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「民主主義の危機」が指摘されて久しい。
先進国では、中間層以下の所得が伸び悩んでいる。寛容さが失われ、格差と分断が拡大し、そこにポピュリスト政治家がつけ込み、幅をきかせる。英国の欧州連合(EU)離脱はそうした表れだった。離脱をリードしたジョンソン首相が今、辞任表明に追い込まれた事態は、民主政治の劣化を象徴している。
ロシアのウクライナ侵攻が止まらない。力で現状変更することをいとわない19世紀型の大国政治の復活を想起させ、民主政治へのあきらめを加速する。
しかし、民主主義を否定する選択肢はない。
言論は多様な価値を認め合う民主主義の土台である。全員が納得する政治決定はない。だからこそ可能な限り多くの人が受け入れ、不満を持つ人を減らすように、異論との間で接点を探る努力を重ねることが肝要である。その際、銃撃に出番があるはずもない。
100年余前の日本に、大正デモクラシーと呼ばれる時代があった。国民が政治の表舞台に登場し、政党政治が本格化した。だが昭和に入ると、国際情勢の見誤りや経済失政もあり、民主主義が急速に衰えた。テロと暴力が吹き荒れ、戦争へと突き進んだ。そうした歴史を教訓に、日本は戦後、憲法で言論の自由を保障し再出発した。時代の歯車を反転させてはならない。
安倍氏は第2次政権以降の7年8ヵ月に及んだ長期政権の中で、異論に耳を傾けず、数の力を背景に政策を推し進める姿勢が批判された。野党を敵視する言動もみられた。だが、どういう経緯があろうと暴力で言論を葬り去る行為に理はない。
民主主義に必要なのは、暴力で物事を片付けようとする誘惑を国民に醸成しないための環境づくりである。そこで欠かせないのは、公平、公正さを第一に政治決定を行うことであり、説明にエネルギーを注ぎ、国民の分断を防ぎ、社会の融和に尽くす努力であろう。
折しも、参院選の投票を目前に控える。候補者も政党も、そして有権者一人一人が、戦後日本が大切にしてきた民主主義の価値を改めて確認したい。
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