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先日のセンゲの学習会で問題になったのは、 主体的に「選ぶ」ということと、もう選択肢はあきらかで 選ぶとかの観点ではない、というセンスのことがいま腑に落ちております。(己の欲する所に従いて、矩=のり を踰えず=こえず) つまり、もう主体とかじゃなくて、道に呼ばれるっていう感じでしょうかね。結構気に入っています。 と思っていたら、しばらく連絡も取っていなかった人から電話。 新しく、いろいろやろうという話しになって、おーと思う。 なんか充満すると起きると言われますが、うれしいですね。
2008.03.31
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ちりとてちんの豆腐つながりではないですが、青山の 東京スンドゥブ行って参りました。 純豆腐と書く。 ・・・おおおお、辛いが食が進む。豆腐とご飯と辛いのが入っている鍋と、海鮮系のが入っている。結構おいしい。 幸せな体験でした。(笑) http://www.tokyo-sundubu.net/drinkmenu_ao.html 近くまでよったかたはぜひに~。
2008.03.30
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同時並行的に、医療系の本と、子育ての本を書いておりますが、 一般的に、関心がない人ほどインタビューを断られるケースが 多いなと思います。 また、昨今いろいろな医療や教育に関して問題や機能不全に陥っている例を伺いますが、大抵の場合は、私らがインタビューさせていただく人は、そもそも、「レベルが高い」というのは感じます。 医療とは何をすることか?教育の本質はどういうことか? あるいは、医療でできないこと、最近難しいと思うこと、 教育でやるべきことではないこと・・・・などなどを伺っていると、 マスコミで扇動的にでている情報とはまた違って、ある意味本質的な 課題に取り組んでいらっしゃる方が多いので、ときどきインタビューしている相手にも本を書いて欲しいなと思うことがしばしばである。 最初にイメージしていた、白い巨塔のような先生とはまだ出会えていない(ちなみに、あれ、白い巨塔って某大学をモデルにしておりますが、実際は「もっとひどい」そうで、白い巨塔はマイルドにしているらしいです。。。汗)ですが、よくよく考えてみれば、白い巨塔に出てくる先生は、会ってくれないのだ、ということが最近わかってきました。 インタビューの効果として、できるだけだめだめな先生(ドクター&学校の先生)にお会いして、どうだめだめなのかの情報を得たいのですが、意外に会える人は、「すごーい」みたいな人ばかりなのですよね。 まあ、レベルとかいうと何ですが、和田中にしても、マスコミで言われていることと実際のことはまた違いますし、「情報に踊らされているだけではないか?」とい冷静な見方をしてみると、楽観的になれてしまうのです。
2008.03.29
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非常に眠い。。。ちょっと一瞬ねて復活することにします(と、とある特定の人に。。。) 今日は、1年ぶりに、とある人とお会いして話しをした。 ・・・・輝いておりました。うーん、すごいすごい。(具体性なし) 午後、セッションを行う→なんか、こっちもある意味、「持つ」のに 必死です。はい。やれることは全てやった→セッションが終わってから、1時間半後に成果がでたという電話有り。 原稿に目を通す。。。。いい感じでまとまった→眠いので3時間後に回す。(特定の人に。。。汗) 次に、セッションを行う:あるポイントを経ると、急に明るくなる:正確には、セッション前のパートナーシップ構築の会話だが、途中90分ほど全く進まない。。。でも、それほど焦らないで対話していたら、多少もっていったところがありましたが、でも、ここは一気に行くのかじっくりいくのか・・・・とにかく動かしてみよう。ある意味賭ですな。 ・・・会話しているとその相手に起きていることがまさに自分だから、けっこうちょくめんしておりまする。はあ。 美篶堂のノートを使っている。かなり巨大。A4?物理学ノートと称して方眼紙。意外に使える。これはいい。持ち運び不便だが、使える。 愛用できそうです。 ある時に、集中をしていると、その一瞬が永遠のように感じたり、時のながれが変になるようだ。一瞬=永遠 という感じがするのである。
2008.03.28
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(ちょっと混乱させてみる。。。でもないですか) 今日は、自己マスタリーの項目でした。 システム思考を半年掛けてじっくり取り組んだあと、自己マスタリーを 1回で終わらせる。。。これもいいかもしれません。 自己マスタリー(訳だと、自己実現)は、英語では、Personal Masteryなのだが、これは、多分「自己」と訳すよりも、「個人の」というふうになるのだろうと思う。個人をマスターする、という訳語の方が日本語としてすっきりするのだと思うが、「自己」としたことで少しニュアンスが違っていると思う。自己にあたる英語は多分、Selfとか、ownとかそんな言葉ならいいと思うのですが・・・ 「主語」的文化の西洋にとっては、個の確立は一つの命題なのだと思うが、日本的な「述語」or「物語」的文化の日本では、もしかして、この確立よりも、環境との関係性の方が大事かもしれません。 日本語は関係性の言葉が非常に多い。 あるいは「個」と信じている信念システムのそこにある何かを見極める・・・みたいなのが実は、ビジョンを描く、というよりも、実践的なような気もする。(哲学的過ぎますかね~) 次回はメンタルモデルである。
2008.03.27
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自分自身が高みに登ろうと思ったことはそう何回もありませんが、今回ほど、高みに登ろうと思ったことはそうないかもしれません。 人の存在の力強さに、圧倒されっぱなしです。
2008.03.26
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場が散らかっている感じ。 認めたくないが自分の場が自分の意図だというところからみると 痛い感じ。
2008.03.25
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今日、MTGで話しをしていたときに、普段は聴けないようなことを伺った。深刻に成っていたかも。。。。でも、自分を信頼して打ち明けてくれたってとても光栄であり、そして、その人に何か役に立てることできないか?と思っています。 親密さの中でしか話せないことはありますよね。
2008.03.24
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夢を見るときには、自分の内面とか潜在意識が出ているときと、それとはまた異なった何でなんだろう?と思える夢をみることがある。 今日見たのは、オープン前のレストランだかで(あるいは、イベント会場で)ゲストをお迎えするために、何かあれこれ動いている。誰が他に登場していたかは忘れたが、「何かを用意している」というのと「まだ準備が整っていない」という感覚があったのは確かだ。 夢分析だれかお願いします(笑)
2008.03.23
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たたけば響く鐘のように、ある意味、コーチングのセッションが機能するのは、コーチとプレイヤーとの相性というかうまがあうというかそんな連鎖が必要だと思う。呼応するタイミングってとても大事だと思います。 久しぶりに、ものすごい人の力の可能性に気づかされている。本当に人という存在は尊くて、力を発揮するものである。 自分自身のあり方:Be:Beingについてこれほど見させられた機会もそうそうない。 なんというか、生意気な言い方かもしれませんが、「コーチを機能させる」プレイヤーが一番結果を出す。本当に。コーチができるのは、目の前で踊ったり、がぉーと熊のように叫び声をあげるぐらいである。 久々に、目が覚めた、という体験である。 うーむ、すごいすごい。どれだけすごいかというと、うまいこといえないけどすごいすごい。なんか、大きな塊が飛んでくる感じ(意味不明ですがそんな感じ:隕石がふってくるっていうか・・・)すごいすごい。 なんか、そんな表現もちんぷなぐらいすごいすごい(そればっかやんけ:関西人が松井選手のファンになると、にゅーよーくやんけーす みたいな・・・ さすがに4:00台はハイになる) ふとしたきっかけで、HPのプロフの補足情報として、mixiの紹介文を掲載していただくようProf掲載している人のマイミクの人に依頼をする。。。。すごい。こーそくで返事が来る。その人とマイミクの人との関係性がわかるみたいだ。これはおもしろいっす。 &午後、とある人と講座の話しをする。「何をするか」も明確になっていなくて、途中で話しがずれまくる。(汗)クリアリング大会ぢゃん。。。。。でも、話している間中、自分自身、多分話しの中身はどうでもよくて(おいおい)、そのなんというかつながりを大事にするのだと思います。感性っていうか。ほんで、HPのデザインを格安でリニューアルしてくれることになる→プロのデザイナーに頼んだ方がいいや、と本気に思う。 柳生家・家訓であるそうですが、 「小才は縁に出会って縁に気づかず、中才は縁に気づいて縁を活かさず、大才は袖すりあった縁をも活かす」でしょうが、自分は、小才と中才の間を行ったり来たりしていると気づく。 感動して、興奮して、がーっとメールやらのやりとりしていましたが、でも、本当に自分の命を支えてくれるのは、多分、こういった出会いだと思うのです。ぞくぞくしないと何もやる気しないもんねぇ。 でわでわ。
2008.03.22
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「完全に」満足していなかったHPですが、その原因は、ぶれるというのがずいぶんきになっていたのですが、ソースコードを見ながら直してみたら、案外すっきりいきました。 いくつか、直すべき点がまだあるのと、追加したいなと思う項目もいくつかあるのですが、現時点では、最初のlaunch(なんかこの言葉も懐かしいな)から、だいぶ修正しました。目にみえにくいですが、体感的な違和感は全て直しました。 http://www.be-at-work.com です。ぜひ、ご覧下さいませませ。(しつこい?汗) 今後の修正として、 ・書籍の感想ページをつくる ・役に立つと思われる書籍をさらに追加する(特に学習する組織関係) ・その他、研修、個人セッションのもう少し内容説明を簡単にしつつ、 別の視点をいれる(blog化かな。。。) を検討しております。 でわん。
2008.03.21
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ずっと前に、岩堀さんと、TAKUYA氏と会って話していたときに、 「革巻きの万年筆できたらいいね」などと言っていた。 革が万年筆の外側に巻いてあるようなそんなやつをイメージしていた。 (それ以外も実は言っていたのだが、まだ製品化されていないので自粛) 別に、私や岩堀さんが何らかの具体的な働きかけをしたわけでもないし(むしろ、こちらから売り込むと、安売りになってもしょうがないため、こちらからはアクションできない状態だった)、でも、それでいて、このアイデアは、セーラーの担当の人とTAKUYAさんとでつながり、 結果的に革巻きの万年筆ができあがった。 値段はまあまあだと思う。(私にとっては高いが汗)技術的にはぴっちり巻くのはものすごい難しいはずだ。イメージとして、ペンケースと、万年筆が一体になった感じである。 試作品は見たことあるけど、これが、ごっつくていい。個人的にはとても好きだ。 http://www.sailor.co.jp/BUNGU/vestaere/index.html いまや、チタン製のHワークスさんのができない以上、書斎館のmythと並んで、これはいい。ただ、写真があまり魅力的に見えない。実物をさわらないとわからないかも。太い葉巻みたいな感じであります。人によっては太くて書きにくいかもしれません。 vestaereってどういう意味なのか謎であります
2008.03.21
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前の日記と前後するが、昨日、例のダイアローグ2回だった。 なんと(?)誰がどう誘ったかわからないが、新たに参加した人や、2年ぶりに参加した人が半数近くいて、会場が、椅子が足りなくて外から調達してきた。 そこでの意味の流れ、というか、前回と比べて、見えたのは、比較しようもほんとはないが、前回は「一つのvanishing pointへと収束する」という感じがしたのだが、今回は、それぞれが個として際だち、ある意味、変に歩み寄ったりしないで、そのままそこで明確に存在し続けるというそんな雰囲気でした。 ダイアローグって何?ダイアローグって手法が・・・という人もいるし、意味の深みに入っていったり、添える感じで入っていく人、私はこうだ、という自分をさらけ出す人、評価する人、ひとつ一つの言葉はそれぞれがそれぞれの現れ方をしつつ、そして、混ざり合うこともなく、流れている。 今回、沈黙が許容された瞬間が結構あったな、と思う(前回もそうか?)。 何が、ということは、難しいが、自分の中に静かにそして、着実に浸透してきている。
2008.03.19
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30分前に、セッションの場所にいく。 突然、クライアントが、立って、「近藤さんのおかげでした」という。 席に座るのもそこそこで、バッグから、ペンを取り出しつつ、話しを聴く。でも、焦っているのでもなく、いい感じ。 突破した瞬間はとても気持ちが良い。そして、それが次のスタートを生む。自分としてはなんだか、いろいろ評価する自分もいるが、でも、なぜか冷静。・・・・以下100万行ほど省略。午後も、結構、自分としてはハードだった。そして、でも、なんというか、つらいとかじゃなくて、自分を見せつけられているような・・・・その直面がきつい。「私はあなた」とか昔よくやったが、結局、全部自分なんだろうとか、思う。でも、そして、この言葉というよりも、このつながりがとても奇妙な感じ。条件や、ルールや、約束を超えた、つながりの中にいるときは、とてもその人のことを尊重する。ある意味、いつも、自分自身、ぎりぎりというか、際にいるんだろう、と思う。全ての配剤としかいいようがないこのバランスの不思議さに、自分はいる。 今日は、とても長い時間が経ったような、そして、とても短いような・・・・光栄さの中にいる。ただ、光栄さの中にいる。 「近藤さんのおかげです」と言われた瞬間に、でも、そこは「あなたが創った結果だ」といいつつ、でも、そういいつつも、こうして書いている自分としては、でも、それは、自分がどうこうとか、「私」という現象がどうでもよくて、そして、なおかつ、ただ、「その人(クライアント)が、ただ、他人をすばらしく現す人だ」という現実の心地よさに、もう少し、漂っていたい感じ。 莫大なスクリプトの中に、いや、むしろ寄り添いながら、この形作る空間の心地よさと暖かさと真摯さにふれたら、もう何も要らない、というぐらいのことを言っても大げさではないだろう。
2008.03.18
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。。。。思わせぶりなタイトルですが、オスカーワイルドの作品のタイトルです(読んだことないのに何となくタイトルだけつける) さて、午前中に、セミナーの打ち合わせをして、意識の方向性を合わせる。 「何がやれる」というのは全く問題ないですが、主催側のメリットになるようにしたいなーと思いいろいろあれこれ考える。 今回は何回も話しをして、その結果「やろー」という話しになり ちょっとうれしいが、やはり、自分が何ができるか?的な話しよりも、 何を相手にメリットとして提供できる方が興味がある。 かなり話し込んだ気がするが、たかだか90分で話しをおわり、移動。 マイミクの人と会う。かなり昔から、接点はあったのだが、なかなか会えなかった方→なんかやりたいなーと思える。とにかく、ものすごく話していたので中身の細かいことはよくおぼえていませんが、まあ、話していた。最近、がーっとよくしゃべっているときがあり、どちらかというと、交流しながら会話がはずむというのも好きなのですが、相手によっては、あまりしゃべれないというか、しゃべりたくないという人もなかにはいるのですが(おいおい)、なんというか、流れにうまいことのれるひとと、そうでもないひともいる。今日は、自分が一方的に話してしまって、うーむとも思う(そーでもないか?) どっかで、無意識てきにサービスしようという気持ちが働くかもしれません。 その後夕方に、別の方とお会いする。2時間半ずっとどちらかが話している(結局話している。。。汗) 「時間短いですね」と言われて、なるほろ、と思う。 なんか、別に、用意も、準備も話してないまま、がーっと話すのも悪くはないと思う一日であった。 すごく楽しいメールがくる。ストイックな感じ。なんというか、どれだけ寄り添えているか。。。がポイントなのか。 自分の中に潜り込む時期かもしれません:明日は、久々にとある人と会う。楽しみ。
2008.03.17
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最近、やや意識的に、以前けんかした人と再度関係性を復活するということをしている。 ぼう精神世界系のOさまからの助言で、なるほどと思ったのは(以前から別の人からいわれていたので「知っては」いたのだが)、「自分にいやだと思える人といると成長できる」という」ことで、あえて、爆弾をかかえてみようと思って再度復活したりしてみているのですが、これが、意外に、何か特別なことをしなくても、「あれ?この人こういう面もあったのか?」などと気づき、じつは、いやだなと思っていたのは自分の一部だったことに気づく。 みたくなーい自分をみた思いですが。。。
2008.03.16
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と、そういえば長年の謎なのである。 プロのコンサルタントは特に、プロコンサルタントなどとは言わないでしょう。まあ、アマチュアのコンサルタントなんかいないという説もありますが・・・ しかし、私は、別に「プロのコーチです」と言わない。 単に「コーチです」と言って、まあ、通じる人はそれで通じるので 終わりだし、しかし、通じない人は、コーチとは?って話しをして(まあ、めんどくさいときは、コンサルタントとカウンセラーを足して2で割ったやつとかきわめてぶっきらぼうなこという汗) なんか、自分の偏見かもしれませんが、わざわざ「プロ」なんて言わなくてはいけないぐらいアマチャアなのかな?とも思います。斜めにみすぎ? ええ、別に、コーチといっても、自分が相手の理念に共感すれば、「こーちやるよ」ってこっちからいう場合もあるし、相手から依頼される場合もある。別にお金をもらうかもらわないかは、ある意味、関係ない。ただ、なんというか、人にもよるけど、莫大な時間のトレーニングをしないとプロになれないと思っているのも事実。それがアマチュア精神だと思うのですよ。(オリンピックというか。。。) 技術は上を見ればきりがないし、また、相手によって要求されるレベルが異なる。しかし、相手が要求していることが「わかり」、自分が提供できるレベルが「わかれば」、とりあえず、自分がそのことを受けるべきか、受けない方がいいかは、わかると思うのです。何でもできるわけじゃないし。。。。ただ、チャレンジは常にしているとは言えますが。 個人的には、私「コーチ」とは名乗ることあっても、プロコーチって個人的には、ださいなって思うのですよね。お金とれるかどうかなんて自分が決めることじゃなくて、お客さまが決めることであって、こちらの技量なんて極端なこと言えば関係ないし。。。。関係性でしかないですよね。 ほんなことをとある人から料15分間コーチングというDMをみて思うのであった。。。。それもつっこみどころ満載ですけどね。15分でなにがしかの影響を与えるのはものすごい高度な場を読む力と、相手に浸透していくスピード、そして、自分が何よりも、何でも対応できる柔軟性がないとできない。私も、以前、実験的にやったら、あるテーマでやったらたまたま17,8分で、かなり深いレベルまでいったことありますが、それは誰にでもできないと思います。たまたま、感性がいいひとだったので、こちらとの関係性で合致してできただけで(もちろん、その17分間の前に30分ほど空っぽにする作業をしましたが)、単純に、短い時間で、お試しで・・・というのは、誰のためなんだろう、と思います。 正直、落合監督に15分間コーチされるのなら、無料でも「おお」っっていうか、電車賃はらって名古屋までいく価値はあるな、とか、思うけど、力量もわからない人から、そういうDMいただいても困る。(時々、自分のトレーニングのために、敢えて、コーチされることはありますが、もし、自分が評点つけたら、むちゃくちゃ、nao92年version(コーチングに出逢う前・・・という意味で)よりもひどいなって人もいるし、ときどき。。。。こちらの体勢ができていないときに、コーチモードではなす人とか「あー、うざい」とか思ってしまう。なんというか、自然さがないのよね。 知り合いが、大学生に、「その先に何をやりたいのですか?」などと、コーチングの本に公式として書かれているようなことをきかれたら、「お前に言いたくないんだよ」ってキレたとかいう話しもききますが、そういうモードってありますよね。関係性や信頼が確立していないのにコーチもくそもないって言うか、そもそも、「相手をどうにかしてやろう」というのが見え見えだとかえってコーチング的な会話をするのが妨げになる、ことが多い。へっぽこコーチは、自分がやっていることが「できている」と信じ込むことからはじまる、と思う。 コーチが、数十年経営者をやっている人に勝てないのはそこだと思う。スキル依存型の養殖なのか、天然なのかの違いは1万倍もある。 ・・・なんか、おれ、怒ってるのかな(笑)ま、それはそれとして。 プロである以前に、生き方がコーチかよ!っていう人がいらっしゃるのも事実なようで。。。とおちをつけます。(まだ寝てなかった汗)
2008.03.15
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という実感でした。 企画書書き書き、スケジュール調整した日でした。 うむむ。 行政系の仕事のリピートの電話がはいり(多分5月)、 それ以外の件も、なんか、関わりを大事にしております。 ここ数日頻繁にコミュニケーションを取っております。 講座を考えると、あれこれつながりを微細に考えると頭がいたくなる。 場に出れば何とでもなるんですが、ある程度、先方に合わせるには 考えますね~。 ところで、最近、一時代をつくったアイドルの人が離婚しているのは なぜだろう?なんか、みんな共通しているのは、電撃結婚をして、 子どもができて、落ち着くかとおもったら、実は離婚していた・・・ というのは不思議です。 さきほど、気分転換に外に出て、本を読んでいたら、 「バケツをひっくり返したような」異常な大雨に途中であい、足止めを食ったので、あれこれと考えていたら、アポが取れる。(なんでだかな~) 企画の残りと、読み残しの本は明日に先延ばし! おやすみなさい。
2008.03.14
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が、どうも信じ込まされていたこと、というふうにも思えるようになりました。 良い悪いではなくて、相性はある。 黒という色は、他の色に染まれない。他の色が黒に染まる(絵の具の場合)黒は他の色と相性がわるい。 白は、他の色に染まれるが、ちょっとでも他の色があると、全てそれに染まる。 ちょっと極端ですが、青は、赤と染まって、紫になる。 青が紫とは比較はできないし、どっちが、より黄色か?とか、 なんちゃら分析をしたら「黒っぽい」と言ったところで何の意味もない。 ただ、青は黄色と混じると、緑になるし、組み合わせでいかようにでも 新しさがつくられる、だけ。 その微妙な、鼓動というか呼吸のように組み合わさるこの関係性を無視して絶対的に染まらない色を目指すのもいいが、自分はいくつもの色と交わって他のいろをつくりたい、と思う今日この頃。 ・・・と思うののも一つの何かであって、ただの傾向でしかないでしょうが。 孤独な探究者と、いい加減な平和主義者とどちらも自分だし、どちらかというと、平和主義者を最近目指しているが、でも、ダークサイドも捨てきれないし(笑 でも、あまり最近ダークサイドといっても通じないというか、自分がダークになってもたかだか、小悪人程度か、突撃隊員1号ぐらいの。。。汗)、何事も分裂している自分がいる。「らしい」というのは自分のことではなくて、誰かの中にあること。その微妙なずれを楽しめるのがやっぱ自分としてはいいんだろうな、と思う今日この頃。
2008.03.13
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今日はめまぐるしかった。 何というか、MTG、電話で依頼、ご連絡をいただき・・・と、 めまぐるしく、そして、深く、いろいろな方向に話が飛び、 かなりエキサイティングでした。 MTG中に、相手の人は、話しするたびに仕事の依頼が来ていて 笑っていました。「神」のように仕事が起きる(笑) 新たな自分の再構築。。。 講座みたいなMTGでした(笑) 確定申告の記入は明日に先延ばし。 すごーい、一日でした。んあんん(サザエさんのエンディング)
2008.03.12
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とりあえず完成。デザインが多少問題あるのですが、見かけはOKとします。。。。ううう。ご協力いただいたみなさまありがとうございます。http://www.be-at-work.comでございます。
2008.03.11
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昨日、とある人のオフィスに行って、いろいろな打ち合わせをしてきた(ほんとにいろいろ) オフィスに予定より1時間半も着いたら、そこでは、私以外に、いろいろな人がいて、打ち合わせらしきものが進行中。 ん?1時間もしただろうか、よくよく観察していると、2種類もの打ち合わせが同時進行中だった。マルチタスクというか。。 以前、そのオフィスに行ったときは、ブレストに誘われていったつもりが、いつまで立ってもブレストが始まらない。しかも、あれ?紹介されてくれた人、別の仕事してるじゃん!とか思っていて、まあ、でも、多少暇だったので、別に良いかとも思いつつ、なんか、目的もないままとりあえず来た感じで、きついっす。。。などと思っていた。ごちゃごちゃしているのだ。混沌とした空間なんです。しかも、事務所が5,6こ同じ部屋でルームシェアしていて、さらに一つまだ受け入れられる余裕のスペースがあいていて・・・などとなっていて、なんかよくわからんあ。。。と思っていた。 事務所は移転したのにもかかわらず、そのごちゃごちゃのit's small world風なごちゃごちゃはそのまま存在していて、ファイル棚の扉がMTG用のホワイトボードになっていて&知らぬ間に、関係ないことが書き込まれる。(笑)その新しい事務所自体も「4階(旧2階)などと、階数が変わっている。しかも、丘の上にあるからだろうか、入り口が3階になっている(以前は、2階だったところがいまは4階表示)そのそばには、ひっそり閑とした、料亭があり、鳩山さんが先日出てきたのにばったりでくわしたらしい。(昼1.5万円というのもどーかと思うが) しかし、そのごちゃごちゃ感がよいのか、いちおうまともな話しになりつつ(よくよく考えれば)、で、途中で、割込がはいり、別なMTGがはいり、そんで、その混沌とした空間が醸成される。。。笑 どう考えても、部室じゃん。うーむ、すごすぎ。 ただ、その部室MTGに関しては、なんというか、そんなに違和感がないというか、ある程度意識的に、つくられて空間であろうからだろうか?お菓子をぼりぼりたべながら、あーだ、こーだといいながら、そして、がーっとうだうだ進みながら、そして、お茶がなくなるとさっとコーヒーを用意する人がいて。。。高度にマネージされてごちゃごちゃの茶飲み話の方が、てきとーなアイデアがでるのかもしれない。 しかし、あまりいると、自分の拡散傾向が強いのでどうかとも思うのですが。。。 場が個を決定する、そんなMTGのスペースのあり方を探究しているのですが、あるいみシームレスに外の空間と内が分けられないような、そして、他の要素が入ってくるというのもいいのかもしれない、などと考えました。
2008.03.10
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貢献することを通じて、貢献されることの深さにふれる 何ができるか、ではなくて、何を止めないか、の方がじゅうような気がする。
2008.03.09
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今日、MTGで話しをしていたときに、普段は聴けないようなことを伺った。深刻に成っていたかも。。。。でも、自分を信頼して打ち明けてくれたってとても光栄であり、そして、その人に何か役に立てることできないか?と思っています。 親密さの中でしか話せないことはありますよね。
2008.03.08
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の週でした。 広島、沖縄、ロンドン、と北と南、西から来た人とお会いしておりました。なんか笑える。 さて、中断していた作業にはいろう、と思う。 今日中・・・明日には遅くとも終わらせる。 (一つ〆切が気になりつつも・・)
2008.03.07
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午前中、講座資料をまとめて、てらこさんに送付。 午後1で表参道の「世界一」のピザを食べに待ち合わせ場所に行く→ なぜか、ちょっとハイになる。時々、ふり返ってみると恥ずかしいが、自分の場合、酔っぱらってはハイにはなれなくて、「絶対酔っているだろう?」と言われるぐらいハイになれる。 そういえば、どっかで読んだことあるが、よっぱらって暴れたりするのは「酔っぱらった」ということを言い訳にして暴れているだけであって、実際にはもともとあった凶暴性が出ているに過ぎない・・・と。 さて、そこで、ピザを食べながらいろいろなことを話す。 自分自身思うのは、「自分に戻る」という感覚は最近多いなと思う。 案外、とある件で「軽く」言われて、意外に思うが、しかし、多分、共通している何か、その感覚を味わう。この感覚大事。 それから、本の打ち合わせに、出版社の方とお会いする。本は人を成長させると思う。なんというか、概要がもう見えてきて、自分にとっては もう「ここまでくれば」という段階になる。うまいこと言えないが、感覚というか、実際に書いてみると、書く前に感じていた文章と書いてからの工夫の違いがわかる。ある意味、この本は、今まで表現できていなかったことが表現できている。 岩堀さんが本に引用した人が亡くなったという話しを伺った。引用した人が死んでしまう本:Death Noteならぬ、Death Bookにならないように。。。(汗)←以前、「亡くなった人」の話しは引用したが、多分、大丈夫。(意味不明)←編集者の人が「私は、掲載しないで下さい」とギャグをかます。(編集の○山さんにはお世話になったと書いたら、消したりして、と返礼ギャグをとばす私。。。。)←しかし、そんなこと書いていたら現実になったりして(などとしゃれにならないもーそーをしてみる) 夜阿佐ヶ谷にて、あーでもないこーでもないと友人たちと議論する。 ご近所さんが統合失調症だという話になり、よくよく考えてみたら、こないだもめたとある人と異常に似ている。。。。。ありもしない現実をそう信じるようになるらしい。 しかし、リアリティーが出てきてそう信じてしまったら、現実にそれが存在すると信じてしまうというのはあり得るが、「ストーカーされているから、私は音楽をならす」などと平然と言うそうだ(家にいるときは、音楽はかけなくて、家を出ると、音楽をならすひとがいるそうです)。 「私が・・・」と言わざるを得ないときは何らかの病気になっているときではないか?と思う。かわいそうだが、そのモードを続けている人は、「終わっている」人になる。 ときどき、思うが、自分はどれだけ曲がっても、暖かいアドバイスをくれる人が多数いる。これはありがたいことだ。ほんとうに。 今回、痛い目にあったというか、怪我をした自分だったという思いがあったが、助言をいただいた方との交流で自分の忘れかけていた面を再発見したり、とてもいい時間を過ごせた。本当に感謝。 どれぐらい離れていても、どれぐらい無言でいても、話し始めると急速につながれるこの関係性には感謝せざるを得ない。自分はどうであれ、人と関わることをし続けるのだ、とつくづく思う。多分、愛してくれている人に応えるだけなのだ。
2008.03.06
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新たな関係性を構築するのには、前提が必要だったり信頼関係が必要だったりするが、自分がさまされるまま、そして、何か話せば話すほど、可能性に導かれる。そんな思いです。 コーチする、コーチされるは等価であるに違いないと思う。
2008.03.05
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こーち魂というか、触発されると突然本気になる(笑) うまいことつながれると、やっぱだれでも本気になるっすよね。 (って何のことだかわからないだろうけど) そんなこんなで久しぶりにこーち魂が触発されたという話し。
2008.03.04
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暖かいまなざしで「待たれた」子どもは、生きる力を獲得する、とはとある幼稚園の先生の言葉だが、私たちは「何もなさ」が実はとても大事だということは普段認識していない。 特別なことをしなくても、その人が愛情をもって存在することが大事だと思います。 「セブンデイズコーチング」の読者から連絡が来てそんなことを教えていただいた
2008.03.03
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で待ち合わせに5分遅れたのですが、なんと相手も携帯を 忘れていて「電話いただきました?」とのこと。 ・・・なんか笑いました。 しかし、携帯をもっていかないと落ち着かなかったり、不便だなと 思うものの時々、携帯不携帯デーとかあってもいいかなと思う。 緊急なことがあるから何とかせねば、という思いこみが実際のところ 仕事の質を下げると思います。 携帯を持っていることで失っていることとして、 ・時間を守るという習慣 ・不測の事態で、「待ち合わせに行けなかったとき」にその後関係性を修復するコミュニケーション能力 ・(時間を守るに同じとも言えますが)自分の言葉を守るというあり方 ・あらかじめ明確にしておく(多少余裕をもって計画を立てる)という習慣 ・(時には)いい意味での「いいかげんさ」←(インディアン=ネイティブアメリカンは、待ち合わせを「そもそも守らない」というのが流儀らしく、待ち合わせてその時間にこなくても「そういうもんさ」というか、「それが何か適切なことなんだろう」と思う習慣がある。これが、アラブ系に行くと、インシュラー=アラーの思し召し、というのと全く同じ習慣:もともとの習慣として、「時が満ちる」という感覚を持っていたのが、何か「時間に支配される=スピードというエクスタシー」に捉えられていることに気づいていない) 携帯があることによって、実は効率が下がったり、生産性が下がったりということはあり得ることだとおもいます。 意識的に時間をマネージするという習慣がなくなることによって、 携帯があるから、なんとかなるという気持ちになると、かえって 生産性が下がっているのでは?などと思ったりするのです。 緊急性だなんていってくることで本当に緊急性なことって滅多にないですしね。 携帯不携帯デーを本気につくろうかなとか思います。
2008.03.02
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繊細さは、静かな革命で浸透する いつのまにか、そして、力強く、内部から瓦解させるのに力強くある 何かであることと、何かでないことの中間をバランスをとりながら、その狭間を歩くことのしなやかさに魅了され続ける
2008.03.01
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