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私と同世代の、「平均余命」が、概ね「20年」で、 注「平均余命」とは? →「ここ参照」私のような「透析患者」は、「その半分!」と担当医が申しておりました。となると、「あと10年か・・・」と、このような「10年カレンダー」を机の前に貼って、人生の終幕をあれこれとイメージしておりますが、その10年を構成する単位・・・「1日(毎日の暮らし)」が、なかなか思うように行きません。頭の中と心がどんよりしている原因は、「現在の困りごと」が大きく影響しています。実際は、物心ついてから「ほぼ24時間365日」困りごとだらけで頭も心も埋まっているのですが、それなりに「許容量」というものがあり、「人一倍の許容量」を自負している身では有りますが、時として、その許容量に迫ることがあります。「許容量」自体も、実際の物理的「器」のように常に一定の規格を維持しているわけではなく、体調や天候や「阪神優勝!」などで、日々変化します。現実は、「困りごと」が増えて「許容量」を超える、というよりも、「常に一定量の困りごと」を抱えているのに、日々変化する「器」が縮んだり凹んだり穴が開いたりして溢れて漏れ出しそうになる。・・・と言った方が近いかもしれません。いずれにせよ、溢れて漏れ出すと厄介なので、出来る限り規格を維持するか、さもなくば修復を試みます。が、限界近くまで来た頃にはちょっとやそっとの事では修復が追いつきません。そんな時、試みる手法があります。★まずは、今抱えている問題を列挙します。大きな問題、些細な問題・・・10個ぐらい挙げます。私の現状は、 ①資金繰り・・・要するにお金が回らない。 ②ハローワークに提出する書類が片付かない。 ③年金事務所に提出する書類が片付かない。 ④税理士に提出する書類が片付かない。 ⑤銀行に提出する書類が片付かない。 ⑥部屋が片付かない。 ⑦透析液交換のサイクルが安定しない。 ⑧勉強時間がとれない。 ⑨運動不足。体力不足。 ⑩肌が荒れてきた。ま、取り合えずこんなところで・・・列挙してみて改めて分かったことは、 形式の無い「レポート」や「統計」などは 作業自体が、「好き!」で得意(だと思う)。 が、「決まった形式の書類」や「役所への提出物」 を作成するのは「嫌い」で「作業が遅い」ようです。個々の、重要度を示すと ① 70% ② 6% ③ 5% ④ 4% ⑤ 3% ⑥ 2% ⑦ 2% ⑧ 5% ⑨ 2% ⑩ 1%ぐらいなので、「パレートの法則」に則ると ※「パレートの法則」⇒「わかりやすい記事①」 「わかりやすい記事②」 「わかりやすい記事③」 「過去の日記:2008年1月22日」 「過去の日記:2011年9月22日」あきらかに最優先順位は「①」以下、②→③→④→⑧・・・と処理していくのが最善なのです。労力はどうあれ、①を片付けた時点で、「70%」解決。以降、②までで「76%」、③までで「81%」、④までで「85%」たった4項目で「85%」片付くのですから、重要度の高い順にこなす!が大正解。・・・なのですが、そもそも、「重要度:高≒難易度:高」で、「それが出来んから困っとるんやんけ!」というのが現状なのです。★ここで一計を案じます。まず、⑥⑦⑧⑨⑩を「現状では致し方なし!!!」「そのうち何とかなる。今は致命傷ではない!」として、現時点での解決を諦めます。(これで、即座に「10個の内5個解決!」 ・・・実際は、全く解決してないのだが。。。)次に、比較的「厳密さを求められてない」書類として⑤を片付け、同様に、④、あわよくば③あたりまで何とか形になれば、「めんどくさい」ので手つかずだった②も、勢いで何とかなりそうな・・・ここまで来れば「10個の内9個」として「完遂率=90%」として評価します。実際は、②③④⑤⑥⑦⑧⑨⑩まで9個こなしたところで「30%」しか解決しないのですが、これを「90%」としてしまうのですから、かなり「我が心と脳みそ」を騙さないとアカンのです。かくして、あわよくば9個、悪くても6~7個処理できれば、「ほぼ」解決したも同然。あとは、残りの1個(あるいは2~3個)❝ だけ ❞ をこなせば「オール・クリア」なのです。実際、「とにかく1歩踏み出す」ことは問題解決に際しては、かなり有効な手段で、特に「何から手をつければ良いかわからない」時や「全くやる気にならないけれど、やらねばならん」時、には、「結局何も出来なかった」という結果よりは遥かにマシでしょう。これとは別に、目の前の「難題」(得てして己の力量のみでは解決が困難。)に対しては、客観的には「可:否=10:90」ぐらいでも強引に「上手く行く ОR 行かない?」の2択と捉えて、「可否は五分五分!」と決めてしまいます。これによって、「可:否=50:50」にまで持っていけます。当然ですが、結果は概ね「10:90」ぐらいで決着するのですが・・・とは言え、結果が出るまで「10:90」の恐怖に晒されるよりせめて結果がわかるまででも「五分五分」と思えれば多少は、ストレス軽減になり、この目の前の「難題」以外のことは、少しでも平静な心でクリアできそうになります。また、結果的には(当然のように)「×」だったとしても、そこから立ち直る時には「ほぼ不可能」として立てた作戦よりも、「五分五分」の可能性を勘案した作戦の方が、目指す着地点がより良いものになっているので、その後の「修正案」が「前向き」になります。メイン難題に心を崩されていては、普段なら簡単にこなせる案件すらも「次なる難題」に化けてしまいます。こうなると、本来一つしかないはずの「難題」がいくつもいくつも出現したかのような錯覚に陥り、気が付くと、「難題だらけ」になっています。よくよく整理してみれば、「難題はひとつ」だったりするのですが・・・一人で抱える難題に対しては、かように己の心構えを操作しながら何とか生き延びてきたのですが、これが、自分以外の人間を巻き込んでいる時はことは簡単には済みません。会社勤めをしていた頃は、なかなか周囲に私の思考が理解されず、 「何て楽観的な!」とか、 「かむ太郎さんは飄々としてますねぇ。」とか、 「実は、何かとてつもない秘策でもある・・・とか?」などと言われたものです。(だって、悲観しても楽観的でも 結果が変わらないんだったら、悲観しても仕方ないいやん!)私が一番の責任者である場合は、最悪自分がひっかぶれば済むのですが、そうでない場合(特に部下にせ金の所在が有る時)は、一言・・・ 「大丈夫やて。結果ダメでも、死にゃあせんから。」意外にこの一言が、効くことが多々有りました。この記事で、記念すべき「2400件」になりました。よくもまあ、綴ってきたもんですな。
2023年11月19日
以前・・・と言っても10年以上前に「世に従はん人は~徒然草 第百五十五段」 ⇒記事は「ここ」を綴りました。カテゴリーは、「かむ太郎の法則」 ⇒一覧は「こちら」として分類。「かむ太郎の法則」は、自分が生きてきたそれまでの人生で実際に付き合いのあった人の生き様、言動その時々の考え方や判断基準、歴史・文化・経済・科学・まんが・・・何冊も何冊も読み漁った書物から得た金言・格言、心構え、知恵、発想、などなど。更には実際に自分が直面して凌いできた場面での失敗した戦略、功を奏した戦術いろんなこと取捨選択し、織り交ぜた「わが人生の指南書」と言っても良いかと。時折読み返して、明日への羅針盤としております。運営、資金繰り、事務作業・・・零細企業の経営者ならどこも同じかと思いますが、日々の煩わしさ、月々のお金の工面、役所や関係先への書類の山。(「ぺーぱーれす」どころか、年々紙の書類増えてねぇか?)日々少しずつ「閏ストレス」が溜まり、月に1回、か2~3か月に1回或いは、半年、1年に1回ほど、目には見えない「積り重なったもの」が何かの拍子に、「ど・ど~~~ん」とのしかかってきて心も身体も重くなり、思考停止になりそうな時があります。そんな時は、誰のどんな言葉よりも「あの時の自分」の言葉が大きな拠り所となり、エネルギーを充填できるエネルギー源にもなります。何と言っても、「そりゃ、あんたはエエわさ。」とか「おまえと俺では生きてきた環境も違う。」とかいう逃げ道がないのです。その時の「あんた」は自分自身ですし「おまえ」も自分なのですから。たとえ、「今」と「その時」とのいろんな事情が異なるにせよまぎれもない自分が感じたことなのですから。そう思いながら「世に従はん人は~徒然草 第百五十五段」 (2011年7月15日)を読むと、 「春暮れて後、夏になり、 夏果てて、秋の来るにはあらず。」 苦しい時こそ、より真剣に 先を見据えなければ、悪循環になります。 窮した時こそ 通常以上にエネルギーを使って 次の準備を整えなければ 「負け戦」へまっしぐら! ぼやぼやしてる内に 人生なんて、あっと言う間に過ぎ去ります。と、12年前に力説しています。全然進歩してないなぁ。それどころか、12年経って再びやっとこさ同じ境地に立ってるやんけ!と自省しつつも、改めて 苦しい時こそ、「明日」への足掛かりを「今」作る。 種を蒔いたとてすぐには生えぬし、 蒔いた種、全てが生えるわけでもなし。 それでも・・・「蒔かぬ種は生えぬ!」お金も、体力も、残された時間もそれほど多くは無いけれども、出来ることが「全くない」わけじゃない。全然捗らなくても全然ゴールが見えなくても 「一歩踏み出せば景色が変わる」 ⇒記事は、「ここ」 迷ったら動く!止まりそうな時こそ、動く! ⇒デカルトの話は、「ここ」一歩でも・・・それすら叶わぬならばたとえ半歩でも、踏み出しますぜ!
2023年11月13日
38年ぶり・・・です。多くは語りますまい。前回(1985年)の日本一の時は「まこれで、ちょくちょく日本シリーズ観戦できるな。」と思ったのがアカンかったか、その後はご承知の通り。普段は、 ・決してテレビ中継は見ない!録画もしない! ・球場へ行くなど言語道断! ・結果のみを調べるだけで、映像などはみない。という習慣を堅持してきました。※なんせ、リアルタイムで見るとテレビだろうが球場だろうが負け、逆転負け、大差で負け・・・ラジオで聞いた最初の「生中継」は「残り2試合で1勝すれば優勝!」の年の最終試合。ラジオを付けた瞬間・・・「9対0、阪神敗れました!!!」の絶叫!とにかく、プロ野球に限らず「贔屓にしてるチームや選手が出る試合は見ない聞かない!」ことにしてきました。ところが、今年のWBCを全試合テレビ観戦したところ御承知のように「全勝!」ひょっとして、阪神観戦の呪いも解けたか・・・とシーズン中、時折阪神の中継を見たりしましたが、やはりアキマヘン!阪神だけは見てはいけない!聞いてはいけない!と改めて肝に銘じました。ネットニュースの「文字情報」だけで今年のシーズンを乗り切ってきました。それでも、「次、いつ日本シリーズ出てくるんやろか?」と思うと、はたして生きてる間に次の機会が来るのか?という不安にかられ、全阪神ファンに申し訳ないと思いつつ今年は・第1戦・第4戦・第5戦をテレビで見てしまい、全て「勝ち!」テレビ中継がなかった試合は「負け!」「をを!これは!今までの精進が実ったか! 見た試合全部勝ってるし、見てない試合が負けてるやん!」と鼻息荒く「第6戦」も鑑賞。さすがに山本から2戦連続勝つのは至難の業でした。「やっぱり見てはアカンのか・・・最終戦は宮城やし。」それでも、もともと中継予定の無かったのが急遽「サザエさん」をカットしてまで中継してくれる・・・てんだから、「見るぜ!」大英断で鑑賞しました。やったやったぜやりました。PSここ数年「映像」で見ることがほとんどないので「おお、近本ってこんな顔してんのや。」「村上はピンチでもニコニコしててエエなぁ。」「青柳ってそういえばサイドスローなんや。」などなど阪神ファン歴「53年」なのに、情報は「にわか阪神ファン」以下。因みに、岡田監督は38年前の現役時代の顔しか覚えてなくて、「お互い年取ったなぁ。」※岡田 ❝ 選手 ❞ 当時27歳(11月25日で28歳) 私・・・当時25歳 でした。
2023年11月05日
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