<12>よりつづく
「私が愛した本」
OSHO <13>
この本のなかでOshoは鈴木大拙について、何箇所かで触れている。
これから私が話す人は光明を得た人として認められていない。彼を認める人がいなかったからだ。光明を得ている者だけがほかの者を認知することができる。その人の名は鈴木大拙(貞太郎)だ。瞑想と禅を普及させるために、この人が現代世界で誰よりも多くの仕事をした。鈴木大拙は生涯をかけて禅の最奥の核を西欧世界に紹介する仕事をした。 p46
鈴木大拙の『禅と日本文化』が私の5番目の本だ。この人は、誰も凌駕できないほどに、人類に対して大きな貢献をした。彼の仕事は絶大だ。全世界が彼のお陰をこうむり、また将来もそうだろう。鈴木というのは誰もが知っている名前であるべきだ。だがそうなっていない・・・・・。私はそうなるべきだと言っている。気付いているのはほんのわずかの人々だ。そして自分が気付いていることを遠く広くひろめるのは、知っている人たちの責任だ。
p47
マルチン・ブーバーの
『ハシディズムの話』
や『我と汝』との比較では・・・
鈴木大拙が禅に対して行ったことを、ブーバーはハシディズムに対して行った。ふたりとも道を求める者のために途方もない貢献をした。鈴木は光明を得たが、残念ながらブーバーは得ることができなかった。
p164
鈴木は光明を得ている、が、ブーバーはそうではない。だが鈴木は偉大な書き手ではないが、ブーバーはそうだ。鈴木は普通の書き手だ。ブーバーは書く技術に関するかぎり、実に高く聳えている。しかし鈴木は知っているが、ブーバーは知らない。彼はただ、自分がその中で育てられた伝統を語っているにすぎない・・・・・もちろん、その語り方はいかにも信頼すべきものだが。
p165
あるいは、
ポール・レップスの『禅肉、禅骨』
との比較では、こう述べている。
彼は禅の花を英語にもたらした。この花は禅に関する他のどの英語の著述家の中にも見当たらない。鈴木大拙でされそれはできなかった。それは彼が日本人だったからだ。光明を得ていながらも、彼は自分の光明の香りをその英文著作に持ち込むことはできなかった。鈴木の英語は美しいが、まったく光がない。多分電気は入っているだろうが、明かりはまったくついていない。
p223
そして クリスマス・ハンフリーズの『禅仏教』 については・・・
このハンフリーズという男は、鈴木大拙の弟子だった。そして彼は、師に対して、特に西洋では、他の誰もしたことがないほどに尽くした。彼は一生、鈴木に帰依していた。
p224
ハンフリーズは本当の弟子であることを証明した。彼は、鈴木がその生涯を閉じるまで、そして自分自身の最後まで、鈴木に対して真実であり、忠実であり、従順であり続けた。彼は一瞬たりとも動揺しなかった。彼の本の中に、その揺らぐことのない精神を見ることができる。
p225
ところで、今回、「私の愛した本」を読んでいたら、こんなところがあった。
私は人から借りた本を読むのは、どうしてもいやだった。実際、私は図書館の本を借りるのもいやだ。図書館の本とは売春婦のようなものだ。私は他人がつけた印とかアンダーラインを見るのはいやだ。私はいつでも新鮮さを愛する。処女雪のような新鮮さを。
p32
たしかにその気持ちは分からないわけではないが、図書館がなければ、私は読書生活を続けることはできない。もっとも、他人がつけた印やアンダーラインは、好きでもないし、それほど乱雑に扱われている図書館本はほとんど皆無だ。(ごくごく数冊はそうだったが・・・・・)
<14>につづく
究極の旅 <1> 2008.04.29
一休道歌 <5> 2008.04.29
OSHO ZEN TAROT <2> 2008.04.27
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