私の人生論 (思考が運命になる)

私の人生論 (思考が運命になる)

2015年09月07日
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カテゴリ: 千の朝
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 時至つて而も疑ひ、
 非を知つて而も処る。
 この三者は道の止む所なり。

 この三つがあると、
 進歩が止まってしまう。

 善を見て怠り、
 時機というものを見ながら、
 決断がつかぬ、

 のべつまくなしあるわけではない。

 必ず機というものがある。

 だから時機という。

 人間の生命にも
 必ず機というものがある。

 つまり、
 そこを押えたらそれが他の部に、
 また、
 全体にひびく所と、
 一向何にもひびかぬ所がある。

 つまり、


 時というのはそういう
 ツボ、勘どころの連続である。

 このごろ、
 連続.非連続ということが使われるが、
 時というものは機というものの連続である。


 機をとらえなければならない。

 これを一度逃してしまえば、
 なかなかしまつのわるいものである。

 その時が至っておるにもかかわらず、
 疑って、まだ時期が早いとか、
 やれ反作用がどうだとかいって、
 ぐづぐづする。

 それから悪いと知りながら、何もせずにおく。

 この三つがあればどうしても進歩が止まってしまう。

「新憂樂志」 安岡 正篤 明徳出版





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最終更新日  2016年02月03日 08時05分27秒
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