添ってほしいことをお願いして、私はいったん帰ることにした。8割がた、入院だと思っていたところに、ヘルパーからCTの検査結果は問題なく、こぶができているだけで問題ないと診断され帰されたと電話があったのは1時間後だった。対応に出た先生の専門は、脳外科であり、外傷の脳外科の診断はついたというお話、ん?神経内科の話は??ヘルパー「いや、頭打ったから脳外科に来たんでしょ、という話でしたけど」・・・時間外の救急受診が、それで終了、です。私の話はどこいったんじゃ~~~~外科が問題ないなら神経内科を疑い、そっちに回してくれ~~~暗にそれをお願いしたつもりだったのだけど、ドクターに対して支持する形は失礼だと思いはっきりと言わなかった私がいかんかったの??まぁ、とにかくヘルパーの同行で無事に家に帰ったのからもういいや、先生がいいってんならどうにもならないのが病院だ。んもー仕方ない。とにかく、配食を毎日取っている方なので、それを食べてもらい、ベッドに寝かせて手の届くところに水分おいて、なんとかトイレには行けそうだけれど念のためパンツ型のおむつを購入して履いてもらい、明日は午前午後とヘルパーを依頼して明日様子がおかしければまた通院しよう、とにかく今日は終了、ということにした。次の日、「ばきさーん、絶対おかしいですよー、足元ふらんふらんで明らかに呂律まわってませんもん」と連絡を受けたのは、午後のヘルパー。午前中は「立ち上がりトイレに行ったし、ご機嫌だったけど」という報告をもらっていたためじゃあ昨日は安定剤でも飲み過ぎたのかな?もう、人騒がせねーと、一安心したところの連絡だった。午後のヘルパーにそのまま通院できないかと依頼、行先は昨日お断りされた病院で、Yさんの主治医のいるところです。そこでは神経内科と内科と精神科にかかっており、もともとの特定疾病や脳梗塞やらの既往を考えると、山ほど薬がでているし、今までずっとそこばかりにかかっているのだから、今までのことや、言語障害や失行を把握していないとコミュニケーションが取れないことを考えるとそちらの病院にお願いするのがスジ。しかもそこそこ大きな病院でないとMRIなどの必要な検査に対応できない。外来時間の時間外である夕方だったけれど、急病だからと連絡を入れ、今後は具体的に、とにかく検査入院できないでしょうかとお願いした。2時間後、ヘルパーより連絡はいる。タクシーで行った自分たちのほかに、2台の救急車と鉢合わせした、救急外来のドクターからは、重症の人もいるのだからそちらが優先ですよと、若干のお説教をくらい、話もできる、顔色もいい、手を引けば、歩こうと思えば歩ける。そんな状態は急病ではない。と。普段、接している私たちが、明らかにおかしいと思うのだけれど、訴えてもダメ。本人も、自分が変だという自覚はあるのに、正確になにがどう変だと体調不良を言葉にできない悔しさから、涙ぽろぽろ。帰るしかないから、また家に帰るわけだけれど・・・うーん、独居です。無理です。こんな体調不良で、入院が対象だとケアマネが思う方を、ショートステイに入れるとかお泊りデイで面倒見てもらうとか、そんなリスキーなこと施設に頼むなんて無責任なことできません。施設に行ったにせよそちらでも、これはすぐに病院でしょう。という判断になることは間違いないし、かといって、何度病院に行ってもろくに診察もせずに帰されるってのは、大変な思いして連れ行った私たちも、そもそも若くて認知症などまったくない本人も、本当に心が折れる。だんだん私、あることを疑い始めました。家に行き、本人が大切に持っていたスケジュール帳を勝手に確認します。入院拒否(ではないけれどそれに近い病院)をしている病院には、主で通っていて、主に3つの科にまめにまめに通っていました。薬も山ほどでています。冷蔵庫や、薬箱を、さぐると同じものがごっそりごっそりでてくるのです。安定剤や睡眠薬、もう、危ないくらいにあるのです。そう、ストックです。その病院以外に、皮膚科の病院、ここでは毎度毎度2週間に一度、水虫やかゆみ止めの薬、それも、同じもので蓋を開けてもいないものがごろごろと・・・・眼科もしつこく通っていました、そう、まったく同じ新品目薬がざくざく冷蔵庫からでてきます。歯医者も、耳鼻科も、痛み止めも、アレルギー薬も、こんなにあって、どうするのさ・・・私は、いらないものは捨てたい人なのからか、彼女のことは全然わかっていなかったのです。Yさんにとって、物があればあるほど安心するという状態は、薬も一緒なのだ。それを、部屋をあさり発見するまで、気が付けないでいました。そうか、これだけの薬をため込めるということは、病院にしてみれば、Yさんは、いわゆる、通院しまくる通院依存、なのだなとやっとピンと来たわけです。病院はわかっているんですよ、「ああ、また来た」てね。きっと今までも何度もそう思わせてきた実績があるわけです。誰が悪いわけでもない。動けないYさんの上半身を腕を引き起こして、「どう、立ち上がれる?」と聞くと、Yさんは言葉が出せずに涙ばかりがぽろぽろと流れ落ちました。このままではここで、どんどん悪化する。これは本当になにかが起こっている。排泄は数日でおむつになってきたし、食欲もなくなってきた。足は先の方が硬縮してきている。寝返りが満足にできていなくて、お尻を痛がり始めました。尿のでも悪いと報告が入る。数日前には外を独りで歩いていたのに、やはり普通ではない。生活に関わっているものだけがわかる勘が、騒ぐのです。でも、所詮ケアマネが騒いだところで、入院できなものはできない、意識でも失うとか、骨でも折れているとかしてくれないと、とにかく、もっとわかりやすく病人じゃないと無理ってことです。
2014.05.27
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誰かに、自分を試されているのだろうかと、思うことないですか。そういうことを、ここ数か月、感じずにはいられません。みなさん、(てほどの読者がいるわけではありませんが)覚えておいででしょうか、一年ほど前、肌が荒れまくり、全然治らず。結局、アトピーの症状がでるようになり、目の周りやおでこなどが真っ赤になるという状態に陥った私の顔。ちなみにこれが一年前の赤剥け顔。いろいろご意見をいただき、同情いただいたわけですが、まあ、その後。いくつか塗り薬を試すうちに、一旦は治まるに至り、少し荒れることがあっても薬を塗り、なんか怪しい気配がしたら薬を塗り、そんな感じで乗り切ってきたわけですが。数か月前から、また爆発的に荒れだし、今度は薬塗るくらいでは全く収拾がつかず、自発的に薬を塗ることを中止したのですが、その後も、ひどくなるばかりで・・・(それも顔だけ、首もその下も綺麗なのよー)会う人会う人、「ちょっと、どうしたの大丈夫??」と声をかけずにはいられないくらいのもう、最近寝不足なのよね、とか、ストレスなんじゃない、なんて言葉ではそれは違うだろってくらいの病的な、腫れ、かさつき、赤み、イボイボが顔中に広がっていました。薬を中止したうえで、「全然効かなくなったから塗るの辞めときました」と皮膚科に行ったら、「はい、中止中止、もう塗っちゃダメ。それ正解だわ。」と言われまして。とにかく、荒れているという言葉がぴったりで。いろんな症状が出てて、かさついてたと思ったら脂ぎって、粉を吹いたり、ぼこぼこしだしたり、赤かったり白かったりと状態がころころ変わって、なにが一番の問題なのかがわかんないから、どう対処したらいいのかわかんないわけで。世の中には、何百種類の皮膚を荒れさせるウィルスやダニがいて、それがいいようにも、悪いようにも体に影響していて、今はなんらかの影響で、顔のバリアーが剥がれ落ちちゃってて、皮膚が再生していかなくて、そこに薬で無理やりなんとかしても、状態がかわるだけで根本的な解決にはならないのだと、そういう納得が今はすっとんと腹に落ちるものがある、という感じ。皮膚の再生に効く、みたいな漢方薬飲んで、今は規則正しい生活と、栄養しっかり取ってよく眠る、みないなことを努力しています。これが今の状態です。女友達にご好評の、なりたい涙袋ナンバーワン。の涙袋は見る影もなくぼってり腫れあがり。コンタクトレンズ入れようとしても、目の周りが厚ぼったくて入りません。いつも猪突猛進なわけではないんですわ。あたしだって、顔がこんなんじゃ自信もなくします。あ~、デートに誘われたらどうしよう。さすがに行けないよなぁ。まだ誘われてないけどね。
2014.05.22
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我が家の外構を、少しリフォームしました!家を建てたとき、条件付き注文型の家でして、周りの家との調和を合わせないといけないとのことで、外構は並びの家がぜーんぶ一緒、というもので、もう元から決まっておりました。リビングの吐き出し窓の下の犬走りの外は、花壇で、植木、という・・・・都会の狭小住宅の割に、なんだこの無駄なスペースは・・・(いやいやきちんと手入れする奥様がいてくださる家なら癒しの空間なのでしょうが あたしだし、土いじりしません、無理無理、なにこの雑草スペースという状況だったわけで)だだーん、とまるーくこんもーりしたコンクリートの丈夫な花壇をハツリまして、植木と土をぜーんぶ処分。プロデュース私、のテラス屋根の自転車置き場でございます~まずは希望の通りの材料探し、テラス屋根と格子を見に、リクシルやYKKやらのショールーム見に行きまして。で、これぞ理想!と目に留まったのはタカショーのエバーアートウッドシリーズの屋根と格子。見た目はまさにナチュラルな木製、だけれど触ると違うんです。長年使っても変色はほとんどないという優れもの。外構の丁寧さはピカイチ!という工務店と何度も打ち合わせのうえ、いくつか見積もりを出していただいたのだけど、結局タカショーが一番、というか飛びぬけて高額で・・・あ~、やっぱり見た目や質感が一番いいというのはそういうことかーとえーい、それでいこう。どーん。お買い上げ~使う材料もすべて事前に確認のうえでの工事だったから、手間も時間もかかりましたが、ほんとに想像通りのものができあがりました。屋根と格子は幅や高さをぴったり合わせるオーダーメイドになります、あー、当たり前だけど、高かったー、ひー。さ、働こか。
2014.05.13
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行ってきましたパルケエスパーニャ、これでGWに8年連続8回目。ああ、毎回晴天なのは私の普段の行いがいいから、ということで。昼のパレードも、直前まで乗り物乗ってても余裕で最前列で見れちゃいます!まひろんと、お友達二人を連れて遊んできました。(ママ友はお仕事で、夜からホテルで合流)写真見てると、3人の子供がはしゃぐ姿と、ひとり大きな子供が一緒にいる感じ・・・はしゃいでいる青いパーカーの大きな子供は、あたし。子供の端にたまに写っている自分が、なんだか笑い過ぎのうかれ過ぎ。どの写真もみんなこのニカニカ顔。端におまけのように映っているだけなんだけど。やっぱ夜のパレードは盛り上がるねぇ~一日、ハイテンションな子供たちは走り回り、乗り物乗りまくり、パレードでは踊ったりなんかして。私は途中からワイン飲んで、ああ疲れた、て感じになりつつ、もうこれでいい加減、見納めじゃない?来過ぎだよねぇ、なんて言っていたりなんかしていたけれど。子供たちが「来年も来る!」と言っているので、じゃあ、また来年来ちゃう?なんて、のりのりで答えていたりする・・・。私たち、パルケエスパーニャのリピーター??
2014.05.01
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昨日の早朝から志摩に旅行に出て、今日はお伊勢さんによりお参りして帰ってきました。あぁ、今年も楽しかった。まだまだ今年も予定が目白押しのゴールデンウィークだけれど、その前に起こった事件が心に引っかかりつつ、の連休になりそうです。Hさん、87歳、独居女性。ケアマネとしての関わりは3年前で、Hさんが脳梗塞で倒れられて下肢に麻痺が残り、在宅生活に向けてリハビリ病院に転院していた頃からです。旦那様は15年前に亡くなられており、以後15年間一人暮らしをされていました。主介護者は市内から車で1時間ほどかかる郊外に住む長女さまです。お嫁に行かれており、その先でもいろいろ事情ありでHさんを引き取ることはできませんでした。他に息子様や、もう一人娘様がいるけれど、それぞれ事情があり、あてにならないとのこと、なにより、本人が独居生活に戻ることを強く希望されており、リハビリにも前向きでした。初めてお会いしたときは歩行器でなんとか歩けるほどの麻痺でしたが、とにかく帰りたいという強い希望により、家族とこちらとでお互いの役割をしっかり話し合い介護サービスを整えて、退院し、また独居での生活を始めました。半年ほどで杖で外を歩けるようになり、やれやれまたしばらく独居生活が続けられると言う状況になりましたが、ここ一年ほどで認知症が顕著に進んでしまいました。杖で歩けるようになったことはよかったのだけれど、買い物が自由にできてしまうため、ヘルパーより、冷蔵庫に同じものばかり大量に溜まるとか、消費期限の切れたものを処理する頻度が、確実に増えてきているとか。浴室で便をしてしまい、自分で処理ができずそのままになっていたとか、毎週のように、もう独居はむつかしいのではないかという報告が入り始めました。それでも、本人の希望もあるのでなんとかと、介護サービスを調整してやりくりしていたのですが、娘さんとは、本人が無駄な買い物をしすぎることや、ご本人の思い込みや被害妄想などが出始めて、説明や説得では納得されず口論になることが多くなっていた。「3年前はケアマネさんになんとか独居でやれるようにと無理なお願いをしたけれど、 どうでしょう、今度は本当に無理ではないでしょうか」と、娘さんから限界を言われるようになったのは半年ほど前です。家族は、年も年だし、認知症の専門的検査や積極的な治療は希望されないとのことで。年金額を考慮して、話し合いのもと長女様が身元保証人として特別養護老人ホームを選定して入所を申込みしていただきました。5か月前のことです。そこから、その特養とも相談し、まず3日、その次は6日、その次は10日とショートステイを増やしていきました。だいたいショートステイで2・3日すると帰宅願望が出て、「私はいつ帰れるの、早く帰りたいの」と言われるようになり、「明日ですよ」と職員さんに対応していただくと「あらそうなの、それなら我慢するわ」と納得されます。私からそう対応してもらうようにお願いしました。次の日になるとそういう会話をしたことなど忘れてしまうので「あなた、昨日は明日帰れるって言ったじゃないの」などという怒りは起こりません。また新たに「いつ帰れるの?」「明日ですよ」「あらそうなの」という同じ会話が繰り返されるからです。15日のショートステイを利用しても同じだったとき、今後はこの対応で入所もいけると特養や家族に連絡しました。15日のショートステイに行っても、Hさんにとっては、3日とさほど変わらないのです。帰宅願望がある以外は、周りの方とも笑顔で穏やかに過ごせるHさんは、入所されることに全く問題なく、ご家族もとても感謝のある方で、困っているのでお願いしますと言う態度でいてくださったため何事も滞りなく、特養の職員さんと入所の時期の調整に入りました。杖で動ける状態のHさんは、特別養護老人ホームへ入るにはADLが高すぎており、ただ、認知症が進んでいるからの入所となるため、施設側も慎重になります。まずHさんのことをよく知っていただくことが重要だからとご家族とも話し合い、入所待機となりました。特養の相談員より、なにもなければ初夏くらいを目途に入所にしましょう、Hさんが真夏に1人は危ないでしょうと連絡をいただいたのは、今月に入ってからのことでした。よかったよかった、あと数か月踏ん張れば、入所できる。長女さんと私で、ほっとしたばかり。そして4月12日、ショートステイ先から電話がありました。意識レベルが急に低くなり、救急搬送され、検査の結果、脳に血腫が見つかったと。数日後には手術され、年齢からして筋力低下が見込まれるからその後リハビリ入院になるであろう。あと少し、だったのに・・・あと少しで、私の手を離れる、というのは・・・楽になりたいと思ったわけではないのだけれど、あの時の気持ちは、そうだったのかもしれない。Hさんのことも、Hさんの家族のことも、私はとても好きで、関わらせていただけたことは、良いご縁だったとお互いに思いたいと思っている。楽になりたいではなくて、あと少しで、お世話になりました、ありがとうございましたとカルテを閉じれるところだったのに。あぁ、そうなんだ、血腫かぁ・・・どの部分かなぁ、落ち着いたら娘さんに聞こうかな・・・なんとなく無力感に支配された数日後だったわけだけれど、娘さんからの電話で飛び上がるほどびっくりさせられた。硬膜下血腫で、手術は問題なくすぐ終わり、予後は順調すぎるくらい順調。というより、本人が元気すぎて寝ていてくれない、暇だからと看護師を呼びだすわ動き回るわ危ないったらありゃしない、転ばれたり出て行かれたりしたらまずいからセンサーを引いている。あんだけ動いてたらリハビリはいらない、本人とにかく帰りたがっていて、すぐにでも退院だと。・・・・・退院ですか!恐るべし認知症です、熱が高くても平然元気とか、骨折してても立ち上がるとかよく聞く話だけれど、普通なら寝付いてそのあとリハビリするような手術受けたのに、もう数日後には杖ついて歩いちゃう。何日に退院ですか??娘さん「あの、病院が困ってて、明日にでもって・・・」ばき「もちろん自宅で一人は・・・無理ですよね~~~~~~・・・・・ いやいやいや、やめましょう、危ないです。私が止めます。 とりあえず、退院日を病院と相談します、でも一日も早くってことですよね、 はい!了解です!」きゃ~~~~~~~入所を申し込んでて、もちろん15日/月ショートの利用を取っていた特養に退院後にそちらでなんとかならないかとお願いするも、答えは、ノー。そりゃそうです。特にゴールデンウィークの特養ショートステイは、普通は満床ですわ。ケアマネ8年もやってると、そこそこ、こういうときに急にお願いできる知り合いもできてくるもので、退院後、特養入所までのつなぎで預かっていただけるところを見つけましたけどね・・・。なんとか、常に見守りがきき、金額の折り合いもつき、退院と同時に施設に送ることになりました。退院日が24日、なんと12日しか入院していてくれませんでした。娘さんから、退院後一度家に連れて行こうかと相談されたのだけど、ずっと帰りたいと言い続けている方だもの、帰られたらもうややこしいです。家に帰ると車に乗せて、そのまま一時預かりの施設へいくようにとお話しし、私もそこへ出動しました。書類上の手続きを済ませ、説明や今後の特養入所までの計画をお話しし、みんなで一安心して帰るとき。Hさんは、玄関に置かれた椅子に座り動かずにいました。娘さんと私の顔がわかると、杖を付いて立ち上がりました。その姿が「一緒に帰る、絶対帰る」と強く言っているようにみえました。Hさんが住んでいたのは市営住宅で、5年ほど前にきれいに建て替えられたのですが、もともと住んで見えた方が優先して入ることができたので、長いご近所さんが多いのでそうです。同じ土地に60年以上住み続け、そこにいたいと思う気持ちを思うと、本当に切なくなります。若いころは、どこにでも住めると思っているし、どこにでも順応できると思っていた。その思いは、実は年々薄れつつある。長く住んだ場所が、きっと長ければ長いほど自分の家だろう。60年いた場所で、家族ができて、苦労があり楽しいこともあり、そして最後には一人になり、ずっとそこで生きてきた。安心とか、安全だからいいとかいうのは、ほかの人の思いでしかないもので、Hさんはやはり、ずっと住んできたあの家に帰りたいのだ。帰りたい、帰りたい、帰りたいと言い続けた言葉が、今さら心に突き刺さった。「明日帰ると誤魔化してください、明日には忘れています」と何回言ってきただろう。おかーさんはここにいて、すぐ戻るから。という娘さんに、「一緒に行く」と強情な表情になりHさんは追おうとした。ばき「ごめんね、Hさん、娘さんに病院や区役所へ、手続きに行かなきゃならないの、 ほら、私じゃあ病院の支払いのことやかわりにできないことを娘さんにお願いしたの」H「あら、そうなの、ばきさんにはできないの?ならダメだわねぇ。」娘さんは、申し訳なさそうな顔をして、頭を下げて、私とHさんを残し帰られた。Hさんは、これからしばらくここに泊まり、そして順番が来たら、終身的な施設へ入所する、もう帰らない予定であることは、Hさんには説明されない。説明しないように、正直に言わないように、と介護職員さんへそう指示しているから。Hさんは、今日は病院から来たことは覚えていたけれど、入院していたことを覚えていなかった。帰りたいHさんに、帰れない、を伝えることは感情を荒げてしまうことになるだけで、「そのうちね、明日にね」「あらそうなの」としているうちにここがどこなのかも、帰りたいところがどこなのかもわからなくなるだろう。一時入所の施設からは、その後、とりあえず落ち着いて過ごされていると連絡を貰った。娘さんは、なにかあったら来ていただくということになっているけれど、いまのところ、娘さんを呼ぶ事態にはならずに済んでいるという。ただ一日に何回か、急に思い出したように「帰りたい」というのだそう。いまいるところは在宅という括りになるので、まだしばらくは私が担当です。またしばらくHさんとかかわれることになった、これがご縁だなと実感しているところです。最後まで、仕事は、仕事としてやり切ることが、私の役割と言うことですね。
2014.04.27
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お天気の良い週末に、まひろんと手を繋いで本屋へでかけた。途中のハナミズキ通りが満開なのは知っていた。ふっふっふ。「わぁーーきれいーーー」とキラキラ笑顔。思った通りの反応の良さ。いつも静かで大人しいと評判の、(私に似ず)おしとやか娘だけれど、こういうときのリアクションは最高に良くて。こんにゃろー、かわいいやつめー、と頭ぐりぐり撫でまわし。逃げられ、追いかけ、逃げられ・・・。んもー。写真を撮ろうとしたところで、どちらもモデルになりたくなくて、どちらかというと撮りたいタイプだというところが母娘で一緒なわけで、今度はカメラの取り合い・・・。んもー。狙いの、娘と花の写真を撮らせてもらえず。そして私も撮らせずで、景色ばかりの写真となりましたとさ。綺麗です。やめてー。なんでだよー!ピンクもあります。仕方ないから盗み撮り。
2014.04.22
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実家の母から電話があった。最近は、私の姉妹や、父の愚痴など、あー、そうなの、へー、とか、わははは、とか、わかるわかるとか、近くに住んでいる者ではない家族の役割はこれなんだなとかと思い、すっかり愚痴のはけ口になっている。実際、激務の大企業のエンジニアを退職し、家事もできない趣味もない、ただのじぃちゃんになったプライドの高い父の面倒をみるのは大変だろうし、結婚したとはいえ、お気楽実家生活で週末婚状態の妹が、家にいるのは、安心よりもストレスの方が多かろうと思う。電話にでると、夏休みに、美女と野獣のミュージカルのチケットを取ってあげたから、まひろんと二人で楽しんでおいでと言うのです。まひろんの10歳の誕生日プレゼントのようで、10年、ばきこは真面目によく頑張ったからプレゼントだと。丁度パソコンの前に座っていたから、電話をしながらネットで検索。劇団四季、名古屋、美女と野獣、と、そして8月と探すと、チケットはまだ発売前で、ばき「ひょっとして、おかーさん、会員の人に頼んだ??」母「そうなのー、いい席奮発したからねー」ばき「・・・ほんとに?高いでしょ」母「まあねー。まぁいいからさ、予定開けておいてよ。」ばき「わー、ありがとーーありがたくいただきます!」てね。電話を切ってから、少し違和感。昔の母だったら、芸術や文化は、たまには高いお金を出してでもいいものに触れておくものだとか、なんだか、そうかもしれないけれどあまり口に出さなければいいようなことを一言、というか、もう聞いたし、くどいわ、てくらい言ってしまう人で。家族は、口にしない方がいいという感じは全くないらしく、そういう、価値観の持ちようの会話をすることが多かった。感覚の押しつけは、どうも苦手で、そういう雰囲気を察した母や姉や妹は、もうあの手この手で同意を求めるわけだけれど、いつからか、家族にはなにも相談せずに頼らずに自分の感性で生きるようになっていた。今の年になってみれば、もう自分で自分に責任持ち自分で決める、それが普通で。30歳になったとき、35歳になったとき、そして40歳になったとき、年をとるごとに、自分の生き方に年が追いついてきて、楽になっていく気がした。母が、くどくど娘に言って聞かせてきた話は、もう言わなくてもよくなった、てことなんだろう。きっと母も楽になった、のかもしれない。先日、母と話をしているときに、子供の教育の話になり、私がひとこと、一世代違うと、環境も常識も違うから口出ししない方がいいよ、と言うと「そうだよね」と明るく同意した。3人娘を育てて、私だけは理想のように育たなかっただろうけれど、今頃になってなんとなく、いい関係になってきた気がする。
2014.04.16
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おはようございます。新年度ですね。きつかった年度末の仕事を引きづりつつですが、今年度も頑張ります。今日、4月1日は、まひろんの10歳の誕生日ですが、上司の昇進祝いで帰りが遅いのです、ハムちんも同様。仲良しの友達に泊まりに来てもらうことになり、大満足の様子に一安心ですわ。先週末に家族でお祝いをしたのです、イタリアンフルコース!ではなくて、サイゼリアで食べたい放題。(笑)まひろんの行きたいお店を聞いたところ「サイゼリア!」・・・ほんとにいいのか、誕生日だよと確認したのだけど、どうしても行きたいと。うち、家族の食事では全然外食しないんです。だからサイゼリアに憧れている。ちなみにピザとるとかも無いから。誕生日にピザとって!とかも言っていた・・・(悲)(私やハムちんは付き合いなどで外食しまくってますが、家族で行かないのはその反動かな)年度末年度初めは、仕事がハードなうえに飲み会ばかりで週末には、役所の花見に誘われていますが、桜はもつのでしょうか・・・まぁ、もっていなくても酒飲むことが目的なので全く問題なしなのでしょうが。そうそうそう、いちごちゃん、国家試験合格です。誰もが知っている有名大病院に就職します!おめでとー。今頃緊張しまくってるかな?受かるのはわかっていたから、今さらって感じですが、嬉しかったなー。いちごちゃんから、なんだか迷惑かけたとか、心配かけましたとか、謝っているメール来てて、ちょっと笑っちゃったよ。そんないちごちゃんなら絶対大丈夫!先輩たちは厳しくて怖いけれど、それが普通なのじゃ。頑張れー。ぜんぜん人事に変化がないことが特徴な私の職場も、(5年~10年は誰も辞めない)この春はかなり動きがあり、新しい環境になりそうです。(周りが動くだけで自分は全然変わらないのだけど)なんとも清々しい、リフレッシュな春です。さー、やるぞー!ちょっと早めにいってきまーっす!
2014.04.01
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ええ、実は、私をどっぷり疲れさせる我が家のまひろんは、かなりの癒しキャラで。ブ~・・ブ~・・まひ「ママー!メールだよ!」ばき「・・・はいはい、あれ、来てないよ?」まひ「あはははは、残念でしたー、まひろのオナラでしたー。ひゃはははは」ばき「・・・知ってるよ、乗ってあげたんだよ・・・・」まひ「ママー!写真撮って!」ばき(突然だなおい)「はいはい、撮るよ~」パチまひ「こうやって撮るとね、ホウレンソウが隠れて若く写るんだよ!」ばき「・・・・わかったー、今度試してみるわ。 そんなことより、この写真写り、若いとか言う前に、ぶっさいくだわー」まひ「わはははは、ほんとだぶっさいくー変な顔ー てか、ママ!ホウレンソウだよ、ホウレンソウ」ばき「・・・・はいはい、それ法令線でしょ?」まひ「ぶははははは、そうそう、それそれ!」ばき「・・・・」ばき「まひろーん、おなかすいたね、ポップコーンでも作る?」まひ「あ、いいね、ポックコーン。・・・あれ?コックポーン?ん、なんだっけ?」ばき「・・・それは、マジなヤツだな」まひ「わかったわかった、ホップ・・・あれ? ほんとだマジなヤツだ」ばき「うはははは」相当の、癒し系です。
2014.03.22
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今年に入ってから、私の担当の利用者さんが、自宅で突然亡くなることが相次いでいて、その予定でケアをしていた人ならまだ、驚きもしないのだけれど、それなりにやはり悲しくて。突然の知らせに、休みの日に急いで駆け付けて往診医呼んでその場で死亡診断書を書いていただいたり、あるいは、警察呼んで、初めて連絡する緊急連絡先の家族に電話してまず私の立場や関係性を説明して、来ていただけないかをお願いして困られたり、迷惑がられたり・・・なんてこともあり。普通は事件性なんて見当たらないから、詳しい事情徴収や検死など行われないのだと、ああ、小説やドラマとは違うんだなと、人の死って、当たり前のことなんだなと思う反面、やはり、ひと月に何人も予想外の急死になり駆けつけるなんてことが続くと、自分は日常的なこととはかけ離れたことに接して仕事をしているのだと実感する。身も心もボロボロになって自宅に帰ることが多かったわけだけれど。時を同じくして夫のハムちんも、どうやら劇的に忙しい時期のようで、11時前に家に帰ることなど一日もなく、家事や子供のことなど、なんもしない。私の話を聞いて癒して欲しいなどという気持ちは、家には持てないのだけれど、まぁ、共稼ぎの夫婦で子供がいたりすると、こういうことになるのは当たり前のことだとは思う。ご飯作り風呂入れて掃除して洗濯してなんていう毎日のことなら、家に帰りだだだだっとやれるようになったけれど、まひろんが寝てからランドセルの連絡帳見て、なんじゃこりゃ聞いてないぞというような保護者への連絡なんぞ見つけたり、宿題やってないなとか見つけてしまったりすると。ほんとうにがっくしと疲れてしまい。まひろんの、掃除させてもさせてもすぐくちゃくちゃになる部屋に座り込むと、隣の部屋のハムちんがちらかしてそのまま放置の服とかが目に付いて。あんたら親子は、だらしなくてズボラで、なんも気にならないし気にしないところが、ほんとにそっくりだわと、泣けてきたりなんかする。子供って、ほんとうに親によく似るもので、まひろんに私に似ているところも見つけてしまい、がっくりもくる。ああ、まひろんのことを書こうかと思ったのだけれど、バカすぎて、話のテイストが全然違う感じになるので、改めて書こうと思います。子供って、おもしろすぎます。
2014.03.22
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先週末、娘と二人で、旅に出た。兵庫県姫路市のもうちょっと向こうの、相生の、さらにあっちの、岡山県にかなり近くの辺りまで。お友達の、ももちゃんの実家での、牡蠣宴会にお誘いいただきまして、十数年前にもお世話になりに行ったことがあるから、今回で二回目の実家訪問になります。(また人んちの実家を自分の実家みたいにして行く、Rさんちのハゼ釣りみたいな恒例のあれです)まひろんと二人、新幹線かなーとか考えましたが、おお!18切符の春休み期間だ!と気がつきまして、在来線乗り放題の18切符でいくことに。「在来線を乗り継いで、電車に正味4時間くらいは乗るけどどう?」と説明すると、「ええーーー、新幹線がいいー。飛行機で4時間ならいいけど、電車で4時間はいやー」とか反応しやがる。わが娘ながら贅沢に育ってて、憎たらしいったらありゃしない。「はい決まりー、決定。18切符でだらだら行くぞー。」「はあー?」少し迷いのあった心は、決まりましたて。娘と二人の旅行なぞ、時間よりも楽よりも、節約じゃ節約。年々、鼻が伸びて早くなる新幹線に喜んで、リニアなんて、できたらできたで「まぁ便利、乗りたいわー」なんつって将来は乗るのだろうけどね。昔は、田舎から東京まで出るのに2日はかかった、なんて話をする人が生きている時代なのだから、時間があるなら、たまには在来線乗り継いで遠くまで行くのもいいものですよ。初めはぶー垂れてたまひろんも、ここの駅での乗り継ぎは3分だよ!ホームは移動だよ!て言葉に、「ええー、急がなくちゃねー。ママ急いでー。」なんて嬉しそうにしたりして。名古屋を出て、岐阜、大垣、米原、大津、京都、大阪、神戸、姫路、電車の中は、空いたり混んだり。ももちゃんの実家では、昔からの友人家族の3組が集合して、牡蠣三昧の宴会をさせていただきました。ももちゃんは相変わらず、なぜか実家では大人しく。(ここかなり私のツボ)お母さんは十数年前とほとんど同じで若くてかわいらしく、お父さんはなんだか子供好きでずっと子供の相手をしてくれていて、いそよ一家のまさ君からのチューには母性本能がこちょこちょくすぐられてうーちゃん一家のノリも昔と全く変わらずで、はじめましての子供たちは、やはり親にそっくりで。一足先に来て宴会して帰ったというRさんが、山ほど持ってきたという日本酒をかなり消費して、笑ってばっかしで大したトラブルもなく無事に帰ってまいりました。一緒に楽しんでくれた皆さん、ほんとにありがとう!そして、ももちゃんご実家の皆さん、お世話になりっぱなしの上に、牡蠣まで梱包してお土産に持たせていただき、ひょええええーすみませんーーーて感じ。そして帰りももちろん18切符で一日乗り放題を駆使して、大阪でお好み焼き食べたり、京都で抹茶スイーツ食べたりして遊びながら帰れましたわ。ご当地ソウルフード食べまくりツアーとなり、食いしん坊まひろん大満足。ほんと、いい旅行をさせていただきました。いつまでも遠慮いらずで緊張感なし、心地よい友達でいてくれて、みんなありがとねん。
2014.03.18
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今池ボトムラインにて、ライブがあり、行ってきました。オールスタンディング席だけど。整理券番号がかなり早くて、ラッキーなことに、前から二番目のど真ん中をゲット。目の前、すぐ、演奏と歌を堪能してきました。「風味堂 5 人生は椅子取りゲームツアー」近い近い、すんごい近い。知っていますか「風味堂」ちなみに私は最近知り、つい最近曲を聴き、突然いいなと思い、ファンになりました。初めて生で見たけれど、ああ、やはり。演奏も、歌も、ぐぐぐっと心を掴まれました。ライブなんて見てしまうと、もうメロメロ。なにかを必死で頑張る人は、やはりかっちょいい。どうせやるなら、必死でやろう。私も、かっちょいい人生を送るのだーーーーー。単純でわかりやすい性格なので、頑張りたいときは、頑張っている人を見て惚れてしまうのが一番手っ取り早い気がする。さて、かかってこいや、ザ年度末。
2014.03.10
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カウントダウンしてきた。いちごちゃんの看護師国家試験がとうとう明日に迫りました。私は、医療法人の職員なので、日々看護師さんとお話したり、時には親密になりな職場で。在宅での看取りも増えてきたので、特に訪問看護師さんとのやりとりは毎日のように行っています。訪問看護師さんは、ベテランの方が多く、関わらせていただくことで本当に勉強になります。ここ数年は、いちごちゃんもこんな風に立派な仕事をするようになるのかなぁとか、あら、こんな風になってしまうと嫌だなぁとか、いや、いちごちゃんだからこうはならないなとか、いろんなことを思いながら看護師さんと接してきました。とくかく仕事に対する思いも、熱量も、知識も、そして性格も資質もそれぞれで。でも、なにがいいか悪いかは一言では言えないものがありまして。最近よく、思うことは、人の長所と短所は表裏一体だということで。あるときには人の短所でしかない部分は、長所でもあるし、その逆のあるということ。大人になっても誰もが、いつまでたってもどれだけ年をとっても、ほんとに自分はどうしようもないなと、落ち込んだりするものだと思う。けれど、人に迷惑かけながら、助けてもらいながら、怒ったり怒られたり、たまには傷ついたり、泣いたりもして、じたばたしながらも少しづつ、ほんとにわずかな違いでも、時間をかけて、亀の歩みではあるけれど、成長していけるのだと思う。仕事をしているならば、誰かに関わり誰かに迷惑がかかるから、成長する努力や前向きになりいい仕事をするべきことは、それは義務のようなもの、でも短所を長所にするのは、時間がかかることで。苦しいことでもある。自分を無理に変ええなくたっていい、だって、他人と自分が違うのは、顔や声が違うのと同じで当たり前のこと、けれど社会では常に求められるから、短所を長所にしていく努力はしなければならない。自分の、短所でしかない部分は、少しでも長所になっているだろうか。いつも問いかける。人と比べてばかりで、あまり好きではなかった手足の短い自分の体を、時間をかけて、なんだか好きになってきたように。ブスだと思っていた自分の顔が、けっこうイケてきたんじゃないかと、思いあがれるようになったように。ダメ人間だと思っていたけれど、実はやれるんじゃあないかと、勘違いでも思えるようにもなってきたわけだけれど。こんな私でも、いつも人に揉まれて、まだまだダメだと鼻っ柱を折られる毎日を送っていて、でもこんな毎日が好きだから、いつまでたってもこういう毎日を送るのだと思う。仕事で知り合う、目に映る素敵な人たちは、いつも挫折や後悔や謙虚を心に持ちながら、いつも猛烈なほどの努力を心がけていて、それでもプライドを忘れずに、どんなときも「ごめんなさい」と「ありがとう」が言える人たちで。そういう人たちに囲まれているからこそ、私も頑張らなければと思う。私は私、変わらない。でも、よくなる努力はしていく義務があるんだよ。この仕事を選んだのならね。時には熱く議論して、時には反発したりもあるけれど、見ているところが一緒であれば、あとはノーサイドで協力して仕事もできるし、お酒も楽しく飲めるんだ。いちごちゃんの、考え過ぎてしまうところは、優しいからだし。人に頼ることが苦手なところも、優しいから。ストレスを上手に発散できないところは、ただ若いからだよ。自分の見た目を気にし過ぎなのは、それは大切なことで、ないと困ることだし、ほどほどにね。自分を大切にしないところは、ちょっと問題です、まず自分が強くないと人は助けられないよ。賢いくせにバカだと本気で思い込んでいるところは、かわいいところでもあるか、自信持ってよ。計画的ではないところは、問題過ぎる、息子のことも考えて人生は考えましょう。でも、なんでもまっすぐすぎるところ、私は大好きです。信じられないくらいに短気で後先考えないところ、まっすぐと短気は違うからね、よく考えてね。最後は、どうでもいいけど、お酒が飲めなくて私に付き合えないのが残念なところ。 これは私のわがままなので、気にしないで、私が酔っ払ってたら許してね。全部短所ではあるけれど、全部、これからすばらしい長所にしていけると思う。これを書きながら、涙が止まらない。結果ではなくて、過程が大切だということを、今ほど、感じたことはありません。号泣状態で、最後の一行を残します。いちごちゃん国家試験、明日です!
2014.02.15
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わーわーきゃーきゃー言いながら、娘とチョコ作り。溶かしたチョコにナッツだの入れて、冷蔵庫で固めて、飾るだけですけどね、楽しかったです。友達と、交換するのだそうで、へえええええ。ぷ、私が飾ったのと、まひろんが飾ったのと、わかりやすすぎるぞ。(笑)友チョコ、てなに?女の子同士でチョコの交換て、いつから?私の時代は、こんなことしなかったぞ。日記を読みに来てくださる男性の皆様へ。いつも応援ありがとうございます。(応援してくださるかどうかはわからんけど、こちらはそう思っております)急げ、日付が変わる前に!(笑) 愛をこめて、ハッピーバレンタイン!ママとまひろんの合作。(見るだけですけど)いちごちゃん国家試験まで、あと3日!
2014.02.14
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実家より、嬉しすぎるお知らせがありました。我が、妹。38歳、うほうほ楽ちん実家暮らし小学校教師。趣味はピアノとフルート演奏、最近はホットヨガにはまり中。夏休み冬休みは海外旅行、自分磨きと洒落とおいしいものが大好きの独身満喫を少々やり過ぎていた妹が。やっと身を固めることになりましたーーーーーーまたもや私が、愛のキューピットちゃん!同じ教師同士だからいんじゃね?と。会わせてみたらあらびっくり、同じ教育大学同級生で「なんか見たことある」といきなりお互い親近感ありで、話はとんとん拍子。3年も付き合い、外泊(親と同居の彼の家)も、旅行も行くくせになかなか結婚の話がでずで、最近は、まず自分を優先してくれないと怒ってしまうタイプの実家の母が、あんた知ってんでしょう相手はどんな男なの!と切れて私に電話をかけてくるようになっていた。あーーー、良かったよ、ほっとしたー。なぜかすごい喜んでいるのは、私の旦那さんと、姉の旦那さん。義理の弟になるお方は、この上の二人にはない肉体(大学院まで体育を極めがっちりです)それに、あまーいイケメンで、ルックス申し分なく。さらに、場を読めてトークも上手にこなし、嫌味のない爽やかな笑顔でみんながめろめろです。なにより、この義兄になる二人が喜んじゃって、3人で男子会をすると盛り上がっています。少し難を言えば、実家の父母が、見た目も、しゃべりも、持ち物もたいしたことない、おとなしーくて、なぁんか冴えないけど優しい人ってことだけは確かな旦那さんたちしか見ていないため・・・。(義兄とハムちんすまん)なんでもソツなくこなせる感で服装もお洒落で爽やかな妹の婚約者が「なんか、ちゃらい」という印象になってしまうようで、もうこれはほんとに、比べる対象が悪くて彼に申し訳ないばかりです・・・・ああ、楽しみだ。なんか楽しみだー。ウキウキするわー。いちごちゃん国家試験まで、あと4日。
2014.02.13
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まひろん「ママー!お酒飲めない人のこと、トンカチっていうんだよねー」ばき「・・・・・泳げない人のことは、カナヅチっていうよ。」まひろん「わははははは、間違えた。そうそう、それそれー」なんで解るのか、私が聞きたい。いちごちゃん国家試験まで、あと5日。
2014.02.12
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こうしてカウントダウンをしていると、過ぎる時間のすごさを感じずにいられない。まだまだと思っていた一か月が、あっという間で。前は、一週間に一度くらいの日記の更新がやっとこさだったのに、毎日でもやってみればやれるもんだとわかったこの頃。なんかしてても一日、なんもしなくても一日、それが一か月、一年、十年と積み重なっていくのだと思う。さて、私もなんかしよう。なんとかしよう。「またなんかすんのかー」と思う?そう思われたかた。すみません、ほんとは、やんなきゃいけないこと、してないんです。夢があるのに、目の前の仕事に一生懸命で、やんなきゃやんなきゃと思っているばかりで、なかなか前に進めません。今日の祝日は、予定はないけれど、これから、娘とチョコを溶かしてハートの型に入れて、固めると言う忘れかけていたオンナノコらしいことを一緒にするのだ。ちょっとうきうき。春や夏にかけての休日も、旅行の話や、ひな祭りや、ご近所の行事や、研修なんかで、瞬く間に今年のスケジュール帳も埋まっていく。でも、ほんとにやんなきゃと思うことは、やれてない。私には夢がある。・・・・・だんだん言い難くなってきた。あの人にも、この人にも、怒られそうだ。いちごちゃん国家試験まで、あと6日。
2014.02.11
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名駅で、飲んで、酔って帰ってきました!どうやら、冷静な人に、乗せていただいたおかげで、地下鉄で、終電で、無事に帰ってきたらしい・・・・うちの職場の、ひとつ上の直属の先輩は、行き当たりばったりの、その場のノリで仕事する私とは、対照的な仕事をする方で、冷静沈着で、むつかしい仕事はとりあえず持ち帰り、上司の意向を煽り、相談し、指示を受けたうえでの、間違いのない仕事をするタイプで、しかも、酒を飲みません。「だって、その場にいた人でなければ、わなんないでしょう?」とばかりに仕切りを始める私とは全然違う、手堅く間違いのない裏打ちをしっかり求める仕事をする方で。回りくどいことや時間がかかることなど、厭いません。スピードと勢い勝負でエネルギー全開で一気にまとめる・・・いわゆる急ぎな仕事は私に来るのは、もう恒例になりつつあり。だというのに、そんな真面目な先輩も、職場の酒の席にはしっかり参加して盛り上がれます。なかなか、あっぱれな職場根性の持ち主であります。私と言えば、その先輩がしっかりしきってくれるからと飲みまくり、後輩ちゃんが、またこれが気が利くからと、まかせっきりで・・・最近はノーストレスで飲みまくり。職場の飲み会では、きっとフリーに、糸の切れた凧のごとくです。近々、この春に人事が動き、役職の話が来るから、という話を聞いた今日の飲み会・・・・は~。そんな真面目な一つ上の先輩と一緒に、私までも昇進できる予定です。仕事の片づけ方は違うとはいえ、どっちが良いかは計れないし、どっちも良いだろうと思うから、よかった、よかった。とりあえず、頑張るしか、ないですね。ケアマネ8年目で、途中に主任になり、どうやらこの春に昇進し、役職が付く予定です。頑張ります。頑張りますとも!認めていただけるというのは、嬉しいものです。ま、やるしか、ないって感じで。いちごちゃん国家試験まで、あと7日。
2014.02.10
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あああ、カウントダウン中は毎日更新の予定だったのにぃ。また首をいわせました、やばいです。頭の重さを首で支えられません。昨日は、家事も仕事も忘れて寝込みました。土曜日でラッキー。寝てても首が痛いけど・・・とにかくなーんもできん一日を過ごすと、やること多くて大変な毎日でも体が動くことって幸せなのね、を噛みしめてしまいます。枕から首を起こすときとか、顔を洗うために前に屈むとき、痛くて痛くて、誰かに頭を支えていてもらえないと、無理です。数日の安静でよくなるのは、繰り返しているからわかるのだけど、こんなに頻回になってくると、根本的な治療が必要ですねぇ。あー、首の骨が、歪んでんだろなー。だらだらしているときに徐々に痛くなり、ひどくなり、動けんくなるまで数日で進み、こりゃダメだと数日寝込むことで治る、という感じ。水泳なり、カーヴィーダンスなり、毎日なんかしらしていると調子がいいから、毎日鍛え続けろ、ということなのだろうか。好きでやるならいいけど、強要の状態は、嫌なのが心理ですよねぇ。あー、なんか自分が臭い、頭洗いたい。明日は平日だし、寝てばかりいないでぼちぼち風呂に入ろう。腕が上がらないから、頭わしゃわしゃ、背中ぐわしぐわし、誰か洗ってくれないかなー。・・・誰も、風呂さえも洗ってくれないのに、私を洗ってくれる人などいないか。はよ、まひろん大きくならんかなー。ぐちぐち。一家の、おかーさんて、大変なのね。実家の母も、3人の子育て中に、母が体調を崩していたときは、どうしていたのでしょう?休めない家事と子育て・・・・母はえらいなぁ。それにしても、明日、職場の女子会で、しかも私の予定で日程決めていただいたのですよ。あー、どーしよー。すごい、近年稀にみる、愚痴オンリーのひどい日記だ。すんません。いちごちゃん国家試験まで、あと8日。
2014.02.09
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ソチオリンピックといえば。あれは、半年ほど前の話。ばき「冬のオリンピックはソチですねー」彼「ロシアだよね?」ばき「そう、確かそうですよ。」彼「ロシアやるよね。いまだにソチなんだ!」ばき「・・・・? ええ、ソチ、ですよ。?」彼「どうするつもりだろうね、ソチソチって、はやく決めないとね」ばき(・・・・・・・・それは、まさか、措置?)とにかく、知らないふりをして、話を逸らし流した私。くわしくは、マルセイバターサンドではなく、マルセイユバターサンドという題目の日記参照。きっと彼は、そろそろ気が付いていることだろう、ソチという都市があることを。またもや指摘できずでごめんなさーい。たとえば、措置入院、とか、そういう言葉を聞きなれているから、職業病みたいなもんさ、勘違いドンマイ。いちごちゃん国家試験まで、あと10日。
2014.02.07
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はなちゃん、またそこから離れないわね。今日、寒かったです、朝から、犬も子供も動きません・・・・うりゃ~~~~~、仕度しなさーーい。と叫ばないで済む生活が送りたい。「今日は、寒いからなんもしない。」なんつって、言えたらなぁ。あ、笑ったなー。いつかその特等席を、私が奪ってやる!いちごちゃん国家試験まで、あと11日。
2014.02.06
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急な依頼で、介護保険を暫定(まだ結果がでていないけれど、前もって介護保険を利用する場合の制度)利用する方の家に初回訪問に訪れた。まだケアマネ契約もなく、とりあえず困っているので電話だけで、だいたいの状況を想定し、うちの病院グループの福祉用具部門の男性(ニックネームはマッチ)とトイレフレームや手すりや歩行器など選定して一緒にお持ちすることにした。電話にて、訪問時間の希望を聞くと、12時。・・・・さて私らのランチタイムは?なんてことはよくある話で、初回訪問なので、相手がどんな方なのかもわからない。初回訪問はめちゃめちゃ大事で、初対面のイメージがいいか悪いかはその後の仕事に大いに影響してしまう。「希望通りに12時に行くよ」とマッチに時間を合わせてもらい、時間に余裕を見て11時半に事務所を出る。出かける前にお昼を済ますのも無理な時間。通常、私たちは病院の職員食堂でお昼を食べる、給料天引きの激安で福利厚生のひとつです。食べても食べなくても天引き価格は一緒なので、せこい話ですが時間の節約を考えても、お昼は食堂で食べたい。約束の12時に到着、介護保険の説明、契約、納品。と一通り話を勧め、今後の予定を取り付け。さて帰るかと時計を見ると13時、これは、急いで帰ればぎりぎりお昼に間に合うかなーとせかせかとコインパーキングに停めた車に向かい二人で歩く。・・・・途中で、歩きながら落し物発見!落し物に、だんだん近づく、嫌な予感、嫌な予感、嫌な予感的中。人の良い男マッチ(私とおな年、子供二人のパパ)が屈む。腹の中真っ黒なのか、おなかがすき過ぎて苛立っているのか、意地悪ばきが心で唱える。『こんな忙しいときに、拾うな、拾うな、拾うんっじゃねぇーーー』優しいマッチが「ごめん、拾っちゃった」とにっこり笑顔で差し出したのは定期券入れで、これは大事なものだよね。だよね、そうだよね、拾っちゃわないとね、そうだよね・・・悪魔のばき反省。車に乗り、まず、病院とは反対側の交番に向かうことに。道は混んでいて、交番に寄り、それから引き返すには、すこし時間がかかりそうだ。私にもマッチにも、午後は早い時間から予定があるし、食堂も、もう昼食分は締めているだろう。もうお昼ご飯は諦めムード。うぅ、おなかすいたよぅ。昼抜きか・・・諦めきれず、車の中で定期券を覗いた。直接連絡取って、できれば直接送るなりできないだろうかと考えていた。中は、地下鉄の定期券と、写真が一枚、かわいい子供の写真だった。ちらりと見て、それ以上は見るのをやめた。いいことしたんだから、気分よく交番行って、気分よく帰らなきゃね。かわいい子供の写真に癒されて、もう一度反省した。いちごちゃん国家試験まで、あと12日。
2014.02.05
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ああ、どうしよう・・・私が、嵐が主役のドラマにはまるなんて、しかも、思いっきし、ずっぽし。しかも、シュールなのでもなし、医療ものでもなし、推理系でもない。あまーいあまーい、恋愛もの。年取って、気持ちも肌もかっさかさの、おじさんおばさん、見るべし! 俺を、もっと傷つけてくれていい、 もっともっと、へこませてくれていい その痛みが、苦しみが、俺を成長させてくれるからああ、痛い、いたーーーーい。片想いって、せつなーーーーーい。胸が、きゅんきゅんする。いちごちゃん国家試験まで、あと13日。
2014.02.04
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職場の車でね、お出かけしてたんですよ。でね、片側4車線ぐらいの広い道で、左折しようと思って左折レーン入って左ウインカー出したの、前の車もね、ウインカー出していなかったのだけど、交差点前で明らかに減速して、左折するんだろな、て思ってたわ。そしたらね、その車が、左車線交差点すぐ手前で、左折するのではなくて、いきなりハザードするわけ、は?左折じゃあなくて、停車ですわ。交差点手前です、ハザードのタイミングも、おっせー。真ん中車線は直線車がびゅんびゅんで、私、完全停まってしまいましたがね・・・・あーーーもーーーー左折とちゃうの? はよ、教えてよ、後ろ見てる???んんもーと鼻息荒く停車している車を追い抜いた時には、信号赤やがな・・・・停車した車は、エンジン停めてハザード中、運転席のおじさんは、携帯見てて、睨む私をちらりとも見ない。私は、ハザードで停車中のおじさんの右に出て、左ウインカー出して、信号が赤になるのを待つ・・・おじさん、エンジンかける。 ・・・・まさか。おじさん、ハンドル持ち、前を向く。 ・・・・まさか。ハザードランプ、消す。 おいおいおいおいおい。あなたの右側で追い越すつもりで左ウインカー中の私を、見て~~~ 見ない。こうなったら、走り出す前におじさんの前に出て左に曲がってやろうと前に出るも、歩道は、小学生が歩いてる・・・点滅になっても、歩いてる・・・・青になる、おじさん、私の方はちらりとも見ず、ゆっくり直進ーーーーーー!お願いおじさん、周りを見てーーーー後ろの車のプレッシャーに耐えられず私も直進ーーーーたいしたことはないんだけど、事件に巻き込まれた気分でした。いちごちゃん国家試験まで、あと14日。
2014.02.03
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番組名が思い出せなくて、そう呼んでいたのですが、娘に、「失恋ショコラティエ!」と教えてもらいました。そういうドラマの名前です。はい、ドラマは、興味を持っても毎週続けてみられないので、見ていないのですが、第二回を見てしまったら・・・・すっかりはまりこみました。恋愛にあざといモテる女(石原さとみ)に片思いをしてしまったショコラティエ(松潤)が、「俺は、きたない男なってやる!」とか言って、いつもいつも彼女のことを考えているのに、会ってもたいしてうれしくなさそうな態度とったり、メール来て飛び上がりそうなのに、あえて無視してみたりして。振り回されながらも、恋の駆け引きをするのだ、俺のことを見てもらうため!相手に、好きになってもらう、かけ引き・・・・おおおおお、恋愛って、こんな風にやるものなの???びっくりです、今までの私はなんだったのだろう、あんなテクニックやこんな計算。すごい、恋愛するって、そういうことなの。しばし、呆然としてしまうのです。今さら、なんの役にも立たないのですが。いちごちゃんの国家試験まで、あと15日。
2014.02.02
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