2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全15件 (15件中 1-15件目)
1
食パン記念日!ひとり暮らしを始めて最初に食パンを買って、トーストして食べたから。もちろん、りんごジャムのため。クリニック。先生と向かい合う時間は、深い、底のない穴に向かって、誰の目も気にすることなく、大きな声で自分の思いを叫ぶことに似ている。私たちには、確かにそういうたぐいの時間や場所が必要なのでしょう。生き延びて、ゆくために。恋愛や人づきあいの傾向について、とりとめのない話をひとくさり。拒絶しないのか、「できない」のか。考えながらコーヒーをのみ、思考を咀嚼するようにゆっくり歩く。今朝の風はきりりと冷たい。おとといあたりはずいぶんあったかかったのにな。オレンジとラベンダーのアロマオイルを買う。ラベンダーは毎日のようにおふろや夜寝るときに使うので、ひとまわり大きな瓶を選ぶ。お昼ごはんは例の「塩豚」とゴーヤーの炒めもの。自分の手でゴーヤーを料理するのも初めてだ。そういえば、今日はゴーヤー記念日でもあるのでした。家に帰ったら、友達からハガキが。1カ月に30日出勤だって!みんながんばってるんだなー。私なんか適当に手を抜いてるし料理だって作ってるし本も読んでるし、まだ恵まれてる方だ。肩の力を抜いて過ごすこと。楽しめること、熱中できること、夢中になれること、ささやかでもいいから仕事以外の引き出しを増やすのが、当面の宿題です。
2005.01.31
コメント(0)
ジャムを煮たのです。きのう、先輩が持ってきてくれたたくさんのりんご。小さく切ったのを朝ごはんにしゃりしゃり食べていて、「ひとりじゃ食べきれないなあ」と思ったときに、ぴんときたのです。ささっと着替えて、はちみつとレモン、シナモンパウダー、保存用のびんなどを買いこんできて、よしだみわやミーシャの音楽を聴かせながら、もくもくとみじん切りに。「まだ新鮮なのにごめんね」とこころのなかであやまりつつ。「ジャムを煮ているの」と電話で話したら、「ジャムおばさん」と呼ばれました。ジャムおばさん。上等です。りんごを煮る鍋からたちのぼるのは、たぶん幸福。甘ずっぱい湯気とぐつぐつの音。煮ているうちに、鍋の中身がやさしい桃色に染まってゆくのです。合間に夕飯をこしらえます。高山なおみさんの本に載っていた「塩豚」のソテー。豚のかたまり肉に塩をよくもみ込んで冷蔵庫に寝かせておいたのを、ただ切って焼くだけ。油も不要。お肉から出た脂で、付け合わせのエリンギとしいたけまで炒めてしまうのです。お肉もきのこもあまりにおいしくて、ほとんど卒倒しそうになります。ごはんを食べ終わるころ、ジャムおばさんの手作りジャムも完成。はちみつをたらして軽く混ぜ、ひとさじすくって食べたら、ほんとにほんとにやさしい味のおいしいジャムになっていて、しずかな、けれど確かな幸福にこころが満たされます。食後は何となくクラフト・エヴィング商會の本が読みたくなって、「じつは、わたくしこういうものです」をめくるのです。おぉ、冬眠図書館のシチュー当番!「テーブルの上のファーブル」を抱えてベッドへ。物語の始まりの断片たちがいっぱい散りばめられていて、わくわく、どきどき。今夜はいい夢がみられそうです。おやすみなさい!
2005.01.30
コメント(5)
2日休んでだいぶ回復しました。先輩がケーキとりんごを持ってお見舞いに来てくれた。うれしかったので、わたしも昨日入院した(!)後輩のところへ、いちごとシュークリームを持ってお見舞いにゆく。買い物でもするかなー。と街をふらふらしていたら、偶然ともだちに遭遇!喫茶店でレモンジンジャーティーをのみ、靴も女の子もアフターケアが大切。というような話をする。ひさしぶりに人としゃべったら元気が出て、デパートに入り春色ワンピースを購入。ジュンク堂を探検。角田光代「対岸の彼女」と小川洋子「ブラフマンの埋葬」、それに「ゆっくりAERA」も買ってしまう。ひと晩で一気に読む。「対岸の…」は丁寧であたたかいつくりの小説。AERAは「クウネルのまねぢゃん」と思ってしまったが、よしもとばななの巻頭エッセイだけは秀逸。何度も読み返した。
2005.01.29
コメント(2)
引きつづき病欠。最低限の食糧を仕入れるため買い物に出たほかは、ずっとベッドの中でアンソニー・ドーアの「シェル・コレクター」を読んでいた。すっきりしたソフトカバーの装幀がすてきな新潮クレストブックス。自然のきびしさのなかで生きる人びとを描いた短編集、という意味では、アリステア・マクラウドの「冬の犬」に通底するものがある。自分が雪国の出身だからだろうか。私は「冬の犬」の方が好きだな。おふろ上がりに「あまおう」(博多産のいちご)を4つ食べる。つやつやと赤い大きな果実。甘ずっぱい果汁がのどにしみこむ。おいしい。
2005.01.28
コメント(2)
かぜが悪化してダウン。会社を休んで午後まで眠り、みかんゼリーとレトルトのおかゆとかきもちを食べる。お薬をのむ。ぼうっとした頭で瀬戸内寂聴「場所」をぱらぱらと読みはじめたら、だんだんつり込まれ、ベッドに起き上がってひと息に読む。すごい。すさまじい生きざまだ。圧倒されてことばがでない。読み終わるころには、ショックで軽い頭痛が。小説はパワーだ。
2005.01.27
コメント(2)
土日出番だったので、「休もうかなあ、どうしようかなあ」と思っていたら会社から電話がかかってきて、「休みだっけ?」と聞かれたので、「はい、そーです」と答え、今日はお休みと決めて、もう一度ふとんにもぐりこむ。夕方、むっくり起き上がって、ダークチェリーののったデニッシュなどをむしゃむしゃ食べる。近所においしいパン屋さんのあるしあわせ。というか、この街のパン屋さんはどこもたいていおいしい。はずれがない。ノラジョーンズをかけ、ティートゥリーのアロマオイルをたらしたティッシュを吸わせた掃除機(こうすると、掃除機の換気口から出る空気が少しきれいになって、いい香りが部屋中に広がるのです)ですみずみの埃をとる。だいぶ調子が出てきたので、近所に住む友達(彼氏とけんか中)を夜のお茶に誘う。ミルクとベルガモットのおふろに入り、蕪の葉とハムの塩味パスタをつくる。高山なおみさんのレシピ。高山さんのレシピは、なんというかとてもブンガクテキだと思う。フライパンに山もりの蕪の葉にお酒をふり、しんなりさせたあたりで友達がやってくる。山もりのパスタをもりもり食らう我。ぷかぷかたばこをふかすともだち。ジュースみたいに甘い桃のワインをのみながら、とりとめのない話をひとくさり。「人生とは、壊れた馬車に乗って走り続けるようなもの」なんだって。本を何冊か抱えて友達が帰った後(わたしは人に本を貸すのが好きなのです)、江國香織さんの「赤い長靴」を読む。間宮兄弟のがやがやした感じもいいけれど、この静けさこそ江國さんのお家芸だな、などと考えているうちにまぶたが重くなってくる。いや、有意義なお休みであったことだ。明日からまた、自分のペースでこつこつと働こう。おやすみなさい。
2005.01.24
コメント(2)
お昼ごろもそもそと起き出しておもちを焼いて砂糖じょう油で食べ、取材に出かける。雨に打たれて冷えきった体で、かたかた原稿を打つ。さむい。仕事が終わるのを待ちかねておふろにつかる。手足がきゅーっとのびてゆく感じ。いいきもち。「水を入れて煮るだけ」のきむち鍋セットを買ってきてはふはふしながら食べる。内田樹「死と身体」の心地よい語り口に酔いしれ、床暖房の上でうとうと。至福ぢゃ。内田樹の本がおもしろいのは、頭で考えて書かれた文章じゃない、身体をつかって「流れ」をつかまえて書いているからなんだなあ。
2005.01.15
コメント(0)
わき上がってくる気持ちは、ただ感じればいい。過ぎ去ったことはいつだって、やけにうつくしく見えるものだから。ひとりの人間の中には、弱くてずるくてだめなどろどろした面もあるが、やさしいやさしい、澄み切ったすばらしい面もある。その両方を、わたしは見た。いいときもあったけど、追いつめられて寝てもさめてもつらかったこともあった。そのことさえ、忘れなければそれでいい。サーモンとミックスベジタブルのクリーム煮をつくり、レモンバームのお風呂に入る。心がまあるくふくらんだ。
2005.01.13
コメント(0)
きのうは明け方の4時まで原稿を書いていた。ふらふらだ。いい記事が書けたかどうかわからないけど、少なくとも自分では納得のいく文章になった。いつも言ってるけど、こういう瞬間があるからやめられないのだこの仕事は。夜はカウンセリング。自分自身を不当に低く評価して、がんばりすぎるクセを癒やすこと。すぐにはむりでも、だんだんそうなりたいと思いつづけること。5年後、10年後、自分がどうなっていたいのか、それを考えたとき今の自分はどうしたいのか、ちゃんと見つめ直す時間をつくること。―びっくりするくらい気分がすっきりとした。シアワセになるための投資だと思って、ちゃんとつづけよう、カウンセリング。みそちゃんこ鍋にお正月の残りのおもちを入れて食べ、カラダもココロも温まってねむる。おやすみなさーい。
2005.01.11
コメント(2)
豊岡に向かう特急の窓から明石の海がみえる。午後の光を受けた水面が、白い神聖なうろこのようにきらきら輝いている。山に抱かれ海をのぞむこの街はうつくしい。ほとんど哀しいほどだ。この土地の美しさと、土地にはぐくまれた人びとのやさしさに、私は何度、救われてきただろう。就職して最初に来たのがこの街で、本当によかった。この先どうなるかなんて誰にもわからないけど、この街で過ごした日々のこと、私は一生忘れないだろう。かえりみち。暮れていく車窓をみながら、取材相手の言葉をぐるぐるとかき回している。同じ物語を繰り返し語り続けることに何の意味がある?10年間沈黙してきた人の言葉を引き出すことが本当の意味で風化を防ぐということではないのか。それが君たちの仕事じゃないのか。…その通りだと思う。その通りなんだけど、でも、同じ物語を語り続けることで防げる風化もあるのではないか、と私はへ理屈をこねた。語り直すこと。何度でも。だけどそのことは、そのための取材は、あるいは彼らを傷つけることになるのかもしれない。「本当はこんなこと話したくない」と言いながら、それでも話してくれた人のために何ができる?私に何ができるんだろう。考え事をしすぎて、仕事ではミスを連発。なんでこうなっちゃうのかしら。がっくし。
2005.01.10
コメント(0)
朝からしごと。冷えきった体をあたためるため、洗面器にはったお湯にローズマリーのオイルを一滴。両足をつけたままかたかた原稿書きをする。村山由佳「天使の卵」と「天使の梯子」を一気に読む。「型」通りの恋愛小説だけど、読書の愉しみは存分に味わせてくれる。夕方、会社のひとに呼び出されて飲み会へ。帰るタイミングを逃し、明け方までずるずるとカラオケ。これやっちゃうと、何日間か調子わるくなるんだよなあ…。たばこの煙を吸い込んだセーターにファブリーズをぶちまけながら、ため息。
2005.01.08
コメント(0)
クリニックの日。人に拒絶されること、嫌われることをおそれ、相手の都合に合わせて行動してるんじゃない? でも、それじゃ息が詰まっちゃう。嫌われることをおそれずしたいことをする自分になりたいと思えば、変わってゆける。でもそう思わなければ―いつまでも誰にも嫌われたくない自分でいたいと思えば変われない。当たり前のことだけど、すごく新鮮な発見だった。変わりたい。誰にも嫌われないのは長所でもあるけど、後で振り返ったらからっぽだもの。そんなのはいやだ。夜はちゃんとごはんを炊き、とうふにらひき肉炒めと、しいたけとねぎのふわふわ卵とじをつくる。ダージリンティーをのみ、ベルガモットのおふろにつかる。コンビニで買い込んだレアチーズケーキと、アンアンのチープな恋愛特集号を手にベッドにもぐりこむ。自分にやさしくするって、いつもの習慣にほんのちょっとの「おまけ」を付け足してあげることかも。
2005.01.07
コメント(0)
信じられないほど長く眠る。そして回復した。体力も、精神力も。眠ることはココロと体にとって、とても大切なクスリだ。ストレス解消法のひとつでもある。さあがんばって仕事するぞー。
2005.01.05
コメント(0)
昼の2時すぎにもそもそとベッドからはい出す。だめだー。気力がわかないぞ。明日からまたここで、地に足をつけて歩いていかなければならないというのに。夢のような時間から現実に戻るのは、冬の朝あたたかい布団から出ていくのと同じくらいパワーがいる。だけど。生きることの寂しさを、誰かに頼ることで埋めようとする生きかたはもうやめたいから、少しくらいかっこつけても、前を向いて笑っていよう。竹西寛子「陸は海より悲しきものを 歌の与謝野晶子」読了。与謝野晶子の歌の変遷を、その人生と共に丁寧に追っていった評論。「いさり火は身も世もなげに瞬きぬ陸は海より悲しきものを」という歌に心動かされたことに端を発して、歌人の心に寄り添っていく著者の、感受性の鋭さと洞察力の深さ。75歳だなんてとても信じられない。ところで10代のころ、与謝野晶子の「清水へ祇園をよぎる桜月夜 こよひ逢う人みなうつくしき」が大好きだった。きらきらして、華やかで。でも、あのころよりほんのちょこっとだけ経験を積んだ今なら、「いさり火は…」の切なさもちょっとだけわかる。大好きなうたがまたひとつ、増えた。
2005.01.02
コメント(2)
実家に電話をして母にお雑煮のつくり方を聞く。煮しめと黒豆は出来合いだけど、ともかくも元旦らしい食卓を整える。高山なおみさんのまねをして、「今年も1年、おいしいごはんが食べられますように」と祈ってからいただく。1人で迎える2回目のお正月なのでした。今年もよろしくお願いします。
2005.01.01
コメント(4)
全15件 (15件中 1-15件目)
1
![]()
![]()
![]()