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一つは、この改正案は在日外国人を含めた一般の国民、住民が持つ教育への不安に即したニーズに応えたものではないということです。
いま切実に論じられている教育の問題は、 格差や不登校、学力低下や学級崩壊 などで、与党改正案が重視している愛国心とか道徳問題ではありません。そんなことには、一般国民はさほど関心がないでしょう。この改正案で喜ぶのは、自民党文教族をはじめとした年配の保守系の人たちだけではないでしょうか。
二つめは、「国と郷土を愛する」「態度を養う」と記していること、さらに家庭教育の重視と社会教育との連携を強調していることです。
多くの人が指摘していることですが、 「態度を養う」ということは、生徒が君が代を大きな声で歌っているかを評価したり内申書に書いたりできるという拡大解釈につながりかねません。 また、卒業式にきた父母が君が代を大きな声で歌わなければ、家庭教育がよくないという評価もできる。さらには、 祝日に日の丸を揚げない家庭は教育基本法に反している、そうした家庭には教育委員会から職員を派遣して日の丸を揚げるよう指導する、というような家庭教育と社会教育の「連携」が起こる かもしれない。
つまり、いま学校の卒業式などで起きている国旗国歌をめぐる事態が、家庭や社会全体に及びかねない。 政府や与党が「そういうことをやる気はありません」と答弁したとしても、国旗国歌法の時も「学校で強制はしない」と答弁したのですから安心できません。
三つめに、自民党は「万年与党ぼけ」ではないかと感じました。
今の教育基本法第10条は「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って」と書いて、教育への政権の介入を禁じている。これは戦前の軍国主義への反省もありますが、制定時の状況では、共産党や社会党が政権を取って教育を左右したら大変だという危機感もあったはずです。
基本法を発案した文相の田中耕太郎、教育刷新委員会(今の中央教育審議会)の初代委員長安倍能成、二代目の南原繁、首相の吉田茂らは、みな反共自由主義者でした。実際に1947年3月の教育基本法公布の直後、4月の選挙で社会党が勝って政権を取った。基本法を作った当事者たちは、間に合ってよかったと思ったのではないか。
ところが与党改正案では、この10条に当たる部分を「不当な支配に服することなく、 この法律及び他の法律の定めるところにより」として、政権の介入ができるようにした。 これは自民党が教育を意のままにする道を開きかねないと批判されていますが、そればかりではない。もしも今後、民主党と共産党の連立政権ができたり、極右政党がかつての日本新党のようにいきなり台頭して政権を取ったら、自民党や公明党は「あんな改正をしたのは自殺行為だった」と後悔することになるかもしれません。
しかし 与党改正案にはそういう可能性を考えた形跡が全然ない。永遠に自分たちが政権党であることを前提にしている。 緊張感ゼロの「万年与党ぼけ」だと思います。
以上三つの点から、一般国民にも、場合によれば自民党にも得にならない改正案だから望ましくないと私は考えます。
そもそも、 愛国心を教えなければいけないと法律でうたうのは、それほどこの国は魅力がないと自分で言ってるようなもの です。日本がアジア諸国からも国連でも尊敬を集めていて、政治が立派に行われていたら、教育されなくても国に愛着を持つでしょう。そういう政治や外交をしないでおいて、年に一回の入学式や卒業式での国旗や国家の扱いにこだわる人たちになど、国の政治をまかせたくありませんね。
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