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60年代の終わりから70年代の日本共産党の第一の躍進に対して、支配勢力は共産党封じ込めを図って反撃してきました。
日本共産党を政権協議の対象にしないことを明記した 80年の「社公合意」を契機として、日本共産党をかやの外に置く反共作戦 が開始されました。
90年代前半には自民党政治の危機が深まるもと「自民か、非自民か」の共産党しめだしの一大キャンペーンが行われ、選挙制度も小選挙区制導入の大改悪が強行されました。
90年代後半、国政選挙で日本共産党が連続的に躍進 するなか、2000年代には財界が主導して「自民か、民主か」の「二大政党による政権選択」の大キャンペーンを展開。日本共産党の前進を阻む最強・最悪の逆風となって作用しました。
同時にこの反共作戦は、最悪の「反国民作戦」でした。新自由主義的「構造改革」路線により、格差と貧困が広がりました。自衛隊の海外派兵体制がエスカレートし、沖縄の基地問題の矛盾も噴き出しました。
このもとで、さまざまな分野で「一点共闘」が広がり、悪政を国民的に包囲する流れが広がっていきました。 こうした国民のたたかいが合流して、15年から16年に野党と市民の共闘を生み出しました。 「日本共産党を除く」という「壁」は過去のものとなったのです。
日本共産党は、5年後に党創立100周年を迎えます。開始された野党と市民の共闘を発展させ、安倍政権を倒し、野党連合政権に挑戦します。決議案は 「日本共産党は、戦前、戦後の95年のたたかいを通じて、発達した資本主義国で社会変革をめざす政党としては、世界的にも最前線に立っている」 ことを強調し、前進・躍進を呼び掛けています。
◆党大会に4野党・会派が出席-史上初
日本共産党第27回大会(1月15日~18日)に民進党の安住淳代表代行、自由党の森ゆうこ参議院会長、社民党の吉田忠智党首、沖縄の風の糸数慶子代表の4氏が来賓として参加することが決まりました。
小池晃書記局長は19日の記者会見で「他党の代表が来賓として参加するのは史上初」と述べました。
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