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原作者本人がミリタリズムが鼓舞されるのを恐れて、映像化することを拒んでいた遺志をまげることは許されるのか。
「11月29日開始の『坂の上の雲』(NHK)を、熱く高い志を胸に抱く青年気取りで見入った。貧しい下級士族の家に生まれた秋山真之(あきやまさねゆき)役の本木雅弘の演技は、国家の夜明けを描くドラマを地で行くものだった。第一部、日清戦争後までの五回。楽しみだ。」(無職・72歳)
これは2009年12月6日付『朝日新聞』のテレビ欄に掲載された投書である。こうした投書をみるとNHKが総力を挙げて制作し、これから3年かけて放送するスペシャルドラマ「坂の上の雲」の 企画意図が視聴者の内面に巧みに刷り込まれていく様子が窺える。 その企画意図とは次のとおりである。
「『坂の上の雲』は、国民ひとりひとりが少年のような希望をもって国の近代化に取り組み、そして存亡をかけて日露戦争を戦った『少年の国・明治』の物語です。そこには、今の日本と同じように新たな価値観の創造に苦悩・奮闘した明治という時代の精神が生き生きと描かれています。この作品に込められたメッセージは、日本がこれから向かうべき道を考える上で大きなヒントを与えてくれるに違いありません」
軍国日本を賛美した原作をドラマ化する時代錯誤
本当にそうか? 確かに司馬遼太郎の原作は秋山兄弟と正岡子規の生涯を通して「明るい明冶」、「少年のような国・明治」を描こうとした歴史小説である。しかし、兄・秋山好古(あきやまよしふる)は日清戦争において内モンゴルで清国軍騎兵隊などと交戦した陸軍第一師団騎兵第一大隊長であり、「名誉の最後を戦場に遂ぐるを得ば、男子一生の快事」(『坂の上の雲』文春文庫新装版第三分冊、二八九ページ)と書き残した 滅私奉公の職業軍人 である。また、弟・秋山真之は日露戦争で東郷平八郎のもと連合艦隊司令長官として作戦参謀を務めた人物であり、「筑紫などという小さなふねにのっているようなことでは、主決戦場にはのぞめない」として大艦に乗って主決戦場に向かうことを志願した職業軍人である(第2分冊、66~67ページ)。しかし、その真之も旅順の激戦で衝撃を受け、出家して 自分の作戦で殺された人々を弔いたいと言い出した (第3分冊、257ページ)。
明治の富国強兵政策を「国の近代化」とこともなげに言いくるめ、秋山兄弟が歩んだ道を 「希望にみちた坂道」などと文学的修辞で糊塗 して、原作を「明るい明治」の青春ドラマに仕立て上げるのが いかに虚構であるか 理解されよう。
ドラマだからで済むのか?
このようにいうと、「そうはいってもドラマだから」とか、「NHKの制作担当者は原作の問題点をうまく脚色するに違いない。見ないことには何ともいえない」といった意見がある。しかし、こうした意見は問題の本質を把握し切らない浅慮である。
なぜなら、「ドラマ」とはいえ、原作の著作権を譲り受けて制作する番組である以上、NHKはドラマ化にあたって著作権法第20条第1項で定められた同一性保持権により、原作の根幹的思想、主張を改変できないという制約を受けている。では、原作の思想(歴史観)はどうかというと、 日本国内の内乱制圧の「同士討で同胞が大金をかけて殺しあうくらいなら、海をこえて朝鮮を討ったほうがよい」という小村寿太郎(こむらじゅたろう)の言葉を肯定する (第2分冊、34ページ)一方で、 日清・日露戦争を侵略戦争ではなく、「愛国的栄光の表現」 (第8分冊、344ページ)とみなし、 当時の「民族的共同主観のなかではあきらかに祖国防衛戦争だった」(第8分冊、360ページ)と言ってはばからない のである。
すでに14年前の 村山談話 では、わが国が「過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与え」た「歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします」と表明した。 その日本の公共放送・NHKがこのような歴史認識と逆行する軍国日本賛美の歴史小説を3年にわたって放送しようとする見識を厳しく問うべきは当然である。
このようにいうと、思想傾向を理由に放送番組を批判するのは放送の自由への介入だという意見が一部にある。しかし、これは表現の自由の曲解である。
憲法で保障された 表現の自由 は個人の自由権という意味では自己実現、人格開花のための営為にとって欠くことができない 「国家からの自由」 といえる。しかし、組織ジャーナリズムにも同じことがいえるわけではない。組織ジャーナリズムにとっての表現の自由は権力を監視し、市民に有権者たる政治的素養を涵養するのに必要な知見、情報を行きわたらせるという使命に条件づけられた自由、いうなれば「国家への自由」を志向する自由である。NHKが自ら定めた「国内番組基準」で、「1.世界平和の理想の実現に寄与し、人類の幸福に貢献する。2.基本的人権を尊重し、民主主義精神の徹底を図る」という基本原則はこうした文脈で理解されなければならない。
この点で、ドラマ「坂の上の雲」が人気キャストの演技の映像効果も併せて、日清・日露戦争は日本国民が「国の存亡をかけて戦った戦争」だったという歴史観を視聴者に刷りこみ、「列強が自国の権益をかけて争った時代だから、当時の日本だけをとらえてどうこう批判してもはじまらない」という訳知りな「戦争ずれ」人間を増やさないか大変危惧される。それだけに、「坂の上の雲」のドラマ化を、日清・日露戦争期の東アジア史を学び直す機会として能動的に生かし、「知は力なり」の流れに巻き返す努力が求められている。
司馬遼太郎の遺志を軽んじてよいのか?
先に、著作権法第20条第1項の同一性保持権に基づいて、今回のドラマは原作物である以上、原作『坂の上の雲』を貫く歪んだ歴史観に制約されると述べた。しかし、原作から離れ、司馬の晩年の発言に目を向けると、この意見に一定の修正が必要になる。なぜなら、司馬は生前、多くの映画会社やテレビ局から原作の映画化、ドラマ化の申し出を受けたにもかかわらず、原作を映像化することでミリタリズムが鼓舞されるのを恐れ、すべての申し出を固く断ったことはよく知られている。また、司馬は亡くなる七年前、ソウルの青瓦台で慮泰愚(ノテウ)大統領(当時)と対談した折、「私なども、李氏朝鮮が日本の悪しき侵略に遭う(1910年)まで朝鮮といえば朱子学の一枚岩で、そこには開花思想や実学(産業を重んじ、物事を合理的に考える学派)などはなかったと思っていた。いまはだれもそうは思っていない。」(『文芸春秋』1989年8月号、93ページ)と語っている。
こうした発言を以て、司馬が原作において、日清・日露戦争を日本にとっての祖国防衛戦争と捉え、朝鮮を「どうにもならない」国、「韓国自身の意思と力でみずからの運命をきりひらく能力は皆無」(第2分冊、50ページ)と捉える民族蔑視の思想を清算したといえるのかどうかは不明である。しかし、遺族はどうであれ、原作者がミリタリムズを鼓舞するのに利用されるのを危惧し、かたくなに映像化を拒んだのも顧みず、「韓国併合」100年を迎えるこの時期にNHKが原作のドラマ化権を手中にしたのを誇らしげに喧伝する様は異常である。今後三年間、厳しい監視と歴史を学び直す主体的努力が問われている。
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