書評日記  パペッティア通信

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Apr 10, 2006
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国家的メディアである「切手」から、戦争を読み解いていこうとする、スリリングな著作が、このたび、ちくま新書から出版されています。切手の収集趣味をおもちの方は、むろんのこと。そういった収集趣味の経験をもたない人でも、生活世界を足がかりにして戦争が復元されていて、お読みになって損のない作品になっているんですね。切手収集趣味昂じて、「郵便学」。切手にまつわるトリビア的面白さがあって、一読すべき作品といえるでしょう。

簡単にまとめておきましょう。

● 「地域の主権」の在りようを示す、切手と郵便
● 2004年以前にも発行された、韓国の竹島切手


切手・郵便は、技術経済的水準・メッセージなどを伝えてくれるのみならず、 スタンプ・消印などによって「どこを」「なに政権を」通過したかといった痕跡をトレースできる ことなどから、複合的メディアといえるものらしい。重慶国民政府では、満州国・モンゴルを自分の領土とする切手を発行したばかりか、チベット亡命政府・ポーランド亡命政府やフィリピン革命政府(すぐアメリカに滅ぼされる)でさえ、切手を発行しているという。植民地獲得の功労者でさえ、切手の肖像に。 面白いのは、パレスチナ国家建設を阻害したのは、イスラエルだけではないことが切手から読み取れてしまうこと 。「イスラエル」と国名を定める以前でありながら、ユダヤ人地区で発行された「ヘブライ切手」。それとは対照的に、パレスチナのアラブ側では切手が発行されていないばかりか、なんと周辺諸国は、パレスチナ領有を誇示する切手を発行したらしい(エジプト、ヨルダン)。

● 戦争の英雄を「顔・実名」付き切手で顕彰したソ連
● 北朝鮮こそ、朝鮮半島分断を主導し南進を画策した張本人であることを示したメディア、「切手」


戦争になると、 スローガン入りスタンプ・消印 など、さまざまな工夫が凝らされた。なかには、現場の郵便局員が政府とは無関係に、スローガンスタンプをつくったという。「弁髪垂らした中国人に追いたてられるアヘン商人」図が描かれていた、1840年頃のマルレディ・カバー(郵便封筒)。筆者は、アヘン戦争当時、グラドストンの高名な「アヘン戦争」批判下院演説とは裏腹に、 イギリス人一般はアヘン戦争を「正義の戦争」と捉えていた ことを見ぬいてゆく。正義を示すため、東亜新秩序をデザインした切手を日本が出せば、アメリカも枢軸国に占領・抑圧されている国々(ノルウェーなど)をデザインした切手を出す。ところが、そこには何故か、「タフト-桂」協定において、フィリピンとの交換で米国が領有をみとめた、韓国の太極旗をあしらった切手があるという。日本の占領地が、欧米の「植民地」であったため、日本の圧政を強調するには、どうやら韓国をデザインにするしか方法がなかったらしい。 太平洋戦争の本質は帝国主義諸国同士の戦争であることが、切手から窺える

● 「憎むべき」「笑うべき」姿として切手に描かれる<敵>
● 題材をかえることで、外交交渉のためのシグナルを発する使い方もできるメディア「切手」


国家メディアである以上、敵は残虐非道であり、敵は滑稽で笑われるべきものとして描かれ、世界は我々の味方だ!というメッセージがしきりに強調される。イラクは、「アーミリーヤ・シェルター空爆」「劣化ウラン」「封鎖の罪」など執拗に発行する一方、イスラエルとイラクに2重基準を適用しているアメリカを批判するために「岩のドーム」を意匠に使った。中国共産党も、蒋介石を嘲笑う切手を発行したという。 軍事郵便は無料 であるため、「1ペニヒの価値のない男」のキャプションが付きチャーチル像を切手替わりに描いた手紙など、 ナチスの謀略切手は罵詈雑言系が多いのには驚かされる でしょう。戦争になると民間が盛んに「愛国カバー」といわれる封筒をつくるアメリカでもソ連でも、洋の東西を問わず、敵は動物や昆虫として描かれないと殺すことはできないようだ。ベトナム戦争時は、東側・中立諸国を中心として、「反米」を紐帯とした世界各国人民の連帯を示す切手が盛んにつくられた。韓国は南ベトナムを、北朝鮮は北ベトナムを支援する切手を作ったという。またイスラム革命後のイランは、東側・西側の「人造イデオロギー」を批判し、既存の国際秩序に挑戦する多彩な切手を発行、抑圧されている人々へ向け連帯をアピールしたという。1954年、中国が自国の安全保障のためにベトナムを犠牲にする形で斡旋締結させたインドシナ停戦(南北ベトナムに分断)前後、ベトナム「(中・ソ・ベトナム)三国友好月間」を記念して発行される切手において、ホーチミンの肖像の向きが変わっていることへの着目など、細かい点に気配りが行きとどいていて実にすばらしい。

● 「復員」完了をもって初めて終わる戦争
● 相手国の受け取り拒否、差し戻しの目にあう「戦勝記念」などのプロパガンダ切手


銃後の社会も、戦争から逃れることはできない。切手・郵便には、「防諜」「情報を喋るな!」「義捐金を!」「増産」「貯蓄」などのメッセージがスタンプ・消印で強調されるばかりでなく、手っとり早い資金調達手段として、義捐金・寄付金を切手代に上のせ徴収することもあったらしい。戦争の犠牲や被害を救済するため、戦後になると、寄付金付き切手が盛んに発行された。独立後の 韓国では、日本への独立運動・抵抗闘争によって独立を達成したという「神話」に沿い、「独立の義士」を顕彰する切手が盛んに発行 されているという。また「愛国教育」が強調される中国では、抗日戦争切手が次第にエスカレート。ただの撤退を大勝利とする「台児荘での大勝利」切手や、ミズーリ艦上での降伏調印式を描いた「偉大な勝利」切手(中国人とは無関係)の発行に、江沢民政権の愛国教育の一端がかいま見えていて面白い。また「切手」から眺めると、戦後は戦時中と連続していて、なかなか始まらない。復員郵便は、捕虜収容先(捕虜は無料で郵便を使えるらしい)と内地の間を往復。戦後になっても台湾では、 台湾で行われた「改姓名」後の日本名と、元々の中国名が併記された手紙が日本兵捕虜収容所向けに投函 されているという。労働力不足を補うために国際法違反のシベリア抑留をおこなったソ連。強制労働に従事させていたことの発覚をおそれ、シベリア抑留者の住所は、ウラジオストク私書箱になっていたらしい。

ご覧の通り、トリビア的面白さが満載されていて、飽きることはありません。ただ、政治分析はともかく、「国家メディア」であることを通しての社会分析、に関しては落第としかいいようがない出来なのが、残念な所といえるでしょう。トリビア的面白さに覆い隠されてはいるものの、分析が表層的で、深みが欠けてしまっている所が多い。兵士として「国家に身を捧げる」ことを呼びかける切手を取りあげてみよう。アメリカが「アンクル・トム」が「I WANT YOU」と呼びかけるのに、なぜソ連は「母親」が「英雄になりなさい」と励ます形をとっているのだろうか。また、ナチスドイツの切手は、なぜ余りにも「直截的」な罵詈雑言のプロパガンダになっている切手が多いのだろうか。ナチス、アメリカ、ソ連の差。それは、ファシズム、ニューディール、コミュニズムの3つの社会ともいいかえることができるかもしれない。国家メディア「切手」の分析を唱えながら、3つの異なる社会の編成原理そのものの違いを、なに一つとして切手から透かして見ようとしない姿勢には、たいへん失望させられてしまう。これでは、メディア分析ではあるまい。さらにひどいのは、文革切手の一節だろう。1968年末の切手と封筒に印刷された毛沢東最高指示が、「労働者階級」を強調していることをもって、「紅衛兵」の嵐のような文革が名実とともに終焉したという議論は、その他の歴史的事実(上海コミューンの失敗など)から逆算して切手デザインを位置づける、牽強付会の議論にすぎない。中国共産党が「紅衛兵の党」であることを宣言したことなど、一度でもあっただろうか。切手で寝言を言わないで欲しいとすら思う。

とはいえ、絶対、外れる心配のない、一冊。
「郵便学」の可能性と限界を探る旅に、みなさんもぜひご参加していただきたい。


評価 ★★★☆
価格: ¥819 (税込)


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Last updated  Jun 1, 2006 08:22:05 PM
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