フリーページ
国鉄東京機関区の電気機関助士となったのが64年。寮生活をしていて、誘われて国鉄労働組合(国労)に入りました。寮の舎監は組合の動きに過敏になってはいましたが、さほど気にすることはありませんでした。
その後、電車の運転士になりましたが、当時の職場は自由でした。自分たちの仕事をやっていれば、他の人からとやかく言われることもないし、お互いに干渉はしない。それが一番の魅力でした。
ところが、中曽根康弘首相(当時)が「国鉄改革」を断行し、状況は一変します。 後に雑誌のインタビューで彼は、分割・民営化の狙いを「総評(日本労働組合総評議会)を崩壊させようと思ったからね。国労が崩壊すれば、総評も崩壊するということを明確に意識してやった」と語っています。 「戦後民主主義」へのクーデターでした。
86年に人材活用センターが作られ、組合活動に積極的だった人が強制的に配置された。上半身裸で廃材を切る肉体労働を強いられる人も。 85年2月から86年11月までの自殺者は86人に上ったとされます。
JRになった翌年、僕は新たに作られた「要員機動センター」に強制配転され、長テーブルと折りたたみ椅子以外ない部屋で、何もせず時間を過ごすことが仕事とされました。
戦後日本は多くの犠牲と引き換えに新憲法を手にし、思想・信条の自由も労働基本権も認められたはずなのに専制国家になってしまったと感じました。 JR発足からまもなく、昭和という時代は終わりました。
今ではストライキがないことは当たり前で、若者たちは異議申し立てをすることをあきらめてしまっているかのようです。「昭和」は現代に何を引き継いだのでしょうか。
(聞き手 編集委員・豊秀一)
*
<むらやま・りょうぞう> 元国労組合員 1939年生まれ。元国鉄労働組合員。近著に、国鉄分割民営化と現場で起きた人権侵害を描いた「JR冥界ドキュメント」(梨の木舎)。
象徴天皇制と戦争放棄(7日の日記) 2026年05月07日
C a k e Not Ha t e(5日の日記) 2026年05月06日
性搾取は犯罪(5日の日記) 2026年05月05日
PR
キーワードサーチ
コメント新着