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2005年10月05日
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 今日は朝から雨が降り続いていますね。

 急に寒くなったみたいで、なんと朝、マフラーを巻いて歩いている人を発見。

 髪は茶髪、コートの襟をたて、めがねをかけてニッコリ微笑んでいる。

 ???

 いくらなんでも、もう古いだろう。その格好は…。

 しかも、顔はペ・ヨン様ではなく、林家ペー様だし。

 誰も、彼と目を合わさないように行き過ぎてゆく姿が印象的でした。




 それはともかく、先日やっと、司馬遼太郎の「この国のかたち」全6冊を読み終わりました。

 仕事の合間に日記を書いているので、以前のようなハイペースで読めないのですが。

 読了を記念し、今日はそのネタでお送りしようと思います。

「この国のかたち」については、今までも、「上司の魅力とテゲの関係」や「戦争について考える」などいくつかブログで紹介させていただきましたね。

 司馬氏の歴史小説の魅力のエッセンスをわかりやすく解説してくれている本です。

 それで今回、私が目に止まった箇所は、吉田松陰について書かれている第五巻。

 司馬氏の作品でいったら、『世に棲む日日』がそれにあたるでしょうか。

 吉田松陰は、皆さんご存知の通り、萩の私塾である松下村塾の先生。

 しかし実際、そこで教えたのはわずか3年足らず。

  以前私は山口県の萩市へ行って、松下村塾の建物を見たことがあります。史上、これほど有名な私塾はないと思うのですが、あまりにも簡素。

 確か、八畳二間と三畳間だけの小屋だったと記憶しています。



 お暇なときにご覧ください。あまりの素朴さに驚きますよ。

 そんな普通の寺子屋みたいなところから、高杉晋作、久坂玄瑞、前原一誠、伊藤博文、山県有朋、品川弥二郎といった長州革命派の名だたる人材を輩出した。

 こんなことを言うと怒られるかもしれませんが、場所は萩という地方都市、しかも施設は普通の小屋。

 一見、どこにでもある寺子屋のような風情。

 どこが違っていたのかというと、やはり先生である吉田松陰の人格によるもの以外考えられないでしょう。



 子供というのは、お兄ちゃんぐらいの年齢の先生が好きですよね。しかも松陰は長州藩きっての大秀才。

 松陰は、子供たちにとって明るいお兄ちゃんのような立場だったと司馬氏は書いています。

 松陰の人間的魅力と指導方針が多感な子供たちにプラスに作用し、優れた人材に育っていったらしい。

 武士の子供に対しても、魚屋の子供に対しても、同じ態度で接する。そして誰に対してもおそろしいばかりに優しい。

 それに師匠面をしない先生だったといいます。

 司馬氏も書いていますが、それ以上に松陰の指導法の特徴が、人材を大きく育てた一番の要因だったのは間違いないですね。

 それは何か。

 それは、子供たちをほめること。

 私の日記でもさんざん取り上げてきましたから、何だまたかよ、しつこいなと思われるかもしれません。

 しかし司馬氏も、田舎の小僧たちが、天下を背負って立つような人材に育った要因と認めているのです。

 司馬氏の本によると、そのほめ方は尋常ではなかったとか。

 たとえば久坂玄瑞。

 もともと優秀な子供だったらしいのですが、それにしても、「久坂玄瑞は、防長年少第一流の人物にして、もとより天下の英才なり」とほめる。(防長というのは、今の山口県のことです)

 その後、本当にそうなっていくのですが、当時は無名の年少者。

 その子供を、古典の中の大人物のように評価する。

 自分の尊敬する先生に、そうまで言われれば、よしやってやろうという気分になりますよね。

 松陰は、自分の生徒たちの長所をじつに的確に引き出してきて、それを天下一とか、防長一といって、途方もなく拡大して感奮させるところがあったらしい。

 ただ後に初代の総理大臣になった伊藤博文は、当時松陰でもほめるところが見つからなかったそうです。

 当時学問が不得意だったのですね。

 それでも松陰は、斡旋の才能があるとほめています。斡旋とは、人と人、国と国の間を取り持つことでしょうか。

 確かにその後、伊藤博文は、維新前は他の藩と、維新後は他の国との間を取り持つ仕事で才能を発揮します。

 以前の私の日記、「やる気にさせるほめ方の秘訣」で、次のことを書きましたっけ。

『第一に、ほめる人が、ほめられる人の長所を発見し、「こころからほめよう」と決心すること。人には皆、どこかにいい点、ほめられてしかるべき点があると思うんですよ。そこを感謝の気持ちでほめる。別に難しいことではなく、自分がいいなって思ったことを口に出すだけでいいのではないでしょうか』

 そんな簡単で、一見、誰にでもできるようなことから、幾多の有為の人材を作ることができる要因となった。

 萩という地方都市の郊外の小さな私塾から、第一級の人物が次々と排出されたのは当然のような気がします。

 だって、生徒たちは、誰もが長州藩始まって以来の大秀才と言われるお兄ちゃんから、天下一だの、防長一だのとほめられるんですから。

 やっぱりやる気が出ますよね。





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最終更新日  2005年10月05日 13時10分50秒
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