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バイ貝の漁が終盤を迎えている。市場では800円/kgだったのが、今は745円/kgまで落ちてきた。しけが落ち着いてくればキンメダイ漁を始めたいところである。貝籠を海底に沈めて一晩置く。漁場は港から遠くはない。他にも数隻の漁船がバイ貝を捕っている。しかしじぃじの貝籠は新作自作でいろいろな工夫が施されている。我が愛船の貝籠だけはたくさんの貝が入ってくるようだ。漁港で一番の水揚げを誇っているのが、じぃじの自慢である。さて、今日は貝籠に真ダコが入っていた。これをじぃじに茹でてもらい刺身でいただく。スーパーで見かけるモロッコ産のタコとは色も歯ごたえも違う。タコを茹でるには塩加減が難しいのだ。じぃじが茹でたのは少し茶色っぽくくすんでいる。しかし、コリコリとした新鮮な歯ごたえが美味しい。いつまでも口の中でコリコリやって熱燗を一杯やりたいところだ。チョウシ貝も貝籠に入っていた。わたしはその姿を見たことはない。グロテスクでかなり大きいらしく、尻尾の方は毒がある。しかしそれ以外の部分をぶつ切りにし、ばぁばが煮てくれた。これが実に美味しい。アワビのような歯ごたえと味がするのだ。バイ貝を他の漁師に分けてやった。代わりに鰆をくれた。漁師特有の物々交換である。おかげで今夜の食卓は海の香りがいっぱい広がるごちそうとなった。海の幸をありがたくいただく。
2012年01月31日
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MとGとMクリニックへ行ってみた。Mクリニックは漁師町有数の小児科である。信頼のおける女医さんでわたしとの相性も良い。わたしは子宮頚がんの予防接種をここで済ませた。今回はMとGのおたふく風邪予防接種である。1回5500円。保険適用外であるが、ここには多種多様な予防接種がある。ノロウイルスに至っては1回13000円!高価な商品であるが正月早々姪Mと甥Fが苦しんだのを聞いている。やはり病気にはならないのが一番良い。看病する側や取り巻く家族もいろいろな苦労が伴う。さて、問診を終えMとGの順番が回って来た。本人には“注射”という事を事前に伝えていない。MとGは困惑する。こと、Mに至っては少しビビっているようだ。「Mが2番目にする」と後ずさり…なじみの女医はいつもの優しい笑顔で手早く済ませる。いよいよMの順番が巡って来た。「母ちゃん…」Mの顔が助けを求めている。「おじぃちゃんが教えてくれたことを思い出して」わたしは囁いた。 -注射される瞬間に 体の別のところを ちぃっと ちみくるさちみくる=つねる、方言である。Mは年寄りの小さな知恵で予防接種を乗り越えることができた。次回は5年後に追加接種をするか判断する。
2012年01月30日
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今朝から洗濯機を2回まわして溜まった衣類を片づける。旅行鞄はクローゼットの一番奥へしまい込んだ。誰もいなかったはずの部屋に埃だけが目立っている。あわてて雑巾を絞って辺りを拭きまわった。なんの要領も順番もない。作業は行き当たりばったりでなかなか進まない。親方は早速貝籠を引き上げに出港している。連休の最終日は自分のストレス発散にしたいのだろう。沖ではMさんに家族サービスの苦労話を聞かせているだろう。うっとりとレシートを眺めながら余韻に浸る。家計簿に旅の記録を残さなければならない。「母ちゃん、お腹すいたお菓子ない?」Mが言う。「プーさんのポップコーンがあるよ」「あれ、もうやだ~!!」Mは勝手なことを言う。わたしは既に現実生活に戻っている。旅の余韻を楽しむことなく、家事に勤しむ。わたしは牛乳を温めた。MとGとわたしの分で3杯。トボトボと音をたて、カップが並んだ。Gとわたしのカップは実家の母譲り、60年来のもの。Mに至ってはディズニーランド土産のハート型、アリスの絵柄である。カップの上で湯気が入り混じる。3人で牛乳を囲みホッと一息。小さなstudioは一時の静けさを取り戻す。
2012年01月29日
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わたしは首都高速を飛ばして上野へ向かった。レインボーブリッジや東京タワー、銀座周辺を空中散歩するかのようだ。首都高速を運転して以外にも勾配が多い事を痛感する。上り坂や下り坂がカーブとともに次々と押し寄せる。ダンプカーが迷惑そうにわたしを抜いていくがお構いなし。わたしはマイペースにアクセルを踏んだ。こんなとき夫婦の連携など全く無意味だ。親方は助手席でただひたすらイライラ感を募らせている。わたしはマイペースに車線変更をする。手元の地図でなくカーナビの必要性を感じる。道路状況の変貌ぶりが地図購入のマニュアル人間には追いつかないのだ。周りの過密な道路状況はこの国の情報網と狭い利害関係を現わしている。後部座席でフック船長やシンデレラと化した子ども達の未来はいかがなものか。夢のようなTDR体験が現実社会へと移っていく。首都高速はタイムトラベルのようだ。上野動物園に行ってみた。パンダフィーバーは過ぎ去り園内は空いている。パンダ円の前は地面が斜めになっていた。これなら後ろの人でもパンダを観ることができる。しかし北海道旭山動物園の入場者数が上野を凌駕し日本一となって久しい。それを真似て全国の動物園が改革を進めている。パンダは愛らしい。しかし日本平動物園のロッシーの方により愛着を感じるのはわたしだけだろうか。また、旭山動物園のアザラシを観た時の方が歓喜の声が上がった。あの、ペンギントンネルを懐かしく思い出す。上野動物園でうれしかったのはアイアイを見られたことだ。両生類の観賞エリアも気に入った。やっぱり珍しい動物が本当にたくさんいる。この次は独りでゆっくり来てみたいと思った。
2012年01月28日
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-誕生日であることが一年でもっとも特別な日であるように、 ディズニーランドはその期待を超えるどころか予想外の驚きの連続でした-↑3年前の旅日記である。今回の旅も大変充実したTDRの旅であった。勉強になることもとてもたくさんあった。改めて親方に感謝したいと思う。ありがとう。お疲れさま。この季節のTDLは足が冷える。海風は全く感じないが、コンクリートの冷たい空気が足元に伝わってくるのだ。わたしは夜のエレクトリカルパレード・ドリームライツに備え、寝袋を支度した。パレード開始の1時間前から場所を確保し寝袋に入る。ポイントはパレードが終了して、いち早く次の行動に移れる場所であること。温かい食料が確保でき、パレードを良い角度から鑑賞できること。『ピーターパンの空飛ぶ旅』前がその点、とても良い。フック船長の店からピザを購入し、こたつのように寝袋へ入った。キャンプ用の古い寝袋はその力を遺憾なく発揮する。MとGはパレード途中からそのまま寝てしまった。うっとりとしたTDLを後にし、今夜はホテル自室で「最後の晩さん会」とした。チーズの盛り合わせ、である。定番のおつまみである。明日はパンダ見物だというのに明け方近くまで「最後の晩さん会」は続く。
2012年01月27日
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3年越しでようやく『ピーターパンの空飛ぶ旅』を体験した。MもGもピーターパンが大好きである。Mなんぞは絵本の文章を全て暗記しているほどだ。『ピーターパンの空飛ぶ旅』は見事に期待にこたえてくれた。わたしはGと2度も体験した。親方は昨晩のディナーがよほど良かったのか、今日はFPにチャレンジしようと言いだす。FP(ファストパス)争奪戦はおおよそ父親の役目のようだ。どの家族も入園直後に父親がFP発券所にダッシュする。ただただ、家族のために広い園内を走りぬくのである。FPさえ取れれば長蛇の列に並ぶことなく、特別ルートでアトラクションに乗れるのだ。FPに記録された優先時間帯はまるでVIPタイムである。長蛇の列を横目に特別ルートで乗り場まで進む優越感はたまらないものである。親方が息を切らせて戻って来た。勝ち誇った顔つきをみれば、スムーズによりベストなタイミングでFPが取れたことが分かる。思えば喫煙所が削減され、ポップコーンやジュースを買うのに並ばされ、親方が一番頑張っていることを忘れていた。わたしはMやGよりも親方を誉めちぎる。真冬だと言うのに園内は花が咲き乱れている。特別加工が施されている壁画、最新技術が駆使されている。年間を通じて今が一番閑散期間、だと言う。ウェスタンリバー鉄道。春節を迎える中国人観光客が溢れていた。園内は美しく整備されている。この地下にスタッフ回廊が張り巡らされているそうだ。食材やショー機材を運ぶ様子は園内では見せないそうだ。現実感をお客さんに与えない、徹底した夢と魔法の王国である。今年は辰年である。ミッキー達が子ども達のためにパペットを披露する!!なんたる発想! 1983年4月15日。 ウォルト・ディズニーは開園スピーチの中で言っている。 「わたしはディズニーランドが人々に幸福を与える場所、 大人も子どもも共に生命の驚異や冒険を体験し、 楽しい思い出を作ってもらえるような場所であって欲しいと願っています」 その“誰もが楽しめる”というファミリーエンターテイメントの理念が、 ディズニーランドで受け継がれている。 アメリカ生まれのディズニーランドは日本で言う「サービス業」とは違う。 こうまでして徹底した夢と魔法の王国をつくりあげる人々に感謝したい。
2012年01月26日
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昨年に引き続き東京ディズニーシーへやってきた。親方はこの旅行で腹を断てない、と誓いをたてている。何もかもまずは並ばないと解決しないと言うことを覚悟しているはずだ。しかし入園早々その誓いは破られた。親方の“待つのが嫌い“は生来のものであり、人の性格は簡単には変わらないのだ。先ほどから「あと2年の辛抱だ」を連発している。そうすればわたしだけで子ども達を連れてこられるだろうとの思惑だろう。とにもかくにも穏やかに過ごせれば、と祈る。ディズニーシーの象徴である火山がまるで親方のように映る。本格的な活火山プロメテウスは白い煙を吐きながら人々を夢と冒険の世界に誘う。このテーマパークを創造した人々は何においても凌駕している。クジラの口の中に売店!!発想力だけでなく技術やサービスの質の高さは本当にすごい。なるほど、社員教育書が書店でベストセラーになるわけだ。せっかくなので高級ホテルで一番高価なディナーを予約した。Disney Hotel MlraCosta『BELLAVISTA LOUNSE』のVIP席に案内された。ベッラヴィスタ=美しい眺め、と言う。大きくて重厚なガラス窓を通しディズニーシーの活気あふれる港町を一望することができる。夕暮れ時の時間を増すごとに美しいイルミネーションが映えてくる。窓の下を行き交う観光客はまるで蟻のようだ。何かに群れ、また次の何かにうじゃうじゃと移りうごめいている。ゆったりとした2時間半。親方とワインを2本いただいた。Mはスペシャルアニバーサリーケーキとプレゼントでご機嫌だ。Gはいつのまにか靴下まで脱いでくつろいでいる。ディナーに、手長エビが登場した。親方も気分良くウェイターと会話をする。「この手長エビはどこのものですか?」ウェイターもまさか手長エビを捕る漁師だとは思わないだろう。ニュージーランド産です、と笑顔で応える。手長エビは小ぶりだが頭の中はきれいに掻き出されている。料理のソースに使われたのだろうか。料理人が手間暇かけているのがよく理解できる。手長エビは殻が厚く棘がある、料理人は指を切ることなく殻が向けただろうか。エビの身は縦に半分に切られ、食べやすい大きさになっている。わたしは大きな口でかぶりつくのが習慣だがここでは上品な口で十分である。料理人は手長エビは焼味が一番おいしいのを知っているようだ。炙ってからソースが上品にかけられている。いつの間にか外は暗く、イルミネーションも消えている。ただぼんやりとプロメテウス火山だけが暗いの空にその影を残している。とうとう夜のエンターテイメントショー『ファンタズミック!』が始まった。巨大なウォータースクリーンやレーザー、炎、光などの特殊効果が次々登場する。迫力ある幻想的な世界でミッキーが登場すると興奮は最高潮に昇りつめる。
2012年01月25日
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明日から東京ディズニーリゾートへ行くという。今月は家族の誕生月であり数ヶ月前から準備を進めてきた。おまけに親方の永年勤続謝恩祭も兼ねている。したがってTVコマーシャルで視た『ハート・オブ・ロマンス』を予約した。この際だから顔から火が出るようなラブレターを親方にプレゼントする計画だ。ホテルミラコスタのコース料理とワインにあわせてサプライズとなるか!?ラブレターを書こうと意気込む。ところが親方は居間でゴロゴロ。時々、何をしているかわたしを覗くのだ。そうこうしているうちにGとMが帰宅。そうなると小さなstudioは一気に散らかり放題。おまけにじぃじが明日の新年会の準備を始めた。漁師仲間で飲み会が行われる。『新年会』とはよい口実である。わたしは少しだけ準備のお手伝いをする。必死に気配を殺したいのに、時間ばかりが過ぎていく。とうとう中途半端なラブレターが完成した。情熱的な愛情あふれる部分と説教じみた部分がある。少し心配する。雪の道も少し心配する。
2012年01月24日
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昨晩は弁当を持ってさぁ出かけようと言う時に漁中止の電話が入った。深夜1時のことである。親方は今日から暫く会社を休む。勤続20周年祝い特別休暇、だと。暫く漁師稼業になれると張り切っていた矢先だった。しけは暫く続くだろう。遠州灘沖へ出かけるキンメダイ漁においてはお休みである。ただ、Mさんにおいては近海漁が可能な鰆をねらっている。鰆については以前このブログでも紹介した。『鰆の刺身は皿まで舐める』という程の逸品だ。通称バラクーダとも言われている。昼ごろ、サゴシがやって来た。小ぶりの鰆はサゴシと言う。Mさんはやっぱり鰆漁に出掛けたそうだ。大きいのは4本、市場へ出す。サゴシはおかずになる。鰆は雌節と雄節の色が全然違う。味も雌節と雄節は全然違う。(全体としては本当に上等な味なんです)雌節は刺身に、雄節は味噌漬けにする。
2012年01月23日
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雨上がりの道を歩く。Gと姪Yと3人で手をつないだ。姪Yは1歳半、何においても興味を持つ。昨晩から彼女のお気に入りとなったのがG、ふたりは従兄弟の中でも特に仲が良い。1時間近く、ふるさとを流れる川の土手を歩いた。今は枯れ草や砂利ばかりで色合いも面白味もない。しかし姪Yには特別なようだ。水たまりや農業用水路を見つけると愛らしく興奮する。Gも小さい手で更に小さい手を持って進む。一番最初に性根をあげたのはわたしであった。筋肉痛で腿とひざの裏がギスギス言っている。今月の各種体操教室は実にハードであった。この季節は相当の運動量をこなさなければ体脂肪は燃焼しないようだ。ことにEXILE『Rising san』のダンスはヘラヘラするタコ踊り状態。最後の方はただただ跳ねているだけである。それでも先生のリズムとはどんどんかけ離れ、最終的にステップを2~3飛ばす始末。ダンスの遠心力は機械か何かで体を強く揺さぶられているようだ。わたしはあれこれ言い訳じみた態度を見せるがGも姪Yもお構いなし。とうとうGが抱っこをせがむ。「れれ?赤ちゃんがいるのにGだけ抱っこはできないよ~」とわたし。本当は姪Yにおいても抱っこする気は毛頭ないのだ。ひたすら2km程を歩き続けた。がんばって背伸びをする。Gと姪Yがそれに続く。「うぃっう~っ」と悲痛な声のわたし。「う~」と姪Yがニコニコまねをする。「母ちゃん大丈夫?」Gにはようやくメッセージが届いたようだ。
2012年01月22日
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みんなでH市へ行ってみた。ここには、財団法人が運営する子ども館がある。商業ビルの6~7Fを占めていて、完全室内型児童館である。外は冷たい雨。漁師町にとっては恵みの雨でもある。既に寒波が猛威をふるって街全体が乾燥しきっている。一昨日は松原団地で住宅火災が発生!!小さなstudioにも煤焼けた異様な煙が流れてきた。住宅火災は何とも言えない悲愴感に包まれる。被害にあわれた方の思いを想うと涙が出てくる。今日は火災の後を冷たい雨が落ちている。さて、1歳から5歳までの子ども達と一路H市を目指す。大人よりも子どもの頭数の方が多い。となると車内は賑やかだ。高速道路の途中で天竜川を超えると、北側に自由の女神が見えてくる。わたしにとって自由の女神はH市の象徴であった。それがラブホテル街の一角であるということを知るまでである。思春期にこの事実を知った時、わたしには小さな衝撃が走った。高速道路から見える建物はすべてラブホテルに見えたものだ。ラブホテルが一体どのような所なのか、友だちと話題にもなった。自由の女神は何年もあそこに立っている。赤いトーチの先が時々塗り替えられている他は全く変わらない。子ども心に田舎ではみられない建造物に小さな憧れを抱いていた。車窓から遠くへ来たものだ、と静かに噛みしめるのだ。わたしは賑やかな車内を一蹴するかのように叫ぶ。「みんな、自由の女神が見えてくるよ!こっちこっち!!」一同首を伸ばして車窓にへばりつく。「アッ、アッ、見えたよ~おばちゃん!!」甥T。そのうち自分は見えないとMが泣き出す。子ども達は東京見物するかのように次々とカーショップや牛丼屋を指摘する。子ども館では工作が行われていた。Gが作った。「かつら」である。ヤクザ風貌な親方が一気に笑いの種と化す。寒波に毛糸の帽子で自前を補う父を想ってのことだろう。
2012年01月21日
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漁師町に小雨交じりのならいが吹いている。(『ならい』とは北東から吹く特別寒く強い風です)沖はおおじけ、船は出ていない。しかし先日捕った貝類が生け簀に置いてある。市場での値を保つために、日を分けて出荷するのだ。バイ貝はスーパーでもよく見かける貝である。最近は出荷する大きさに規制がかかるようになった。あまりに小さいのは貝籠を水揚げする際に外へ逃がさなくてはならない。海のあらゆるところで乱獲が進んでいるのだ。小ぶりのバイ貝を煮て食べた。麺つゆと酒でさっと煮る。バイ貝はまだら模様の貝殻が細長くらせん状に巻かれている。そしてその形状に合わせて柔らかい身が詰まっている。入口付近はプリッとした歯ごたえで実に美味しい。最後の方はヘドロのような色合いであるがジャリジャリとした歯ごたえはない。むしろ粘土状の内臓にコクと旨みが凝縮されている。粘土状の内臓を出すのは技術がいる。フォークや楊枝でバイ貝をつつき、力を入れずゆっくり引きだす。貝を抑える手は緩やかにらせん状にあわせて震わせるのがコツだ。貝殻から身が出た瞬間にドロッとした粘りが糸を引く。粘りのある糸はすぐに消えるが、この時貝殻と全く同じ形状の身が手に収まると感極まる。逆に途中で身が切れ、貝殻の奥深くに残されるととても残念な気持ちになる。「あ~ん!!まただよ」「こんにゃろ、まただよ!」何度も何度も苦戦する。時には貝殻を布巾の上でガツッガツッと叩き、身を落とし出そうとする。そのほとんどは上手くいかない。変な欲があるとバイ貝は言うことを聞かなくなる。わたしの気持ちが通じるようだ。
2012年01月20日
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Gが赤ちゃん返りをしている。何かにつけ「おなかがいたい」を連発。だだをこねて、抱っこをせがむ。わたしは腰が痛いと訴えた。しかしGのほうが必死なようだ。今朝は幼稚園に行きたくない、だと。お腹が痛いと朝からグズグズしている。本当に腹痛をもよおしているのだろうか?わたしは何でお腹がいたのかただしてみる。朝ごはんを食べすぎたのか、違う、と言う。うんちがでるのか、違う、と言う。甘えているのか、そう、と言う。本当に!?何度か聞き返したがやはり「甘えている」と言う。Gは「甘える」の意味は分かっていないだろうと思う。とたんに可笑しくなって、Mと吹きだした。子どもは愛おしいものである。ギュッと抱きしめてから、無言で上着を着せた。嫌がるGの手を引き強制的に幼稚園へ送り出す。甘えたくても幼稚園へ行かねばならないのだ。もうすぐ年度末の作品展が控えている。幼稚園に行けば楽しい事がたくさんで母のことは忘れるだろう。
2012年01月19日
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人生の折り返しを意識する年代。同時に社会からのストレスも大きく抱えやすい。しがらみが多いのだ。守るものも多くなるようだ。さらに若木の無鉄砲が爆発する。肥満や高血圧などの生活習慣病が一気に襲ってくるのだ。親方も例外なく人生の岐路に立つ。そして彼なりに「休肝日」を設けている。48時間アルコールを断つのだ。とはいっても食前酒くらいは良いだろう。中途半端な「休肝日」である。酒の楽しみを知って連日連夜飲み続けてきた人生が見直されている。ついでに喫煙や肥満も解消していこうと意気込んでいる。わたしも声援を送る。時には話し相手になり、時にはそっとしておく。そっとしておく時、わたしは黙って風呂に入る。今日は風呂場のスピーカーがK-mixを放送している。風呂場の音響は良く、そこは小さなstudioに代わる。システムバスを注文する時はYAMAHAにこだわった。様々な理由はあるが一番は標準装備に音響設備があるからだった。子ども達もばぁばも自分の好みの音楽をBGMにして風呂に浸かる。子ども達は昔ながらのあそび歌である。ばぁばはもちろん演歌。わたしは時にクラシック、時にラジオ放送を聞いている。K-mixは『Contrary Paradeの音楽準備室』を放送していた。若い女性がふたり、癒し系の音楽とおしゃべりを楽しんでいる。放送時間の最後に少しお姉さんタイプの彼女が「○○でしたっ」と言う。直後に妹タイプの彼女が「たっ」と言う。続けて優しい歌声が流れてくる。彼女たちは関西弁であるが、大阪のおばちゃんを連想するような賑々としたものはない。実に穏やかで心地よく、耳に響く。静かにツムラの薬草風呂へ浸かると、わたしも20代になったよう。トレンディな夜を過ごしているみたいだ。浴室の鏡は曇っている、幸いわたしの姿は映らない。20代のわたしは軽やかな気分で足をのばす。
2012年01月18日
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じぃじが怒っている。釣り組合の中で不正経理が発覚したのだ。K丸は他の漁港でも居場所がない、面倒な過去がある。数年前、当時の組合長が身元保証人となってやむなくわが漁師町にやってきた。眉毛を書いたり、日焼け止めクリームを塗る一風変わった漁師である。K丸は遊漁船である。週末は全国各地からお客を乗せて太刀魚などを捕っているようだ。しかし帰港する頃には黒光りした高級車が港を囲み、売上金を巻き上げられる。そうとうな借金があるようだ。組合の不正経理は25万円だという。わたしは警察に届けることを勧めた。しかし漁師町は田舎なのか、そのようなことに消極的だ。なるべく穏便に済むよう連日話し合いが設けられている。その話し合いのまとめ役がじぃじなのである。じぃじは漁港や組合理事との折衝で連日大忙し。わたしはその秘書を務めている。(秘書だなんてかなり大袈裟なんです)今日は理事会要望書を作成した。小さな漁船が悲鳴をあげている。今更、泣き寝入りをさせてはいけないのだ。持ちつ持たれつの世界にも限度がある。仲間のルールを守れない人間は1日も早く漁師町から出ていかなくてはならない。西風が“ど”吹いている漁師町は気力体力が勝負。クマのように冬眠している場合ではない。のんびりしていると己の財産まで狙われてしまう。じぃじの携帯が連日鳴りやまない。K丸が過去に所在していた2つの漁港からの情報収集。経理の専門家による帳簿の作成とチェック。まだ暫くは納まらないだろう。
2012年01月17日
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昨年晩秋、ホームベーカリーを購入した。ツインバードの最新モデルである。焚いたごはんで「ごはんパン」ができるそうだ。購入当初は、研究不足で購入してしまったことを後悔していた。ホームベーカリー=お米からパンができる、と思っていたのだ。お米からパンが焼けるのは『ごパン』だけだそうな。やけをおこして、せっかく購入したホームベーカリーをオークションにだそうかとも考えた。しかし、Sちゃんとのやり取りで気持ちが落ち着く。Sちゃんはわたしの従姉妹であるが何かと相談相手にもなってくれている。わたしより若年だが、2児の母としてはわたしの先輩に当たる。結婚して、出産して、家を新築して、だんなさんの両親と関わって…過去のいろいろな場面でいろいろな言葉をかけてくれた。その言葉ひとつひとつがわたしを冷静に導いてくれるのだ。今後少しずつホームべカリーを活用していこうと考えている。Sちゃんの言葉に恩返しするのだ。家族を抱えると健康のありがたみが身に沁みる。そのためにはまず、母が強くなくては…中山美穂似のSちゃんを思い出す。ふくよかで美しいSちゃんに会いたくなった。彼女、今年は年女だな。
2012年01月16日
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ここ数年気管支が弱くなった。風邪をひくと数カ月咳が続くのだ。内科では「風邪ぜんそく」と言われた。わたしは親方の喫煙が原因の一つとにらんでいる。気管支炎にはキンカンが効く。昨年はばぁばのキンカンをおすそ分けしてもらった。今年は自分で煮てみた。湯引きしてから砂糖で煮る。3時間が経過した。ドロドロのキンカンエキスが甘く染み出る。三温糖のつややかな感じが食欲をそそる。分量は適当だが自分の味見に勝る配当はない。実際ばぁばもレシピはない、という。「これでいいだよ」ばぁばが指を舐めて味見をするまねをした。キンカンエキスはフツフツとわたしを誘う。なめて~なめて~と、言っている。食パンがあったのでジャムのようにエキスを塗った。トロリとみえたが、エキスは瞬時にパンに沁み込む。真っ白な食パンが俄かに色がかるといよいよ胃がうなる。少し大ぶりではあったが「ハッフッ」と頬ばった。酸味と甘みが味濃く、脳を刺激する。わたしの好物は“炭水化物”だ、今なら迷わず答えることだろう。脳を刺激した炭水化物は口の中をまったりと幸せにして喉をつたる。胃袋に収まるころには、2つ目の味見が始まっている。こうして何回か味見が繰り返される。キンカンも2~3個口内に啜りいれる。歯ごたえと言うより舌ごたえは大変よろしい。舌で身を潰すと中身がドロリと飛び出る。やがて種の一粒一粒が舌べらで感じるようになると、味見は終盤に差し掛かる。夕ご飯前に味見だけでお腹いっぱいになってしまった。このような調子では体脂肪は減る様子もない。気管支炎の薬なのだ、と身勝手な判断で今回は食事ではなく薬に分類した。
2012年01月15日
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親戚の新年会におよばれてしている。じぃじと親方とMさん夫婦がよばれていった。わたしは運転手で自宅待機である。漁師町は西風強く、明日のキンメダイ漁はなし。つぼ(貝)漁のため漁港沖に籠を沈める予定に決まった。出港時刻は日の出過ぎだから、今夜はほどほどに楽しむ思惑である。さて新年会の特別ゲストは親戚の子ども達がお世話になっている中学校の先生。Mさんの奥さんとは従兄であり、子ども達が所属している野球部の監督でもある。新年会のテーマは野球談議である。じぃじの野球ファンは生来のものである。親方もMさん夫婦も高校野球やソフトボールの経験者である。Mさんの息子は中学2年生、地元中学校のエースである。およばれした親戚の子ども達は3人とも野球少年まっただ中である。(今夜は監督が家に来ると言うから離れに避難しているそうです)思春期の男の子がどのような思い出を刻むのか、その後の人生に対する影響は大きい。ことに「野球少年」という響きが他の運動部より輝かしく感じるのはわたしだけだろうか。もちろん他のスポーツも精神鍛錬が期待できるし、頭も使う。なにより運動はセンスが大事だ。ほとんどの運動選手は親から受け継がれた天性がものいう、とも思う。けれど“思春期の男の子=野球少年”というイメージがある。そこには初々しさ、真摯な人間教育を感じさせる。頑迷な護符をかかえたじぃじの姿が目に浮かぶ。じぃじにとっては良い新年会、誕生会になったことであろう。
2012年01月14日
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ボタン海老をいただいた。15cm程の大きさのものもあるが大体小ぶりで市場には出せない。殻を取るのも面倒だが、せっかくなのでかき揚げにした。味噌が詰まった頭はから揚げにして塩をまぶす。朝7時、漁師町は西風が強い。キンメダイ漁に出たものの沖の方は更におおじけだったようだ。朝方、まだ朝日が昇るまえに帰港していた。港の近くでは他の漁師が海老を捕っている。正確には違法操業であるがシラスを捕っていたら海老が入ってしまった、ということに。この世界は持ちつ持たれつである。行政も含めて黙認の世界なのである。本日、黙認の恩寵がボタン海老だ。ありがたく頂戴する。
2012年01月13日
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年明けのエクササイズが始まった。体脂肪も体重も体全体のサイズや数値が増加している。特に腰回りは見事なものである。昨日に引き続き今日と明日は体をリフレッシュする。体操前のストレッチは筋肉がミシミシ音をたてるようだ。寒くて縮こまった筋肉を強制的に引き延ばす。わたしは喉を保護するためマスク姿でレッスンに臨んだ。2枚重ねたマスクの下で息を切らせる。マスクがしっとり湿り気をおびて息苦しい。ヒーヒー声をあげて膝をあげる。フガフガ鼻を鳴らして腕をあげる。先月の誕生月からクリスマス、お正月。(家族の誕生月は今月と来月もつづきます)重く鈍い体によろしくない生活習慣がなじんでいる。日々の生活習慣にけじめをつけ、ここらでしゃんとしなければ。
2012年01月12日
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S医院に行ってきた。以前このブログでも紹介したが、連日のにぎわいである。その昔、看護師とのスキャンダルもあったが、今は穏やかなようだ。Sさんは子どもからお年寄りまでごった返している。鼻炎と中耳炎と風邪と難聴と…その付き添い家族。とりあえずSさんへいく、というお客が多いようだ。何でも屋の街医者状態。大きくて重たいガラスドアをよっこらしょと押し開くとすぐに受付がある。S先生の好みだろう、同じように化粧をした事務員が4人所狭しと往来している。事務員はファンデーションをしっかりと肌にかぶせ、顏色に濃淡はない。ただ真っ赤な口紅だけがとても印象的である。慣れた作業なのだろう、実に機械的で無表情無感情で応対する。わたしは手短に受付を済ませた後待合のソファーに掛けた。なるべく日差しが当たる暖かい場所を選ぶ。幸い座ったまま手を伸ばせば雑誌が置かれてある棚に手が届く。久しぶりにオレンジページをペラペラめくってみた。目新しい料理はない、それより企業広告の多さに驚く。雑誌をいくつか手にしてみたが内容は全く頭に入らない。それより待合を行く人々を観ている方が幾分か充実しているようだ。待合のソファー周辺を幼児が周回している。靴をはかず裸足である。母親らしき姿はない。今まで制止していたが疲れてしまったのか言っても無駄だと諦めているのだろう。その様子を初老の女性が微笑みながら何かを言いたそうだ。初老の女性は右手で鞄を抱え左手で2枚の上着を抱えている。大人3人分の席を占領している。女性の鞄に触れないよう十分注意しながら作業着の男性がうつむいている。マスクをして顔はほとんど見ることができない。目を閉じているのか、熱があるのか。じっと堅く腕を組んでうつむいている。どれほどの時間が経過しただろう。わたしはようやくS先生の前に来ることができた。診察室にも同じような化粧をした看護師が4人いる。S先生を取り囲み、それぞれが何かしらの役割を持っている。この中に診療以外でも役割を担っている人がいるのだ。先生に特別な手当てをもらうのか、特別な関係なのは確かだろう。わたしはS先生に2ヶ月ほど咳が止まらないと訴えた。「先生本命の女性はどなたなのですか?」心の中で訴える。じっとS先生と目を合わせたいのだが、先生は目をそらす。切れ長でまつ毛が長いのその目は空中を見つめている。そして優しく穏やかな口調がわたしの妄想を更に掻き立てる。わたしはわざとらしい咳払いをひとつした。
2012年01月11日
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漁師町は風もなく穏やかな朝を迎えた。幼稚園の子ども達も冬休みどころか正月も何もなかったかのような落ち着きだ。先生に連れられて小さなstudio前を出発していった。あと3ヶ月もしないうちにこの子ども達の顔触れも変わっていく。子ども達の成長は早い。わたしの体も成長が早い、筋肉は垂れさがり下腹部は鏡餅のようだ。若かりし頃のホルスタインと言われた乳房やくびれた腰は何処へやら。当時の衣類だけがその証拠として寂しくタンスの奥へしまわれている。ふと懐かしい7分丈カーディガンが出てきた。紫色の小ぶりな形で胸元や袖口がフリルに加工してある。当時はわざとぴちぴちの衣類を身につけるのが流行だった。若者の間では体のラインを見せて胸や腰を印象付ける。わたしもフェミニンで大人っぽいそのカーディガンが気に入っていた。大切に大切に勝負服として活用していた。そのカーディガンを試しにMへ与えてみた。なんと!少々大きいが着られないこともない。こうして勝負服が15年ぶりに息を吹き返したのだ。Mは気に入ってくれている。思えばわたし自身も伯母たちのお下がりを着ている。良いものをより大切により長く身につけるのは家風だろうか。わたしは父が生家で作った家系図を開いてみた。現在O家は6代目が誕生している。長きにわたり良い事も悪い事も少しずつ受け継がれ、比較的明るく長寿の家系である。わたしは漁師町に嫁った立場であるがO家で生まれた。良いところはこの漁師町でも受け継いでいきたい。それがふるさとに対する愛着であり、ご先祖様に対する義理だと思う。
2012年01月10日
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今年初めてのキンメダイ漁に出かけた。おおじけの中、船団が太平洋へ向かっていく。今日は初漁ということで親方も同行した。兄弟2人とじぃじとの親子船である。風がど吹(ぶ)いて一本釣りの糸が絡む。(方言で「すごく」という意味の時は「ど」をつけます)このような時は人道作戦が有効である。独りで船に乗っている漁師がいる中で3人乗船している我が愛船は重宝がられた。絡む糸を次々ほのき、水揚げと同時に鮮魚を氷水につける。大きなうねりの中で小さな船団が戦っている。途中2m以上のサットーも捕えた。今日は幸先よい大漁の1日であった。さて、傷になったキンメダイをいただいた。「オイ!これを味噌漬けにしてくれ!」親方は言うなり、すぐに明日の出港に向けて準備作業へ出掛けて行った。わたしは独りでキンメダイと格闘する。こちらは鱗を取ったところ。切り身にしてから塩を振り、1時間程置いて調味料を合わせた味噌につける。わたし流の味である。正月中にご近所でお葬式があった。95歳のおばあさんである。亡くなる前日まで乳母車を引いて散歩に出ていた。“ぴんぴんころり”とはまさにこういうことだろう。好き嫌いなく何でも好んで食べていたそうだ。その中でも生活水にはこだわりを持っていた。わたしも毎日摂取する水や食べ物をありがたくいただきたい。
2012年01月09日
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静かな山里でどんど焼きが行われている。家々から正月飾りがもち寄せられ河原で大きな焚き火となっている。山から出てきたクマが絞め縄の中でうずくまっているようだ。そのクマの前で背の高い神主が祝詞奏上を行っている。神主は50歳代くらいで身長180cm以上はあろう、袴姿が妙に似合わないと感じた。しかし顔つきはりりしく神に仕える者としての役割を粛々とこなしている。ひと通りの神事が終わりいよいよ焚き木に火がつけられた。子ども代表や老人クラブ代表が緊張な面持ちでトーチを手にしている。火は焚き木にを一気に取り囲み、そして空へ空へと昇って行った。うずくまったクマの形は大きな炎へとかわり人々の顔を映す。今日は風もなく山里は実に穏やかな空気に包まれている。人々は年明け初めて顔を合わせる相手もいるだろう。口々に新年のあいさつを交わしながら、何やら話し合っている。傍らではお神酒や甘酒、おしるこが振る舞われている。子ども達の多くは河原で少ない川の水に石を投げ合っていた。大きいお兄ちゃんのまねをして小さい子どもが石を投げる。そのまねをしてMやGや甥Fも夢中に遊んでいる。そのまねをしてまだ歩き始めたばかりの幼児が身をのり出している。幼児の母親であろう、川の水に濡れないかとわが子をヒヤヒヤした面持ちで見守っている。焚き木の炎はしばらく燃え盛っていた。朱色の炎が天高く昇り、不思議なほど遠くまで暖かさを届けてくれる。正月が終わり明日から平穏な毎日が始まる。不摂生な生活から胃の調子を取り戻し、また健康な1年を過ごすのだ。久しぶりに生家での七草粥を楽しみにしていた。しかし、孫が集まる生家の朝は賑やかく慌ただしい。今朝もどんど焼きがあるというから母は手短にパンを焼いている。わたしにおいてはドロドロにお餅が溶けたお雑煮だった。こうして日本の文化が失われていくのだろう…わたしは偉そうに呟きながら“あげ膳据え膳”に甘えていた。やっぱ在所はいいなぁ。
2012年01月08日
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Mが幼稚園でお友達に旅行土産を貰ってきた。チョコレートや飴玉、鉛筆。ディズニーランドの土産物はなんとロサンゼルス!!多くの子ども達が冬休みを満喫したようだ。しかし一方ではMやGのようにインフルエンザ流行にのった子どももいる。親方も心機一転職場へ通っている。血圧を気にしながら、食生活の見直しを始めている。20年来全くなかった「休肝日」を設け始めた。休肝日は48時間アルコールを断つ。毎日毎日酒の肴メニューだった食卓に変化がもたらされている。時には子ども達と同じメニューで親方が晩御飯を過ごすことも…主婦としては少し楽になった。体調がすぐに良くなることはないけれど、まぁのんびり行こう。全く飲まないより焼酎のお湯割りを1杯、食前酒に勧めた。体が温まり、寝付きもよい。気持ち良く朝が迎えられるように家族が一丸となっている。
2012年01月07日
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今シーズンの海老漁が今日で終わった。海老漁は作業が大変な割に儲からない。本当に危険な作業である。サラリーマンと違って気ままな判断ではあるが、今日で海老漁が終わった。正月明けの時化の海をうらめしく見ていたが、今日は波は穏やかである。最後のケツマルを美味しくいただいた。出汁をとって、身をほぐす。もうしばらく食べられないと思うと味わいがいっそう深くなる。漁師は道具をたくさん持てば持つほど楽しみが増える。捕る魚によって全て道具が違うのだ。じぃじは道具をより多く持つことに長い間情熱を注いできた。今では海賊並みである。漁協で均等に配分された小屋だけでは足りず、廃業した漁船の小屋を借りている。我が愛船が停泊してある港周辺はまるでごみ山のように道具が積み上げてある。わたしが見れば風化したプラスチックや鉄くずの山である。しかしじぃじにとっては宝の山なのである。漁師はたくましい。少し腹は出ているものの、今だ筋肉が浮き出ている。こうして平均寿命を超えてもなお生涯現役で生き続けるのだ。
2012年01月06日
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わたしだけがかろうじてインフルエンザを逃れたようだ。母は強し。今日はGとふたりで留守番の1日となった。TVにかじりついて時間が過ぎる。わたしはやり残した大掃除を進める。換気扇のフィルターを洗浄し、掃除機を水洗い。最後にカレンダーを張り替えた。ようやく年が明けた気分になる。体を適度に動かして細胞に刺激を与える。裸足で這いずり回ると目が覚める。今年も1年、健康であることを大切に感じて過ごしていきたい。
2012年01月05日
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今日の漁師町は西風がことさら強い。電信柱の風速計がカラカラと音をたてそのまま空へ飛んで行きそうである。どどぅどどぅと、海のうねりも聞こえる。灰色の海が生き物のようにうねっているようだ。テトラポットを通り過ぎた波はさらに濁りを増して海岸線に届くだろう。そして、波が打ち上げた砂浜は西風が砂紋描いている。砂紋はどこまでも規則正しく起伏が続き、小さな砂漠のようであろう。海老籠をあげる予定であったが今日は諦めた。我が愛船は漁港一角に停泊。しらす船団も休んでいる。親方がKEIRINグランプリ2011【GP】で9000円当たったと喜んでいる。「すごいね、良かったね」わたしも一緒に喜んだ。職場でストレスを溜めて倒れそうになっていた親方が、何とか年末年始は持ち越した。連日、体調不良の話題でこちらまで倒れそうであったが、何とかしのいでいる。支え合って赦しあって生きている。気を使う、のではなく。気を配る。気を使うのはストレスが溜まる。気を配るのは人を成長させる。適度な休息を持って気持ちを切り替え、さぁ明日は親方の仕事初めだ。漁師町の船団も今日は休息日である。
2012年01月04日
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年末年始は家族の体調不良に終始し、中途半端な感覚がある。初日の出に手を合わせたものの、2Fに繋がる階段の埃が気になってならない。しかし、元旦の埃を捨てるべからず、という。埃でも何でもかんでも新年は縁起が良いようだ。今日は新年3日目、“縁起もの埃”に気使う心配はない。午前中は2Fトイレの大掃除を済ませた。(1Fトイレはばぁばの掃除担当です)天井の換気扇に指を入れ雑巾がけをする。こういう場所は何か他の生物が住んでいるような妄想に耽り、不思議と緊張する。あるいはわたしの指先が、誰かの指に触れないだろうかと思う。続いて手洗い場や窓ガラスを丁寧に磨きあげる。北に面している窓ガラスを解放すると、とたんに空気が動き出す。空港に着陸する飛行機の音が響く。漁師町を低空飛行する飛行機の姿が美しく感じるのは海に面したY公園だけ、わたしは人情あふれるこの田舎町には飛行機音が不釣り合いだと思う。この飛行機音によって、漁船が煙をはく音や、心静まる波音がかき消されてしまうのだ。風向きによっては生活音の全てが消えてしまう。わたしは飛行機音を断ちきるように窓を強く締めた。最後の一瞬のすき間に冷たい空気が挟まれヒュッと苦しい音を吐く。気を取り直して便座にかがみこんだ。便座は毎日掃除しているが、今日は洗剤をつけて特に念入りに磨く。最後に床に敷き詰めた御影石にとりかかる。Gがはみだしチャンピオンをしてある。Mが無造作にトイレットペーパーをちぎり捨ててある。親方はまるでスリッパを揃える様子はない。このトイレはわたしのお城なのだ。少しの不具合も許すことはできない。心の中でつぶやきながら、何度も何度も雑巾がけをした。やがて御影石はのっぺりとしたみずぼらしい顔を写す。わたしはわたしの顔を覗き込みながら、リズミカルに雑巾がけをする。ひと仕事終えるとGが「母ちゃんおしっこ~」と走ってきた。わたしは磨き終えたばかりのトイレを解放し、Gを招き入れる。ピカピカのトイレで用を足すのはなんと気持ちの良い事だろう。わたしは必死に自分の努力をGへ伝えようとする。Gはそれどころではない、まだ用を足すことに不慣れである。しっかり狙いを定めることもできない。結果、おしっこが太ももから膝、足首、そして床へ伝って流れてきた。ずりおろしたズボンもパンツも濡れている。お母さんはがんばるのだ。わたしの城を守るのだ。
2012年01月03日
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漁師町の小さなstudioは賑やかな正月である。Mや親方にひきつづきGが発熱。思えば体調不良の年越しでバタバタと中途半端な時間が過ぎてゆく。正月2日目は恒例の新年会。Mさん一家を見え、最終的にはご近所まで巻き込んでの宴となった。日本酒の一升瓶が3本、4本と空になっていく。焼酎の空瓶が2本、3本と転がっていく。冷蔵庫の製氷機をフル回転させ、電子水を次々運ぶ。不思議と料理はなかなか減らない。煮しめや寿司、煮豆に手が伸びるのはわたしだけである。チー鱈や柿の種、サラミなどの渇きものが人気だ。子ども達にとってはジュースやお菓子で用が足りる。ここは漁師町の小さなstudio、本鮪、手長海老などは日常の食卓に並ぶものなのだ。なんとも贅沢なところだろう。長男の嫁としてはずいぶん楽をさせてもらっている。嫁としてはせいぜい買い物を済ませ、自分が食べたい煮しめを作る。いちばんの役割は「話を聞くこと」。何せ小さなstudioの住民は全員B型人間。話題は右往左往、てんでバラバラにしゃべりつづける。わたしは黙って話を聞く。そんなこんなで7時間が経過した。いつの間にかじぃじとばぁばは就寝。お客さんもぽつぽつと頭数が減っている。日付が変わるころ、Iさんがご夫婦で加わった。中国人の奥さんは出産を控え、いよいよ腹部が膨らんでいる。わたしもこの冬はいつになく下腹部が膨らんでいる。いよいよ動くのがつらくなる。危険信号だ。西風が窓を叩いている。2Fで独り寝ているGは「風の音が恐い」と、3回起きてきた。今年はマグロ釣るぞ~!!みんなで八丈島へ行ってみるか!!今年こそは痩せるでね~!お互いに酔った勢いで誓いをたて、笑いあった。そして、寒空の下へ帰って行った。西風が強く吹こうとも彼らの酔いは醒めそうにない。あるいはこの幸せな時間が夢でないように、祈る。わたしは覚めない夢をみている。
2012年01月02日
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初日の出を見にいった。わが愛船に乗り、沖へ数分。一面がのっぺりとした海原になる。波は穏やかだが朝もやに雲がかかっている。薄暗い空に富士山も浮かび上がる。新しい一年が始まった。さぁ今年は何をしよう。
2012年01月01日
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