私の人生論 (思考が運命になる)

私の人生論 (思考が運命になる)

2019年01月16日
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カテゴリ: 千の朝


 朝鮮半島の帰趨だった。

 日本は自国の安全保障の見地から、
 朝鮮半島が清帝国にもロシア帝国にも支配されることを許せなかった。

 これは、
 清国がやがてヨーロッパの列強によって分割されることになっても、
 「自主の邦(くに)」としての朝鮮をそこから外すための配慮であり、
 かつまた日本と対峙(たいじ)する可能性のある大陸国家ロシアに、
 朝鮮半島を支配させないための配慮だった。


 明治時代のわれわれの祖父や曽祖父たちが、
 日本を取り巻くそうした地政学的状況をよく理解して、
 なおかつ果敢に行動するのを躊躇(ためら)わなかったのは、
 感嘆すべきことである。

 地政学者のマッキンダーは、島国が大陸国家と対峙する場合に、
 中間にある半島部分を大陸国家に支配されないことが大切だと喝破したが、
 それははるか後年の一九一九年(大正八)のことである。

 明治時代にそんな学説は知られてもいなかった。

 マッキンダーは、クレタ島のギリシャ人が、
 ペルシャやマケドニアなどの大陸国家と対峙した際の、
 ペロポネソス半島の重要性を述べたのだが、

 今も昔も重要なのは朝鮮半島である。

 明治の日本人はそのことを知り抜いた上で、
 なおかつ清国やロシアといった見上げるような大国と、
 敢えて戦うことを選択したのである。

 それは今の日本人が、

 まことに見事な気概だったと言うほかはないだろう。

「新地球日本史」1 西尾幹二 産経新聞社





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最終更新日  2019年01月16日 06時40分54秒
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