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横浜で生まれ、親に捨てられ、辛酸をなめた。アナキズムを体得し、朝鮮人の夫朴烈(パクヨル)と共に皇太子(後の昭和天皇)に爆弾を投げることを考え、それを当局に明かして大逆罪に問われた。
恨みはなかった。皇族を「牢獄(ろうごく)的生活にある哀れなる犠牲者」と表現している。天皇制は特権階級が甘い汁を吸うための虚構であり、民衆が見限ればなくせると示す狙いだった。
判決は死刑。直後、皇太子の恩赦で無期懲役に減刑された。23歳の金子は自ら命を絶ち、天皇制の施しを拒絶した。
1世紀後の日本では、自称保守派が主導して皇室典範を改正し、政治介入を防ぐため禁じられていた養子制度を導入した。 特権階級が天皇を神に仕立てて利用した金子の時代へ逆戻りしたかのようだ。当時と違うのは、今は憲法上も天皇制が国民の総意に基づくこと。私たちはどう向き合うのか。
金子は尋問調書にこんな言葉を残している。「すべての人間は人間であるという、ただ一つの資格によって人間としての生活の権利を完全に、かつ平等に享受すべきはずのものであると信じております。」
(阿部岳)
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