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陸前高田復興支援イベント「TAKATA-FESTA」公式テーマソング《つむぎ》が、2016年5月14日より同イベント等で発売開始されました。協力アーティスト24名オリジナルスタイル《桜観も参加させて戴いてます》。ヒロッキー、そして山本さと子ちゃんも歌唱アーティストとして参加しています。陸前高田市立第一中学校生徒会による、混声三部合唱等が収録された全3曲のMaxi Signleです。「TAKATA-FESTA 2016」より先行発売となり、順次通販もご利用頂けるようになります。また売上の50%が同イベント運営を通し、被災地へチャリティーとして寄付されます。売上の50%が同イベント運営を通し、被災地へチャリティーとして寄付されます。楽譜も無料でダウンロードできますので、是非ご利用ください。【お問合せ・ご注文】 takatafesta2014@gmail.com 【楽譜無料ダウンロード】 ←クリック【TAKATA-FESTA Official Site】 ←クリック【Project Official Site】←クリックこの歌を多くの人に知って貰い、少しでも東日本大震災被災地復興の光になることを祈って、桜観座でも、大切に歌って行こうと思っています。温かい壮大な歌ですよ。一年間メインパーソナリティとしてオンエアさせて戴いた、スカイビーロード制作のFMラジオの、ディレクターでもあった進音君のプロデュースです。良くここまで辿りつけましたねほんとに御苦労さまでした。また色んなバージョンをアップして行きますね!皆さんも是非覚えて下さい。 ☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.☆.。.:*・°
2016/06/10

2016年6月1日。中野サンプラザ。この日は振付を担当させて戴いた僕にとっても、またひとつ人生の宝物が心に刻まれた一日になりました。この日のリンダさんの密着取材をした、《ノンストップ》の動画をアップしましたので、見逃した方是非観て下さいね40周年の全国ツアー、45周年記念コンサート、そしてこの50周年記念コンサート。まさかまた僕がこの年も振付を担当させて貰えることになるなんて、本当に有り難くて、それだけでも胸がいっぱいの中のリハーサルスタートでしたが、改めて、山本リンダさんと言うベテランのアーティストの方の、優しさ、温かさと共に、更に進化し続けるエンタティナーの姿を観せて戴いた気がします。普段は、僕がこんな言葉にしたら失礼かも知れませんが、ほんとにチャーミングで、可愛らしい女性なんですでもステージに立つと、めちゃくちゃかっこいい!!最高のステージでした。そしてスタッフは、40周年ツアーで初めて御縁を戴いた、ユニゾンさん。そうなんです。演出は、去年あの舞台のスタッフを引き受けて下さった、ユニゾンの森田社長でした。しかも制作プロデューサーは、歌手ではなく、もうひとりのプロデューサーとしてのヒロッキーです。山本リンダさんの振付…ヒロッキーが僕に届けてくれた、人生の扉です。バックアップダンサー用の振付はまさに、あの時付けた振付のままです。なんだか、その振付を生のオーケストラで、こんなだいそれたステージの中で、二人が必死に踊ってくれてる姿に、深い感謝も重なって、色んな想いがいっぺんに涙で吹き出てしまいました。今年年頭から、心の中に色んな想いを抱えながら、前へ前へと走って来た僕にとって、この時は、とてつもない力を届けて貰えた気がします。リンダさん本当にお疲れ様でした。森田さんありがとうございました。そして、プロデューサーのヒロッキー感謝!!有難うございました年末に向けて、超パワーで再出発です☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.☆.。.:*・°
2016/06/01

イルカが大好きで、一緒に島で生きて行きたいと言ってた塩ちゃんのイルカとの写真、きっと今は傍で、《しゅんさ~ん頑張りや》って、ちょっとヒヤヒヤしながら、見守ってくれてるんだろうなあこのタイミングでJACの時代のお友達、プログで発見!!MAX真吉さんこの人のスタントの動画が、超かっこいい!!塩ちゃん今も生きてたらきっと、僕に紹介したかった一人なんだろうなあ。なんだか、導きを感じました。是非いつか会いたい塩谷将吾でググると、今は画像に僕の写真、桜観座メンバーまで出て来ます。嬉しいですね。そして、今は先日亡くなった、教え子の和田光司。震災で亡くなったたっつも。みんな今天国で友達になってくれたかな。まだ俺はそっちに行かないよ(笑)頼むから、応援してね(笑)この二日はずっと塩ちゃんを感じた時間でした。生きてこそ。何より今こうして元気に日々を走る自分を頑張ることが、何より三人への僕が出来る追悼の核だなって改めて想います。塩ちゃんいつもありがとう☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.☆.。.:*・°
2016/05/05

塩谷床吾写真左のでっかいのが塩ちゃんです。電脳警察サイバーコップ(1988 - 1989年、日本テレビ)北条明 / マーズビット(声・スーツアクター) 役2002年5月5日天国に塩ちゃんが旅立ってから13年。形見分けを、本当の意味での心の親友の方に、このブログを通して連絡を下さって、して貰えて、だからこそ、何故だろう13年と言う月日を、そんなに長く感じないんですよね…。マネージャーの緋呂子さんが、先生のブログで読まれてる記事のトップに過去の塩谷さんの日記が、今掲載されてますよ。と教えて下さって、塩ちゃんしっかり、僕にPRしてるなあ(笑)って、嬉しかったです。夢の中で命日の朝出てきた塩ちゃんは、明日にも会えそうな気持ちで僕を起こしてくれました。僕は一日も塩ちゃんを感じなかった日なんか、ありません。いつも色んな瞬間に彼を感じてここまで来ました。沢山の友達に囲まれていた彼でしたが、でも、自信があるんです。形見分けをして下さった方とおなじように、本当の意味で、本音を話してくれて、弱いとこを沢山見せてくれて、心から必要としてくれてた。僕に空白の時間がなかったら、きっと、兄弟みたいに、もっともっと本物の価値ある時間を重ねられた塩ちゃんだったって。大事に仕舞っていた彼の形見の改造時計戴いた時にはまだ動いていたんですが、さすがにもう止まってました。これ、動かせるかな~。電池交換出来るかなあ。なんか今年の命日からは、いつもとはちょっと違ってて、塩ちゃんをとても感じて過ごしています。きっと応援してくれてるんだね。今年の舞台。一緒に立たなきゃね。塩ちゃん、今年は更に一緒にまた頑張ろう!!いつもありがとう!!☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.☆.。.:*・°
2015/05/05

今日も、あの日33歳で旅立った、たっつ。小野龍大君への追悼を込めて、生きる事、命への感謝を噛み締めた一日でした。今年、あの★School of Life★~真実の奇蹟~を、新しい脚本とキャストで、なんか上演したいと、本気で思っています。いよいよ、その準備が始まっていきます。ゴールがどうなるかより、信念を道に出来る限り重ねて行く事。それを僕は今年の使命だと思っています。皆さん応援して下さいね。願いと追悼を込めて、今年もこの歌を、あの舞台のシーンを織り交ぜながら、新しく創りました。たっつ!聞いてね。☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.☆.。.:*・°
2015/03/11

今日は千葉魂3《3月14日~15日》にゲスト出演する平嶋夏海ちゃんと、歌唱曲の指導で久しぶりの再会でしたすっかり女優さんぽくなったなぁ…と言う印象と、厳しい歌のレッスンに、きちんと真剣に向き合う姿に、嬉しくなりました。今回のナンバーでも、なんとか、頑張り屋のなっちゃんに、魔法を掛けられないものかと、僕も真剣そのものでしたが、難しいナンバーなのに、なっちゃんは、僕の投げる魔法の種を、気付いたら、すっとキャッチしてくれてました。女優としてのなっちゃんが歌う歌。ファンの皆さん是非楽しみにしてて下さい。過去の二回の指導の流れでは重ねられなかった、心を一番にして届ける歌。なっちゃんならきっと、新しい光をステージから届けてくれると思います。舞台の話しなども聞く中で、なっちゃんの口から、幸太郎の名前が出たのは、凄く嬉しかったです。幸太郎は今回は出演しませんが、桜観座の猛特訓を受けて成長しています。大きくなったからなぁ。声も変わったしいつか会ったら、なっちゃんもシンディも驚くだろうなぁ…。4月の舞台は是非観に行きたいと思っています。千葉魂3のチケット、まだ押さえていないファンの皆さん、予約は急いで下さいね☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.☆.。.:*・°
2015/02/25

2014年2月5日(水)3rd Single「メガラバ」リリース決定!3rd Single「メガラバ」が2月5日(水)にリリース!この曲はフジテレビ系アニメ「トリコ」のエンディング主題歌に決定しています歌に映画にと爆進中のルリカちゃん。皆さん応援して下さいね☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*今日は、今年初のトレーニングで、この新曲発表会も踏まえてのレッスンでした。メガラバのフレーズが今だに耳から離れませんが、アニメ主題歌。集中力が全く切れない彼女のトレーニング時間は、二時間なんてあっと言う間です。実力派アイドルにふさわしい歌唱力は、しっかり土台にあってのレッスンですが、何かを掴みとろうとする妥協のない向き合い方は、いつも、感心させられます。千葉魂でなっちゃんのマネージャーさんとして出逢った○○さんの隣りに、ルリカちゃんが居る必然は、別の意味で、千葉魂2特別のゲストの三人の振り付けや歌のレッスンも、頑張るぞ~と、心で気合いが入ったとこでした。ルリカちゃん、寒さはこれからです。新曲キャンペーン!喉に気をつけながら、頑張ってね大成功祈ってます☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.☆.。.:*・°
2014/01/15

ほんとなんだ~\(◎o◎)/!これが僕自身としての実感でした。昨日はあんなに、三人がひとつのCDに合体して…なんて、書いていたものの、こうして現実に、平尾先生の名前まで重なって、ひとつの歌が…。あの寛ちゃん先生とも初めて出逢った、5月10日。あの時にもう、このビジョンは出来てたんですね。きっと…。あの日も一恋橋の橋の上に、平尾先生まで一緒に立ってたんですね…。今日意図しないタイミングで、友人から桜の樹の写真が送られて来ました。これは京都御所の北西にある近衛邸跡に咲く桜だそうです。こんな風に桜の花が咲いてて、その下に橋が掛かってて、いつかヒロッキーと京都あたりに、心の一恋橋を探しに行きたいなぁ~なんて思ってしまいました。今日は、ちょ~久しぶりに、純烈の翔太がレッスンに来ました。またまたいい男になってましたよっ。肌が荒れてて(笑)一恋橋を一緒に聞いて、一緒に歌いました。ヒロッキーもうすぐだね。貴方のこの記念日は、大切な人達みんなの始刻の桜が咲く日でもあります。みんなで、その橋を渡る日です。ほんとにおめでとう。気負いせず、貴方らしく、堂々と渡って下さい。そして、田川裕之の人生を重ねた歌を、またここから、歌い続けて行って下さい。貴方が居たから届いた人生の宝物を、またひとつ、心からありがとう。☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.☆.。.:*・°
2013/06/27

やった~ヒロッキーおめでとうやっと言える新曲のタイトルは、 一恋橋(いちれんばし)《作品紹介コメント》1999年「浪速慕情」以来のシングルを、恩師・平尾昌晃の作品でリリース。「アメリカ橋」を連想させるキャッチーなメロディーに、和風のテイストを加味した、平尾昌晃独特の旋律による作品。 そうなんです。あの日本を代表する作曲家、平尾昌晃先生の作曲、プロデュース作品ですそして、カップリング曲は、ずっとずっと僕も、今心の支え、博多の尊敬する心の父でもある、吉咲緋春先生。↑山田寛一先生作曲の、CW/姉羽鶴(あねはづる)一恋橋とは全く違った、壮大な空のエネルギーを感じる素晴らしい楽曲です。作詞の羽鳥先生もずっと、病床の身でありながら、ヒロッキーの歌を応援し続けてくれた先生です。ヒロッキーの待望の新曲に向けての道は、沢山の方々の想いがひとつひとつ重なり、ひとつの始刻のゴールを迎えました。その道にずっと傍に居させて貰えた僕は、この時の感動も感謝も、言葉にはとても出来ません。一枚のCD、この新曲には、ヒロッキーこそを核にして、人生も、命も、絆も、そして奇蹟も重なっていました。今も僕でさえ、この真実が、幻に感じる位、レコーディングで、一恋橋の、オケを聞かせて戴いただけなのに、その現実に、涙が吹き出た位の、人生の中に起きる、予測出来ない有難い真実に、身体が震えました。平尾先生に、新曲として書き下ろして戴く事…。僕がこうして文章にする事が失礼だったらごめんなさい。歌手として頑張ってる方々、ヒット曲を命がけで、目指す皆さんにとって、本当に、すぐ実現出来るような現実ではないんです。その価値の大きさを、ヒロッキーこそは、しっかりと心で受け止め、ひとつひとつ重なる現実…発売までの道の中で、《今は涙を流す時じゃない》と、どれだけ飲み込んでるか。それなのに、オケ録りで音を聞いて、吹き出してしまった情けない僕がいますが、ヒロッキーは何も言わず、心で会話したように、僕を見つめてくれました。そのあとは、とにかく目を合わせないようにしてました…。だって、どれだけヒロッキーが心に新曲発売を秘めて、頑張って来たか…。おめでとうをいくら言っても足りません。足りないです。本当のおめでとうは、まだ先にあるものだと解ってますが、でも、じゃあ今僕だけは、百万回でも、心でおめでとうを言いたいんです。良かったね、頑張ったねって…。この新曲発売の流れの最初の橋に立って下さってた、ヒロッキーの恩師である山田先生。その想いの深さ、大きさこそが、次々に、新しい現実をも重ねて行ったと思います。7月3日㈬日本クラウンより全国発売!!!!!発売前の昨日、2日日曜日。なんとアマゾンの演歌部門ランキングで、予約だけで、55位と言う記録を残している一恋橋。そこに、ヒロッキーとは、縁をずっと重ねて下さってた、平尾先生、恩師で家族のような絆を僕も一緒に続けさせて戴いている、山田先生。ずっとヒロッキーを応援して下さってた羽鳥先生がひとつのCDに名を連ねています…。そして、僕とヒロッキーが、命の友である事も、振り付け師として御挨拶をさせて戴いてても、僕の名前と一致されてなかった平尾先生が、新曲として選んで下さった詞が、桜観の詞になる事を、誰が予測出来たでしょう…。この詞は10年前に、ヒロッキーにいつか、何か感謝として残せるものとして、小さな願いで綴った詞でした。ヒロッキーが大好きなひばりさんが、美しい川に架かった小さな可愛い橋の上に、着物を着て、日傘をさされて立っていらっしゃる姿が突然浮かび、まず、すぐに一恋橋(いちれんばし)と言うタイトルが浮かびました。そのあと、一気に綴った詞でした。書き終わったあと、僕は、ヒロッキーのステージで歌う曲で、何度も本人にも言葉にする位好きだった、平尾先生の曲、山川豊さんの《アメリカ橋》を思い出し、読み返しながら、まさかだけど、平尾先生がこの詞に曲を付けて下さるような奇蹟なんて、起きたら…いいなぁ…。ほんとにそう思っていたんです。詞を書くきっかけになった、ひばりさんも、どれだけ喜んで下さるか…。ヒロッキーは、《もちろんだよ…そうなったら、そうなったら…。》でも、心にその想いは仕舞って、お守りのように、ずっと…ずっと大事に、この詞を持ち歩いてくれてたんです。この10年何度もヒロッキーは、仕事で、平尾先生に会っています。でも、出せなかったんだと思う。先生に見せられなかったんだと思う…だって、僕の、ヒロッキーへの想いも、この詞の奥の方に仕舞っていた、夢…願いも…、その時に、すぐにも数分で終わってしまったかも知れないから…。目を通して貰うだけでも有難いと、感謝で終わる確率の方が、99.999999999パーセントだと言う事は僕だって当たり前に解ります。だから書けた事を僕は、大きな価値にしていました。ヒロッキーがどんな想いで、書き下ろしの可能性の中で、沢山の作詞家の方の詞に目を通してらっしゃる先生に、これはどうですかと差し出したか。たまりませんずっと僕の想いを大事にしてくれてたヒロッキーが、ずっと、言葉にはせず、この詞を守る気持ちで大事に、仕舞ってくれてたこの詞を、どんな思いで、覚悟で、一瞬のタイミングに取り出してくれたか…。神様っていると思う。ひばりさんかも知れない…。平尾先生が…桜観さんの詞に…!?ヒロッキーから最初に聞いた時、耳を疑いました。実際に出来上がるまで、レコーディングまでは、とてもとても信じられる現実ではなかったんです。ヒロッキーもそうだったと思います。でも、現実でした。平尾先生もスタッフも、僕の吹き出る涙に驚かれたと思います。だって、命の友のヒロッキーの待望の、新曲が、僕の詞で、平尾昌晃先生ですよ!?10年の月日を経て、奇蹟は現実になった…。本物だった…。今だってまだ何処かで信じられない気持ちです。僕の書いた荒削りな詞に、補詞として、平尾先生とタッグを組んでらっしゃる明日香先生が、温かい心を重ねて下さった事で、楽曲の詞としての、一恋橋はついに、ヒロッキーの新曲になりました。平尾先生は、山田先生と同じで、本当に温かい、謙虚な、尊敬と言う言葉で伝えきれない素敵な先生です。あったか~い先生です。《てへ~…しあわせ…》10年の時を越えて、歌になった一恋橋…。凄いなぁ~。きっとこのCD持ってる人は幸せになれます(笑)僕しかまだ観れないCDジャケットじぃ~っとじぃ~っと、最近は眺めては心癒され、力を貰い、感謝を感じ、ここから発売までの一ヶ月も過ごすと思います。命の友と呼ぶヒロッキーと、僕はもうこの詞の中で、ずっと一緒に生きて行けます。感謝が尽きない山田先生とも、ひとつのCDで、ずっと一緒に居られます。そして、頑張れば、信じられない奇蹟は、本当に起きる事を、こうして神様が届けて下さってます。僕の人生で、ここから何人の人にこんな真実を一緒に届けてあげられるか、全く想像もつかないけど、また起こせたらいいなぁ…。こんな裏のエピソードは、早すぎって叱られて、すぐ削除命令が出るかも知れませんけど、今綴って起きたかったんです。今だから。ヒロッキーおめでとう。ほんとにおめでとう。おめでとう。おめでとう…。良かったね…。うっ…ダメだ最近は涙腺が緩すぎる(T_T)みんな予約開始☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.☆.。.:*・°
2013/06/03

今日戻って来て受信箱を見たら、動画に誰かからコメントが…!?~泣かせるいい歌ですね…~と言うコメントでしたが、嬉しくなってアップしましたそうなんです。この歌は、僕がヒロッキーの為に、作詞、作曲をした歌を、ヒロッキー自身で形にしてくれた楽曲なんです。まだ聞いてなかった方是非聞いて下さいね。それではどうぞ、田川裕之で紅華月《べにかづき》です☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.☆.。.:*・°
2013/05/04

何度電話をしても、もちろん掛かる筈もなく、それでも信じ続けた一週間…。今もあの日の悲しみ、訃報が届き、道端で泣き崩れたあの場所も、悲しみの深さも、僕の中で消える事はありません。どうしても、この日の日記にアップしたかった事、それは、この歌を公開する事でした。あの日予定通りに動いて居れば、仙台の名取に居た僕が、こうして、今、少しでも、命の刻みの中で、生きる人達の力になる光として、携わっています。生きてこそ…。あの日、頭の中が大パニックだった中で、繋がらない携帯メールに一時間も経たない内に、最初に届いたのが、智からのメール。《兄貴!?大丈夫だよね。》今日は、あの日を思い出しながら、何回も何回もやり取りをしていました。もうひとつの、ありがとうが言いたくて~君の逢えた奇蹟~奇蹟と言える出逢いも、生きてこそだから…。たっつは、悲しみだけじゃない、生きる事の大きな大きな価値も、きっと届けてくれてる。またそう思った日でした。あの結婚式から、やっと少し形になったこの曲。追悼と、感謝を込めて、アップしました。聴いて下さいね。☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.☆.。.:*・°
2013/03/11

あの誕生日の録音があってこそ、辿りつけた必然の第2レコーディング。桜観のこの時の本気に火を付けてくれたのは、子供達であり、今の精一杯のベストを残して置きたいと思わせてくれた、あの祝ってくれたみんなが、過去の仕上がりにはない形を作ってくれました。とにかく急遽で、検索して出て来たレコーディングスタジオ。渋谷のDog-Stadioの、エンジニアの木田さんは、本当に気持ちをリラックスさせて下さり、丁寧で腰が低くて、窓から夜景の見えるブースは、集中力をパワーアップさせてくれました。木田さんといつもの先生から、アーティストmodeに完全に入った時間は、やっぱり、幸せです。あと五時間でも歌ってたかった(笑)こんな時は、こんな嬉しそうな顔になるものなんですよね。…と自分で思ってしまいました。かなみちゃんが、忙しいピークの中、応援に顔を出してくれて、コーラスの重ね録音もしてもらい、とにかく、この突発的な発想の中で、感謝の時を木田さんのエネルギーも重ねて、刻む事が出来ました。龍大の結婚式に歌った、SILENT-SNOW~ありがとうが言いたくて~と、人生の中で、幾度も人が向き合う挫折や、絶望の中でこそ気付く、欠かせない大切な人への、ありがとうを、身体中で伝えたい気持ちを、芯のテーマに置いた、ありがとうが言いたくて~君に逢えた奇蹟~この2versionを、歌って来ました。木田さんありがとうございました。今、君に逢えた奇蹟…の方は、歌ってて、まさに心、魂の言葉で自然に歌っている自分が居ました。その事こそが、今年の誕生日を迎えた、ありがとうの一年のスタートのような気がします。さぁ、まだまだ桜観は今年を走り切ります。みんなも一緒にね。☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.☆.。.:*・°
2012/11/09
突然メッセージ機能がなくなり、フリーでお仕事の問い合わせも、レッスンの問い合わせも受けられなくなった事も含め、過去のメッセージまで消えてしまったので、何かないかと探していましたが、やっと見つけました。セキュリティもしっかりした私書箱なので、良かったです。メッセージを受ける為に楽天から辿り着いたのが、Facebookでしたが、数人の知人とは繋がりました。しかし、ごめんなさい。やたら、サイトからメールが多いのと、この人もこの人もこの人も、知り合いかも知れません(笑)←これが多過ぎて、疲れてしまいました。退会しました。友達申請しくれた方済みません。ただ、そのまま連絡を取れるメンバーなので、なんの問題もありませんが。あくまでもメッセージを受け取る為に、辿り着いたサイトだったので、御了承下さいね。※茨城のの昔僕の生徒だった平君。よさこいで再会してメッセージくれたのに、返信する前に、消えてしまいました。読んでたら、もう一回私書箱からメッセージ下さいね。皆さんにとって今日が充実した一日でありますように。☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.☆.。.:*・°
2012/06/19

今日は長い一日でしたが、緊張感の中、《純烈》の振り付け初回が終了しました。早い時間に、レッスンをしていた歌手チームとも合流し、稽古場には、ずらっとアーティスト達が並びましたよこのあと、翔太はマリエンのレッスンにも駆けつけ、頑張ってました。振りを減らすことは、簡単なことだけど、少ない日数でも、精一杯ギリギリまでは妥協しないで、完成させたいと思ってましたが、翔太はもちろんですが、リーダーも達也も、必死でモチベーションを下げないようにと、時間まで踏ん張ってくれました。子供達との共演、リーダーもほんとに楽しみにしてくれてて、3日の本番の《純烈》のステージの幕明けは、リーダー自身が、オープニングナレーションも担当してくれる事になりました。しかし、三人が入って来ただけで、自分がどんだけ小さくかんじた事か今度生まれ変わったら、僕も180センチ位で人生を生きてみたいです。舞花もほんとに、頑張って、冷静にゆっくりと、振り渡しをしてくれた事で、なんだか楽しい本番が見えて来ました。涙の銀座線で新しい振り付けをしてた時より、特にリーダーは、振り覚えが早くなった気がします。。。* 。 +゚。・.。* ゚ + 。・゚・ いやぁしかし。今日も徹夜だあ。一回だけとにかく、土台となるエンタメの脚本を形にしたくて、連日頭を抱えて頑張ってるんですが、納得が行かない。踏ん張る覚悟です。☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.☆.。.:*・°
2012/05/24

今日は、尾崎さんの命日…。この新聞は僕の彼への特別な想いを知る桜の人が、一生懸命探してくれて、写真集と共に、オークションで手に入れプレゼントしてくれた物で、亡くなられた翌日の新聞と、葬儀の日の新聞です。大事に持っているものの、こんな焼けてしまいましたが、この日には必ず開いて観ています。桜が終わり、ちょうどこの時期、もう一度ここからの一年を見つめる時、尾崎豊と言う人の命日が訪れます。彼の高校時代曲作りの為に良く訪れていたと言う、渋谷の東宝生命ホール傍の歩道橋には、記念碑もあり、何度となく、渋谷に行く度に、僕もあの場所で色んな事を考えていました。今僕の待ち受け画面は、尾崎豊さんの写真ですが、携帯電話って、人を繋ぐ欠かせないものですからね。今、なんとなく、見守って貰ってる気にさえなってます。開ける度に、《桜観、歌わないの!?》なんて言われてる気がします。昨日夜中、ちょっと体験した事のない位の、《胸騒ぎ》が消えなくて、申し訳ないと思いながら、なんとかその《感じ》を消そうと、三宅マネージャーに、支離滅裂なメールを打っていました(~_~;)すんませ~ん。いや、今気になる人がいっぱいるので、何か起きてるんじゃないかと、いつもと違う変な感じと戦ってました。まさか地震!?そんな事も思ってて、朝方は、僕は結構長く感じたので、さっと目を覚ましていました。大きくならなくて良かったです。ほんとに万が一に備えての、水や、非常食。気づいた時にこそ用意して置かなきゃダメですね。実は無精の僕に、ヒロッキーは随分前に、何リットルもの水を突然届けてくれてました。美味しいお水として、これが、すぐに開けなくていいように、来年感謝で飲めるような平和な一年が過ぎればいいなと思います。この日を過ぎると、5日。大親友だった、塩ちゃんの命日も訪れます。二人ともあまりに早過ぎる旅立ちでしたが、震災で会えなくなった龍大を思うと、ほんとに、人の命は、みんないつ新しい旅立ちを迎える事になるのか、この地球と言う星で生きている以上、地震大国とまで言われるようになってしまった日本で生きる以上、みんな同じ場所に立っています。だから、今誰かを愛する気持ちも、感謝の言葉も、一日一日大切にして行かなきゃと、このタイミングでまた思いました。いつも結局はこの命日にも、冥福を祈ると言う言葉とはほど遠く、僕は頑張れ!!をいつも届けて貰ってる気がします。そしてそれを、僕こそが、一人でも多くの人に、力として、発信して行かなきゃいけない。尾崎豊と言うアーティストの楽曲で、僕が一番好きな曲です。今日はずっと聞いていました。☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.☆.。.:*・°
2012/04/25

夜街中に自転車で出た時でした。最近僕は良くこう言う写真が撮れてしまうんですが、自転車から降りて、商店街の中、何故か気になって携帯で写真を撮りたくなったのですが、商店街からちょっと外れて、暗い一角でした。自転車が止まってますが、光っている場所は実際は真っ暗です。左上には、電灯が付いているわけでも、お店の灯りでもありません。いくらおっちょこちょいの僕でも、むしろこんな風に灯りのないとこで、写真撮る業は解りません。僕はこの写真を、凄くいい写真に感じました。まんなかあたりの光は、紐を絡めたようにも見えますが、一番最初に、え!?って思った時は、裸!?で人が楽しそうに走ってる姿に見えたんです。僕が今日までに、出逢った人物の中で、約一名。僕にちょ~真剣に相談に乗って欲しいと言って来た男がいました。何を言うかと思ったら、『桜観さ~ん。駄目ですか!?駄目ですか!?俺どうしても、素っ裸で走って橋から川に飛び込みたいんですぅ(>_
2012/03/22

去年は、咲仁の待つ稽古場に向かう準備をしていた3月11日。ともすると、仙台名取市に仕事で前乗りをして、僕は居たかも知れなかった3月11日。そして、再会を楽しみにしていた《Tatsuhiro》が、あの瞬間までは、これから生まれて来る赤ちゃんを想い、命の刻みを続けていた3月11日。僕にとって、この日は、14歳の時、“スターは君だ!”と言う番組の全国大会で、グランプリを受賞し、運命が変わった日でもある事で、ずっと《運命記念日》と呼んでいた日でもありました。今日いつも通りに、稽古場で、みんなと逢う事が出来た事の言葉にならない位の価値と、忘れては決してならない、悲しい真実が、心の中で何度も交差していました。14時46分。゙☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。
2012/03/11
【NEWS】~デイリースポーツオンラインより~~北公次さん葬儀に郷ら 野口は号泣 ~22日に肝臓がんのため63歳で死去したフォーリーブスの北公次=本名松下公次=さんの葬儀・告別式が26日、東京都江戸川区の東京葬祭慈光殿で営まれ、ジャニーズ事務所の後輩で歌手の郷ひろみ、郷と西城秀樹との“新御三家”時代から交流があった野口五郎、ファンら700人が参列した。メンバーだったおりも政夫の弔辞は、斎場外に集まったファンに聞こえるように、スピーカーを増設して流された。フォーリーブスがカバーした坂本九さんの名曲「見上げてごらん夜の星を」が流れる斎場外にも姿を見せたおりもは、「こんなに早く4枚(フォー)の葉っぱ(リーブス)が2枚になってしまうなんて…。こんなに寂しいことはありません」と涙を流した。さらに、ファンに向かって、「コーちゃん、格好良かったよね。ステキだったよね。そんなコーちゃんが…」と言葉を投げかけると、ファンは「好き~!」と呼応。ファンからの寄せ書きやうちわが収められた棺が運び出されると、ファンから「コーちゃん!!」と悲鳴にも似た大絶叫が響いた。焼香後に取材に応じた野口は、芸能界入りして初めてできた友人が北さんだったといい、「悲しい、悔しいですね」と唇をかんだ。北さんの家族とも対面したそうで、「娘さんを抱きしめました。僕の方が感極まってしまった」と号泣した。仕事のため参列できなかったメンバー・江木俊夫は手紙を寄せ、おりもが代読した。http://www.daily.co.jp/newsflash/2012/02/26/0004842473.shtml☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。写真が沢山あったので観ましたが、凄かったんだなぁ…さすが公次さんだなぁって、思いました。奥さまに次に逢ったら、【ほんとにお疲れ様でした。】と心から伝えたいです。いよいよ目には見えなくても、沢山のファンの皆さんや、御家族の皆さんと共に、その心の中で、新しい時を公次さんは刻まれて行くんですね。笑顔か一杯浮かびます…。・ ゚・。* 。 +゚。・.。* ゚
2012/02/26

芸能界の大先輩である、公次さんが、どれ程謙虚に僕だけでなく、ダンサーの子達にすら接して下さってたか。どれ程真っすぐに、少年のような心で接して下さったか。ほんとに素敵な人でした。ファンの皆さんと接する時も、いつも優しさを忘れない方でした。いつもほんとにファンのみんなには感謝してると口になさってました。Give you my loveYes!踊り子~ソロVersion~Gold fishmother…。ビーナス…。映し出される稽古着の公次さんの汗だくの姿と、一曲一曲…。全てが、全く違う雰囲気を持った楽曲で、女性ダンサーは初めての公次さんでしたので、沢山の曲を連続して振り付けして行く中で、僕自身もここで絶対に進化させて貰わなきゃと感じながらの日々でした。この頃の曲。いつか許されるなら、桜観座のメンバーと共に、僕がせめて出来るひとつとして、同じ振り付けで、ステージで歌わせて貰いたいって思いました。あの時届けて貰ったものは、本当に大きな価値ある心を重ねた時間でした。大阪ライブでは、メンバーが代わり、入れ替わったダンサー達も、スタッフ全ても、僕はもちろん総括プロデューサーの次谷さんも、みんなみんな、あの時K.Kojiさん…北公次さんと言うアーティストに出逢えたからこそ、心をひとつにして、熱い日々を共に走れた。感謝と言う言葉を忘れさせないで下さった、公次さんが居てこそ、真実の奇蹟を創りだせた。あの時のあの想いを、ずっと忘れないでいたいと僕は感じています。一人の人との出逢いは、人生と言う言葉の価値にさえ繋がって行く。でもその“縁”は、一人で勝手には辿り着けない…。僕は、その橋を作ってくれたヒロッキーにも、今公次さんを通して、改めて心から感謝を感じています。そして、ほんとに、みんなに謙虚な心も感謝の心も、負けない心も、挑む心も、誰一人欠けてしまっては、成立しないと言う、有難い価値も、心で、向き合わせて下さった公次さん。ありがとうございました。本当にありがとうございました。公次さんに逢えて良かったです。心からそう思います。ずっと忘れません。あの日のようなステージを、一本でも多く創って行けるよう、振付師の桜観としても頑張ります。恩義を大切にしながら、生きて行きます。歌って行きます。最後のラストステージになりますね。今日はどうしても行けないんですが、公次さん。奥さまや子供さんと一緒に、頑張って下さいね。本当に有難うございました。稽古場で。☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。
2012/02/26

ヒロッキー…いいえ、公次さんの還暦コンサート。ソロコンサートのプロデュースはもちろん、御本人、奥さまの心のケアから、素晴らしい最高のプランナーの全ても、まさに心ひとつで集め、遺影に飾られた写真のこのステージの総括であった、もう一人のヒロッキー“次谷さん”と共に、もし可能であればと言う気持ちだけで、お通夜の場所まで向かわせて戴きました。当たり前のように警備体制は厳重な中、遅くに伺わせて戴く事を伝えてあっても、たいへんな一日目をやっと終えられた奥さんは、まだ対応に追われていらっしゃり、連絡が取れず、僕達は“ここにこれて良かった”事を、心で感じながら、僕は、“公次さん、来たよ!”と伝言だけは、託し、もう少しだけ公次さんさんを想いながら、この地にいようと、2人でお茶を飲んでいた時、奥さんからヒロッキーに電話が入りました。“今何処ですか!?”僕は、満員札止めの、公次さんのラストコンサートの会場に、共に公次さんと熱い時を本気で走った大親友のプロデューサーと、一緒にはいらせて戴きました。たいへんな中での奥さんの配慮に、感謝しながら、会場入り…しました。ステージには沢山の花が飾られ、光に満ち溢れていました。ゆっくり、つい時間を忘れてしまい、奥さんはもちろん、妹さんとも話しをさせて戴きました。あの日の衣装をまとった公次さんとの、久し振りの再会でした。ドラマ、崖っぷちのエリーに出演していた僕を偶然見つけて、ヒロッキーにすぐに、“桜観さんですよね!”と電話を入れて下さり、“頑張って下さい!!”と伝言を残して下さった事、本当に嬉しかったです。お話ししたい事はいっぱいあったけど…でもまだ今日まで続く、奥さんと一緒のラストコンサートはまだ途中だったので、公次さんはずっと歌ってらっしゃいました…。写真の中の公次さんは、あの日やその前の熱い日々も、いっぺんに思い出させてくれました。飾られた衣装と共に置かれた、あの日の写真集…。この写真をどうしても撮りたくなり、お願いして撮らせて戴きました。そして、ヒロッキーと沢山の話をして夜中に帰宅し、僕は本番の練習用、振り確認用に、公次さんやダンサーの為にもと僕自身が作った、一番最初の通し稽古のDVDを、何年振りかに観ていました。初めて舞台監督さん、音響さんや照明さんに見せる日でもあり、僕も緊張していましたが、公次さんももちろん緊張しながら、それでも汗だくになって、通しを続けてらっしゃる一曲一曲が映し出され、尚更、また沢山の事を思い出してしまい、公次さんこそがこの時届けて下さった時の重さ、真実の深さを感じ、僕は突然涙が吹き出てしまいました。僕が、涙なんか今見せてはいけないと、会場で、必死で呑み込んでいた涙が、いっぺんに噴き出てしまいました。そして、更新出来ていなかったのに、急にこの数日何倍もアクセスが増えた中に、ほんの小さな想い出の欠片でもいいから、何かを感じたいと、もしファンの方がその中にいらっしゃって望んでらっしゃるなら、僕の今感じる公次さんを、ここに今は少しでも綴らなきゃいけないと、改めて想い、パソコンに向かいました。☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。
2012/02/26
“NEWS”22日に肝臓がんで亡くなったフォーリーブスの北公次さん(享年63)の通夜が25日、東京葬祭慈光殿でしめやかに営まれ、同メンバーのおりも政夫(58)をはじめ、関係者やファン650人以上が参列。おりもは「悲しみや寂しさもありますが、せつないですね。頭の中は真っ白です」とうなだれ涙。ファンの嗚咽が交じった泣き声が飛び交うなか、「遠くからこんなにファンの方が集まってくれて、コーちゃんもありがたいと思ってくれてるはずです」と語った。おりもは、長蛇の列を作るファンを見ながら、「こんな形でコーちゃんと再会することになって、皆さんいろんな想いがあると思います」と唇をかみしめ、「僕としては、また友だちが一人逝ってしまったなという感じです」。取材中に何度も「悔しい」と吐露し、「たくさんの人たちに見送ってもらって、コーちゃんよかったね、と言いたいです」と思いを明かした。遺影は、夫人の意向で2009年に行われた還暦ライブの写真が使用され、会場には生前北さんが大ファンだった歌手のマイケル・ジャクソンの楽曲が流された。赤い衣装に身を包んだ元気な姿の遺影に、おりもは「かっこいい北公次として、元気でハツラツとしたコーちゃんを見てもらって、ファンの皆さんの目にいつまでも焼きつけてほしい」と願いを込めた。祭壇には遺影を囲むように多くの花々が飾られ、その脇には北さんのファンクラブ会報、ステージ衣装4点、単独ライブの写真集が置かれた。棺に眠っている北さんは還暦ライブの際に使用した白いジャケットに身を包んでいるといい、おりもは「口下手でシャイな人だったけど、ステージに立つと情熱を燃やす男。僕にとっては“誇り”でした」と、在りし日の北さんを振り返っていた。【別の記事】スポニチ北公次さん通夜 泣き崩れるファン「早すぎるよ、コーちゃん」 70年代に「フォーリーブス」で一世風びし、肝臓がんのため22日に63歳で亡くなった北公次(きた・こうじ、本名松下公次=まつした・こうじ)さんの通夜が25日夜、東京都江戸川区の東京葬祭慈光殿で営まれた。 同僚メンバーのおりも政夫(58)、アイドルグループ「ジャニーズ」で先輩だったあおい輝彦(64)ら約250人が参列。ファンも約400人が集まり「早すぎるよ、コーちゃん」と泣き崩れた。午後4時すぎ、棺が会場に入ると、女性ファンが次々と「コーちゃん!」と悲鳴を上げて泣き叫んだ。雨上がりの寒空の下、ファンは会場の敷地外にまであふれ、一時は50メートル以上の長い列に。今にも歌い出しそうなマイクを握りしめる姿の遺影を前に、焼香を済ませると、肩を寄せ合って人目をはばからず号泣。中高年層になっても少女のように泣き崩れ、嗚咽(おえつ)の声は会場の外まで漏れてきた。長野県から訪れた女性会社員(53)は、「コーちゃんは私の青春そのもの。ナイーブなところに母性本能をくすぐられた。昨年くらいから、やせ始めていたので心配してました」と話し、目は真っ赤。4人組のフォーリーブスでは09年に亡くなった、「ター坊」こと青山孝史さん(享年57)に続く悲報。名古屋市の森照美さん(53)は震える声で「本当に残念。でも、フォーリーブスは枯れない。私の心の中では永遠の四つ葉です」と涙をこぼした。遺影は09年1月20日に東京都港区の明治記念館で開いた還暦ソロライブでの一枚。妻静香さんが選んだ。遺体は、このステージで使った白いジャケットに包まれ、祭壇脇にはステージ衣装4着と単独ライブの写真集、ファンクラブの会報誌などが置かれた。会場には故人が尊敬した米歌手マイケル・ジャクソンさんの「スリラー」などが流された。もう一人の同僚の江木俊夫(59)は地方公演のため姿を見せず、26日午前11時から同所で営まれる葬儀・告別式も参列できないという。弔辞を読む、おりもは「その分まで僕がしっかり見送りたい」と話した。 ☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。
2012/02/25

尾崎豊さんの事をブログに書いて、天国でも歌ってらっしゃるんだろうな…と、思い出したこのタイミングで、公次さんの訃報を書く事になるなんて、思っても見ませんでした。なんだかどうしても、今でも信じられない気持ちです。再会を信じていた人でした。公次さん…今はそう呼ばせて下さいね。僕が公次さんとお逢いし、同じ時を必死になって一緒に走らせて貰ったのは、今でも鮮明に日々の事が浮かぶ、★K-koji BIRTHDAY DINNER SHOW★の全ステージングを担当させて貰った時でした。フォーリーブスとして再結成のツアーも平行しながらの時でしたが、新しい自分をステージで見せたいと言う想いは、お逢いしてひしひしと伝わって来ました。僕の大々親友が、全てプロデュースを手掛け、舞台監督さん達、バンドさん、スタッフもリンダさんでお世話になった、最高のメンバーの中で、公次さんの60歳の再出発であるソロコンサートの準備は進められて行きました。熱い熱い日々でした。約二カ月の間毎日のようにダンスレッスンをさせて戴きました。気さくで、本当に優しい方でした。色んな話しをして戴きました。年を跨いだ稽古だったのですが、年末の31日にも、是非レッスンをして戴けませんかと、お願いされる位、一生懸命な方でした。年越しそばを練馬で奥さんとも一緒に戴いたのを忘れません。ブログを辿って戻ると解るのですが、この頃の僕の想いは、Kojiさんとして綴ってあります。この年は、僕にとって大きなひとつの進化の一年でもあり、東京文化会館でのオペラ“ワルキューレ”での客演は、このコンサートの一カ月後でした。桜観座と言う形でレッスンを始めたのはちょうどこの頃で、歌やダンスの個人レッスンを始めたきっかけでもある雄太は、時期が重なった事で、公次さんとダンサーの稽古場での通し稽古を、目の前で観たんです。感動で目をパチクリさせていました。雄太からは、驚いて、すぐにメールが届きました。お母さんに頼まれたサインにも気軽に笑顔で応じて下さったんです。この公演は大阪公演ものちに実現し、実は今Youtubeにアップしている、僕の“奇跡~大きな愛のように~”は、公次さんの大阪ライブで、ゲストとして歌わせて戴いた時のクリップです。ほんとに有難かったです。大々親友の全プロデュースで、がっちり心を重ねたタッグをやり切ったと今でも実感出来る位に、心の宝物も届けて貰えた時間でした。もう一度だけ、公次さんのステージを一緒にやりたかったです。そう、このコンサートのスタイリストはかなみちゃんでした。この時結成されたダンサー達も含め、全ての人達が公次さんを核に、心をひとつにして、走り切ったゴールに、公次さんの初のソロコンサートはありました。公次さん。有難うございました。本当にお疲れ様でした。優しくて、照れ屋で。良く、車の中で僕に一生懸命お話しをして下さってた時、奥さんに“その話はもう何度も桜観さんは聴いてます!”なんて言われて、困ってる公次さん好きでした。今も笑顔の公次さんしか浮かびません。次にお逢いするタイミングを心の奥で待ちながら、結局あの時届けてあげられたかも知れない何かを、それ以上届けてあげられなくてごめんなさい。でも、今振り返っても、沢山の想い出が蘇ります。鮮明に蘇ります。僕らにも大きな大きな人生の宝物を届けて戴いて、心から有難うございました。天国で、奥さんや子供さんをずっと見守ってあげて下さい。そしてゆっくりゆっくり休んで下さい。ファンの皆さんの心にも、これからずっと、公次さんの笑顔が生き続けて行きますように…。☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。
2012/02/22

僕が撮影したビデオで、手がぶれないよう必死でしたか(笑)ごめんなさい。それでも、アップしてしまいましたこの日の紅華月は、本当に心に浸みました。素晴らしい歌声でした。言葉にしなくても、時が流れていても、いつもしっかりと僕の感じて居る事、悩んでいる事、考える事を、誰よりも早く察してくれる命の友ヒロッキー。言葉に長けず心に長ける…は、誰よりも、常にヒロッキーと僕自身が、毎日心で感じ、自分自身に伝えて居る言葉です。いつも自分の非や足りなさと向き合う事を、ヒロッキーは忘れない。歌声の内側から届く魂の光は、進化し続ける自分に絶対に妥協しない彼の信念と、深い愛です。ヒロッキーにも、心からいつもありがとうの気持ちを込めて、贈ります。☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。
2012/02/14

去年の夏とは全く違う夏を刻んでる自分がいる事に気付きました母の具合も気にはなっていますが、こんな時こそ、僕自身の今をしっかり外に向けて頑張る時なんですよね…。“月の人”“崖っぷちのエリー”の、塚本監督に日比谷で久し振りに会って来ました。奥さまの佐和ちゃんとも一緒です。そうなんです。お腹の赤ちゃんは今にも産声をあげそうでした。監督の顔がまたまた、やさ~しい顔になってました。お腹の中で動く赤ちゃんを、こうして手で触れて初めて体験させて貰いました。予定日は6日。女の子です会えて良かった~と幸せいっぱいで別れた僕でした。☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。
2011/08/02

妹から、子供が使わなくなったキーボードが送られて来ました持ち運ぶのに、きっと毎回悩みはすれどの、ちょっと大きい、丁度いい!?キーボード歌のレッスンをしっかりやってあげたいと思っていた所で、ほんとに嬉しかったです。らくがきもあれば、音も一個出ませんが、なんか愛着を感じるあったかいキーボードでした。ありがとうね。理子大事に活躍させますよ。このキーボード《りお君》と名付けました。今更いい兄貴になろうなんて、どう考えたって無理ですが、キーボードの他にお米や、薬まで入れてくれてて、性格は母そっくりで(爆)、~芯はつよかですが~だから、グルグル巻きの段ボールは、まるでワニが入ってるのかと思いましたがここに来ての、妹とのちょっとまめなメル友みたいな交流は、僕にとって、またいいプレッシャーでもあり力です。りおを見る度に、これから、妹家族の幸せも祈って頑張りたいと思ってます。そして、この夏博多の桜gateに僕の桜観座生徒として唯一歌で出場する、三宅さん。早速特別レッスンスタートしました。僕の生徒さんらしい味!?も出して欲しいので、選曲もだいぶ迷いましたが、やっと決定!たった一人なので、今回は桜観座としては先輩!?の、舞花、慶吾の応援隊もつけて、皆さんにもむしろ楽しんで貰いたいと思ってます。…って本人は相当プレッシャーみたいですが…(笑)僕が何より嬉しかったのは、今回、普段はサッカーで頑張っている、14歳の息子さんが、《僕も行きた~い!》って言ってくれた事。当日は、是非共、ヒロッキーの1月の時、それこそ慶吾や優太がスタッフとして頑張ってくれたみたいに、一緒に音楽祭に関わってくれたらなぁなんて思ってます。でも、ほんと嬉しい出来事でした。一度ダンスのレッスンをした事あるんですが、凄くお母さん思いの意思のしっかりした男の子だったんで、もしや!?反対なんかされてたら!?と気になってたんですが、きっと、息子さんにとっても、お母さんの見た事もないような晴れ舞台。一生忘れない九州の想い出になると思うんです。《振り付けしますからね!(ー_ー)!!》なんて平気で言ってしまう怖い先生ですが、でも、歌を通して、そして僕自身の縁も通して、こうして、家族と言う囲いの中にも光を届けられる事は、とっても有難いです。博多の皆さんのパワーに押されないように、そしてヒロッキーズクラブの皆さんの迫力にもヒビらないように(笑)桜観座の生徒として、ビシビシこれから本番に向けて特訓しますよ~はい!腹筋ふっき~ん!☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。
2011/06/12
心温まる、だからこそあまりにも、言葉に出来ない悲しさに溢れた告別式でした。会場の入り口には、沢山の写真が並んでいました。結婚式の時のショットもいっぱいあって、奥さんと向かい合った時には、ボロボロになってしまいましたが、再会の約束をして、会場を出て来ました。33歳…。それでもきっと、“たっつ”は、200年分一生懸命生きたんだと、そう感じる程、彼がどれだけ多くの人達に愛されていたのかが解りました。仙台の街は、みんなが、一生懸命に希望の心を持って、生きている事が感じられました。一日も早く復興の日々から、本当の意味での新しい人生の道が、被災地の方々の心にも訪れますように…。、ずっとここからも祈りながら、また僕も大きな道を、この命に感謝して作って行かなきゃと思っています。ちょっと戻って来て気が緩んだのか、体調を崩してしまいましたが、悲しみを抱えた冬を越えて、それでも桜は優しく春の訪れを伝えてくれていますね。皆さん、穏やかな春の週末を過ごして下さいね。☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。
2011/04/08

桜観茶屋をしばらく離れていた僕の時間の中に、多くの深い学びや、気付きがありました。今もまだ、ちゃんと言葉で表現するには、至ってないんですが、3月11日と言う僕自身の運命記念日と呼んでいた日が、想像もつかなかった、この《命》と言う言葉と、しっかり重なったこの年、今は、だからこそ、ここからこの命に、愛する人達に感謝して、そして、決して被災地の皆さんの言葉ではたとえようもない悲しみも、忘れる事なく、一日一日を大切に感じながら刻んで行かなくてはいけないと、心から想っています。先日、小野龍大君が、永眠した姿で見つかりました。33歳でした。6日に、ありがとうを僕が言いに行こうと思っています。そして《僕に出来る事》を、沢山心に拾い集めて、戻って来ようと想います。☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。
2011/04/04
もし彼の行方に心当たりのある方は、トップページ下のリンク私書箱までご連絡下さいm(__)m。 妹さんからの彼の詳細です↓・ ゚・。* 。 +゚。・.。* ゚ 特徴 名前 小野龍大(おのたつひろ) 33歳 血液型O型 黒髪 短髪 ボクサー体型 身長170cm 服装 黒のスーツ ピンクと白のストライプのシャツ 歯 左下の奥から2番目がかけている 背骨が曲がっている(幼少時代の交通事故) 背中の左下の腰のあたりに帯状疱疹の痕がある 警察にも届けている兄の特徴の全てになります。 届けは出したのですが、まだ行方不明の一覧には兄の名前が載っておらず、警察も時間がかかるのでと言われる一方でラチがあかない状況です。 当日の兄の行動は、仙台市の蒲生(がもう)にある、(有)タカハシプロジェクト という車屋 にいたようで、車屋の高橋社長も行方不明になっています。 近くの避難所15箇所、病院、自衛隊全て回りましたが、兄を探し出す事はできませんでした。 これから先、皆様に何がお返しできるかわかりませんが、皆様のお力をお貸し下さい。 出来る事は何でもします! 兄は昔から強い人でした。 家族一同絶対に生きていると信じています!! どんな些細な情報でも構いません。 宜しくお願い致します。 小野ジュディ ・ ゚・。* 。 +゚。・.。* ゚ 僕は、初めてと言える自分のオリジナル曲として、龍大とまほさんに、この曲を作りました。クリスマスイブに告白をして結ばれた二人でした。一生に一度の大切な披露宴で僕のSTAGEをいっぱいいっぱい使って、奥さんへの感謝の形に替えてくれた龍大に、仙台の《光のペイジェント》の度に思い出して貰えるよう…そして多くの人に歌って貰えるように…クリスマスSongとしていつかヒットさせる為に、敢えてイブをテーマに、二人のエピソードを重ねながら作った曲でした。仙台と東京に二人が離れ離れになってしまった時、家族の反対を押し切って、奥さんは龍大の元に、本当に辛い想いを振り切って、向かって来た人でした。クリスマスイブ…仙台の大きな祭典《光のペイジェント》の日、思い出深い告白………色んな話しを聴きながら作りました。結婚式でのSTAGE…。もうたぶん一生こんな体験をする事はないと思います。《ありがとうが言いたくて…》それをタイトルに、式を挙げてあげられなかった奥さん、そして子供のかえでちゃんの為に、決心をした龍大はほんとに………かっこ良かった。創りながら、なんか胸があつくなって、涙が零れそうになったのを覚えています。桜が咲いてる、4月4日でした。桜観《Sakumi》として進化を成せた時、必ずこの歌を、仙台の皆さんにも向けてクリスマスソングとして歌って行きたいと思っていました。だからこそ僕はもうひとつの、ありがとうが言いたくてと言う詞も書き、その歌も歌って来ました。奥さんと子供さん達は元気です。祈りを込めて、今日はこの詞を載せます。☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.〓SILENT-SNOW~ありがとうが言いたくて〓 for TATSUHIRO and MAHO・ ゚・。* 。 .。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:° 詞★桜観何度も泣かせたね 何度も傷付けたね愛した証しをあの頃君の心へと残せなくてごめんよ背中を向けてばかりの季節(とき)に委ねた愛に光のペイジェント最後のチャンスに勇気をくれた星降るSilent-snow不器用な僕の我武者羅な毎日に君だけは光をくれた孤独との戦いは君だったとほんとは解っていたけどありがとうが言いたくてありがとうを叫びたくてずっとずっと言えなかった言葉心から伝えたいありがとうが言いたくてありがとうを届けたくて変われない僕の愛の全てでどこまでも君を守るよ★何度も諦めてた何度も覚悟してた遠く離れたあの日の距離(みち)を涙を隠して走って来てくれたねキャンドルの灯火(ともしび)が君の笑顔を照らした光のペイジェント忘れはしないよ俯く瞳は白いイブに煌いてた許し合うよりも許されてばかりの我侭な僕のルールに戸惑いながら君は真っ直ぐにいつでも強がってた…ありがとうが言いたくてありがとうを叫びたくてずっとずっと君を離しはしないどんな嵐が吹こうともありがとうが言いたくてありがとうを届けたくて誰より君を愛しているよこの雪に今誓うから…☆街は白い天使達の舞い降りたチャペル信じて欲しいこの夜の君と生きた日々のありったけの想いとありがとうを…☆ありがとうが言いたくてありがとうを叫びたくてずっとずっと言えなかった言葉心から伝えたいありがとうが言いたくてありがとうを届けたくて誰より君を愛しているよこの雪に今誓うから君をずっと守るからありがとう…
2011/03/24
あと一日この大地震が遅かったら、僕は仙台の名取市にいました。キャンペーンМCの仕事だったんですが、前乗りも考えていた僕は、この日にレッスンをしたいと言っていた咲仁、翔太の二人にも、ある意味救われたのかも知れません…。咲仁の実家は仙台にあるんですが、今連絡が来て、皆さん無事だそうです。ニュースで今、マグニチュードが気象庁で、9.0に変更されたと報道されていました。この日3月11日は、僕にとってずっと、このホームページを御覧になって下さってた皆さんは記憶にあると想うんですが、《運命記念日》と呼んでいた日でした。14歳の時、スターは君だ!全国大会で、グランプリをとった日でした。この日、みのもんたさんから、僕の名前が呼ばれなかったら、僕の人生は大きく変わっていたかも知れません。そしてまた深い意味で、そんな日になっていたかも知れないと想うと、震源地に近い皆さんの無事をずっと祈らずにはいられません。この日稽古場で待っていた咲仁と、足止めを余儀なくされてしまった、かなみさんは、必然のように赤羽に居ました。僕が、歌い終えて何かが起きるかも知れないと覚悟した、桜観としての初めての歌の復活ステージは、かなみさんもいた、旧Legend of Heartと共に立った、赤羽会館のステージでした。避難所で過ごした新、旧Legend of Heartの二人が、赤羽会館に行ってくれたんですが、《生きてこそ》と言う深い言葉を、今改めてしっかりと心に落して頑張らなきゃと思っています。各地のライフラインの復活、行方不明の方々が一日も早く御家族に会える事、心から願っています。☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。
2011/03/11

天気だけど、寒いのかなぁ…。間もなく発売される、崖っぷちのエリーのDVD-ボックスの見本を、ついに手にさせて戴きましたなんか…重みがありますでもまた、オンエアの度に、心で一回一回『お疲れ様~。』と僕に言いながら、記念アルバムを作って戴いた人への感謝も、またまたここで溢れたとこでした。いつ観ようかなぁ…。結構、今観るのにはタイミングが必要と言うか(笑)勇気がいります。いつかじっくり改めてまた観ようと想ってますが、3月になってからかなぁ…。リンダさんのステージの演出を手掛ける松原先生に、やっとちゃんとした形でお逢いする事が出来ましたこわ~くて、優しい、歩いて来られた道の光を、心に沢山感じさせて貰える先生でした。リンダさんはもちろん、出演するゲストの方や、ダンサーとして出演する、Pinkyや美恵、そして二人と共にメインダンサーとして出演する友井雄亮。そしてリンダさんのステージを支えるスタッフの皆さんにも、忘れられない三日間となる大切な時間のお手伝いを、心をまず芯にして振付師として100%以上で頑張りたいと、松原先生や、去年からずっとレッスンをステージに向けて熱い想いでして来られた、リンダさんを見て感じました。でもまだ桜観としてのステージングに向けてのほんとの自分との戦いはここからです頑張ります☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。
2011/02/01

《★楽屋でのリーダーとのツーショット★》大宮の~ゆの郷~での、純烈のイベントに顔を出して来ました。《涙の銀座線》は、きっと観る度にまだこれから、どんどん良くなって来るんだろうな…と感じさせてくれた日でした。楽屋はやっぱり、男衆ならではの、独特の雰囲気をかもし出してましたが、考えて見たら、僕はまだ全員と一度も記念写真!?撮ってなかったんですよね…。この日は、リーダーとまず、パシリ!やっぱりこの人は、ステージ前になると《人が変わる!?》。基本的に、ほんとイケメンなわけで、六人並んだ時の迫力!?って、純烈はかなりのインパクトだと、この日も実感して帰って来ました。スーツ姿じゃないマネージャーのYさんを、僕はこの日初めて見たんですが、この人がまたいつでも純烈に入れそうな人なんですよ…。当日のカメラマンを担当してくれたアッキーに、感想を聴いたんですが、《いやぁ~桜観さんが言うように、 六人揃ったのを観てるとみんないい男過ぎて、 ほんと具合悪くなりそうですよね…。 あっ、もちろん桜観さんもかっこいいですけど…!》この最後の優しさに、涙した桜観でした(笑)ありがとうアッキー。今年はまた純烈と何か一緒にやれたらいいなと想ってます。ファンの皆さん、振り付けの感想やメッセージ…ほんと有難うございます。僕も頑張りますよっ☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。
2011/01/19
塚本監督…。ずっと心の友として、一緒に時を刻んで来た僕にとって、一人の俳優として監督の姿を観るのは、このドラマが初めてでした。感情を大きくはいつも表に出さない、寡黙な方なので、僕はこの出演が決まった時から、内側に込み上げる感情すら、出してはいけない気がして、冷静に穏やかに努めて接していました。俳優と言う囲いの中に居る方達は、あまりにも数えきれないほどの数字になります。そしてその中で、ゴールデンタイムのレギュラーとして、役付きで出演出来る人達は逆に、本当に極少数です。何十年と言うキャリアのある方でも、果たせない方は沢山いらっしるでしょう。その大きさを、僕は本当にちゃんと心でずっと理解しながら、感謝にしながら、撮影一回一回に臨んでいました。僕の竹内と言う場所は、メインキャストではありませんが、特に八話ではしっかりと、役者として存在させて貰えました。現場で★監督★としての連さん見る度に、この時の価値をしっかりと心で受け止めていました。僕にとって大き過ぎる位の時間でした。本当に有難うございました。クランクアップの声が聞こえた瞬間、何の前ぶれもなしに、《竹内雄太郎役の桜観さん!オールアップです!》と言われ、カメラが目の前にあって、僕はただびっくりしたまま、頭を下げていました。ちょうど正面に笑顔の孝太郎さんの姿がありました。!?うっ!やばいっ!泣きそっ!やばい!ここは俺が泣くとこじゃない!(>
2010/08/29

小泉孝太郎さんと。。皆さんと記念撮影をさせて貰いましたが、二人で撮りましょうよ!そう敢えて言って下さった時のショットです。孝太郎さんは、とにかく謙虚で、ずっと笑顔を絶やさない人で、どんどん色んな話をさせて貰う中で、真っすぐに自分と向き合って下さってる事が、有難くて、びっくりした位でした。クランクアップ前日の夜中に、一通のメールが届いた時、本当に、この作品に関われた事を、幸せに感じました。孝太郎さんから、最後の撮影宜しくお願いします!と言うメールでした。そのあと電話で話す事になり、気が付いたら朝4時半まで話し込んでしまいました。仕事、芝居の事はもちろん、色んな事です。笑顔を絶やさない孝太郎さんの内なるパワーを本当に沢山感じました。だからこそ、睡眠以上のパワーを貰って、僕は現場に向かう事が出来たんです。ほんとに小泉孝太郎さんと言う俳優さんは、ここから、すんごい事になっちゃうんじゃないかと思います。孝太郎さん、沢山の人の心の真実も届けて貰った事、心から感謝しています。有難うございました。ほんとに…時の宝物です。そして、この道に橋を掛けて下さった、《月の人》塚本連平監督・ ゚・。* 。 +゚。・.。* ゚ Part3は、塚本監督と監督、俳優として深い桜の道の中でも、初めて時を刻ませて貰った僕の心を、残して置きたいと思ってます。続く☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。
2010/08/29

更新出来てないのに連日沢山来て下さってて、済みませんでした。ど~っと疲れが押し寄せた感じもあるんですが、ゆっくり初の連ドラ出演の日々を振り返ってました。そして僕こそがいつも皆さんに伝えている、やり切って頑張った先にあるのはゴールではなく、《Starting-Point》始刻だと言う事を、まさに自分自身の今と重ねていました。何から書こう…。とにかく、朝五時半の電車で現地に向かったクランクアップの日26日。神社で、沢山のエキストラの方も一緒での撮影でした。もちろん炎天下で、タオルを巻いたスタッフの方々共々みんな汗びっしょり。兄弟三人で来てるエキストラさんなんかも居て、可愛かったですよ~。でも途中はほんとにきつそうでした。とにかく暑い日でしたからね…。ほんとにエキストラの皆さんもお疲れ様でした。・ ゚・。* 。 +゚。・.。* ゚ 山田優ちゃんと言う女優さんは、まさに最後の最後までこの作品の中で、全力で走り続けた凄い女優さんだと僕は確信しています。テンションを常にキープしながら、笑顔をずっと絶やさない人でした。ほんとに有難うございました。塚地武雅さんは、何処から見ても、その存在は僕にとって素晴らしい力のある俳優さんでした。どんなに少ない睡眠時間でも、Studioシーンの長いセリフをただの一度も詰まったりする事なく、しっかり読み込んで来てらっしゃった事を、僕は凄い人だな…って感じていました。来るべくしてこの場所に居る人だと実感していました。優ちゃんのテンションのキープに何よりきっと貢献していた方だと思います。喫煙所での何気ない楽しい会話は、いつも緊張感をいい形でほぐして貰いました。有難うございました。八神蓮くんは、とっても真面目なイケメン俳優さんです。大人っぽい雰囲気と、少年のような素顔を、何度も交差して見せて貰った気がします。いつも一生懸命キャラクターを創り込んで、一生懸命トライしている姿が印象的でした。芝居がほんとに好きなんだなぁって思いました。ほんとにこれからこその俳優さんだと思います。有難うございました。中原和宏さんは、ほんとに画面のままの物静かな優しい俳優さんでした。自分のペースで、常に穏やかな心を忘れずに、現場で存在されていた俳優さんだと思いました。九月の舞台頑張って下さいね。有難うございました。石井美絵子ちゃんは、なんと言っても、いちばん最初の撮影シーン。アドリブの小さな会話で芝居するシーンでしたが、どんどん会話の中で、竹内と桜観を重ねさせてくれた最初の感謝の人だったと思っています。とにかくめちゃくちゃスタイルがいい綺麗な女優さんなので、これから彼女はどんどん出てくるんだと思います。笑顔を絶やさない素敵な女の子でした。有難うございました。・ ゚・。* 。 +゚。・.。* ゚ 母が軍手で作ったにわとりさんの、御礼として、この日大杉漣さんからは、こんなにも有難い写真付きの手書きのメッセージを戴きました。★こうして飾って下さってるんです★大杉さん、本当に有難うございます。初日にStudioに入った時、世の中はサッカーの話しで盛り上がっていた日でしたが、そんな話しも含めて、一気に緊張をほぐして下さったのは大杉さんでした。なんて気さくな人なんだろうと感激しました。二年前に僕が住んでいた場所の近くで、良くお見掛けして、これが何かの予知だったらと思った事が、まさに現実になった日の昨日の事のような、監督とのスリーショット付き人でいつも付いてらっしゃった、同じ事務所の俳優の野村さんの、本当に謙虚な姿や在り方も、僕は心で感動しながら見ていました。色んな色んな学びも下さった大々先輩です。《梅本編集長との時間を生かしながら、 竹内は今ひとつの小説を書いています。 いつか世の中に何か、 花びらのたった一枚の真実としてでも、 誰かの心に光を注げる事を信じて、 書いています。 書きあがったら是非読んで欲しいです。 本当にお世話になりました。 編集長が竹は大好きでした。 竹内雄太郎 》大杉さん心から、感謝します。有難うございました。☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。
2010/08/28

観て下さった方有難うございますいよいよ最終戦…。しかし…今回は良く(>
2010/08/20
3話が野球延長の為に、録画した方は、途中までしか…と言う方が多かったみたいですが、ストーリーは少し理解して戴けましたよねちょっと楽しい質問が届いていたので、答えて置きたいと思います。こんなメッセージ戴きました(笑)なんか今回あたりから、キャラクターも出て来たようで、良かったです。インナーの下に裸体が透けてるし、あと今日は、薄いピンクのパンツだったから、いわゆる下着が透けてたような!?有難うございます。凄いなぁ…確かに薄いピンクのパンツでしたよ。裸体も間近に見たら、透け透け!?ですが(笑)テレビでは解らないと思ったんですが、凄いですよね~。でも、下着が透けてた!?←これはっ、有り得ませんあと、一回の放送で、下のパンツはピンク、黄色、白、グリーンの4色には必ず着替えています。上のシャツは毎回色んな柄。アクセサリーは、腕に光るのと、指輪が定番で、ネックレスは、三つ位を交互に付けてます。竹ちゃんおしゃれですからインナーは白と黒のうす~いのがベースです。靴下だって毎回変えてますよっ。日が変わるとチェンジ。衣装さん達の陰の努力があってこそですね…。何気ないシーンにも、気配りがされているんですよね…。机の上に並んでいる書類も、もちろん毎回違います。そして、編集部シーンで、画面上では手前にエリーと編集長、その間に竹ちゃんと編集部のおじさんが映ってて竹ちゃんが棒で頭をポン!と叩かれているシーンなんかあれ好きですねぇ~。あったかい感じがしました。そしてあの時はどんな話してるのかとても気になりました…。浩子さんいつも応援有難うございますこれ嬉しかったです!良く観て下さってるなぁ~って想いました。改めて見直した程でした。でもすぐ思い出しました竹ちゃんは、いきなり踊りだしたり、仕事しないで爪磨いでいたり、基本的にマイペースなんですが、仕事出来るんですよ。だから編集長にも信頼があります。それはみんなある意味そうなんですが、クールに関わっているようで、内側ではみんな大事に想ってるんですよね…。クールに見せて置きたいんだけど、エリーの頑張りに心でもうよし!って認めてる竹ちゃんは、なんか、内側では、エリーをもう大事に応援してる。だから、会話も気になるし。そしてこの秘宝の編集部を、大事に想ってる。桜観よりずっと実は頭が良くて、仕事出来る人なんだと思います(笑)だから、気を抜く時は、ちょ~リラックスするんですよみんな。この時は実は、将棋やってたんです。あんまり将棋知らないのに挑戦しようと思って、本を見ながら打ってるんですが、気付いたら、小湊さんが後ろに居て、【ここだ!】って打ってたら、後ろから棒でボコンって叩かれて…。【えっ!?ここじゅないの!?】【竹ちゃん違うだろう…ここ。】【あ、ああ…じゃこれはここ。】ボコン【痛いなぁ…】【ここだよ。】…とやってるシーンだったんです。このシーンね。キセルかなんかだったのかなぁ…。良く覚えてないんですが、なんか固い金属の棒でね…小湊さんが持ってたのが、リハの時から想ってたんですが、結構痛かったんです(>
2010/07/29
第3話相原絵里子(山田優)が絵を描いて金持ちになりたいとガムシャラに頑張ってます。平泉正宗(小泉孝太郎)に呼び出されて行くと、ラブホテル前。取材でしたが、大学のアミ(井村空美)ユカ(中園友乃)に、入っていくところを見られてしまいました。絵里子は週刊秘宝編集長の梅本(大杉漣)に、仕事をもらおうと粘ります。根負けした梅本は、「何でもいいからネタ探して書いて来い。面白いもん書いてきたら使ってやる」と、言ってくれました。正宗から突撃潜入取材は8千円と聞かされ、絵里子は正宗を連れ、エステサロンの無料キャンペーンへ行きます。海藻パックで正宗の肌はつるつる。エステサロンのパンフレットに、絵里子は浜岡正志(福士誠治)を見つけ驚きました。絵里子の高知時代の幼なじみです。絵里子ははりきって記事を書きますが、梅本から、「つまんねえよ。お前、絵を描いて金持ちになりたいんだってな。人と同じことやってたっ て、ゴールなんかずっと先だぞ」と言われてしまいます。 *大学へやってきた光代(渡辺えり)に、アミとユカが、絵里子がラブホテルへ入って行ったと報告しました。絵里子は記事がボツになったと謝ると、浜岡は、「気にするな。絵里子の力を借りなくてもうちは業績を伸ばしてる」と言ってくれます。しかしかかってきた電話に浜岡は、「銀行でチェック入った?訳わかんない外国人を雇うからだよ。出し子選ぶ時は慎重にしろっ て言っただろうが」と話しました。成功する訳を聞くと、浜岡は、「世の中でのしあがっていくにはな、学歴なんか関係ない。 金があるかも関係ない。そんなものがあれば初めはうまくいくかもしれない。 だけど一時だ。底の浅いバケツも穴のあいたバケツも、たくさん水は入らない。 成功するのは自分の実力だけだ。 頭と腕で勝負するしかないんだ」とアドバイスしてくれます。希望荘へ帰ると光代が勉強だけはちゃんとしなと激怒!絵里子は、「意味あるのかな?大学で勉強して金持ちになれんのかな?」と話すと、光代は、「お前に使った100万円返せ」と大激怒!絵里子は鴨田丈一(塚地武雅)の部屋へ行きました。浜岡が「出し子」と話していたと言うと、鴨田は怪しさに気づき、浜岡を追ってスクープを取れとアドバイスしてくれます。**絵里子は正宗と一緒に、浜岡を尾行しました。マンションへ入った後で、スーツケースを持って出てきます。喫茶店に入って、男から封筒を受け取りました。次にATMの前で、別な男から金を受け取って、またマンションへ戻ります。大学へ行った絵里子は、酒巻教授(升毅)の助言が入らず、ぼーっとしています。金持ちになるにはどうしたらいいか考えているのです。絵里子が尾行していたことを話すと、浜岡は昔のことは忘れたいと怒りました。話を聞いた鴨田は、浜岡はオレオレ詐欺をしていると話します。喫茶店で会っていたのは名簿屋で個人情報を仕入れていた。ATMの近くにいたのは出し子で、引き出した金を受け取っていたと説明します***カバンに隠しカメラを仕込んで、絵里子は浜岡のマンションへ乗り込みました。男が、「助けて欲しい。金を振り込んで」と電話をかけています。奥の部屋で浜岡が金を数え電話していました。絵里子が「何でこんなことするんだよ!」と叫ぶと、浜岡は「金にきれいも汚いもねえよ。どうやって稼いだって金は金だろ」と開き直りました。絵里子が平手打ちすると、浜岡はエステを開くとき中卒なので誰も金を貸してくれず、金は金を持っている奴の所へ集まると言います。絵里子は、「何でも貧乏のせいにすんなよ。 貧乏のせいにして親恨んで、金持ちうらんで、一生こげなことするから、 人をだまして金かせぐんか!金は死ぬほど欲しい。 でも人だまして泣かして稼いだ金は欲しくない。おもろかったわ、 毎日しんどいことことばっかりやけど、 あんたが描いた絵見て笑うてもうて、嫌なことちっくと忘れるわ。 私はそげなこと言ってもらえる絵を描きたいんじゃ。 そげな金が稼ぎたいんじゃ。 最下位には最下位のプライドがあるんじゃ!」と話しました。男たちに囲まれますが、政宗と鴨田が来て、絵里子を連れ出します光代は取材テープに残った絵里子の言葉を聞いて、心を動かされました。やがて浜岡たち詐欺グループは逮捕されます。絵里子は涙を流しながらイラストを描きました。「10年ぶりに出会った知り合いがオレオレ詐欺をやってました」という絵を見て、梅本はOKを出します****絵里子は退学届けを出し大学を辞め、週刊秘宝編集部で働くことにしました。1枚だけ絵里子あてのファンレターが。光代が書いたものだと気付いていました。絵里子が正宗と歩いていると、氷室(田中要次)がやってきました。5万円で買ったカブトムシの幼虫が死んでしまったというのです。そこへ武藤敬司が取り立てにきます。☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。
2010/07/29
これから観る人の為にもと、あらすじを抜粋して置きます【風の日記】さんのブログに、テレビに沿った解り易いあらすじが書いてありましたので、転記させて貰いましたm(__)m第一話絵里子は、母・光代(渡辺えり)義父・正造(陣内孝則)の3人暮らしでした。しかし貧乏で生活が苦しくなり、切れた正造が車で暴走!やがて正造は爆死してしまいます。借金のため家財道具を持っていかれますが、光代はヌカ床に隠してあった100万円を出し、絵里子に東京の大学へ行くよう話しました桜華美術大学へ進学するものの、ぼろい希望荘に住み、絵の具も満足に買えません。少ない絵の具で苦労して絵を描いていると、酒巻教授(升毅)から目をつけられてしまいます。同級生のユカ(中園友乃)アミ(井村空美)も白い目で観ています。偶然に知り合ったタケル(濱田龍臣)の紹介で、キャバクラ・フェニックスで働くことになります。店長役は仲本工事さん。No.1ホステスは浅川葉子(佐藤江梨子)です。客の塩川(西岡徳馬)を貧乏話でもりあげようとしますが微妙な反応。 *鴨田丈一(塚地武雅)から写真を撮らせて欲しいとたのまれ許します。ところが、週刊誌・週刊秘宝にいやらしい記事とともに載せられ、酒巻教授から厳重注意を受けてしまいます。鴨田が同じ希望荘に住んでいたからビックリ!週刊秘宝の平林政宗(小泉孝太郎)は、元戦場カメラマンの鴨田にあこがれを抱いているようです絵里子は酒巻教授から課題の再提出を求められます。新しい絵の具とキャンバスで描き直せというのです。絵里子はお金のため、塩川の余興につきあいました。激辛スパイス入りのトマトジュースを飲み干したら、5万円くれるというのです。挑戦するも失敗してしまいます正造の49日に帰省した絵里子は、「金のない人間は夢なんか追っちゃいけないんだね」とさびしく言いました。すると光代は絵里子が子どもの頃に描いた絵を出してきます。裏には正造のメッセージがありました。「人生七転び八転びじゃ」「最下位には最下位の戦い方がある」光代は、「やれるだけのことをやったら」と絵里子を東京へ送り出します**絵里子は激辛スパイス入りのトマトジュースに再挑戦!みごとに飲み干します。サトウ画材で絵の具とキャンパスを買って、絵を描き直して、課題を再提出。酒巻教授が受け取ってくれました。250円のノリ弁を買って、まだお金が余っていると大喜び。すると、正造の従兄弟である氷室(田中要次)がやってきて、お金を盗んで逃げてしまいます。第2話氷室(田中要次)からお金を盗まれ走っていくと母・光代(渡辺えり)と激突!義父・正造(陣内孝則)には源造(河原さぶ)からの借金1千万円があり、それを返すため光代は東京で働こうというのでした桜華美術大学でアミ(井村空美)ユカ(中園友乃)から、1枚300万円のリトグラフの話を聞きます。絵里子は自分のイラストを出版社へ持ち込みますが、見てもらえません。文暁社の隣の別館へ行きました。編集長の梅本勝男(大杉漣)はラジオで競馬を聞いています。平泉正宗(小泉孝太郎)が戻ってきて、週刊秘宝の編集部とわかり、絵里子は「こっちからお断り。あばよ」と去って行きましたタケル(濱田龍臣)に、「ちょっとは大人の対応できないの」と言われてしまいます。タケルが、「そろそろバイトの時間だぞ。あの店、遅刻したら1千円の罰金。無断欠勤は1万円」と聞かされ、絵里子はキャバクラ・フェニックスへ急ぎます野々宮春樹(鈴木一真)が来ていました。雑誌「Primavera」の次期編集長と聞かされ、絵里子は大接近。浅川葉子(佐藤江梨子)の上に座って、イラストを見て欲しいとお願すると、「君の絵が見たい。いつでも会社においでよ」と言ってくれました *翌日、野々宮の会社へ行きますが、覚えてません。何とか思い出してもらい、強引に編集部へ入り込みます。途中で「Primavera」編集長の礼子(比企理恵)に名詞を渡し自己紹介しました。野々宮は絵里子のイラストを見て「うちの雑誌には合わない」と断ります。そこへ依頼していたイラストレータが倒れたという知らせが入り、絵里子が4日で仕上げると割り込みました。絵里子はイラストのため、4日間の休みを店長の春日太郎(仲本工事)にお願いします。葉子が口ぞえしてくれ、代わりの女の子を入れたらという条件で許してくれました。光代が登場!「腐りかけのバナナが一番おいしい」と土下座して頼み、洗い場の仕事をもらいます。土佐のソフィア・ローレンイラストを描きながら、絵里子は子どもの頃いじめられたことや、正造との思い出を振り返ります。希望荘でイラストを描いていると、雨もりがしてきました。鴨田丈一(塚地武雅)の部屋を貸してもらいます。鴨田が寝ても絵里子は描き続けました。鴨田の隣りには光代が…寝返りをうつと、光代がニヤリ(笑)**イラストを完成し持って行きますが、野々宮は会議で外出中と待たされました。その頃、野々宮と礼子はスカッシュをしています。2人は出来ていたんです。鴨田が週刊秘宝編集部へ写真を持って行きました。梅本も平泉も報道カメラマンに戻ったらとすすめますが、鴨田にはその気がないみたいです。鴨田の写真の間に、絵里子のイラストがまじっていました。鴨田は絵里子のことを「絵を描いてお金持ちになりたい」と紹介します。やっと野々村が戻ってきますが、「タイムオーバー。原稿は昨日入稿した」と話しました。絵里子がだましたと文句を言うと、野々村は「だましていない。誰も使わないとは言ってないだろう。君しだいではイラストを何枚か載せてやってもいい」と絵里子をホテルへ誘いました。絵里子はホテルへ行ってしまいます。野々村がシャワーを浴びている間に、絵里子はいろいろ考えてました。野々村は、「よかったね。俺みたいな男にめぐりあえて。今夜君は世界で一番幸せな女だよ。さあ行こう夢の世界へ」と言いますが、絵里子は直前になって、「できません」と断ります。野々村は怒って、靴をはきイラストを踏みつけにしました。絵里子は、「やめろ!やめいが!最下位には最下位のプライドがあるがじゃ」と出てきてしまいました***鴨田に頼み込んで、週刊秘宝編集部へ仕事を貰いに行きます。締め切り前日でしたが、梅本はエロネタ限定でOKしてくれました。ネタで悩む絵里子に、鴨田は、「追いつめられた牛は、おのれの肉を食らう」と変なアドバイスをくれます。週刊秘宝に絵里子のイラストが載りました!「今夜君は世界で一番幸せな女だよ」をバカにする内容です。野々村は礼子から異動を命じられます。絵里子だけじゃなく、礼子にも言った言葉でした。絵里子はお金をもらって大喜び!氷室はカブトムシの幼虫を持って、絵里子と光代の前に戻ってきました。平泉が仕事だというので行くと、ラブホテルの前です。どうなるんでしょう?☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。
2010/07/29
すっかり素麺の話題で終わってしまったので、Part2に突入しました。ここで朗報です。もし、第1話を見逃した方。本日13時59分より、再放送があります。チェックして下さいね!ちょっとだけ今、撮影秘話が浮かんだので書いて置きたいと思います。ひとつのドラマのシーン。例えば編集部のシーンひとつとっても、画面でストーリーを展開する役者さん達の何倍ものスタッフが、創り上げています。見て下さる皆さんが、どうせなら、このタイミングでちょっとだけ、そんなスタッフの苦労も感じながら、楽しんで貰えたらと思ったのですが、そんな苦労のたったひとつのエピソードです。週刊秘宝の編集部のメンバーは、とにかく個性派揃い。その中で、竹内雄太郎、竹ちゃんは、ちょっと、いや、かなりおしゃれには気を使ってるみたいで(汗)、一回のドラマの中で、日はどんどん移り変わって行くわけですが、そうすると…特に竹ちゃんの場合は、衣装が総とっかえ…。2話、3話の撮影の中で、日替わりでのシーンが続いた時は、目間苦しく衣装を変えての撮影になりました。楽しかったですよ。見てる人にはあまり感じないかも知れませんが、ベースとなる着こなしは、竹ちゃんのペースがちゃんとあるんですが、靴下の色から全部。毎回コーディネートされていて、なんだか嬉しくなってしまったのは、ヘアメイクさんが毎回ちゃんと変えてくれる、髪の毛をしばるゴムの色((笑))ピンクだったり、紫だったり、緑だったり、時には、キラキラ光り物が付いていたり…。画面でチラチラッと映り込む僕の髪の毛のゴムの色を判断するのは、たいへんだと思いますが、竹ちゃん!気~使ってますっ。歌や、舞台、ミュージカル中心で頑張って来た僕にとって、芸能生活30周年!?のこの時、今日が初めてのテレビドラマの出演を果たせる日になりました。桜観茶屋のお客様は、どうぞ、身内のような気持ちで、あったか~い目で…笑ってやって下さいねっそして、桜観座にも、この夏また新しい風が吹きそうです。桜観座第2期生として、新プロダクションSKY-B-ROADに正式に所属が決まった、法学部のイケメン君が、加わります。同じ大学生である咲仁には、特にいい刺激にもなると思うと、なんだか嬉しくなってしまいました。移り変わる時の中で、出逢いや別れは必然に繰り返されて行くけど、でも変わらない人達はずっとそこに居てくれる。そしてこんなまだまだ小さな僕でも、心で有難うを伝えてくれる…。足りない自分と向き合う日々は、きっと果てしなく続くでしょう。まだまだ壁にぶち当たったり、立ち止まったり、目の前が真っ暗になる事もあるかも知れない。でも、そんな時、《もうひとつの真実》も今こそしっかり見なきゃいけないって言う時があるんですよね…。それは、こんなにも本物の笑顔を向けてくれる人達がいる事。そして、新しい出逢いがまた次々に始まっている事…。また新たにここで、時はリセットされ、僕にとって新しい道が今始まってる気がしています。だからこそ、今またこうして生きている真実に、もう一度心から感謝して、愛おしい人達に精一杯の桜の種を届けて行かなきゃ。さっ走りますよ~ここからも桜観は~崖っぷちのエリー第2話。今晩9時です。是非観て下さいね!☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。
2010/07/16

昨日アクセスが500アクセスを突破すると言う、新記録が残っていました。沢山のメッセージも有難うございましたっ監督の奥さまの佐和子様ちょ~あげまんの奥さんなんだと思います。僕が御二人の為に作った歌を聴きたいと言うメッセージも戴いてますが、頑張って、お届け出来るようにしますからねっ。待ってて下さい。桜観茶屋のお客様にとっては、ちょっとだけ、今までドラマを観ていた時と違う感覚で、楽しんで戴ける日が来ましたよ。第1話の予告の中で、後ろにチラっと映ってる《竹内》を見つけてくれた、咲仁のお母さん有難うございますっ。そうやって今日第2話からは、皆さんドラマを楽しみながら編集部のシーンは、お客様こその!小さな楽しみを!?味わって下さいねっ…って……力入れないで(^^;)優ちゃん頑張ってますから、しっかりエリーの生き様をストーリ-と共に応援して下さいっ。今日はついさっきまで、ちょっと久しぶりに、ヒロッキーシェフが、桜観茶屋に来てくれてました。もちろん最高の手料理を作ってくれました。メニューは、☆いかと完熟トマトのスパゲティ。ガーリックトースト添え。 そして、ピーマンの肉詰め☆美味しかったですぅ。この暑い夏は、気付くと、《あっ…なんも食べてない。》みたいな事がありがちです。僕はこの数日は、ひたすら《そ~めん》でした。なんかしっかり栄養が取れた感じです。いかが柔らかくて、肉ピーマンなんか、ソースも何にもいらない位美味しかったです幸せです。ヒロッキーシェフの料理を食べられるのは、限られた一部のお客様だけですが、ほとんど僕だけですが(笑)いつか☆桜観茶屋イベント☆でも企画出来たらいいなぁ。いや、シェフは大迷惑だと思いますが…ねっ…。考えますっ。あの…皆さん…素朴な質問ですが、冷麦と素麺の違いって…すぐ答えられますか?あっ答えられる…ですか…僕はじぃ~っとしばらく、二つを持って、悩んでました。結論は、細いのが素麺!?と言ういい加減な結論に達しましたが、結局同じ食べ方をしてるんですけど、これ、こんな事を考えるのは僕だけ!?だったのして…と、ネットで調べたら、ずら~っと、同じ質問が出て来ましたよ。コホンやっばり解りやすいのは太さ…でしたが、小麦粉を練って縒りを掛けながら引き延ばしたものが「索麺」と呼ばれる「素麺」の起源。一方、「ソバ切り」に対して「切り麦」と呼ばれたのが、今で言う「うどん」。それを熱くして食べるのが「熱麦(あつむぎ)」、冷たくして食べるのが「冷麦(ひやむぎ)」。「ひやむぎ」は油を使わない切り麺というのが通説ですが、「手延べそうめん」と同様に油を塗りながら縒りを掛けて引き延ばす方法で作る「手延べひやむぎ」もあります。また、富山の「大門素麺」のように、油を使わない手延べそうめんもあります。秋田の「稲庭うどん」や宮城の「白石温麺」も、基本的に同じ系統です。ちなみに、JAS規格にはふつうの「乾めん」と「手延べそうめん類」の二種類があります。「そうめん」「ひやむぎ」「うどん」を主に麺の太さで大雑把に分けている点では、どちらの規格も大差ありません。『乾めん類の日本農林規格』 乾めん類 ├─ 干しそば ├─ 干しうどん ├─ 干しひらめん └─ そうめん『手延べそうめん類の日本農林規格』 手延べそうめん類 ├─ 手延べそうめん ├─ 手延べひやむぎ └─ 手延べうどん『手延べ干しめんの日本農林規格』(特定JAS)なお、『乾めん類品質表示基準』では、「ひやむぎ」は「細うどん」とも表示できることになっています。つまり同じものという扱いです。細かいことは抜きにして。また、「ひらめん」は「きしめん」「ひもかわ」と表示できます。これも本来は微妙に違うといえば違いますが、同じといえば同じ…です。・ ゚・。* 。 +゚。・.。* ゚ と解説してありました。あとこんなのも↓規格ではありませんが、本来「そうめん」は打った後に「寝かせる」という工程が入ります。昔ながらのそうめんは冬に仕込みます。冬の乾燥した風を利用して乾燥させ、そして寝かせます。そして梅雨の高温多湿の季節を越すと熟成されるそうなんですね。そうめんのコシはこの工程でできるそうです。スーパーで売ってる普通のそうめんが実際どうなのかはわかりませんが、一応製法も違う、という事で。・ ゚・。* 。 +゚。・.。* ゚ まだいっぱいありましたが、要するに…太いのが好きか細いのが好きか…でいいかっ。と解決した桜観です。スパゲティーも細麺が好きなので、僕は素麺派ですあっすっかり食べ物の話になってしまいましたね。
2010/07/15

夜9時にはどうぞ皆さん、チャンネルをテレビ朝日に合わせて下さいね。この一週間は、ドラマのスタートともまるで何かが重なっているかのように、色んな事が起きていました。新しい出逢い、このホームページを通して見つけて下さった方との、懐かしい有難い再縁。そして、想像もしていなかった別れもありました。でもそうやって、人生って続いて行く。また始まって行く。悲しい事や避けられない別れが起きた時、その現実にばかり焦点をあてるより、振り返った時、後悔は全くない程、足りない足りない自分でも、やり切って頑張れたと自分とシビアに向き合った時、思える心があれば、全てが大切な価値ある時として、ここからの道に重ねて行けるんじゃないかと僕は思いたい。そしてまたもっともっと、妥協しないで、成せる自分に向かって行きたい…。何より、心を本当に繋いでいて貰える、有難い人達の存在の価値を、またこんな時こそ再確認して、感謝にして、★崖っぷち★から這い上がって行かなきゃ。時は戻っては来ませんからね。前髪を超久しぶりに下ろして写真撮って観ました(photo by Studio-lemonade)すこ~し若くなる!?でしょ(笑)写真は《構えて》撮れるからいいんですが、ドラマの撮影中は芝居してるので、一瞬であっても、テレビ画面で、まんまの自分を見るのは、こ、怖いです^^;キャストの皆さんのエピソード…小泉孝太郎さん・ ゚・。* 。 +゚。・.。* ゚ とにかく、と~にかく、好青年と言う言葉が、こんなに似合うと思った人は今までになかったかも知れません。ほんとに優しい、気遣いをされる方です。撮影の合間にも、内側で緊張感を閉じ込めてたつもりですが、届いちゃってたのかなぁ…^^;目が合うと、にこっとして下さって、竹内のデスクの本を見ながら、セットの中で、雑談してる内に、塚地さんと三人の会話になって、盛り上がりました。内容は…秘密です素敵な俳優さんです今日の一話は僕も、視聴者として楽しみたいと思ってます。皆さん絶対観て下さいね。・ ゚・。* 。 +゚。・.。* ゚
2010/07/09
いよいよ今週第一話がオンエアになります。山田優ちゃんの初主演ドラマ。皆さん是非是非オンタイムで観て下さいね。えっ!?その前に…トップ写真…やですか(;一_一)歳がいもないですか…食欲失せますか…いや…気取った写真はいっぱいあったんですが、写真は恐ろしく自分と違う姿も映し出すものです…。気取る程僕は現実と遠くなって行き…きっと…この人返して下さいっ!!!!!この人は何処ですか!?と言われてしまうのでぇ(;一_一)まだ近い方がいいかなと…。お客さまをお迎えするのですから、ウィンクひとつ位サービスして元気に(*^^*)ねっ。(;一_一)やですかぁ…。抗議失笑が多ければ、負けてしまうかも知れませんが、崖っぷちまで追いやられたら、落ちちゃうかも知れませんがぁ…崖っぷち!?崖っぷちのエリーいよいよスタート!7月9日夜9時~です!!!! 僕自身も、いよいよストーリーの中で編集され、どんな物語が展開されて行くのか、今から楽しみです。。今日は主演の山田優ちゃんの、お誕生日この場を借りて、優ちゃん!お誕生日おめでとうございます!・ ゚・。* 。 +゚。・.。* ゚ 今日はきっと、沢山の方達に囲まれて、素敵な誕生日を迎えられるんでしょうね。前室で、たまたまダンスの話しになった時でしたが、プロモーションビデオの話しなんかをしてたんです。とにかく、めちゃくちゃかっこいい!僕は、優ちゃんの曲の中では、~Fiesta! Fiesta! ~と言う曲が特に好きです。PVもかっこいいんですよ。そんな会話の中で、体の柔らかさについての話しになって、びっくりしました。実際に目の前で見せてくれたんですが、開脚はペタ~ン!?それを、塚地さんが、真似し始めてムーンウォーク!?みたいな感じ!?の動きも見せて下さったんですが、みんなで大爆笑になりました。片足だけの繰り返しでほんと可笑しかったです。優ちゃんはもちろんばっちり見せてくれましたよ。西原さんのエッセイ、実話が元になったこのドラマ。オンエアが待ち遠しいですね。ほんとに皆さん、応援して下さいね。☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。
2010/07/05

昨日4話までのスタジオ収録を無事に終えましたいざ!シャキっと心をリセットして撮影!楽屋にて…前日…夜中ワールドカップを観て居た僕は、ほぼ眠れないままスタジオ入りしました。初回の撮影の時とは違って、精神的にはかなり落ち着いた形で、撮影に望む事が出来ました。舞台との大きな違いはなんと言っても、ストーリーの流れが順を追ってないままに、芝居をして行く事。でもそれは考えて見たら、まさに編集部の中で生きている竹内の人生とだけ関わっていると言う事で、そのシンプルな視線から芝居をして行く新鮮さもあるんだと感じました。主人公のエリーはどんどん壁にぶち当たりながら、越えて越えての中でストーリーは展開して行きます。実話を元に創られているこのドラマは、脇を固めている役者さん達のキャラクターが生きてこそ、エリーの人生を引き立たせてより、ドキュメントに近付けていけるんだと思います。映像制作の面白さが早くも僕の中で、どんどん膨らんでいました。まさに山田優ちゃんは、全力で初の主演ドラマに体当たりの芝居で頑張ってます。短い時間で撮影はどんどん進んで行くので、役者同志のコミュニケーションは束の間と言えば束の間ですが、前室での待ち時間は、ほんとに編集部のメンバーとしていつも頑張ってるかのように、笑いが絶えない時間を過ごさせて貰えてます。僕の感じる素顔の皆さんをちょっとだけ…大杉漣さんとにかく気さくな優しい方です。サッカーが大好きな方で、昨日の撮影では時折、《勝たせてやりたかった~(><)》とおっしゃってました。色んな話しをして下さってます…いや…結構いじられてます(笑)桜観と言う名前を台本で指さして、《竹ちゃん!←役名 これはなんて読むんですかぁ?さくら…かんさん!?》~さくみぃですぅ~《本名は!?》~言いたくないですぅ~《教えてよ~》~あまりに普通の名前なんで…~《え、教えて!(*^^*)》僕が本名を伝えると、《そ、そ、そりゃあ… …普通の名前だっ(;一_一)》周りにいた皆さんも一緒になって笑ってました。《優ちゃんや、すももちゃんを基準にするとぉ、桜観さんは、 お兄ちゃん!?…おとぉさん!?》おにぃちゃんですぅ!!なんて、いじられまくってます。 僕が2話で登場するデスク前でのシーンの時、どうやろうかなぁ…なんて悩んでて、こんなんどうでしょう!ってちょっとダンスの振りみたいなのを一瞬入れたりして笑わせてたら、《それでしょ!絶対それ!それがいいよ~やってみなきゃあ(^O^)》~えっ!?まじですか!?~僕は…やっちゃぃました(汗)。2話ちょっとチェックして下さいね本番前の灯り合わせやチェックの少しの時間ですが、編集長のデスクにあったトランプを使って、一生懸命手品を見せてくれるんですよ。でも、切り替え早いっ!本番行きますよ~の声で、一瞬にして怖い編集長に早変わりです。山田優ちゃんほんとに頑張りやで、気遣いと笑顔の絶えない人です。そうですね~…。食べに行った料理の事を雑談で話すような収録シーンの時だったんですが、僕は優ちゃんと向かい合ってて、正面で話しを聞いてるんですよ…その撮影の合間に昨日は、こんな話ししました。《桜観さん、へちまって食べた事あります?》~へちまですか!?ないなぁ、沖縄料理ですかぁ!?~《いいえねそう言うわけじゃないんですけど、あっさりした味で美味しいんですよ。》僕は隣りの小泉孝太郎さんに、~へちま食べた事あります?~《へちま!?ないです》そしたら、優ちゃんが、《今度スタジオ撮影の時、作って来ます!》なんて会話をしました。Part2へ続く・ ゚・。* 。 +゚。・.。* ゚
2010/07/01
梅本編集長!!!(大杉漣さん)約束守りましたよ~初の連ドラ出演《崖っぷちのエリー》の、第2話~の編集部シーンの撮影が、24日いよいよスタートしました。早朝三時半起き、スタジオには七時半入りでスタートしたこの日。深く長い一日の最後は、ワールドカップを最後まで起きて応援する事!大杉漣さんと、絶対寝ないで応援するぞ~!と約束した桜観は、パソコンに何度も頭をぶつけながらも、携帯から日本を必死で応援し続けました。凄い試合でしたね。本田選手のインタビューの、《目標はもっともっと先にありますから!》そのひと言が、心に強く今この時と重なった桜観でもありました。日記の更新遅くなってごめんなさいm(__)m。何故か、この日。一日のアクセスは、桜観茶屋開店以来トップのびっくりするようなアクセスを記録していました。僕の内側にぎゅっと閉じ込めた緊張感を、言葉しないで察してくれていたチーフマネージャーのTさん。そしてSky-B-Roadと言う新しい会社も立ち上げたかなみさん。の想いとはまた別に、同じ役者の立場で、本当に気持ちを察してくれて、一生懸命になって応援してくれていた、《毬川羽音》が、どうやらこの日のアクセスに滑車を掛けてくれたようです。崖っぷちのエリー★桜観←で検索すると、羽音のブログの記事が、だ~っと出て来ました。羽音ほんとに有難うね。書いて置きたい出来事が、どんどん積み重なって行く中で、気が付くと、とうとう、2010年6月24日になってしまいました。。この日は、大好きなひばりさんの命日でもあり、worldカップで決勝進出を日本が決めた、輝かしい日本と言う国の吉日に橋を掛けた日でもあり、、心の中に居る大切な一人の少年の未来と、僕自身に起きている小さな奇跡でも、それを重ねた日でもあり、二年前…。何度も自分の住まいの近くで会った、大杉漣さんと言うベテラン俳優さん…。自分自身こそがこれは絶対縁だ…と、珍しく予知を感じて、そこに何かの確信すらあった事が、本当に現実になった日でもありました…。キャストの皆さんほんとに優しい方ばかりです。大杉漣さん、小泉孝太郎さん、塚地武雄さん、八神蓮さん。おひとりさま★に生徒役でも出演していた石井美絵子ちゃん。名脇役の中原和宏さん。そして山田優ちゃん色んな雑談をしながら、あっと言う間にコミュニケーションが取れ、『週刊秘宝』という編集部は、このドラマの中での呼吸を始めていました。そして、早朝からの撮影の中で、最後の最後まで、笑顔と、テンションをキープしたまま、皆さんが存在し、特に、山田優ちゃんと大杉さんは、感動を感じる位に最後まで光を感じずにはいられませんでした。プロフェッショナルな俳優さん達の中に、自分が存在している事をほんとに役者桜観として有難く感じました。舞台の世界では体験した事のない新鮮な時間が、そこにありました。皆さん桜観が見つけられなくてもいいんです。そこに竹内雄太郎が編集部に当たり前に存在してる事が、ドラマの中でだんだん心に届けばいいなぁって想います。『崖っぷちのエリー』。どうぞ観て下さい。そしてこのドラマをいっぱい応援して下さい。さすがに、ワールドカップを観たあとは、気絶したように寝てしまいましたが(笑)この日、始めてテレビドラマと言う世界に、身を置いた一日。とにかく、自信を持って、精一杯を目標に頑張りましたが、これからひばりさんの命日の度に、僕はこの時の自分を一生忘れないと思います。次の撮影ではもっともっと、竹内雄太郎と言う個性的!?な男に命を注いで、演じるより、存在したい。結構クールに気取ってるようで、みんなの事好きなんだろうなぁ…と、撮影の終わり頃には感じてました。仕事してないようで、しっかり編集長には信頼されてる。やるときはしっかりやる男。ちょっと派手過ぎ!?だけど、演歌も好きで、ダンスにも興味あって。ただ、あまりにもこの編集部は汚ないんですよね~。もう少し綺麗にしたらいいのに…。いちおう女も一人居るんだから…。ったく…男と電話ばっかりしてぇ…すももは…←役名書の心…こんな編集部の中でも、忘れないで同類にならないようにしよっ。←書道の心得があるのです。なんて竹内は今思ってます。次の撮影も頑張ります。正直…しょ~じき…心も体も全エネルギーを使い果たしたと思える位、緊張感が丸一日外せなかった日でもありました。でも、終了後、チーフマネージャーの、桜観さん、今日は、『350点でしたよ』の、ひと言が、涙が出る位嬉しかった…。第2話無事に撮影終わりました。感謝いっぱいの1日でした。☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。
2010/06/24

更新が遅くなってごめんなさい。メッセージ下さった方有難うございました。2010年6月1日。この日僕は、連続ドラマのキャストの中に、《桜観》と言う名前が記された台本を、手にした日でした。大決定になるまでは、日記にもまだ書かないで置こうと思っている内に、《崖っぷち》の桜は咲いてくれていました。七月から始まるテレビ朝日系列、《崖っぷちのエリー》に、『週刊秘宝』と言う雑誌の編集部の一人、竹内雄太郎と言う役で、出演が決まりました。編集長役は大杉漣さん。僕にとって、舞台は少しずつ大きな場所に向かって、東京文化会館でのローゲと言う大役まで、繋ぐことが出来ましたが、連続ドラマのレギュラー出演は、初めてです。正確には第2話からの出演になります。台詞がきちんとあるような、大きな役ではありませんが、キャラクターが、一人一人つよ~いメンバーで集まった、編集部の欠かせないカラーの一人として、とにかくこのドラマの中で必然で存在出来たらと思ってます。溢れる位の、新鮮な体験を踏めそうで、今からもう、有難い緊張感が走っています。2話から、必ず編集部のシーンで、ちらちらっと姿を見せますので、ドラマを楽しみながら、竹ちゃんを見つけて下さいね(笑)
2010/06/01
心の中を、もう一度大きくリセットして行く為に、気付くと僕の日々の中では当たり前になっていた今日までの時間にあった様々な出来事が、日記や、綴っていた執筆を読み返す中で、次々と、まるで蕾の花がひとつひとつ咲いて行くように、記憶の中の忘れ物を、僕に改めて思い出させてくれました。ここに初めて来て下さって、日記をこうして読んで下さっている方がまず興味が湧くのは、きっとどんな不思議な体験をしたのかと言う事に尽きると思いますが、その事より前に、大切な事は、人との縁です。目の病気と闘いながら、いつも優しく、穏やかな、でも少年みたいな心で、何年も何年も僕の今を遠くで支え続けてくれた《ゆう》とは、このホームページで出会いました。きっと普通に人は、信じられない縁だと思う筈です。最初は掲示板を通して、言い合いを続けていた関係が、どんどん深くなり、まるで親戚のような関係になって行きました。諸事情で、保険証を持っていなかった僕の為に、ボロボロだった歯を直す為に、ある時から一年間。毎月毎月、車で通ってくれました。いつも僕の心に笑顔の姿が浮かぶ一人です。あの時の治療がなかったら、僕は、歌をまともに歌う事が出来ない位、歯はひどい状態だったんです。一年のホームレスの日々は、12本もの歯をさし歯にしなくてはいけない位、殴られて歯を失ったり、ひどいむし歯を自分でひきちぎったり、それゃあそうなると言える毎日だったんです。えっ!?なんで!?そんな…となってしまいますが、そうすると、ぜ~んぶ説明が必要なので、今は勘弁して下さいね。そして、※今ここでしばらく止まってしまったんですが、さらっと書けない事いっぱいあるんですよね…。あっそうだ、それは書いちゃいけないんだ…なんて、大急ぎで今消したとこです。苦しい時、ほんとに、世の中の隅っこにいた時、そんな表現で今は許して下さい。ヒロッキーと再会する前に、僕の心を支えてくれていた人も何人かいます。誰一人欠かせない人でした。公園のベンチで倒れている僕を、奥さんと一緒に病院に連れて行ってくれた人…。死の入り口に立つ事しか命の意味はないと思っていた僕が、のちに、《父さん》と呼ぶ人になります。自分の身に起きている事の意味が、どうしても解らないまま、僕は何年も奇跡的に命を繋いでいました。もう歌う事なんて、二度とないと思っていた僕が、この日僕は、ずっと心を支え続けてくれた歌。さだまさしさんの《奇跡~大きな愛のように~》と言う歌を唄いました。自分の中で、もしもう一度ステージに立ったら、命を繋いだバツを受けるような気がして、この日、ステージで大きな事故でも起きてしまうんじゃないかと、本気で、歌い終えた瞬間に命がなくなる覚悟さえしてステージに立ったんです。その時のドキュメント的映像が、桜観《Sakumi》チャンネルの動画で探すとあります。髪の毛をしばってない方の奇跡がそうです。あの日からも、正直ずっと自分が生かされた意味と向きあった日々を刻んで来ました。そうこの日山田先生や紫穂さんとも初めて会いました。人の命と言うより雑草のようだった僕の命が、センターステージで、歌を歌うと言う復活を果たしたのが、実は、《五月十日》でした。
2010/05/09
昨日は、塚本連平監督から電話があり、力を抜いて、ほわ~ん、と長話しをしました。《連さん…つい時間を忘れてしまってごめんなさい(^^;)》監督は今“プロゴルファー花”がドラマでは最新作です。是非観て下さいね。面白いですよ。ゴルフには全く興味がない僕が、ワクワクしながら次を待ってる位ですから、いつも大笑いしてます。くっさいセリフの連続連打に。石黒さん最高sakumiチャンネルにもアップしていますからね。夏のテレ朝の新ドラマは本格的に監督が芯にやるみたいなので、まだ言えなんですが、タイミングが来たら、告知します。監督はほんとに、あったかい人です。写真は怖そうに見えますが(笑)、めちくちゃ優しい人です。奥さんも美人で楽しい人なんですが、僕はある時から二人をずっと見守ってました。結婚式の日は、かなり迷ったんですが、歌う曲はやっばり、僕の人生の節目にはいつもあった曲。《奇跡~大きな愛のように~》を歌わせて戴きました。連さんとは僕の体験に興味を持って戴いたのがきっかけでしたが、何度か会って行く内に、仕事と言う意識の中の囲いを外した所で、自然に自然に、僕にとって《月の人》になっていったのが、監督…連さんです。そして久しぶりにドラマ撮影中の智からも、元気なメールと写真が、兄貴ぃ~と、届きました。あのドラマ…もちろんしっかりストックしてあるんですが、優太や咲仁に、どうだった!?と聞きながら実はぁまだ観れてないんですっ…(^^;)今日あたり観て置かなきゃと思ってます。僕はもちろんテレビでじゃなく、パソコンですけどね。母とも話し、ずっと気になっていた人にもやっと連絡が取れたり、人の縁の蕾は、今、時を総したように、どんどんとそれぞれの人生に開花を伝えてるような気がしています。
2010/05/08

アーティストページとしての、ブログが、本当の意味で呼吸を始めたのもローゲのお陰ですが、ここをずっと読んでる人にしか解らない言葉や、深いメッセージを、今は急にここに辿り着いた方の為に、しばらく慎重を期して、思うように綴れないのは、少し寂しいですが、これも大きな道に向かう為の、し得る大事な仕方として、今は頑張って平行させようと思っています。しかし…たいへんです(>
2008/02/26

2008年2月20日~24日。東京文化会館大ホールでの、オペラ《ワルキューレ》は、無事に千秋楽を迎える事が出来ました。足首は小さな擦り傷が絶えなくて、今頃チクチクと痛み出しています…^_^;そして体中を灰にして、ボディペインティングをされた僕は、いくら念入りに洗っても、まだまだ白く!?灰色で…。少しずつほんとにローゲと本物のさよならをしてる気分です。そしてまだ体だけでなく、心にもローゲは何処かに残っているような気がして、なんだか妙に写真を見ると切ない気持ちになってしまいます。まず言える事は本当に素晴らしい舞台に立たせて貰いました。出演者はもちろん、舞台スタッフの方々に、こんなにも心で創って行く作業の確信を届けて貰った事は、過去の舞台にはない、有難い真実でした。僕にとって大きな挑戦でもあったこの役は、しっかりここからの道に、新しい光を届けてくれた気がします。まだうまく言葉として綴れませんが、今までにない感慨深い思いが、振り返ると込み上げています…。ローゲありがとう…。そしてこの作品に関わった、全ての皆さん。本当に心から感謝でいっぱいです。ここに掲載している写真の他にも、美しい舞台の20ショットが、ウェブサイト《クラシックニュース》でまだ観る事が出来ます。《ワルキューレ》のゲネプロの記事演出のジョエル氏と…。優しい笑顔で…毎回抜き稽古では演出が変わり、一回一回を覚えて置く事に必死でした(>
2008/02/25

製作スタッフの鍛治さん、いつもずっと穏やかなエネルギーで慌てる僕に対処してくれる福田さん…。また今日衣装が一部変わる事になったのに、僕に《楽しみにしてて下さい!》と言ってくれる衣装さん。毎日もっといい形でと、頑張って下さるメイクさん。何かを心で感じて、色んな子達が笑顔を僕に向けて話し掛けてくれるようになった、沢山の助演の男の子達…。ここに表現者として立てる事を、本当に心から感謝し、心からこそ湧き出る奇跡を、二つのシーンの中で、ローゲとして僕はここで客席に向かって届けたいと思います。火の神ローゲメイクにはしっかり1時間掛かります。普段は凄く気さくで楽しい小森輝彦さんと…。ボケてて済みません。とにかく謙虚な方です。泉良平さんと…。さぁ!ゲネプロ2日目です!・。* 。 +゚。・.。* ゚ + 。・゚・・。* 。 +゚。・.。* ゚ + 。・゚・
2008/02/19
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