文の文

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sarisari2060

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2004.09.06
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あつこちゃんの病名を近所のおとなは声をひそめて言い合った。わからないけれど、よくない病気なのだと思った。

思春期にさしかかったあつこちゃんはだんだん笑わないひとになり、表情がなくなり、うつむくひとになった。そして、時おり、あたりを、黒目がちの眸で、驚くほど強く射るように見るようになった。

いわたさんちに遊びに行ってもあつこちゃんはいつも見えなかった。奥の部屋にひとりいるらしかった。所在なげにしていると、ひでとしさんがカルメ焼きを作ってくれた。

専用の玉じゃくしにザラメを入れて一口コンロで暖め、太い棒でかき回し、沸騰してきたら重曹のようなものを入れて今度は手早くかき回した。するとぷーとかるくふくらんだカルメ焼きができた。

台所の梁のうえの明り取りの小窓から落ちてくる陽のなかで、ひでとしさんの焼くカルメ焼きは黄金に見えた。誰が作るよりもひでとしさんの作るカルメ焼きがきれいでおいしかった。

できたカルメ焼きを食べにあつこちゃんも来ることがあった。わたしを見て「ああ」とだけ言った。そして、ひでとしさんが小さく割ったカルメ焼きをゆっくりと口に運んだ。生気のない動きだった。

いわたさんのおばさんは信心深いひとだった。お寺の檀家の役員で、ご詠歌の先導をしたりしていた。

あつこちゃんのことは心痛であったようで、三人の子を亡くしたうちの母とともに、様々な新興宗教を訪れ、祈った。その当時のことはあまりよく覚えていないが、幼いわたしもいっしょに連れて行かれた。

いわたさんのおばさんに連れられた、魂の抜けたようなあつこちゃんを見ると、どきどきした。あつこちゃんの三つ折の白いソックスをはいたふくらはぎの毛穴が、妙に記憶に残っているのは、そのときのわたしはそこばかりみていたからに違いない。



それからの行き来は全くなくなり、おとなになったあつこちゃんに会ったこともない。

それでもあつこちゃんは元気になり、真面目な工員さんと結婚し、2児をもうけたと聞いていた。

ひでとしさんも結婚し、家を建て替えた。みなが集まっていた場所には今では大きな松が植えられている。

そしてあつこちゃんは、今はかつてのわたしの実家が建っていたあとに6軒建てられた、しゃれた洋風の2階建ての建売住宅に住んでいる。あつこちゃんの家があるのは、ちょうど、おさないわたしがいつもそこにいた、カエデの木が生えていたところである。





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Last updated  2004.09.07 00:25:51
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