《★ETERNAL-MOMENT★2020》 ☆.準備中。.:*・
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何度も何度も、去年一年の奇蹟を、僕は自分自身に、そして《★Eternal★》から、メッセージを通して、現実を通して、忘れてはならないと…繰り返しながらの年始だった。そしてこの日記こそ、記録として残して置くべき、もう大切な執筆の核にもなっている事を感じる…。《★Eternal★》に質問された。~桜観…とても当たり前の質問をするよ。 今改めて、自分がこうして、 到底、人が簡単に成せない交導文を、 綴っている真実をどう思う………。 決して宗の内側に真徳の光を明けている筈もない桜観が、 見事に今は私のメッセージをそのまま書き取り、 想像を越える集中力にも、訓練の中で明けを見せ、 長い時間すら書き取れるようになった………。 まず、その事から、 今はもう桜観と言う命の一部でもあるが、 世の中にとって、 信じられない真実である事を、 常に心に置いたままでここからの日々を生きて行きなさい。 不思議じゃないかい?~聞くまでもなく、僕は今だにこうして交導を綴れる自分を思う時、自分こそが不思議で仕方ない。その感覚の中の新鮮な明けを、《★Eternal★》こそ慎重に僕の体験の中で育んで戴いたんだと思う。芸術劇場は、実は修道の前からの不思議の中で、住まいを失い、彷徨っていた場所でもある。そして、この芸術劇場での舞台が、僕にとってある意味最後の唄った場所だった。ひとつの作品での出演を果たし、僕は、借金に負われたまま、住まいすら失った。そこには、覚悟があった。もう二度とステージになど立たない。二度と唄わない。母への感謝と謝罪の為だけに、残りの人生を生き、そして、たった一人実家でひっそりと、お世話になった人々への返済も続けながら、そして…命を終えて行こう。その決心は本物であり、固かった事は自分自身がいちばん知っている。《死》が恋しかった。何かのタイミングで自分が死ねるなら、早く終えたかった。大切な人もみんな失った。大切な人の心も、負債の壁が立ちはだかった時、見事にいっぺんに遠のいて行った…。それを当たり前だと感じていた。だから、決心が出来た。実家に帰ろうと…。あの修道を迎える年末まで、僕は階段や、ファーストフードで仮眠を取りながら、慣れないホストクラブで十も年下の子達に、鼻で使われる身の中で、過去が何にも意味を成さない今を実感していた。この頃も塩ちゃんと大樹が何度も心によぎっていた。助けを乞うつもりは微塵もなかった。ただ…逢わせる顔がなくて、その事が哀しかった。自分に対してもむしろ厳しく、いつも《なんてきちんとしているんだろう》と感じ続けていた大樹には、余計合わす顔がなかった。でもいつも思い出していた。《★Eternal★》の《お化け!?》としてのメッセージや不思議が始まっていた最初の頃…。僕は劇場の外で父の姿を見た。~神様になるのかい…?良かったね………~はっきりとカラーで父の姿を僕は見た。そう…修道が、生きる事が謝罪であったなら、生きて来た価値を全て失った頃だった。そんな中でお化けの声であっても何であってもいい、霊能者としてでもマスコミに取り上げられて、それが返済に繋がるのなら、それでもいいのに………。僕は心の何処かでそう願っていた。まさか数ヶ月後に《修道》と云う現実が訪れるとは、とても予想出来る事じゃなかった。こう言う事は⇒こうである。そんな言葉としての据えや説法を《★Eternal★》は徹底して避けられ、何が怖い現実を創りだすのか、霊とは何なのか…どれ程危険なのか…。全て、ひとつの箱に収まり切れない位恐ろしい体験も真実で重ねる事の中から、僕は、心にしっかりと多くの事を落として行った………。いつの日からか、《霊》と云う世の中が創りだした《悪》の意を多く占める言葉を、使ってはならないと僕は言われるようになった。世の中で言う《心霊現象》と云う言葉を意を持って用いる事があっても、守護の明けを成して一緒に生きる刻意にある《神光》を、決して《霊》と呼んではいけないと…。ただその言葉を用いる事で世の中にとって解り易く伝わると、知って愛として用いるなら、それは明けに成せると…。僕は去年、そんなサイトと出逢い、今少しずつ交流を深めている…。生前の名前の意を、この時代に明けの愛として成して行く流れを、まさに《輪廻》と呼び、そしてその神を《徳神》と呼ぶ事を僕は《★Eternal★》に交導を通して伝えられた。心では、だからいつもそう言葉にしながら、一緒に生きている。その中でこそ、生きてこその至福の大きさを届けて貰っている。触れる事が出来る。語る事が出来る。抱きしめてあげられる…。この芸術劇場の前で、《★Eternal★》が、~私は神だ………~と言ってみなさい。とおっしゃった。のちに僕は上野公園でも体験する事になるが、鳩が突然餌も持たない僕の回りに集まって来た………。その時…なんとなく死が近付いてる気がして仕方がなかった事も覚えている。そして…あの修道の幕開けから五年。正直に僕は、決して守られていたと言う言葉とは重ならない。愛を芯にして、常に精神状態の限界の中で、僕は《★Eternal★》と、自分の罪への憎しみと、お金…絶望と、命と、そして…愛したい気持ちと戦い続けていた。鳩になりたかった…。何も考えずに空を舞う鳩になりたかった…。生きて今、大樹やみんなに愛されている今を…。本当に信じられない…。その感謝には、僕がアーティストとして明けをするしかない。そしてみんなを導いてあげたい。一日百年を届け続けて行きたい。僧侶でも、霊能者でも、宗教の囲いにも居ない僕だからこそ、こんなにちっぽけな僕だからこそ、証しになりたい。《貴方の今は凄いんだ》って届けて行きたい。寛ちゃん先生がして下さっている徳資の愛の大きさを思う時、僕は年末、空港で涙が止まらなくなってしまった。本当に感謝でいっぱいになった。そこに大樹やみんなの愛もひとつになって、寛ちゃん先生が存在しているからこそ、僕は感謝で…涙が止まらなかった。幸せにしてあげたい。みんなを幸せにしてあげたい。絶対負けられない…。僕はそう感じながら、新しい年をさり気なく、でもとても深い想いであの場所で迎えた。そしてこの日、龍大と再会した時、輪廻と云う真実をはっきりと現実に僕は体験していた…。
2004/01/02