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こちらに帰ってきて思うのだが、日本は元々は農耕社会、アメリカは狩猟社会。アメリカが日本に色々と要求しているようだが、その要求は狩猟社会の要求だ。だから、農耕社会の日本には無理がある。日本は基本的に終身雇用制がいいと思う。そして、中間層の多い社会がいい。こちらはほとんど中間層というのがない。下層か、上流だ。町は荒れている。ゴミを平気で捨てる人がたくさん居る。ゴミ箱に捨てる人も居るが、少数だ。そして、町が汚い。
2008.01.27
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友達とイーストビレッジに行って、うどんを食べた。その日はとても寒くて、1時間も外を歩けない状態だった。それから、カフェに行くが、どうも席が狭くて、長いこと座っていられない。これって、わざとしているんじゃないかと思った。席が痛くて、長く座っていられないと、客はすぐに帰り、客の回転が早くなり効率が良くなる。客はロボットかと思った。お金儲け優先じゃあ、ろくな事がない。
2008.01.22
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今日も、昨日と同じように、歩いた。身体のあちこちが痛かったが、歩いた。気持ちが良かった。すっきりした。
2008.01.17
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30ストリートから、キャナルストリートまでの8アベニュウを歩いた。仕事の帰りに、40分ほどかけて。歩いて、スッキリした。今までのモヤモヤしたものがどこかに飛んでいた。目的は、おなかが出ているので、それを引っ込めるためだ。最初は腹筋を鍛えようと思い、Webで調べてみたら、腹筋を鍛える前に、脂肪を燃焼させろと書いていた。そのためには、歩くか、水泳か、自転車がいいと書いていた。後、友達の薦めもあって、歩く事にした。街は生活の匂いがしていた。歩いている途中、子供ずれのお父さんと会った。女の子はうれしいのか、両手を広げて、はしゃいでいた。お父さんは本を片手に持ちながら、子供に話しかけていた。家族の匂いがした。多分、歩く事が無かったら、こんな光景に出会う事はなかっただろう。この都会にも生活をしている人がいるのだ。あたり前と言えば当たり前だが、それを目のあたりにした夕方だった。
2008.01.16
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とにかく、東京は人が少なく、電車も空いていた。街もひと気がなかった。しかし、上野は違っていた。人がたくさんいた。どうしてか分からないが、店やレストランも開いていた。上野駅も人でごった返していた。湯島天神があるからなのか、初詣の人が凄かった。列を作っていた。多分、受験の神様だっけ。
2008.01.15
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讃岐うどんを食べたかった。店の名前とか場所を事前に調べて、その場所に行ったが、閉まっていた。元旦はほとんどの店が閉まっていた。今から思うと、開いているうどん屋で食べればよかった。失敗した。だが、ラーメンは食べた。元旦でも開いていたので助かった。店の名前は忘れたが。今までに食べた事がないような味だった。美味しかった。来た甲斐があった。そのために来たのではないが、報われた。ラーメン屋はお客の回転が早い。食べたら、長く居るお客はいないからだ。単価は安いが、流行ると意外と儲かるのかも。
2008.01.13
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渋谷に行ってみる。人がまばらで、大半の店が閉まっている。ラブ待ちで見た、洋平と直美が会った場所に行く。TVで見て知っていたが、現実に見ると、ヘンな感じがする。この場所でキスをしたのかと思う。交番前も少しイメージが違う。渋谷は若い人が多かった。
2008.01.13
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自分の生まれ故郷に帰って気がついた事だが、ほとんどの小売店が無くなっていた。近くには大型店ができて、潰れたらしい。後、みやげ物店もほとんどない状態だった。泊まり客が少なく、日帰りで帰る客が多い為だ。どこで、どうなったのか?強いものが残り、弱いものが消えていったということか。そういう社会はどこへ行くのか。
2008.01.11
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友達の店で餃子と、チャーハンをいただく。風邪薬を飲んでいるので、アルコールは控える。近所を案内してもらう。2ブロックの近さでお墓があるのには驚く。住宅も直ぐ近くにあるので、よく墓の近くに住めるものだと感心する。隙間のないマッチ箱のような町並み。これが東京なのか。NYに比べると、スケールが小さく感じる。でも、綺麗に整った感じがする。コンビ二はおそろしく便利、何でも揃っている。この便利さが羨ましい。
2008.01.10
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飛行場までは姉、兄その子供3人と一番下の子のガールフレンドの総勢6人が見送りに来てくれる。今まで、こんなに大勢の人に見送られた事がなかったので、なんだか嬉しい。何だか、偉くなったような気分。人は一人で生きているようでいて、支えられて生きているのだと実感する。3人の子供とは姉を通して血が繋がっている。何処か、顔も似ているのかもしれない。大げさかもしれないが。1時間ほどで東京に着く。電車も空いていて、気持ちがいい。友達の家に滞在させてもらう。
2008.01.07
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その朝、生まれ故郷に着く。とりあえず、姉の家に滞在。兄と一緒に、墓参り。そして自宅に行き、仏壇に手を合わせる。昼間は姉の家で残り物を食べる。風邪気味で舌が麻痺しているので味が分からない。午後、姉が仕事から帰ってきて5年ぶりに会う。年末なので、姉の子供と何10年ぶりかに会う。子供のころのイメージしかないので、大きくなった本人達を前にして戸惑う。何を言って良いのか分からない。3人とも、美女、美男で驚く。目線が合うのが恥かしい。まぶしい感じがする。その夜はアンコウ鍋とお刺身を食べる。でも、風邪気味で味が良くわからない。5年ぶりにお風呂に入る。NYではシャワーのみだったので、嬉しい。身体が温まる。昼間、時折、外に出て、風景を見る。目に焼き付けて置きたかった。次の日、お土産を買って、午後東京行きの飛行機に乗る。短い2日間の故郷でした。
2008.01.07
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日本に着くまで14時間とプラス2時間、待ち時間を入れると18時間、JRに乗り遅れてカプセルホテルで一泊、もう日本に帰りたくないと思いながら、天王寺から2時間の特急に乗った。列車の窓から外の風景を見ているうちに、その風景に釘ずけになった。なぜか懐かしい風景。帰ってきて良かったと思った。どうしてこんなにも懐かしいのだろう。この5年ぶりの風景。やはり、生まれ故郷は良いと納得した。風景のリズムが心地よい。風に揺れる山の枝、海の白波が僕の心に響く。後で気が付いたが、たまに壁に落書きされているが、NYで見かける落書きにそっくりなので驚く、不思議な感じがする。真似をしたのかな?どうして、年末年始に人は生まれ故郷に帰るのか分かるような気がした。たんなる習慣だけでない。意味があるように感じる。今は形だけが残り、本当の意味がなくなったように思うが。皆さん、生まれ故郷に帰ろう年末は。
2008.01.07
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それから、ホテルを出て、JRで切符を買う。出発の時間まで、1時間ほどあるので、朝飯の場所を探す、ホテルを出る時に。受付の人から、近くに朝食を取れる食堂を勧められていたので、そこに行ってみる。入り口のところに、食券の自販機ががあり、そこで買ってポーク生姜焼きを注文する。席は一人掛けが一列に並んでいて、他の客と向かい合わせになることがない。ウエイトレスが一人、料理をする人が一人で二人でやっているらしい。生姜焼き、ご飯、冷奴、味噌汁で680円だ。味は美味しかった。漬物もセルフで自由に取れるようになっている。味はあまり期待していなかったので、その美味しさに驚く。朝から、生姜焼きと思うかもしれないが、前の日はほとんど、機内食しか食べていないので、おなかを膨らませたかった。大満足の朝でした。
2008.01.07
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日本に帰った時、JFKから成田まで14時間、成田から伊丹まで2時間かかった。そこからJRに乗り継ぎたかったが、見事に乗り遅れて、大阪の天王寺でカプセルホテルに泊まった。カプセルホテルの値段は一泊3500円、安いのか高いのか分からない。日本の相場が分からないからだ。とにかく、長旅で疲れていたので、カプセルで寝ようとするのだが、まったく眠れない。14時間の時差のせいだ。でも、休まなきゃと思い、無理やり横になっていた。でも、頭はさえていた。初めてのカプセルホテルだが、結構、外をスリッパで歩く人が多いのでうるさい。なかなか、落ち着いて休めない。夜、遅く黒人の声で、英語が聞えてくる。どうも、カプセルに泊まるらしい。泊まるのは日本人だけではないらしい。その内、声も聞えなくなって、ウトウトしていると朝の5時ぐらいだ。それでも廊下を歩く人の足音がする。6時半頃になって、外に出てみる。と、中年のおじさんが椅子に座っている。そこを通り過ぎて、エレベーターで上の階に行き、自動販売機でお茶を買い、喉を潤す。TVをつけて、日本の番組を見る。その内、先のおじさんが上に上がってきて、ボンヤリと一緒にTVを見る。TVの音聞えますかと尋ねると、あんまり気を使わんで良いでという返事。何かに思い悩んでいる様子。30日の年末の朝。それから、二人の年配のおじさんも加わるが、会話はなし。その、二人もなぜか元気がない。日本の状況は分からないが、やはり仕事で悩んでいるのかなと思う。駅の窓口で働いている人も若い人が多い。若い人が元気があるようだが、年配のおじさん達はなぜかしょぼくれている。日本は年配の人たちが、どんどん首にされて、若い人が採用されていると聞く。その現状を少し見たような気がした。
2008.01.07
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年末から年始にかけて休みが取れたので、日本に帰った。実際に滞在したのは3日間だった。年末の東京は人が少なかった。電車に乗っても空いていた。街も人通りが少なく、東京は人が少ないのかなと思った。うどんを食べたいと思ったが、お目当ての店は閉まっていた。結局、食べられなかった。あと、街にごみ箱がないのが不思議だった。ごみを捨てたくとも捨てられないのだ。ポケットにはゴミだけが貯まっていた。
2008.01.06
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