私の人生論 (思考が運命になる)

私の人生論 (思考が運命になる)

2026年01月08日
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カテゴリ: 認識の歩み



「尊王」をとなえて全日本をへめぐつた
高山彦九郎(一七四七-九三)は
「奇人」と呼ばれ、あげくのはては、
腹を切って死なねばならなかった。

浪人がじかに尊王を説いたりしたら、
分をこえたものであり、
「上」を恐れぬ仕業だった。

幕末、幕府の権威が

各藩はこぞって自立への動きを強め、
独立した「藩国家」への道を
歩みはじめたのです。

明治政府のスローガンとなった
「富国強兵」も、はじめは各藩国家の
「富国」のための合言葉でした。

ペリー来航以来、
第二次幕長戦争の慶応元年(一八六五)当時、
西南雄藩は事実上の独立国となり、
薩摩の指導者・西郷隆盛(一八二七-七七)は、
公然と大名の「共和政治」を説きました。


おし進められてゆけば、
日本は欧米諸列強の干渉のもとに
分断されてしまいかねなかった。





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最終更新日  2026年01月08日 05時10分03秒
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